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4.君の優しさ

 アドニス。


 私はアドニスが、その心が分からない。どうして、君はそんなことを望んだのか。私は君を救うようなことはしなかったはずだ。なのに何故、君は私を守ってくれたのか。命に代えてもなんて、そんなこと……。


 膨れ上がった怒りも、虚無感も哀しみに塗りつぶされていく。


 アドニス、私には分からないよ。


 君のその優しさが私には分からない。


 本当に君は優しすぎて、眩しすぎて。アドニス、死ぬ時くらい、自分のことを願っても良いじゃないか。それに君には確か、まだ家族がいたはずだ。もうじき滅ぶ世界とはいえど、最後の願いくらい家族に会いたいとか、もう少しだけ生きていたいとか、そんなので良いじゃないか。私は、そんな君にこそ生きていて欲しかったのに。アドニス、何故なんだ。


 私は答える相手がいないとわかっていてもなお、そう問いかけたくなった。


 アドニスは、もっと素直に自分のことを考えるべきなんじゃないのか。生きたかったとそう願っていいじゃないか。何故私を、そして人を優先するんだ。私なんかよりも、大切な者達がいるはずなのに。アドニスは、私の大切な仲間で、私よりも素晴らしく優しい人間だった。


 なぁ、アドニス。


 私も同じ気持ちだよ。


 私も、君を助けたい。生きている間では返しきれなかった恩を今こそ返したい。


 溢れ出る涙を、やり場のない怒りを堪えて、私はその願いを口にした。


「それは私も同じだ!彼が助かるなら、何でもする!」


 私は感情に任せて叫ぶ。それが心からの願いだから。叶わないことくらい分かっている。初めからそれが叶うならば、この場にアドニスはいるはずだ。アドニスが消えたという、その意味。分からなかったわけではない。だが、それでも言わずにはいられなかったのだ。私の心はアドニスに救われている。アドニスは、私に必要な人なんだ。


 そんな祈りを込めた願いは案の定、鼻で笑われる。私は、やっとここにきて心からこの声の主を憎いと思った。そして、ようやくそれが人を超越した何かであり、私を対等としない存在だということも確信した。


「既に失われた者を元に戻すことはできぬ。何よりお前を救いうる力は、奴の最期の願いにより生み出されたものなのだ。」


 無慈悲だ。私の世界を捨て去った無力な神も所詮ここまでなのか。


 アドニス、君の願いは聞き入れられたようだ。


 こんな私に、君の願いに見合うような答えを出すことを託すなんて、な。


 ……心が、切り裂かれそうだ。


 私は、ここでは無力ではない。


 選択ができる、自由がある。


 請い願ったはず希望は、私を苦しめた。


「……時間だ。答えを聞こう。同じように苦しむ異世界の人間たちを見殺しにするか。それとも新たな存在となってその世界を救うのか。選べ」


 選べと言われても、私に選択の余地はない事は火を見るよりも明らかだった。どうやったら、拒否することができるというのだ。アドニス。君の優しさが、私は……少し憎い。願いを託すようなことをされたら、私はやるしかないじゃないか。それにこの声の主の言葉を信じるのであれば、もうアドニスは消えたのは疑いようのない事実だ。


 ここで何もせず、死ぬことを選んでも、彼の傍に存在することはできないのだ。何よりそれは、アドニスの願いを無下にするような行為だ。私はアドニスの心に、その願いに報いたい。例え、それが一人でゆくには険しい道だとしても。行くしかないんだ。それならば、道は一つしかない。


心の底から溢れ出る絶望を抑え込んで、必死に言葉を絞り出していく。アドニス、君ならきっとこう言うだろう。私が知るアドニスはそういう人間だった。私にはできない答えを、平然と当たり前のように出すんだ。


「……分かったよ。私は救う。どうせそれしか道はないんだろう?」


 また声の主が静かに笑う。私の思考を見透かすようなその笑いには心底腹が立つ。この者にとって、私は手のひらの上で踊る人形でしかないのだろう。そして、アドニスもまた。だが、決して力が及ぶ存在ではないことが明らかである以上、下手に反抗するのは得策ではないと私の勘が告げている。


何より私がいくら反抗したところで、既に消えた彼に会えるわけではないのだから。燃え盛るような激情を押し殺して声の主の返事を待っていると、どこか嘲笑うような声でそれは私に返してきた。


「良く分かっているな。それならば世界の理を知り、その世界を破滅に導く機構を見出して破壊せよ。」


 つくづく、腹の立つ言い方をする。


 曖昧な言い方にすら、苛立ちを覚えながら、私はその言葉を反芻する。


 世界の理。世界を破滅に導く機構。キーワードは覚えた。後は新たな存在だか何だか良く分からんが、私はその機構を破壊できるような何かになって戦うだけなんだろう。今までやってきたことだ。その規模がなんであろうと、私はアドニスのために。そして、自分のために決意した。


 決して、この神らしきもののためではない。私の決めたことなのだ。


「必ずやり遂げてやる。……それが、あいつの願いを叶える事になるのなら」


 そう答えた直後、私の意識は暗転した。


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