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7/11

第七話『ゼファン傭兵騎士団』

令和最初の投稿です。


遅れに遅れて、予定とは話の進みが少し遅れた感じです(汗)。


冒頭部分、街道とか領邦の位置とか訳わからないと思うんで、来月の上旬までには簡単な絵を入れるつもりなので許してください・・・。


5/30追記、今後の展開で齟齬が生じそうなので書き直しと差し替えを行います。

11/10追記、書き直しを完了させました。

予定が遅れに遅れた・・・。



 恫喝と示威。

建前上ベビドゥール公爵エクシアンの誅伐を掲げる俺達誅伐軍が、分散している別働隊を含めて三万もの軍人を集めてベビドゥールに行く目的の大半はそれであった。

皇帝直属の軍が総勢で三十万であり、その一割もの大軍がワザワザ“俺の顔に火傷を負わせた”事に対する責任者出頭の為に派兵する事は、『皇帝陛下はそんなにも激怒しているのだ』と、エクシアンだけでなく国内外の第三者にも示す効果を狙っての事だ。

 これによってエクシアンの出頭を促し、場合によってはその場で逮捕し帝都へと連行する。

順調に行けば、ベビドゥールでの行動はそうなる筈だった。

恐らく、誅伐軍派兵を知った無関係の貴族達はそう思い、少なくとも今まで通過してきた貴族達はそれを理解していた。

しかし公爵は違った。

 俺を(さっ)する事で利が得られると思った者と手を組んで、俺の暗殺と誅伐軍壊滅の為に夜襲を仕掛けてきた。

結果として軍団は実際に壊滅。

大半の兵士が敵軍に殺され、俺達は別の襲撃者対策と兵数確保の為に、経路の変更を余儀なくされている。

 誅伐軍本隊の具体的な生存者数はわずか四三三名。

六千人も居たにもかかわらず、その殆どが武器や甲冑を脱いで休暇を楽しみ、酒宴に耽っていた。

その油断の所為で、殺意に満ち溢れた襲撃部隊に殺戮されるのは、当然と言えよう。

不幸中の幸いにして、一般平民の犠牲者があまりにも少なかった。

タリナ都市伯の領都タリナは温泉の出る観光地として人気が高いが、連中は殆ど酒場や食堂に集中して襲撃をかけていた。

軍人というのは行軍中の余計な諍いを避ける為に、現金を持つことが許されない。

故に、中継地点の市街地での酒宴は酒場や料理店を軍の元で貸し切ってやる必要があるのだ。

これは帝国軍では当たり前であるらしく、その常識が功を奏した。

結果として酒場で兵士達に対応する一部の商人や料理人などが襲撃部隊の手にかかってしまったが、兵士が五千人以上も殺害された事に対して、タリナの住人や観光客は二十人程度が兵士と誤認されて殺害されたという恐ろしく偏った被害者割合になった。

いや、数字で語るのはいけないな。

殺された一般市民二十人に何も落ち度が無く、兵士達もまた大事な命を失ったのだから。

既に死んでしまった者達に今の俺が出来ることと言えば、冥獄での償いの短縮と彼らの来世の幸せを願うことくらいしかなかった。

 「ファイレーガ侯爵領に進路を変える。」

 タリナ城の執務室の机に広げられた国内地図を貴族達が見下ろす中、俺はタリナ都市伯領の南南東辺りに位置する場所へと持っていた棒で指し示した。

 「このまま東へ向かう街道は危険だということですな?」

 左隣に立つカリスが頷きながら口を開いた。

そのとおりだ。

 昨夜の襲撃者はフィサリス軍が大半で、ブレイドとファム曰くエクシアンの手の者は百人も居なかったとのこと。

 だがしかし、わずか百名程の騎士達だったとは言うが、エクシアン軍が先行していた偵察隊や、通過する領邦の治安兵達の監視を掻い潜ってここまでやってくるには限界があった。

 表立ってはシーザーの所業を非難している貴族達だが、何処かの領邦がエクシアン家に裏で加担していると考えるのは、ガタン=ル=フィサリスが昨晩の襲撃の手筈を整えたという事実から当然の帰結であった。

この先の領邦にいる貴族達が俺に対して牙を向く可能性は、決して低くはない。

 「特に東隣のネイグリーゼ都市伯領領主とその北のパルジャン方伯領の代官は、どちらもガタンの従兄弟で、更にパルジャンの領主に至っては第二皇子フォンジットの正妻の実家だ。」

