第九話 あいつとナイフと気になる彼女
「これは...どういう状況なの?」
鳴海さんは眉間に皺を寄せながら状況を確認する。
三人の友達が気を失って倒れていて、僕も得体の知れない化け物に襲われている。
我ながら訳の分からない状況だ。
いや、そんな事よりも。
そもそもなんで鳴海さんが生きている?
生き返った?
いや、そんなはずはない。僕の目の前にはまだ鳴海さんの死体が横たわっている。
あれが鳴海さんだとしたら、この死体は誰なんだ?
それともあっちの生きてるのが偽物?
もう頭がついて行かない。
「止めたのに...来ちゃったんだ...。」
中条を見ると、鳴海さんは一瞬悲しそうな、寂しそうな、そんな顔をして、そしてすぐに鋭い目付きで僕の方を見た。
「君も何してるの。さっさと逃げなきゃ食べれちゃうよ。」
「そ、それより皆をどうにかしないと!荒垣くんも化け物にやられたんだ!」
そうだ。早くしないと皆殺されてしまう。
「そんな...。大物だとは思っていたけど、こっち側に直接干渉できる程育ってたなんて...。こんなはずは...なぜ...?」
何かブツブツ言い始めた。そんな場合じゃないのに!
「いいから、早くみんなを連れて逃げて!鳴海さん!」
鳴海さんはハッとして、
「ううん、だめ。こいつは倒さなきゃ危険だから、ここで祓う。」
いや、何を言っているんだ。
荒垣くんですら簡単に吹っ飛ばされたのに、彼女にどうにか出来るはずがない。
あぁ、なぜ身体が言う事を聞かないんだ!
興味が僕から鳴海さんに移ったのか、化け物はゆっくりと鳴海さんの方を向く。
『お前...ナ...に?』
そう言って化け物は触手を鳴海さんに向かって振り下ろした。
危ない!
そう叫ぼうとしたが遅かった。
触手は既に鳴海さんを叩き潰して...
「...え?」
鳴海さんは変わらずそこに立っていた。
かわりに、触手が切り落とされビチビチと動き回っている。
『がァぁああああアあアアああ!!!』
聞いたことの無いような叫び声。男性の低い声と女性の高い声が何重にも重なったような悲鳴だった。
鳴海さんの手にはナイフのようなものが握られている。じゃあこれは鳴海さんがやったのか?
どうやって?
よく分からないが、これなら何とかなりそうだ。
切り落とされた触手が黒い霧となって消えた。
『おま...エ...な...に!!』
...化け物はとても怒っていた。
え?何とかなる?これ。
鳴海さんはにっこり笑って
「そんな事、君が知る必要はないよ。」
と言って化け物に近付き、ナイフを振った。
いつもの笑顔と同じはずなのに、何故かゾッとした。
『ギゃあアアアあアア!!』
再び化け物の絶叫。
これはいける。どういう訳か知らないが、鳴海さんはこの化け物を倒す力を持っている。
よかった、助かる!頑張れ、鳴海さん!
そう思った次の瞬間。
『ヴゥン...あぁアアああ!!』
化け物は叫びながら、窓を突き破って逃げていった。
鳴海さんは慌てて窓へ駆け寄るが、ここは二階だ。飛び降りて追いかけるには危険だった。
「失敗した...。逃がしちゃったか。早く追いかけないと。」
「鳴海さん、助けてくれてありがとう。僕達の命の恩人だよ。」
身体が動くようになったので、なんとか立ち上がって鳴海さんにお礼を言った。
彼女は僕を見ると、
「あぁ、そっか。君もいたんだった...。」
と、感情のない声で言った。
え、もしかして忘れられてた?
「あ、あはは...。そうだ、あの化け物!よく分からないけど、あれを倒さないとまずいんでしょ?聞きたい事はたくさんあるけど、まずはヤツを追いかけよう!」
僕は提案した。あんな化け物を街中に放ったら大変な事になる。鳴海さんになんとか出来るなら早く始末してもらおう。
「僕にも出来る事があるなら手伝うよ。だから...」
「君に出来る事なんてないよ。」
僕の言葉を遮って、鳴海さんはきっぱりと言った。
「あ、で、でも何か一つくらいは...」
「言ったでしょ?君に出来る事はない。君はいちゃいけない。」
待ってくれ。いくら何でも言い過ぎだ。確かに、さっきの僕は何も出来なかったが、何故そこまで否定されなくてはならない?
「なんでそこまで拒絶するんだよ。僕は助けになればと思って...」
「...やっぱり、気付いてないんだね。」
気付いてない?どういうことだ?何を言っている?
「あの化け物は私一人で祓う。君の言う通り、危険だからね。これから追いかけて、確実に倒す。でも、その前に...。」
彼女はこちらに近付き、
「君を、祓わなきゃね。」
そう言って、僕にナイフを突き付けた。