第五話 謎の後輩A
鳴海さんが転校してきてから半月ほど経っただろうか。
あれから、僕達はよく行動を共にするようになった。
放課後に寄り道をしたり、お互いのクラスを訪ねて話をしたり。
僕もそんな日々を楽しんでいた。
特に中条と鳴海さんは仲が良くて、いつの間にかお揃いのヘアゴムを身に付けたりもしていた。
女子は好きだよね、お揃い。
ともかく、鳴海さんが来てから僕達は良い方へ変わっていっている気がする。
こんな日々が続けばいい、なんて思い始めていた。
そして季節は、肌を焦がす夏へと移り変わっていた。
「須藤先輩、こんな所で何してるんです?」
中庭でぼーっとしていたら、一人の女子生徒が話しかけてきた。
「ご覧の通り、何もしてないよ。」
正直に答えた。こういう時、気の利いたジョークの一つでも言えればいいのだけど。
「かーっ!何ですかそのつまらない返しは!そんなんじゃモテませんよ?!」
余計なお世話だ。
と、言いたいところだが彼女の言う事も最もだった。僕にはユーモアのセンスというものが欠けている。いや、そんな事よりも...。
「ごめんごめん、今後は気をつけるよ。ところで、君は?さっき僕の事先輩って言ってたけど…。」
そう、この少女、全くの初対面である。
「あ、私、雨城凛子です!一年三組です!」
そう名乗った少女は、二つに結った髪を揺らしながらぺこりと可愛らしくお辞儀をして見せた。
初対面の先輩に向かってにいきなりつまらないなんて失礼極まりない少女だが、不思議と不快感は無かった。彼女の愛嬌の為せる業だろうか。
「雨城さん、ね。どうして僕の事を知ってるんだい?」
率直な疑問を口にした。僕は目立つタイプの人間じゃないし、初対面の人に名前を知られているなんて不思議だった。
「雨城って呼び捨てでいいですよ。もしくは凛ちゃんとお呼びください!」
「雨城は何故僕の事を知っていたんだい?」
「ノータイムで凛ちゃん呼びを却下しましたね...。」
当然だった。
「まぁ、いいですけど...。だって先輩達、姫様といつも一緒にいるじゃないですか。そりゃ有名ですよ。」
「ひ、姫?」
何を言ってるんだ?と思ったが、直ぐに見当がついた。
「鳴海さんの事か。」
「いえーす!ざっつらーいと!」
ただでさえ珍しい転校生、おまけに美人ときたら学校の有名人になるは当然だ。事実、鳴海さんのクラスには、その姿を一目見ようと下級生や上級生までやってくるほどだった。まさに一躍時の人、という感じだ。そして皆の興味は、周りの僕達にも及んでいたというわけか。
それにしてもまさか姫なんて呼ばれているとは。
「なるほど、そういう事か。困ったもんだな。」
思わずため息をついてしまった。
「何言ってんですか。私達からしたら羨ましい事この上ないですよ!先輩達だって楽しそうだし、良い事じゃないですか。」
確かにここ最近は楽しい日々を送っているけれど、それで必要以上の注目を浴びるのは本意じゃない。
「僕はあまり目立ったりするのが好きじゃないんだよなぁ…。」
「まあ、お気持ちはわかります。でも楽しめる時に楽しんだ方が良いじゃないですか!楽しい事がいつまでも続くとは限らないんだし。」
なんだかグサっとくる言葉だった。
「む、確かに。」
「それに、最近なんだか物騒じゃないですか。不審者も目撃されてるみたいですし。目立ち過ぎて先輩攫われちゃうかもしれませんね!」
「じゃあやっぱりダメじゃないか!」
そうツッコミを入れると、彼女は満足そうに笑った。
まったく、何なんだこの後輩は。
そうしてひとしきり笑った後、彼女はくるりと振り向いて、
「それじゃ、私はここで!ちょいとヤボ用がありやしてねぇ...。ではでは!」
と言い残し、颯爽と去っていった。
ヤボ用って...まだ学校終わってないだろ。
嵐のような娘だったな。