 「確かに、第四皇子ディガルド殿下の姻族であるガタン卿が殿下の御命を狙った事実から言っても、パルジャンは危険と言えますね。」

 俺が用途不明の長い棒でポンポンと、タリナの隣とその隣の領邦を指し示すと、実際にガタンを斃したファムがウンウンと納得したように首を縦に振った。

 「そういう意味ではここの二つも危のうございますな。」

 俺の向かい側に立つブレイドが更にパルジャン方伯領の東隣と、更にその東隣を指差す。

カヴァオルン城伯領とオヴァオルン城伯領だ。

 「そこの領主は確か元第一皇女ティアリス卿の嫁いだデーンドロン家だったな。」

 俺は、二歳の時に人生で初めて参加した結婚式の事を思い出す。

この国の皇帝は例外なく男系継承である。

それ故に皇位継承権順位が低く、とりわけ同母弟のいない皇女という者は、早々に臣籍降嫁させられる事が多い。

 当時のティアリス叔母上は皇女の中でその条件に唯一合致している皇女で同母の兄弟の居ない皇女であった。

だがそもそも、本人としては帝位に即くつもりなどさらさらなかったようで、皇城ズァルジフェンで盛大な結婚式を皇帝主催で挙げてもらい、夫であるサイガル=ル=デーンドロン方伯と共に領地へと転居していった。

 方伯が本拠としているジレー方伯領でも、皇帝から送られた結納金を元に盛大な結婚式を行ったという話を、招待を受けた新婦の元教育係の中年の侍女が話していた。

しかし、それも一昨年の事。

 教育係だった中年侍女が受け取った手紙や、皇帝に届いた書面曰く、ティアリスが懐妊したという。

生まれてくる子供の為に、帝位の野望を抱く怖れもあった。

ただ、ティア叔母上に関しては、女系継承が認められていないと知っているので、それはないと思いたい。

 「ですが、それであればそちらを通らずに、こちらの街道を進めばよろしいのでは?」

 と、カリスが本来進軍するはずだったケタルファ街道の途中から、南に並行する街道へと指を添わせた。

確かにタリナ(ここ)からエクシアンの本拠地のベビドゥールまで行く最短距離は、ベビドゥールの先のベルタード辺境伯領領都ベルタルまで続くケタルファ街道を通ることである。

