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2.二人きりの戦い

「……そろそろ、時間かな」


 アドニスの声を受けていつの間にか下がっていた視線を上げる。すると、魔物の軍勢が再び視界内に現れていた。わらわらと蠢く黒い影。私はその禍々しさに嫌悪感で眉を潜める。あの影が私の故郷を脅かす。自分の中にあるスイッチが、自然と切り替わるのを感じた。郷愁に浸るための、休憩の時間は終わりを告げたのだ。そろそろ遠距離攻撃を仕掛けないと、取り返しのつかないことになるだろう。


 少なくない経験によって出来た勘は、私達を助ける。だが、それだけの経験を重ねてもなお、魔物は姿を現し続けた。経験するということ自体は大切だが、ここまで経験を重ねるとなると、いい気分には到底なれない。ふう、と勢いよくため息をつくと、私はアドニスと同時に立ち上がった。


「全く……きりがないな。私が炎で奴らを取り囲んで、風で煽って炎を高くする。そこに光の矢を打ち込んで、一気に始末してくれ」


 私はアドニスに提案する。すると、アドニスはいつものように頷く。アドニスの表情はわずかな緊張感を滲ませている。柔和な表情ながらも、その目線はまっすぐ魔物達に向けられた。彼の理知的でありながら、冷ややかさを含んだ瞳は、魔物を貫く軌道を計算していた。


「分かった。突っ込んでくる奴らはどうする?」


 光魔法こそ他の追随を許さないアドニスだが、近距離戦はあまり得意ではない方なのだ。それにアドニスは使用している武器のリーチが私よりも短い。万一の場合に備えて、私が敵を受け止める前衛としておくのが最善だろう。この場合、主戦力はアドニスになるのだから。


「私が引き受けて、この槍で一気に始末してやる。気にするな。……行くぞ!」


 私が遠くに炎と風の細かい魔法陣を連ねて炎の壁を作り上げる。その間に、アドニスが長い詠唱に入り、目の前に再び大きな白い魔法陣が展開された。そしてその白い輝きは彼の言葉が積み重なるたびに強くなっていく。

そして、第二の太陽さながらの光量になることを私は知っている。アドニスは高等魔法使いだ。私の知らない呪文を何やら長ったらしくぶつぶつと唱える。何を言っているのかもさっぱり分からないのだが、それによる光魔法の効果は絶大だ。


 そして光の矢が一斉に放たれる。見渡す限りに白い光が分散し、眩く輝いている。その光の中から、数体の大型の魔物が飛び出してきた。


「こいつらは、任せろ!」


 私は鋭さを強化する闇の魔法を槍に纏わせる。そして、魔物の懐へと飛び込み切り裂いていく。一体、二体と薙ぎ倒し、全ての討ち漏らしを仕留めたと思った、その時だった。


「……!」


 アドニスの声にならないうめき声が聞こえた。嫌な予感が頭を過る。その予感を振り切るために、私は一気に振り返る。すると、一体の魔物が光魔法の一種である不可視の魔法を使ってアドニスに接近していた。そして奴の爪が、アドニスの体を捕えている。


 ……何ということだ。


「アドニス!!」


 私はアドニスの方に駆けて行った。私の頭には彼のことしかない。命が、また溢れていく。彼の胸の数か所の点から、その体をじわりじわりと侵食していく赤色。それは姿が見えない魔物によるものだ。奴の爪は、アドニスの体を深く貫いていた。そして彼の体は、無慈悲に地面に投げ捨てられた。


 私の怒りに燃えるはずの心が、悲しみに一気に染まる。悲しみは私の思考を揺さぶった。


「風よ、癒せ。大地よ、彼を守れ」


 家族や友人を魔物の襲撃で失った私にとって、彼はたった一つの心の拠り所であった。私は必死の思いで苦手故に自分には必要ないと切り捨ててきた回復魔法を唱える。震えそうになる唇を叱咤して、私は思いを込めるように魔方陣を展開していく。緑色に輝く魔法陣の柔らかな光がアドニスを包んでいく。


 続いて彼とそこにいるであろう魔物の間に防壁を作る。そしてアドニスの方へ駆け寄り何とか見えない魔物と防壁の間に割って入ると、足音で大体の場所を推測。その重心から、動きを予測して、奴の体を槍で貫いた。姿を消していたそれが力を失って姿を現し黒い霧となって消滅したのを確認すると、私は防壁を崩してアドニスの状態を調べることにした。


「……ル……クレー……シャ……?」


 崩れた防壁から現れたのは、残酷な結果だった。予感は的中した。ぜいぜいと音をたてながらも、途切れ途切れになる彼の呼吸。その中で絞り出す声は無惨。滑らかな言葉にはならなくて、私の心を抉る。酷い出血が辺りを、ゆっくりと赤く染めていく。虚ろになっていく瞳には、おそらく私の姿は映っていない。瞬時に、自分の回復魔法では救えない事を悟る。それでも、奇跡が起きるなら。そう思って必死に風の力で彼に癒しの魔法をかける。


 効率なんて、もういらない。


 私は、自分の矜持を捨て去った。


 視界がぼやけていく。


 無駄なことを、私はしている。


 それなのに、魔方陣の起動を止めることはできない。


 ……なんてことだ。


「……アドニス……嫌だ……私を……私を置いていくな!!!」


 アドニスの頬に、雫が落ちる。それは、私の瞳から零れたものだった。その時。私の背中から胸にかけて、大きな衝撃と、後に続く鋭い痛みが走った。


 アドニスを見つめていた私はその射出方向を見やった。警戒を捨て去った私を貫いたのは……。


 敵が放った、闇の弾丸だった。それは私の左胸を貫いていた。ここには私達を助けられる人間はもういない。つまり、もう、二人で死ぬしかない。そのことを悟ると同時に、私の意識も薄れていった。一瞬、軽くなったと錯覚した体は、強く地面に叩きつけられる。


 私は倒れたのだ。


 もう、限界だった。


 アドニスが死ぬなら、私はもう立てない。


 心の中に広がる絶望感は血となって、喉まで込み上げる。吐き出した血は口の中で、苦く広がった。しかし、絶望感に浸るのを余所にして、心の底にはまだ燻っているような強い思いが残っていた。


 それは、いわゆる無念、だ。


 アドニスと共に命を懸けて守ろうとしたこの世界を、私は救いたかった。それができないのだしてもせめて、彼だけは守りたかった。


 だから私は、この世界を救いたいと願ったんだ……。


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