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3 パジャマパーティー













   3 パジャマパーティー

    2021.01.06


    この短編は、2死水に続く話です。

    2020年に書いた短編 

    体重計、毒を食らわばとも関連があります。







   










   

    

中條、上条家二世帯住宅、2階、暎万の部屋


コンコン


夜半にドアをノックする人がいる。

もう寝ようとしてたんだけど……。


ガチャ


「暎万ちゃ〜ん」


ドアを開けるとそこに2、3週間ぶりに帰ってきた母がパジャマ姿で、何故か枕抱えて立っている。


ガチャ


何も見なかったことにしてドアを閉めた。


「え?ちょっと、なに?開けなよ。暎万」


ドンドン


あー、もう、うるさい。


「なに?お母さん」

「一緒に寝よ」

「絶対やだ」

「なんで嫌なのよ」

「普通に考えなよ。どこの世界に成人した娘のベッドに潜り込んでくる母親がいるのよ。それにわたしのベッド、シングルだし」

「え〜!いいじゃん。女同士なんだしさ。くっついて寝たって」


ドアの向こうとこっちで、一方は侵入しようと、一方はそれを拒もうと不思議な攻防を繰り広げている。


「大人しく旦那と寝なさいよ。会うの久しぶりでしょ?」

「なんか暎万ちゃん、彼氏できて変わった」

「……」

「彼氏できたら、お母さんとべたべたすんの、やなんだ」

「はぁ?」


暎万ちゃんが怯んだ隙に母親の勝利。


「やったー!侵入成功!」


万歳してるし。意味がわからない。


「もうっ」


暎万ちゃんがドサッとベッドに寝転がり、こっちに背中を見せてます。


「えーまーちゃん?」


やりすぎたか、やべえと思い出す千夏さん。背中をツンツン突いてみる。


「久しぶりに帰って来たんだから、お父さんと一緒に寝てあげなよ。お父さん、寂しいと思うよ。あんま、言わない人だけど」


背中を見せたままで、ボソボソと娘が言う。


「はい」

「お母さん、浮気されてもいいの?」

「お父さんはそんなことしないわよ」


ぱっとこっち見た。娘。


「しないからって、ほったらかしにしていいものでもないでしょ?」

「……」


いつのまに娘もこんなふうにいうことを覚えたんだか……。というか、やっぱり、彼氏できて変わった気がします。


「ね、じゃあ、しばらくしたら帰るからお母さんとちょっとおしゃべりしようよ」

「いいよ。なあに?」

ぱあっと顔が明るくなる、千夏さん。


「ね、ね、暎万ちゃん、彼氏できたんだって?どうやって知り合ったの?」

「……」


絶対その話だと思ってました。眉間に皺が寄る暎万ちゃん。


「聞いてどうすんの?」

「なに言ってんのよ。娘といえば、母親にフツー恋愛相談とかするじゃん?」

「それは娘が中学生くらいの頃の話で、しかも、全国で一部のステキ親子だけだって」

「え?なに?そうなの?」

「そうだよ」


結構ショックを受けている千夏さん。


「暎万に彼氏ができて、恋バナできる日をお母さんはあなたを産んだ日から楽しみにしてたんだけど……」

「お兄ちゃんとしたら?」


相変わらず、血も涙もない。


「いや、今、一瞬春樹と恋バナしてる図が浮かんできちゃってすごく気持ち悪かったんだけど」

「うん。それはたしかに気持ち悪いかも」


「でもね、お母さん。自分のこと思い出して。わたしぐらいの頃、おばあちゃんに恋愛相談とかしてた?」


そして、その魔法の言葉が効いたよ。

思い出した。暎万ちゃんの歳の頃、自分がどんな恋愛をしていたか。バサーっと一気に千夏さんの頭の中に若き日の自分の暗黒歴史が……。


「お母さん、なんか一気に顔色悪くなったけどどうした?」

「ああ、うん」


それは、もう、墓場と髑髏と、烏がおびただしく飛んでゆく絵が……。


「お母さんは、若い頃、ウキウキと自分の母親に話すような恋はしたことなんかなかったから」