このケタルファ街道、ネイグリーゼで支流と言うべき別の街道に分岐するのだ。

 それこそがカリスが指を這ったケタルヴェ街道。

実はケタルファ街道は、ネイグリーゼ都市伯領のほぼ南半分を占めるネイグ山脈という山々の北側の麓を沿うように伸びている。

逆に南側の麓を沿うように進むのが、このケタルヴェ街道というわけだ。

 二つの街道は山脈を挟んで大きく南北に膨らむように逸れて東へ進み、ケタルヴェ街道は途中で南北に伸びる別の街道に辿り着く。

そしてそのポルクス街道を北上すれば、ベビドゥール公爵領へと行くことが可能。

こちらを使えば、俺達の隊を襲撃するかもしれない領邦は、ガウン山脈に阻まれて手出しは出来ない。

 迂回する道筋ではあるが、最長でも十日到着が伸びるだけで済む。

但し、ケタルヴェ街道を使う道程は、別の懸念も存在する。

 「どちらにせよネイグリーゼを経由する時に襲撃されるかもしれない。

ガタン=ル=フィサリスの父妹子、キャブト=ル=ガベイラ都市伯が従兄の死を知って仇討ちに来ないと言い切れないだろう。」

 そう、この旅路の二つの欠点のうちの一つがそれだ。

分岐点がネイグリーゼ内の領都の直ぐ側に存在する以上、避けては通れない道なのだ。

昨夜の戦いをフィサリス家かエクシアン家の雇った密偵が、ガベイラ都市伯の元へ報告したかもしれない。

もしくは、俺達がこの前まで滞在したボアン都市伯領に行ったかもしれない。

 そう考えれば、俺達がここに居る事自体が危険でもあるのだ。

今日中に出発しなければ、北のボアン側と東のネイグリーゼ側から挟み撃ちにされる懸念があった。

 そしてケタルヴェ案のもう一つの欠点がある。

俺はそれらへと棒を指し示した。

 「この二つは、皇族との縁は殆ど無いに等しい。

が、別の意味で危険がある。」

 「パレイオと、フェズ・・・でございますか。」

 差した先はケタルヴェ街道の半分以上を占める大きな領邦と、その二つ東隣の大きな領邦。

パレイオ辺境伯領とフェズ方伯領は、ネイグ山脈の南側から広がる高原地域にある。

 ブレイドとカリスは脳内に疑問符を浮かべたのだろうな。

こいつら、帝国の中枢の最重要ポストにいながらも、基本的に内政担当ではないので覚えていないのだ。

 「この二つは六年前に起きた飢饉で財政難になって、シュピーゲル家から多額の借金をしている。

パレイオなんぞ三年前に利子が払えなくなって、領内の鉱山の経営権をドレイク爺様に売ったらしいじゃないか。」

 母方祖父の貴族らしくない商才に、俺が呆れつつも感心して口を開くと、眼の前の二人の老人は思い出して納得したように目を大きく見開いた。

 「それが、なんで危険なんです?」

 「二つの領邦が俺を人質にして、シュピーゲル家に債務の帳消しを迫る可能性。

・・・これが無いとは言い切れないよな?」

 「そのようなことは・・・。」

 ファムの疑問に答えると、カリスが考えすぎだと思って首を振ろうとしたが、慌ててその動きを止めた。

思い出したのだろう。

昨夜に起きた惨劇の一因が、自分達の油断にあった事を。

 「ですがそれならば、スピ街道を通ってファイレーガまで参られたとしても、その先のレダフォルゼ侯爵領も同じ飢饉でドレイク卿への債務があったはずですが、そこで襲撃される可能性が有るやもしれませんが?」

 タリナ都市伯領領都タリナから東に出てすぐに分岐して南下するスピ街道。

ブレイドはそれへと指を撫でて指し示し、ファイレーガを通過した先の侯爵領で指を止めた。

 「ああ、貴公等は知らないんだ。

レダフォルゼ侯爵、エタナー=ル=フォエヴァンの一人娘のシュカとは会ったことがある。

年齢は俺のひとつ下で、エタナー卿は俺の婚約者に推挙しようとしているらしい。」

 俺は意地悪な笑顔を、ブレイドに向けた。

二月程前に、皇城内で俺は親父同伴で侯爵夫妻とその娘に会ったことがあるのだ。

 侯爵がまだ三歳の娘を俺に会わせた理由は、唯一つ。

娘と仲良くさせて、俺に嫁がせようとしているのだ。

それには娘の幸せ以外の実益も絡んでのことだろう。

 俺はわざわざ言うまでもなく筆頭皇孫で、皇位継承権は限りなく一位に近い第二位。

第一位の親父が即位すれば自動で第一位に繰り上がり、将来の皇帝として確定している身分だ。

故にフォエヴァン侯爵は俺の次の皇帝の外祖父としての権勢拡大と、俺の母方の家系であるシュピーゲル家の持つ自身への債務を帳消しにさせようと図っているのである。

 「フォエヴァン家にとってはむしろその方がいい。

ヘタに俺に敵対する様な博打をするより、俺に媚売ってシュカを俺に嫁がせたほうが利益はある。

パレイオ辺境伯のトランジェ家にも娘がいるけど俺の八歳も年上だし、フェズ方伯のレオパルド家は男兄弟ばかりだから、どちらもフォエヴァン家と同じ手段は使えない。

だから可能性に賭けて、俺を襲撃するかもしれないんだ。」

 俺の言葉に、ようやくカリスとブレイドの二人は納得して頷いた。

しかし、スピ街道を使ってファイレーガ侯爵領とレダフォルゼ侯爵領を通って、ポルクス街道を北上するという俺の発案にも心配する事があった。

 ケタルファ街道やケタルヴェ街道よりも大きく南に迂回してしまう為に、時間的に大幅な遅延を計上しなければならないという事と、ここからファイレーガに行くまでには、スピ街道で最も危険と言われているレーソ森林地帯の近くを通るからである。

