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1.終末戦争

「ルクレーシャ、そっちに行ったぞ、気を付けろ!」


「アドニス、私は大丈夫だ。任せろ!」


 私達は今、結界から溢れ都を狙う人喰らいの魔物と戦っている。都が陥落すれば、この世界は滅亡すること間違いなしだ。私は仲間であるアドニスの声を受けてこちらに駆けてきた魔物を槍で薙ぎ払う。そして、遠くにいる魔物に向けて紅く輝く魔法陣を展開した。魔方陣から射出される炎は術者である私に熱気と風を感じさせた。放った炎は奴らのいる一帯を焼き尽くし、灰塵となったそれは風に流されるように一瞬で消えた。


 その光景に手応えを感じながらも、どっと疲労感が私を襲う。


 この一瞬で魔力を一気に放出しすぎたらしい。その影響による身体への負荷で息が上がる。私は槍を支えに呼吸を整えながら、ため息をついた。


「……全く、なんで、ここまで魔物が……」


 呼吸を整えるついでに、思わず口から言葉が零れる。私が生まれるより遥か昔のことだ。数十年前までは遥か遠い町で魔物を魔界と呼ばれる領域に隔離しておく結界装置が機能していたらしい。だがある時、なんらかの理由で結界が破れてしまい、ついに魔物の集団はこの都まで迫ってきてしまっていたのだ。


 それからというもの、抵抗手段を持ち合わせていなかったこちら側は大人から若者まで、私のような女も含めて皆が戦に駆り出されていった。そして、次々と儚く散っていった。仲良くなったこの部隊の同期も、残すは私、ルクレーシャともう一人、アドニスだけ。


 絶望的な状況。


 膝をついた私に向かって駆け寄ってきたアドニスが、私の肩に触れて顔を覗き込んできた。そんな彼の顔にも、隠しきれない疲労がたまっている。


「ルクレーシャ、大丈夫か?魔力回復を」


 彼は私を気遣って、魔力回復の発動をしようとし始めた。この状況には、不釣り合いなほどに優しい声色で、私を助けようとするアドニスの甲斐甲斐しいその気遣い。戦場では少ないだろう、貴重なものだ。しかし、私はそれをはね除けた。


「そんなのする暇があったら、得意な光魔法ぶっ放して奴らを片付けろ!」


 私はとっさに八つ当たりのように声を荒げてしまい、直後に後悔する。アドニス自身にも余裕はない。それでも心配してくれているというのに、戦況ばかりを気にして戦闘の効率を優先してしまう。これは私の悪い癖だ。いくら戦況を見極めた上での発言だとしても、だ。


 彼にされるほどの気遣いを、私はできた覚えがない。そんな余裕を持ち合わせていないからだ。やってしまったと、瞬時に思うが今の状況は私に言い訳を許さなかった。話す時間や労力すらも、今の私には惜しいのだ。


「分かった。無理はしないでね。少し下がって」


 アドニスは私の発言で、魔力回復の発動を中断した。彼は気分を害したのではなく、私の意思を優先したのだ。彼は静かに私の前に出て剣を構える。アドニス自身にも余裕はないだろうに、彼はいつも、それとなく私を庇おうとしてくれるのだ。全く、アドニスは本当に優しすぎる。軍人には相応しくないほどに。


 彼の優しさが、彼の命を奪うことがないように、私も強くならなければならない。そう、自分に喝を入れながら、視線を上げる。自分が苦しいからと地面ばかりを見ているわけにはいかない。私には戦わなければいけない理由があるのだ。


「光の矢よ、魔を射抜け!」


 アドニスの声が響く。同時に目の前に白く輝く巨大な魔法陣が展開され、無数の矢が遠くにいる魔物達を貫いていく。この魔法の命中率や精度はとても高い。アドニスの得意とする光魔法は私を魔力回復させるよりも、魔物達に放った方が格段に効率がいい。そして視界の範囲内の魔物は全て倒れ、黒い霧となって消え去った。


「……少し、休もうか」


 疲れ切ったのを誤魔化すようにアドニスが笑う。私も頷きながらそうだな、と答えてちょうど良く近くにあった丘にある木を指差す。


「あそこで休もう。……ここじゃ、日差しが、邪魔だ」


 木陰に入ると、涼しい風が顔を優しく撫でる。戦闘で火照った体を冷やしきるには不十分。だが、その長閑な優しさは私達の緊張しきった体をほぐすには充分だ。私達はそれぞれ水筒に口を付けると、中の水をぐいと飲み干した。乾いた喉に染み渡る水は、本当にうまい。一息ついてから、私はアドニスに声をかける。


「アドニス、さっきはありがとう」


 私からの突然の言葉に、アドニスは驚いた様子でこちらを見た。そして彼はそっと微笑んだ。


「いいんだよ。戦況を常に気にするのは、軍人として重要なことだからね。あの判断は、間違っちゃいないよ」


 そう言われたら言われたで、返す言葉に困るものである。友の気遣いを無駄だと、酷いことを言ったのに、そのように正しいと全てを認められてしまったならば、下手に謝ることも相手を否定することになってしまう。私は彼に伝えるべき言葉を選ぶために迷いに迷って、長い長い沈黙の末にどうにか口を開くことができた。


「ありがとう」


 それが、今言葉にするには私の精一杯の答え。


 アドニスはそれを聞いて、なんでもないことのように、それでいて優しく私を包み込むかのように彼はゆっくりと微笑んで頷いた。そして暫く、私達を優しい沈黙が包んだ。互いの息遣いと、そよぐ風、サワサワと音を鳴らす木の葉。


 私は、かつて当たり前だった景色に思いを馳せる。目を閉じれば、私はいつでもまぶた裏に愛する故郷を見ることができるのだ。そこにいられないという哀愁も、勿論ある。だが、それらの思い出は私の力に繋がった。


 全てはあの優しき日々を取り戻すために。


 この決意は、私の疲れきった体に再び力を与えるのだ。


この話から第5話までリレー小説に微修正を加えたものの為、他の方の手が加わった文章となります。

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