よく知らない場所は、歩く休日
コミティア127のフリーペーパーに乗せた文章です。
一月下旬の晴れた日、正午過ぎの駅のホームで日を浴びていると、空気中を無数の小さな白いものがふわふわと風にのって飛んでいた。いくつか近づいてくるのもあったので目で追ったがわからず、運よく僕の黒いズボンにくっついたのを手にとってみると、タンポポの綿毛のようだったが、一月にタンポポが綿毛を飛ばすはずもなく、僕は不思議に思いながらも指先の白い綿毛を払い飛ばした。
足元を鳥の飛ぶ影が過ぎていく。ゆったりと動いていたのでトンビでもいるものだと思って見上げたが、真っ青な空と古びて汚れた駅ビルがあるだけで鳩もカラスもいなかった。僕はもう一度地面の影を追い、再び見上げたがまたしても鳥はおらず、駅のとなりの十階建てほどの区役所の屋上に届きそうなところに白いビニール袋が二つ浮かんでいるのに気づいた。僕は友達に教えられたアイドルのヘンテコな歌をイヤホンで聴きながら、綿毛とビニール袋とそれらによって可視化される風の動きを眺めた。
そろそろ電車が来るので僕は視点を線路に落とした。電車がホームに入ってくるとき、僕はいつも斜め下を向く。そこには捨てられたランチパックの袋がレールにもたれるようにしてこっちを見ていた。ランチパックのパッケージにはなにかキャラクターのようなものが描いてあった気もするが小さくて見えず、僕はそれよりも、その文字に見返されたように感じた。
電車がランチパックの袋を轢いた。僕はそれと天秤にかけるまでもなく電車に乗ったので、ランチパックの袋が本当に轢かれたのか風に飛ばされたのかは想像するしかないのだが、電車に乗って座れたあとの僕はアイフォンでマンガを読み始めた。
電車を降りると首を刺す寒風に、僕は慌ててトートバッグからマフラーを取り出す。今まで縁がありそうでなかった駅はおそらく土曜日の人手だった。バスロータリーの外側をグルり、サンロードには入らなかった。歩道のベンチに座って小籠包から出る湯気を浴びながら冷めるのを待っている人が何人かいて、それを売っている店からはもっと大きく雲が出た。パルコとユニクロの交差点を右に曲がると銀行の看板ばかりが目についた。ストリートミュージシャンの女の子がキーボードを前にアコギを抱えて喋っているのを、しゃがんだり何かに寄り掛かったりしながら見守っている男たちがいた。そのうちの一人がビデオを回している。ファンなのか活動を手伝っている人なのかはわからないが、通行人はカメラを横切っていくしかないので僕も舌を出す気分で画面を遮った。なんとなく映りこんだ自分を頭に思い描いた。コートのポケットに手を突っ込んで俯き歩くのが僕だ。黒い影の、コンマ何秒かの僕だった。
せっかくなので用事が済んだらサンロードを帰ろうと思った。しかし人が多くて自分のペースで歩けないのが嫌だったので途中の路地に入った。狭すぎない裏路地は薄暗くもないし寂しくもない。振り返った人波は万華鏡のように色鮮やかな冬だった。スニーカーのつま先が『チャリン』を蹴飛ばした。自転車の鍵だった。くだらないダジャレはテキストにしないまま、大通りへ出た僕は右に曲がった。
この日の僕は僕には珍しく非常に活動的な休日で、僕はそれから二時間後には鎌倉を歩いていて、若宮大路は街路樹に松の木があるのがいいな、などと考えていた。上司の出産祝いに絵本を買って帰るところだった。ページをめくるたびにいろんな動物が立体的に飛び出てくる絵本で、生後六か月ともなればたぶん楽しんでくれると思った。山からの北風が絵本を入れた紙袋をはためかせようとした。スタバっぽいカップのフタだけが横断歩道を並行に転がった先に車の下をくぐった。車は僕が渡るのを待たずに左折して、僕は紙袋を小脇に抱えて横断歩道に垂直に歩き出した。鶴岡八幡宮に初詣がてら寄ろうかと思っていたが、その日は夕方にかけてさらに寒くなって風も強かったので大人しく駅に直行した。
また、バスロータリーだ。しかし鎌倉のは真ん中を歩行者用通路があるので遠回りしないで済む。外国人の団体と一緒にホームへの階段を昇りきると、発車したばかりの横須賀線のおしりが遠ざかっていった。少し強い風が吹いて、品のいいおばあさんたちが悲鳴を上げた。学ランを着た男の子たちが缶のコーンスープを真上を向いて飲み干そうとしていた。僕は鼻水をすするたびに鼻の奥がツンとするのに辟易しながら、電車を待ちながら、返事を出しあぐねていた。