 地図で見れば分かるのだが、レーソ森林はタリナ山とファイレーガを隔てるように存在する樹海で、ここには数多くの魔獣や巨獣が存在するという。

 魔獣が街道まで現れ、旅人や行商人が被害に合うことも少なくなく、それ故にスピ街道の中でも、その部分だけは人の往来が極端に少ないらしい。

 しかし、流石にここ以外を通ってファイレーガに行くとなると日数がかかりすぎるのだ。

だが、六千の兵士が四百になってしまった以上、何処かで兵士の補充は必要になる。

だからこそファイレーガに行く。

 帝国第三の都市と謳われるファイレーガ侯爵領領都レガ市の人口は、五十万人を超える。

帝国では侯爵領の場合、常住人口に対して最少一割以上の常備兵が置かれている。

その事を考えれば、五万人以上の兵士が居る計算だ。

甘い考えかもしれない。

だが、そこから一割徴発すれば五千人、そのくらい居れば面目は保てる。

その後はレダフォルゼ侯爵領へ赴いて、フォエヴァン家の兵士を少し借りる事も出来るかもしれない。

しかし、他の道ではそれが期待できないのが一番の違いなのである。

 「ファイレーガに行くという事でよろしいのですね。

では、早馬でレガ市へ・・・。」

 「いや、待て待て。

ここから直接出発させたとなると、何処かに居る密偵に行動がバレて、敵に準備する暇を与えてしまうから、途中から出すほうが良い。」

 カリスが、部屋の外に控えている兵士に伝令を出すように後ろを振り向くと、俺はその行動を遮った。

 「成る程・・・殿下の閃きには我々の知識や経験を凌駕する事が多々ありますな。」

 感心した溜息とともに大きく頷いたカリスであった。

 「・・・恐れながら殿下、北隣のボアン都市伯領への派兵はいかが致しましょう。」

 そうして出発案が纏まったと思いさあ出発だと皆の意見が一致して、俺が謎の棒を机の引き出しにしまい込もうとした時に、ここの代官であるメイジーが口を開いた。

 「ボアンはフィサリス卿の領邦で御座います。

もしかしたら、あちらにも軍が用意されていて、ここに攻めてこないとも限りませんが・・・。」

 「・・・・・・あっ。」

 忘れていた。

 

 _____________________________________

 

 フィローザイン皇孫殿下のもうひとりの祖父、ドレイク=クロジュ=ル=シュピーゲル・ジャッパ・フルドという男は金運と商才に恵まれた男だ。

あの者の治めるジャッパ辺境伯領は、その名の通り隣国との境にある領邦だが、近隣諸王国はドレイク卿が幼い頃に帝国と友好条約を締結し、それ以後は諸国と帝国との交易の拠点として発達してきたのである。

 家督を継ぎ、交易や関税などの様々な税収から莫大な財を築き始めた卿は、その財を元に国内の投資や、他の貴族への融資でますます財や国内権力を掌握し始め、更に財を蓄えるという事が出来た。

 軍人生活が長く帝国各地へ行ったことのある吾輩であったが、その発展度合いは帝都と同等と言っても過言ではなく、領都のジャッパ市が二十年程前に帝国三大都市と謳われるようになったのも納得がいった。

 しかし、彼の財は途方も無いものだと、感嘆する。

今回の誅伐軍全軍を運用する軍資金はその九割以上をドレイクが献上した。

 「皇孫殿下は、小生にとっても可愛い孫にございます!!」

 顔に包帯を巻いた殿下を見て嘆いた彼は、エクシアン公爵に激しい憎悪と殺意を隠そうともせずに怒りを覚え、この国の常備軍事費の一年分に相当する額を即座に陛下へと献上したのである。

 陛下や当の被害者であるフィローザイン殿下よりも、彼は激しい怒りを露わにし、彼の要請で誅伐軍が編成されたと言っても過言ではないのだ。

事実、予備の軍事費として過剰な財を我等本隊は兵站費用として運んでいる。

陛下や殿下はエクシアンに対して飽く迄も恫喝と示威に徹しようとしているが、彼の家臣から編成された誅伐軍第五軍は、ベビドゥールに侵略する気概に満ちているだろう。

 当初の予定だと、本隊である我等の後備えとして同じ経路を四日後に通り、ベビドゥール到着直前に合流をする筈であったが、こちらの予定変更とボアンの領主の明らかな反抗から、一応義弟(ブレイド)がタリナで一五〇人からなる分隊として駐留する事になった。

ブレイドと第五軍の総勢六一五〇人で、ボアン都市伯領を攻略するという手筈だ。

 フィローザイン様は、速度が重要と仰った。

その殿下の案で、ファイレーガ侯爵領に向かう吾輩含む二八三人は、全て馬車らを使い徒歩よりも早く移動すると決まった。

 しかし、その為の馬車が足りなかった。

そもそも馬車は、ごく普通の木製幌付き二頭牽き馬車で総勢二十人は乗れる計算だ。

ここまで馬に乗ってやって来た吾輩を含む二十六人の騎士は自前の馬があったが、残りの二四九人の乗る馬車は流石にタリナの軍には無かった。

全て載せて念の為の予備を含める二頭牽き馬車が十四台必要で、その倍の馬が必要な計算だ。

幸いな事に、馬は代官達が管理している牧場にいる騎士用や連絡用の予備馬を提供してもらえるということなので、男爵の提案を受け入れた。

 足りない馬車を購入するために、吾輩や配下の騎士達はこの街の隅から隅まで駆け巡り、普通の馬車を手に入れてきた。

予定では本日の正午には出発し、遅くても日が落ちるまでにスピ街道に入る必要がある。

故に、条件に合致する普通の木製幌付き二頭牽き馬車を求めて、奔走することとなった。

 