「そうなの?」


誰だ。恋は水色なんてぬかしたやつは。わたしの恋は屍の色してたわ……。


「彼氏できたことなかったの?お父さんとの前に」

「うーんと」

「それとも不倫してたとか?」

「ええっと」

「なによ。自分だって話せないんじゃん」

「お父さんとの話ならなんでも話すよ」

「いいよ。別に今更」


盛り上がらねえな。母子恋バナ。


「ねぇ、暎万ちゃんの彼氏ってなにしてる人?」

「教えなーい」

「ね、写真持ってないの?かっこいい?」

「見せなーい」


このくらいでめげる人ではない。この人。


「お母さんの相手の顔から仕事から全部知ってるくせに、けちっ!」


それは父親だからですが……。


「暎万が写真見せてくれるまで、お母さん、梃子でもここから動かないから」

「ああ、もうしょうがないな」


暎万ちゃん、スマホを取り上げた。

千夏さんの顔がぱあっと輝く。


「ほら」

「へ?」

「これも、これも、全部最高の映りでしょ?」

「え?」

「あー、もう、見ただけで思い出した。これも最高だったんだよなぁ。も一回食べたい」


ケーキやんけ。


「なんで彼氏の写真じゃなくてケーキの写真?」

「ひろ君の作ったケーキだよ」

「え?お店で売ってるのみたいだけど」

「そりゃそうだよ。だって、ひろ君、パティシエだもん」

「え、そうなの?すごーい」


もう一度とくと見ました。


「で、お母さんは、ひろ君のケーキでなくて、ひろ君の顔が見たいんだけど」

「もっとちゃんと見て。そこにちゃんとひろ君が映ってるから」


え?なに?こう、実はこんなとこに映ってました的な?例えばこのプリンのカスタードに反射した影が映ってるとかか?


「いや、映ってないし」

「ひろ君のいいとこはケーキ見たら全部わかるから」

「そんなのわかるかっ!」


そんなのわかんの、ケーキオタクのお前だけじゃ!


「とにかく、結婚するとかそんなんじゃないうちは紹介とかありえないからっ!」


結局、追い出されてしまいました。すごすごと旦那のところに戻る。


「あれ?暎万と寝るんじゃなかったの?」

「成人した娘は母親とは寝ないそうです。ベッドも狭いし」

「ふうん」


樹君、スマホでなんか読んでます。

ふと思い出した。


「ね、そう言えば、あなたは本人に会ったんでしょ?暎万の彼氏。どんな子だった?」

「どんなって?」

「かっこよかった?」


樹君の顔が、無表情になりました。


「普通のやつ」

「かっこよくなかったの?」

「大して金持ちそうでもなかったし」

「写真撮ってくれればよかったのに」

「はぁ?なんで?」


なぜ、ここでキレる?旦那よ。


「わたしも見たかった。暎万、どんなに頼んでも見せてくんないんだもん」

「あんな地味な男、いつまでも続かないんじゃない?」

「え?やっとできた彼氏なのに?」

「うん」


そして、樹君はスマホに戻る。


ああ、こんなことなら夏美さんに写真持ってないか聞くんだった。今はもう寝てるでしょう。怪我人だし、起こせないわ。

ん、待てよ。ダメもとで息子に電話してみよう。


「なに?こんな時間に」

「起きてた?」

「仕事してた」

「え?家で?」

「うん。で、なに?」


相手がテンション低かろうと、そんなんでめげる千夏さんではない。


「ね、春樹、暎万の彼氏君の写真持ってない?」

「そんなん、持ってるわけないだろ。切るよ」

「え〜!」


頼みの綱が切られた。


「暎万にいやいいだろ。同じ家にいんだから」

「絶対見せないって言われたの」

「じゃあ、あきらめなよ」

「え〜!」


千夏さんはそれでもダメもとで揺さぶりをかける。


千夏さんは長年の経験で知っている。駄々は最後まで、きっちり、こねるものである。もうこねても無駄だと思っても、ついでにこねておく。そうすると、もうなにも持ってないだろうと思ってた相手のポケットの片隅にパンのカケラが残ってることがある。


