第八話 真夏の夜の悪夢
「あああああああああああぁぁぁ!!!」
荒垣くんが香取を思いっきり蹴り飛ばした。
「香取、お前...なんで...!なんて事を...お前ぇええ!!」
香取に殴り掛かる荒垣くん。
香取は何も答えず、声も発さず、ただ為されるがまま殴られていた。
動かなくなった鳴海さんだった物に近付く。頭は潰れ、身体だけが綺麗なまま原型を留めたそれは、酷く醜い芸術品の様だった。
中条はそのまま膝から崩れ落ち、気を失ってしまった。
荒垣くんが香取の胸ぐらを掴み、叫ぶ。
「香取!なんで鳴海さんを殺した!!なんで....お前が...どうして!!」
殴られ、腫れ上がった香取の顔から表情は伺えない。
何も言わず、ただじっと荒垣くんを見つめていた。
「何とか言えよ、おい!」
なんだ?なぜ香取は何も答えない?自分が犯した罪に対する黙秘?
それにしたっていくらなんでも反応が無さすぎる。
「おい、お前いい加減に...」
「ま...た...」
「あ?」
「また...は...ず.....レ.....」
はずれ?
一体香取は何を言っているんだ?
「あぁ...でモ...い、イる」
香取が僕を見て言った。
ゾク...と背筋が凍る。
様子がおかしい。
「荒垣くん、何か様子が変だ。離れた方が...」
びくん
と、香取の身体が一度痙攣した。
次の瞬間、目から、耳から、鼻から口から。
黒いモヤのようなものが溢れた。
「な、なんだ?!」
慌てて手を離す荒垣くん。
香取の中から出てきたモヤは、凝縮し、形を成して、僕達の前に現れた。
それは人の形をしていない、人のような何かだった。
たくさんの目や、たくさんの口がバラバラに配置された頭のような物。まるでたくさんの福笑いのパーツをただぶちまけたような顔。
無数の腕や脚が絡まって、一本の触手のようになっている。それが七本、胴体のような部分から生えている。
出鱈目な造形の、吐き気を催すような化け物だった。
「なんだ...この、化け物は...」
思わず声に出てしまった。
たくさんの目がギョロギョロとこちらを向き、その中のいくつかと目が合った。
足の力が抜け、尻もちをついてしまう。
金縛りにあったように動けなくなった。
なんだこれなんだこれなんだこれ?
どうする?僕は死ぬのか?
中条は?荒垣くんはどうなる?
そもそも香取は無事なのか?
あれ?ていうか、なんでこんな事になってるんだ?
あ、もしかしてこれは夢なのか。
僕は冷静な思考能力を失っていた。
「なんだ...?この、でかい黒い影みたいな...。お前が香取に取り憑いてたのか?」
荒垣くんの声が聞こえて、僕は冷静になった。
でかい黒い影?
違う。目の前にいるのは人間の部品を寄せ集めた様な醜い化け物だ。
荒垣くんには見えていないのか?
なぜ、僕と彼で見えているものが違う?
いや、そんな事よりも
「荒垣くん、香取と中条を連れて逃げなきゃ!」
僕は叫んだ。
しかし荒垣くんは
「お前が香取と鳴海さんを...!クソがぁ!!」
化け物に向かっていった。
何をやってるんだ!
『う...るさ...イ』
化け物が触手を払うと、荒垣くんの身体が宙に舞った。
荒垣くんの身体は重力に従って床に叩きつけられ、気を失ったのかそのまま動かなくなってしまった。
「荒垣くん!!」
ダメだ。もう動けるのは僕一人だけだ。
分が悪すぎる。
そもそもなんだあの化け物は?
くそ、何も思いつかない。
身体に力も入らなくなってきた。
なんだっていうんだ。
このまま殺されるだけだってのか?!
「なんで...君達がここに...?」
後ろから声がする。
最近よく聞くようになった、綺麗な声。
もう聞こえるはずのない、彼女の声が。
声のする方へ目を向ける。
教室の入口に、死んだはずの鳴海天音が立っていた。