 

 

 ぐおおおん、ぐおおおんと城下街中央広場に聳える塔の最上階から時計仕掛けで鳴らされる正午の鐘の音は、市街地の南端に位置するタリナ城まで聞こえる。

 「足りないなぁ・・・。」

 正門の外に並べられた馬車を一瞥して、フィローザイン皇孫殿下は溜息を吐いた。

平民らの朝餉の時間から今まで、およそ四時間しか猶予がなかった。

 そして購入できた馬車の数は、十一台しか無かったのである。

予定の数に三台も足らず、しかしてあからさまに不満を述べないのは、殿下の我等に対する心遣いなのだろうか。

 申し訳ないと思ったのか、騎士の一人は締切十五分前に、自分が後で払うと書面に記名して屋根のない作物運搬用の馬車を三台慌てて買ってきた。

 「仕方ないな。

術士達は兵糧用の馬車と、クリデス用の馬車に分散乗車。

あとは野営中に屋根付きに改造する他ないと思うが、それでいいな?」

 吾輩とファム卿へと殿下が視線をお向けになられた。

 「御意。」

 「畏まりました。

ついでに、クリスタル=デストラクションの魔力封入も交代でやらせますね。」

 無論それで妥協するしか無いと感じ、吾輩は頭を垂れる。

 「それから、最終的に決めるのは貴公だろう?

騎士に勝手な判断をさせるな。

代案は実行する前に提案するように、騎士を叱っておけ。」

 殿下は吾輩を指差して声を荒げた。

今回が初陣の若い騎士が、屋根のない馬車を自費で購入しようとしたのだ。

 確かにそのとおりだ。

結果として此度は名案として受け入れられたが、本来ならば叱咤を受けるべき行動だ。

 「承知致しました。

厳重な注意として本人に、以後勝手な判断はしないように徹底させます!」

 殿下の聡明さに、若い頃の陛下と話しているかのような錯覚を抱いて、吾輩は目を見開いた。

齢四つでこの頭の回転の良さだ。

今後の成長に期待してしまう。

不敬ではあるが、陛下が崩御なさって次代にフィローザイン様が即位したとしても、吾輩は一切の不安や躊躇がなく忠誠を誓えるだろう。

既に、殿下は人として成熟なされていると言っても過言ではない。

 そうだ。

ブレイド曰く気力に目覚めてから、殿下の喋り方がお変わりになったという。

それどころか、思考能力も成人と何ら遜色なくなったのもその時だ。

これも気力という不思議な力の為せる技なのかもしれない。

 

 

 

 _____________________________________

 

 

 

 領都タリナを東側から出立した俺達は、ケタルファ街道を東に進む。

タリナ都市伯領自体は、タリナ山に沿って点在する村々を含めた領地である。

そのタリナ山と、アルム川からの水が注ぎ込むジュキン湖の間にある山岳地帯に作られた街道こそがスピ街道で、ファイレーガ侯爵領を抜けて更に南部へと続く様に作られている。

 「・・・ここまではなんともないか・・・。」

 俺達と二八三人の兵士達が乗る馬車達や馬たちは、領都タリナを出発して二十分程で街道の分岐点からスピ街道へと入った。

 油断はしない。

しかし、一先ずは安心といったところだろうか。

 本来の予定を外れたこちらの街道を使うことは、今日になって決めた完全なる独断だ。

つまり誅伐軍本隊である俺達以外は知らない筈だ。

 実の所、兵士達にもどこに行くのかは告げていない。

行軍速度を上げて、少し遠回りするとしか知らせていないのだ。

 スピ街道からファイレーガ侯爵領までは、距離にして約一九〇グレップ。

成人男性が一日に十二時間歩いたとすれば約五日はかかる計算で、もしタリナで襲撃が無く六千人が行軍するなら十五日以上は日時を要する。

 だから速度が重要なのだ。

大軍がノロノロと目的地の分かる場所まで移動していれば、行く先々で対策を講じられるのは当たり前のことだ。

恐らく、エクシアンの騎士とフィサリス軍は万端の準備で俺達へ夜襲を仕掛けただろう。

 俺や二八三名の騎兵達が生き残ったのは、念の為に持ってきた巨大魔石で作ったクリスタル=デストラクションと、カリスとブレイドの応用戦略、それに敵の油断に助けられたに他ならない。

