5.出会い
カンッ。カコンッ。
剣の稽古の音が、村の片隅の小さな空き地に響き渡る。
左上から右下への木剣の振り下ろしは、俺の親友であり、稽古の相手であるシドに防がれる。鍔迫り合いになれば1歳年上のシドの方が有利になってしまう。そう考えて、俺はさらに一歩前に踏み込む。
「もらったぜ、シド!」
「甘いよ、エリアス!」
そう言って、シドはすっと俺の目の前に手を伸ばしてくる。そんなんじゃ、俺の木剣は止められない。構わずに、木剣を振り上げっ──
パチンッ。
シドのフィンガースナップ。同時にまばゆい閃光。とっさに木剣を引っ込めて左腕で目をかばうが視界は真っ白に染まってしまう。
木剣を持った右腕をシドの木剣に打たれて、その勢いで木剣を取り落し、その上、流れるような動きで放たれた足払いを受けて激しく転倒してしまった。
回復した視界には俺の眼前に木剣を構えるシドの姿が映っていた。ニコニコと柔和な笑みを浮かべているが、その構えには微塵の隙もない。木剣を取り落して、地面に転がっている今の状態。これでは、どうあがいても勝ち目はない。降参だ。
「あー!くそぉっ!まーた、負けちまったよ!剣の腕も、体術も、魔法でも俺のほうが成績はいいのに、組み手だけはシドに勝てねぇんだよな!!」
「いくらエリアスが天才とは言っても僕のほうが一つ年上だからね。お兄ちゃんらしく常に弟の先にいて目標になってやらないと、ね?」
そう言って、シドが優しく笑う。その笑顔が、俺の中にある負けた時の悔しさと交わって少しばかりいら立ちを覚える。そろそろ終わりの時間も近いことだ、どうにか気分を変えようと俺は視線を逸らして呟いた。
「そろそろ宿の客が増える時間だな……。悔しいけど、今日はここで切り上げねぇと。えーっと。今日の戦績は……俺が10勝17敗っと」
「ちょっ、エリアス、聞いてる……?」
俺の親父はこの田舎町で安宿を経営している。
ここ数年でどこからか湧いてくるようになった化け物──魔物──を狩りに来る冒険者が急増したため、3年前に冒険者組合からの要請があって始めたらしい。
それまでは有名な冒険者として活躍していた親父の引退には賛否両論があったみたいだ。だが、宿の前庭で親父が冒険者を鍛えるようになって、死傷者の数は目に見えて減少したという。
その噂のせいか、この町に移住して拠点を構える冒険者が増えてきた。今日も一組の家族がこの街にやってくるようだ。なんでも、まだ家が出来上がっていないとかで、一週間ほどこの宿に泊まり続けるそうだ。
そんなことを考えていると、どこからか軽い足音が聞こえてきた。
「あ、居た居た!エリアスくん、シドくん!」
近所に住む、俺より一つ年下の女の子、フェリスだ。それにしても今日は妙にテンションが高い。一体何があったのだろうか。
「どうした?フェリス?」
「今日引っ越してくるっていう家族がついさっき来たの!ほら、セシリアちゃん、おいでっ!」
フェリスに連れられてやってきたのは、燃え上がる炎のように真っ赤な長髪の女の子だった。美しい緋色の髪が風になびく。その様子はまるで天を焦がす焔に見える。
「この子がセシリアちゃんだよ!」
フェリスに名前を呼ばれたセシリアという少女は、すっと前に出てくる。それに合わせてシドも彼女の前に出る。彼はこういう時のコミュニケーションが大の得意だ。
「やあ、セシリアちゃん。僕の名前はシド。こいつの名前はエリアスっていうんだ。よろしくね」
「シドにエリアス……。名前は覚えたよ。ところで、さっきの組手だけれど。遠くから見させてもらったの。ひとつ、質問してもいい?」
女の子に興味を持ってもらえたのが嬉しかったのか、シドの笑顔がより明るいものとなる。俺もセシリアという女の子に興味を抱いた。女の子が組手のことを聞くなんて珍しいからだ。
「質問?いいよ、僕に答えられることなら何でも答えるよ?」
ニコニコと笑うシドに対して、どこまでも真剣な表情のセシリア。彼女の顔は、どこか戦を前にした武人のようであった。
「さっきの光のことだけど、シドは詠唱なしに魔法を使っていたよね?あれはどういう仕組みなの?」
不思議そうなセシリアに対して、シドが得意げに話し始める。
「ああ、〈印〉のことかい?僕の祖父母は極東にあるジャパネ皇国っていう辺境の国の〈サムライ〉と〈クノイチ〉という職業の人でね。その国に伝わる魔法〈忍術〉は言葉による詠唱じゃなくて特定の動作をトリガーにして魔法が発動するんだよ」
それを聞いたセシリアはゆっくりと目を細めた。
「へえ。そうなんだ……じゃあ、もうひとつ聞かせてもらえる?なぜあのタイミングで手を伸ばしたの?全力で後退していれば大した隙もなく回避できたはずよ。実戦なら腕を斬り飛ばされているわ!」
シドの得意そうな顔が、セシリアの大声で一瞬にして驚きに満ちたものになる。俺もセシリアのその剣幕に気圧された。まるで実践経験が豊富な武人のようではないか、と。
「……!……た、確かにそうかもしれないね。相手がエリアスだから、その辺はなあなあになっていたのかもしれない。指摘してくれてありがとうね」
いきなり怒鳴られたにもかかわらず、にこやかに対応するシド。その様子を見てセシリアはふと我に返ったような顔をした。その後、申し訳なさそうな表情でこちらを見てきた。
「こちらこそ、つい怒鳴ってしまってごめんなさい……」
二人の会話を聞いていて、俺は驚いた。
セシリアは、その可憐な見た目に反して、戦いの知識、いや経験が豊富だとしか思えないからだ。俺たちと同い年くらいの見た目で、実戦を語る姿。それは、俺たちが知っている世界とは違うような、そんな遠い存在のように感じられた。
村一番の天才と呼ばれている俺。それでも追いつけないくらいに、遠く感じられる。
より一層、興味がそそられた。印を知らないはずなのに、実践経験があるような発言。彼女のその強気な瞳。知りたい、と思った。
「なあ、セシリア。お前は強いのか?よかったら、俺と組手してくれ!」
「組手?分かった。得物を見繕うね。訓練用の武器はどこに置いているの?」
セシリアが選んだ武器は大人用のショートスピアだった。
本当はロングスピアを使いたいが身長が足りず、代用品として選んだらしい。
………………
…………
……
「エリアス、もういい?これ以上やっても、戦績は好転しないと思うわ」
結果は10戦9敗1引き分けだった。
「エリアス、貴方は攻撃がおおざっぱね。それに、視野が狭い。隙は多いし、狙いもわかりやすい」
セシリアは俺の欠点をどんどんと挙げていく。どれも自分でも意識していたことばかりで反論の言葉も出ない。
「ただ、攻撃の速さには目を見張るものがあったし、時々見せる突拍子もない挙動には何度も驚かされたわ。鍛錬を怠らなければ近いうちに一人前の冒険者にでもなれるんじゃないかしら?」
少し悔しいが、良いも悪いも指摘してくれるのは有難いことだ。
そこまで言うなら、セシリアも超えて、一流の冒険者になってやる。俺はそう、心に誓った。