魔族拳王と勇者の話
時は遡る。
魔王を討つため旅をする勇者アドニスの前に現れたのは一人の男だった。
鉤爪には毒が仕込まれていた。魔王の幹部の一人が経営する地下格闘技場の
最強最悪のチャンピオン、アグニスだ。
「よぉ、勇者様。悪いけど喧嘩を売らせてもらうぜ」
魔王本人の命令で動いているわけじゃない。アドニスはそう感じた。
躱すので精一杯だった。耳元ではブオンブオンッと空を切る音が聞こえた。
「貴方の拳は凄いですね。それはきっと…誰かを守るために鍛え続けて来たのでしょう。
貴方は魔王からの命令で動いているわけではないでしょう?一体誰から…」
「知りたいか?なら殺す気で来いよ!」
アグニスはアドニスを挑発した。しかし彼女はそれに乗らなかった。
舌打ちをするもやっぱりかという気持ちのほうがアグニスは強かった。
「確かに守るために鍛えてはいたが…なんで分かった」
貧乏な家に生まれアグニスの妹は難病を患っていた。兄として彼女を救いたいと
思うのは当たり前のことだ。そこで彼が目を付けたのが地下格闘技だ。元より他人より
頑丈で力がある彼はすぐにそれにのめり込んでしまった。そしてコツコツと
金を稼いでいく。しかし妹は死んでしまい、彼は今まで以上に力を求めたという。
「…ッ!?なんでテメェが泣いてんだよ!!?」
「だって…可笑しいじゃないですか…貴方は妹の命をちらつかせられて誰かの
駒として動いているのでしょう?これはしっかり犯人を問いたださなければ…!!」
目の前の敵にすら同情するとは…。アドニスの行動にアグニスは困惑を隠しきれなかった。
構えを解き笑みを浮かべた。
「負けた」
「!?」
アグニスは笑顔を向けた。
「弱者は強者に従う、それが地下格のルールだ」
過去の話です。
アグニスの転生体が誰かは御察しの通りです。