だからこそ密偵を使って監視しているかもしれない敵の出鼻を挫く為に、兵士を全員馬車に乗せた。

 幸いにもこちらには大量の現金があるのだ。

これを有効活用させない手はない。

 「そろそろ見えてきますね。」

 窓から頭を出して進行方向を見ていたミカが、俺に告げた。

 「やはり徒歩よりも断然早いな。」

 スピ街道はアルム川にほとんど平行して作られている。

アルム川は帝都直ぐ側のアルム湖を水源として、幾つかの領地にまたがるジュキン高原にあるジュキン湖に注ぐ川だ。

だが、地形の関係でレーソの森の方が高度は低い。

スピ街道は高原と森の間の低い谷のようになっている地形に設けられた道なのである。

 「まるで緑の壁だな。」

 街道の右手側の丘と丘の少し先に見えた鬱蒼と生い茂るレーソの木々を眺めて、俺は思わず口に出した。

所狭しと乱雑に地面から伸びる樹木達は当然ながら馬車達よりも遥かに高い。

しかも、今生で見たことも無い程の大木は、一番外側に生えている故かどちらかというと背が低い方で、それよりもひと回りもふた回りも大きくて幹の太さも外側の木を数本束ねた程の巨木がいくつも奥の方に生い茂っているのが見える。

 法則などなく、日光の奪い合いをするが如く競争するように天まで伸びる巨木達。

その下には巨木の葉の間から日光のおこぼれに与ろうとする別の小さい木々が生えていて、更にその下にはその木々の木漏れ日に与ろうとする更に小さな木々がいる。

 そんな植物界の弱肉強食によって地面のあちこちから生え育っている為に、木々の向こう側を見ることが出来ない。

壁、そう何千グレップにも分厚い天然の壁であった。

 しかし、何故それが街道の方にまで伸びてこない・・・というより街道が作れるほどの隙間があるのかという疑問を覚える。

馬車の中の侍女たちに訪ねてもわからないという回答しか得られない。

 「おそらく、地面の成分が大木の育成に適さないからではないかと思われます。」

 自分の知っている知識を使って疑問の答えを予測する事は、地頭の優れている証拠だと言えるだろう。

園芸が趣味なレイラの予測に、俺はひとまず納得した。

確かに、森の手前にも草原が広がり、森ほどではないがいくつかまばらに小さな木が生えてはいる。

恐らく、森の土中の栄養の方が豊富なのであろう。

 だからこそあのように密集して生えていると考えれば納得は出来た。

 そんなやり取りの間にも、丘と丘の麓を縫うように若干蛇行する街道を馬車の集団が進んでいけば、やがてぐんぐんと森に近づいて行く。

 「皇孫殿下のお通りである!!

開門せよ!!」

 先頭方向を眺めると、城にあるような櫓と厩舎や兵舎や武器庫らしき建物が街道の左右にあり、街道を金属製の鉄柵が塞いでいる。

 関所に到着した俺達馬車集団の先頭に位置していた騎士の声はここまで届いた。

馬車の先頭には幌の上に皇族の紋章である花が描かれた旗があり、それは関所の櫓からよく見える筈。

当然ながら俺たち誅伐軍が来ると知らされていない関所の兵士達は大慌てだ。

 関所の兵士と先頭の騎士が何度かやり取りをした後で、馬車の行列へと頭を垂れて、鉄柵がガラガラと音を立てて開かれた。

 領地と領地の間には関所がほぼ必ず存在し、警備や人間の移動の管理等と街道整備の為という名目で、特別な場合を除いて通行税の徴収を行う。

しかし、この場所は既にレーソ城伯領の中にあった。

 位置的に城伯領のほぼ中央にある森林関(しんりんぜき)と名付けられたこの関所は、通常の関所と違い、ここから先が森に近い故に設けられていると、キャロルが俺に説明する。