「吉祥寺のエルミタージュ」

「へ?」

「そこに行って、片瀬って人呼び出したら、出てくるよ」

「うそ!」

「暎万に怒られても知らないよ。じゃあね」


やった。ギリギリでの、勝利である。


翌日、吉祥寺、エルミタージュ


「片瀬さん」


ホールのバイトのハナちゃんが、厨房を覗くとおいでおいでをしてます。


「はい。なんですか?」

「あの、なんか、片瀬さんのこと呼んでほしいってお客さんが……」

「なんて人?」


夏美さんではないはずだ。今、入院中。


「名前をおっしゃらないんです」

「用件は?」

「それが……」


ハナちゃんが言いにくそうにもじもじしてます。


「ファンだから一目会いたいって」

「へ?」

「ストーカーされたりしてません?中年のおばさん」

「いや、まったくありません」


じっとハナちゃんはひろ君の顔を見る。


「見た感じも、話した感じも、普通の人なんです。でも、いっちゃってる人って一見普通そうに見えるって言うじゃないですか。綺麗な女優さんみたいなおばさん。片瀬さん、忘れてるだけで、昔、自分ではそれと気づかないうちにこっぴどく振ったりしてません?」


ハナちゃんの頭の中では今、火曜サスペンス劇場のテーマが流れてるに違いない。


ひろ君は、自分のさして豊富とは言えない女性遍歴を思い返す。いや、ない。断じてない。


「絶対、ない」

「じゃ、どうしよう」

「どうもなにも会って確認しますよ」


相手は女性。今は昼間。周りにはたくさん人がいる。怖がってどうする。

たとえ、相手がポケットにナイフを忍ばせたとしていても……。

いやいやちょっと待て。ハナちゃんにあてられた。

僕の人生、サザエさんに友情出演することはあっても、火サス向きではないでしょ。

女の人にナイフで刺されるような人間ではない。


「あの……」


近くに寄って声かけた。全体的にシンプルな装いなんだけど首もとに巻いたスカーフが派手で、だけど顔が負けずに華やかで、よく似合ってる。綺麗なおばさんだ。女優さんみたいと言われるのがよくわかる。