 森の中は人間が容易に立ち入ることの許されない区域だ。

この森には魔法が使える魔獣や、魔力によって肉体が大きく成長している巨獣、凶暴な肉食の猛獣などあらゆる獣が生息し、植物とは違う弱肉強食を繰り広げている。

そんな森の獣達は、時折森の外に出てそのまま人間と遭遇することもあるという。

 魔法術や武器の備えがある貴族や傭兵たちなら兎も角、そんなモノがない商人や近隣に住む農民達は襲われたら一溜まりもない。

そんな森の獣達が近くの村々へ行かないようにする為の防衛上の理由でこの関所が設けられているとの事だ。

 両開き扉が動くたびに周囲にガリガリと音を立てているのは、大軍通過用の大扉を動かすこと自体がかなり稀なのだと理解できる。

俺の乗る馬車が通過する時には、慣れていなさそうな兵士達が兜を脱いで傅く様子が見えた。

 さてここから先は、魔獣等の危険に晒される確率が、関所の向こうよりもぐんと上がる。

 「全軍、第二速度で前進せよぉっ!!」

 カリス将軍の側近が大声で叫ぶと、先頭から徐々に馬が小走りへと変わっていく。

ここから先は少しでも速く進む。

魔獣等の襲撃確率を少しでも減らす為だ。

 小さな集団がノロノロと移動していると、森の外側に住む魔獣達に襲われ易く、できるだけ大勢で移動するのは定石との事である。

しかし、それ故に街道は殆ど整備されていない。

 時折は雑草を刈り、除草剤の類を撒いているのだろう。

平らに切られた石を敷いて通行を容易にしていた今までの街道と違い、地面の土が露出して所々に小石や雑草が見られただけの道になっていた。

 実のところ、絶対と言える程に森の魔獣に襲われない道は存在しないわけでもない。

アルム川に沿って高原を行った先にあるジュキン湖から船で反対側へ渡り、再び森から遠い位置にあるこのスピ街道まで合流するという道筋だ。

 しかし湖を渡る船には限りがあり、馬車の搭載が可能な程の大きな船は更に限りがある。

だが、俺達の軍は三百人近い人間と十四台の馬車にその四倍数以上の馬が居るのだ。

そんな集団が一度に乗る程の大型船はあの湖に存在せず、何十往復もさせる程の時間や建造させて一気に渡るような時間的余裕などない。

 ファイレーガ侯爵領の領都であるレガ市にたどり着くまで、このスピ街道を行くのが最短の道なのである。

 

 

 

 この世界での時計はまだまだ小型化出来るようなものではないらしく、大の男と同じぐらいの大きさのぜんまい仕掛けの振り子時計が、俺の親父が生まれる少し前に発明されたくらいで、当然ながらこれは持ち運び出来る代物ではない。

 故に太陽のおおよその見える角度と季節を鑑みて経験則からあとどれくらいで日没になるかを把握するのは、進軍中の指揮官の重要な役目だ。

 時折、街道が小高い丘の様な地形を登ると、森の外側の木々よりも上の空に太陽が見える。

南中よりも若干西に傾いたように見える。

 「『殿下、あと一時間程で本日の野営予定地に到着致します。』

・・・と、カリス将軍が仰ってます。」

 カリスが此方に向かって大声で何かを叫んでいるが、生憎と馬の足音と馬車の音によって何を言っているのかまでは聞き取れない。

 しかし読唇術を会得しているレイラは把握する。

こういった技能も、軍の指揮官やその側近には求められる技能なのだろう。

俺も見習わなくてはならない。

 「了解したと伝えてくれ。」

 「畏まりました。」

 すると、彼女は多少大げさな口の動きを窓の外の将軍へと見せた。

 将軍は俺の返事を了承して、右拳で左肩を叩く。

敬礼の動作だ。

 今は四月。

この時期のこの地方は、そこまで日没が早いわけではない。

 しかし、高原が西に位置するこのあたりは、南中が過ぎると徐々に日陰が多くなっていく。

それ故に、空が明るいうちに野営の準備をしなければならないのだろう。

 

 

 

 馬車集団は若干速度を上げて予定していた野営地へと、十五分ほど速く辿り着いた。

 この丘は森林地帯へ近いスピ街道の危険地帯の中でも、滅多に魔獣達がやってこないのだそうだ。

 丘の麓に自生しているネギの様な植物の毒が、魔獣達が餌にしている小型の草食動物を寄せ付けないので、それ故に魔獣達も殆どやってこないらしい。

危険区域の丁度中央に位置するので、どうしてもここを通過する時にはこの『休息の丘』に辿り着く迄に全速力で進むことが最善の自衛策なのだと、タリナを発つ前にブレイドが話していた事を思い出す。