その人は、ぼんやり外見てたのが声かけられてこっち見て、顔全部でぱあっと笑った。


あれ?なんか見たことがあると、その時思う。


「あなたが、ひろ君?」


その呼び方で、すぐにわかった。


「暎万さんのお母さんですか?」

「え?なんでわかんの?」


するとお母さん、不意に鞄からサングラス出してかけた。


「わたしは偶然あなたが作ったケーキを口にして、ファンになったものでして……」

「いや、今更、遅いですよ」


そういうと、そおっとサングラスはずす。


「なんでわかったの?」

「顔だちが似てますし、その笑い方。夏美さんとも、暎万とも似てます」

「え?うそ?」

「おいしいもの食べた時、同じ顔で笑います」

「ああ」


すると、お母さん、ふっと笑いました。


「あなたと一緒にいる時も、食べるのが好きなのね。あの子」

「暎万から食べることとったら何も残りませんよ」


それを聞いて、それはたしかにとお母さん、苦笑いしました。


「そんなんでいいの?」


するとひろ君が笑った。


「いや、そんなんがいいんです」


その笑顔を見た時に、千夏ちゃん感動した。

じんとした。

ストンと恋に落ちたというのと似てるけどちょっと違う。


はるか昔、夏美さんにどうしてもと言われて、樹君を初めて会わせた日のことを思い出した。

あの日、夏美さんも嬉しそうにしてた。


年頃なっても、男の子と付き合ってる気配ないし。バレンタインに家族以外にチョコ渡すとかいうのもなくて、奥手も奥手。

暎万、大丈夫かなと思ってた。

とは言っても自分も恋愛に関して器用ではなかったから……。焦ったからうまくいくわけではないしと思いながら見ていた。


ところが予想外にも、暎万は、初めて立った打席で、ホームランを打ったのではなかろうか。


「あの、今日はどう言ったご用件で……」

「もう、済みました」

「へ?」

「暎万に何度言ってもあなたの写真を見せてくれないから、どうしても会ってみたかったの」


ちょっとキョトンとした。ひろ君。


「お店の場所、ご存知だったんですか?」

「いや。何も教えてくれないから、春樹に聞きました」


そんなに……、教えたくなかったんだ……。若干もやっとしました。そんなひろ君の心中を察したのかどうか、千夏さんが言葉を続けます。


「大切な宝物だから、簡単に見せたくなかったのね」

「え?」

「わたし、今日はフライングしちゃったみたい。あの子が押し入れの奥にこっそりしまってる宝物を、つい引っ張り出して見ちゃったのね。見せてあげるって言われてないのに」


「僕が暎万の宝物ですか?」


そんな大切にされてないようなと思うひろ君。


「あの子は大事なものほど隠すから」

「夏美さんには隠されませんでしたけど……」

「おばあちゃんはわたしほどしつこくないからかなぁ。ふうん、そうなのねと、え?なになにそれでどうなったの?の違いかしら?」

「はぁ」


さっぱりわかりません。


「娘が可愛くって、何から何までシェアしたいんだけど、しつこすぎるみたい。ある時期からガードが硬くなってさ」


千夏さんは、テーブルに載っていたアイスティーのストローを手で弄ぶ。


「で、また、今日やっちゃった。暎万に内緒でひろ君に会ったことバレたら、勘当もんだわ。」


勘当って、普通は親が子供に言い渡すものでは?逆に使ってる人初めて見た。


「お願い!」


千夏さんは突然両手を合わせてひろ君を拝んだ。


「わたしが今日ここにきたことは、2人だけの秘密にしてください」

「へ?」


ひろ君、嘘が苦手です……。


「それっていつまで?」

「一生」

「……」


なんか、厄介なことに。

彼女に秘密で女の人に会ってしまった。


「僕、自信ないです」

「自信ないって?」

「ふとした瞬間にぽろりとこぼしちゃうかも。暎万って妙に勘が鋭いとこあるし……」


すると千夏さん、にかっと笑って不意にバシバシひろ君の肩を叩きはじめた。


「男がそんな弱気でどうする。なせばなるなさねばならぬ何事もだよ〜」


大人しく叩かれながらひろ君つくづく思う。

暎万のお母さんってこういう人なんだ……。

……一緒に、酒飲みたくないな。


「あ、そうだ!もう一つ」

「なんですか?」

「ひろ君の作ったケーキが食べたいっ!」

「……」

「これも暎万には秘密で」

「一種類しかないんですけど、いいですか?」

「もちろん」


その日、ひろ君がお店に出していたのはレモンパイでした。レモンが入ったカスタードの上にメレンゲを載せて焼いたケーキです。


「これ、僕につけといてくれる?飲み物代も」


ハナちゃんにそう言ってショーケースから一個お皿に出す。じっとハナちゃんが見てる。


「結局、お知り合いだったんですか?」


じっとハナちゃんが見てる。好奇心に目が爛々と輝いていますが……。あまり、プライベートのこと、職場で話したくないんだけどなぁ。バイトの子達、3度の飯より噂が好きで、誰にバレてもあくる日にはその情報共有してるし。

でも、ひろ君は嘘がつけない。


「大切な人のお母さんでした」


お、という顔になってんのほっといて、ケーキにフォーク添えてお盆に載せました。


「どうぞ」

「わーい」


嬉しそうに食べ始めました。視界の端にこっちをガン見してるハナちゃんの気配を感じましたが、無視しました。


「お口に合いますか?」

「おいしい、おいしい」

「無理してません?」

「そんなことないよ〜。わたしは暎万みたいに細かい味の違いはわかんないけどさ。暎万が好きな子のケーキが食べられる日が来るなんて思わなかった。今日は幸せだよ」


それからしばらくして、千夏さんは帰って行きました。気に入ってもらえたと思っていいんでしょうか?ひろ君は思います。ま、でも、終始ニコニコしていたし、大丈夫だと思ってもいいですよね?


それにしても……。

強烈な印象の人だった。

夏美さんとお母さんと暎万と、女3代見てしまった。

みんな、それぞれ別々の方向に変わってる。


それとは別に、あの、お父さん……。


お兄さんの怖さがマッターホルンならね、お父さんは迷うことなくチョモランマだったわ〜。俺のこと、虫けら見るような目で見てたし。この前。


いや、殺意すら感じたよ。


ひろ君は思い馳せます。


ふっと思わず笑みがこぼれる。


僕の人生で、女の人に刺される火曜サスペンス的展開はあり得ないけど、あのお父さん出てきたら、俺が火サスで死体になることもありえっかも。


あのお父さんなら、完璧にきっちり準備しそうだな。

鈍器か何かで殺した後にバラバラにして、ドラム缶にコンクリ詰めにして、海に沈めそうだ。


いやいやいや、そこまでひどい死に方しなきゃいけないほど、俺、悪い事してないし。ちょっと娘さんに手を出したくらいだ。

そのくらいで、コンクリ詰めされてたら、この世の男、根絶やしになるし。


大丈夫。大丈夫だ。

自分に言い聞かせるひろ君。


***


その日の夜、中條アンド上条家のリビング

他の人が寝静まった家のリビングで樹君が1人、何か見ながらお酒飲んでます。


「ただいまー」


上機嫌で帰ってきた千夏さん


樹君を見つけて寄ってって後ろから抱きついて背中ごしにご主人の手元覗きこんだ。


「あ、なに?懐かしー」


子供達がちっちゃな頃の写真を見ています。


「この頃、かわいかったよなー。暎万」

「そだねー」

「お父さん、お父さんって毎日抱きついてきたよな」

「そだねー」

「この子がいたら、もう他に何もいらないって思ったのになー」

「……」


ちょっとそこは相槌打てねえな。


「そうそう。今日会って来ちゃった」

「誰に?」

「ひろ君」

「……」


旦那、無表情になってアルバムに戻った。

おい、スルーかよと思ってると、


「あんな男のどこがいいんだろ?」


ボソッと言ってる。


昔、相思相愛のラブラブの彼女がいました。別れてしまいました。最近その元カノが今の彼氏といるところを偶然見てしまいました。

今、過去のラブラブだった頃の写真を見ながら、やけ酒飲んでます。


そういう状況に限りなく近いな……。

ね、でも、それは彼女ではなくて娘ですよ。


「ね、ほら、子供は大きくなったら親から離れていくんだって。春樹だって出てったしさ。でも、わたしにはあなたがいるし、あなたにはわたしがいるじゃない」


ご主人、黙って無表情に奥さんの顔を見ます。


「風呂入って寝る」


ご主人、立ち上がるとテーブルの上を片付けていなくなりました。


え?スルーなの?今の会話でスルーなの?


普通なら真っ赤になって怒るとこなのかもしれませんが、普段の行いが悪いので何も言えません。


昔々あるところに、美男美女の夫婦がいました。2人のかわいい子供にも恵まれて幸せに暮らしていました。

ある日、ご主人は山に芝刈りへ、奥さんは川へ洗濯に行きました。

すると川上から、見たこともないほど大きな桃が流れてきました。

あいにく、その日は数日降り続いた雨で川は増水していて、桃は奥さんの手を逃れて流れて行ってしまいました。

どうしてもその桃が気になった奥さん、洗濯物をほったらかしにして、桃を追いかけて行きました。

なんとか桃を捕まえてその場で食べてみると、今まで食べたこともない美味な味でした。

満足して村に帰ると、洗濯物を残していなくなった奥さんが、川に流されたのではないかと村中大騒ぎ。


事の顛末を説明すると……


奥さんは旦那さんに家から閉め出されてしまいました。


はっ


あまりのショックに不思議な物語が頭に浮かんでしまったではないか。

暎万の言葉が胸に浮かぶ。


浮気しないからってほったらかしにしていいものでもないでしょ。


その通りです。暎万さん。反省しました。


千夏さん、思い立ったら即行動の人。

お風呂に入ってるご主人の脱衣所のとこまで来ました。


「ねぇ、樹君」

「なに?」

「一緒に入っていい?」


ごんっ


風呂場で何かを落とした音がした。


ガチャリ


浴室のドアが開いてご主人が顔を出します。


「なんで?」

「だめ?」

「いや、だめっていうか、家に二人だけならいいけどみんないるし」

「みんな、寝てるじゃん」

「でも、起きてきて万が一ばれたらと思うと、気が気じゃないよ」


千夏さんが眉をしかめる。そんなコソコソしなきゃいけないほど、いかがわしいことか?夫婦でお風呂入るのは。


「家族と一緒に住んでても、一緒に入る夫婦もいるって聞くよ」

「でも、僕たちそういう習慣ないでしょ?突然そんなことしたら、周りも驚くって」

「……」

「お気持ちだけいただきます」


ガチャ


閉められた。


こんなことぐらいでめげる千夏ちゃんではない。

ちょっと経ってベッドで二人で横になってる時に言ってみた。


「ね、今度二人で休み合わせて、温泉行こうよ」

「え?」

「部屋に露天がついてるとこ」

「……」

「だめ?」


樹君が笑いました。千夏ちゃんも笑った。


「なに?そんなに俺とお風呂に入りたいの?」

「だめ?」

「いいよ。わかったよ」


千夏ちゃんがぱあっと笑いました。

いつまでも大人にならない部分を持った人。

旦那の失恋旅行に付き合うことになりました。


数日後、吉祥寺のとあるお好み焼きやの隅っこで、砂時計を見ながら真剣にお好み焼きを焼く暎万ちゃんと前に座ってるひろ君。


「ねぇ、暎万」

「今、話しかけないで!」


大人しく待ちました。

しばらくするときっちりソース塗られて、青のり、マヨネーズ、鰹節が、これでもかと均等に載せられ、切り分けられたお好み焼きがお皿にのりました。

すげー、真剣勝負でした。


「なに?」


えっとなんだったっけ?そうそう……。


「暎万のお母さんってどんな人?」

「なに?藪から棒に」

「いや、あまり聞いたことなかったなと思って」


じっと見られた。レーザー光線みたいな目で。

こいつ、妙に勘が鋭いので、嘘発見器みたいなこの視線をくぐれないと、嘘がばれる。

ふっと目力が消えた。検査終了だ。


「お父さんがいないと生活できない人。あらゆる意味で」


簡潔な説明でした。


暎万はもぐもぐとお好み焼き食べながら、ご両親について語りました。


「お母さんはね、家の外ではしっかりした人なの。女だてらにちょっとしたビジネスしてたりもするし、でも、家の中ではむっちゃわがままの甘えん坊」

「うん」

「人間って普通は、年と共に大人になるじゃない?身体の成長が止まっても、精神は成長を続けるじゃない?」

「うん」


暎万って勉強ができる子ではないけれど、ときどき無茶苦茶頭よく見えるんだよね。


「でも、お母さんはお父さんと出会ってからは年々子供に戻っている気がする」

「へ?」

「お父さんが悪いのよ。放し飼いにするから」

「……」


お母さんは、ペットか何かか?


「好きなだけどこまでも走ってっちゃうの。追いかけたいものがあると。でも、お父さんは絶対待ってるの。文句言わずに待てる男の人なんて、世界中探してもお父さんぐらいじゃないかな?」

「そうなんだ」

「ちょっと見てて可哀想になるときがあって、だから代わりにときどき言ってあげるんだ」

「なんて?」

「ハウス」

「……」


変な親子だ。


「そうすると戻ってくるんだ」

「全速力で戻ってくるよ。だって1人じゃ生きられない人だから」


話終わるともぐもぐとお好み焼き食べてる。


「暎万ってお母さんのこと好き?」

「普通に愛してるよ。ただ、あのテンションにはついてけないけど」

「たしかにねー」


じっと見られた。やべ、俺なんか今、失言した……。


「話を聞いてるとすごそうだし、ははは」


笑って誤魔化す。暎万が訝しげな顔をする。しばらくして、どうでもよくなったらしい。目力が切れた。


「ね、次はなにたべる?」

「なに言ってるんですか?」


暎万ちゃんがメニュー抱えてじっとひろ君を見る。


「まだ満たされない」

「満腹中枢が満たされるにはしばらく時間がかかるんだ。しばらくそのまま待て」

「久しぶりのお好み焼きなのにっ!」


ひろ君はスマホを取り出して、暎万ちゃんの歩数計のデータをアプリで同期する。


「まだ8000歩にも達してない。普通以上に食いたいなら、16000歩あるけ」

「これから歩く」

「俺は信用売りはしないから」

「絶対歩く!」


睨み合いがしばらく続く。


「じゃ、あれだ。お好み焼きを焼いて、テークアウトにしてもらう」

「うん」

「それで遠回りして歩いて帰る」

「……」

「16000歩到達したら、レンジで温めて家で食べる」

「どんだけ遠回りすんだよっ!」

「大丈夫。16000歩なんてすぐだって。付き合ってやるから」


暎万ちゃんが考え始める。ひろ君は暎万ちゃんが考えている間に満腹中枢が満たされるのを待っている。





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