 「殿下、幕屋の用意が終わりました。

今晩はこちらで御寛ぎください。」

 扉を叩く音が聞こえてミカが開くと、将軍の側近が傅いて仰々しく俺と侍女たちを招いた。

 帝国で使う幕屋は、地球のモンゴル高原で使うゲルのような作りで、折りたたみ式の骨組みの上にいくつもの布を被せて設営するものである。

 俺と侍女用に用意された幕屋の中には、先に馬車を降りたキャロルとファラによってぬるま湯の入った桶が用意され、俺は五人に服を脱がされると、体をその湯で拭かれていく。

 野営時のいつもの事だ。

 「お聞きいただいたように今夜はここで野営と致します。」

 全裸で体を拭かれまくっている最中にカリス将軍が入ってきて、今後の予定についてあれこれと報告してくる。

 曰く、馬車や兵士たちに大きな異常は見られないという事と、明日は夜明けと共に起床して朝食が済み次第出発して、明日中にはファイレーガ侯爵領のここから一番近い街に辿り着く筈という事だ。

 「怪しい動きをした兵士は居なさそうかな?」

 「はい。

ですが、状況が状況ですので各馬車の監視は怠らないように致します。」

 「一番いいのは間者が紛れ込んで居ない事だけど、楽観視は出来ないからな・・・。」

 そう。

馬車で兵士達を幾人かに分けて運ぶ利点は、行軍速度や兵士達の体力温存以外にも、監視がしやすいという面もある。

 何処かで俺達を監視している密偵に俺達の状況を知らせようとする間諜が、兵士に紛れ込んでいる可能性もないわけではない。

 動物を使役し、秘密の連絡に使う為の魔術もある。

エクシアン家が魔法嫌いとはいえ、奴らに秘密裏に協力する貴族が居る以上、そういった事も考えなくてはならない。

今の所そういった怪しい兵士が見当たらないのは、突然の方向転換で連絡手段が断たれた所為かもしれない。

 「油断するなよ。」

 「畏まって御座います。」

 昨日の惨劇での今日の野営である。

 杞憂であることを心底で願いながら付け加えた俺の一言に、将軍は頭を垂れると踵を返していった。

彼が出ていった出入り口からは食欲のそそる匂いが入ってくる。

 野営時の兵士や騎士達の行動は手順化されていて、無駄な動きは殆どない。

最優先で俺用の幕屋を建てた後は、ある者は自分達の幕屋を建て、ある者は夕餉にありつく為に火を熾し、そこで汁物を作っているようだ。

 帝国は広大で各地に様々な食文化が根付いている。

その中でも俺が今まで出たことのない帝都アルムは、粉末にした穀物に同量の水を加えて溶いて焼いた『レーワ』という、地球のパンケーキの様な食物を主食とする文化が根底にあった。

運搬や加工やひと月程度の長期保存が可能である為に、陣中食としても最適でこれに副食として汁物や干した牛肉等が加わる。

その他にも豚の燻製肉や保存性の高い果物の砂糖漬け等が陣中食として用いられていた。

 ただ、行軍中は食事が一番の娯楽となることもあり、戦場までまだまだ遠い場合は今日のように火を熾しての調理も許可される。

 「遅くなって申し訳ありません。」

 「いや、仕方がない。

むしろ、この急な経路変更でこんなに早くご飯が出てくるなんて、俺の侍女達は改めて優秀だと言わせて欲しい。」

 「・・・ありがとうございます殿下。」

 キャロルの申し訳無さそうな言葉に笑顔を返した俺は、左の拳を右手で包む。

帝国式の『いただきます』と『ごちそうさま』の示し方だ。

 さて、今日の晩飯はカッションと焼いたカーンエを挟んだメトック、エーエとキャオンを入れたタショーと牛乳だ。

 うん、わけがわからないだろうよ。

 レタスのような葉野菜のカッションと燻製にした豚肉を薄く切って焼いた物を二枚のレーワで上下に挟んだ料理がメトック。

地球の料理で似ているものを敢えて上げるとするならば、ベーコンサンドだろうか。

 タショーは塩漬けにした葉野菜を煮た塩味のスープの事で、今晩の具は春菊のような葉野菜ともやしのような発芽した豆の野菜だ。

 今日はまだ野営一日目なので午前中に買い込んだ新鮮な野菜が食べられる。

まあ、今回の経路と馬車の速度では当面の目的地まで三日はかからない筈なので、長期保存に適している芋類は選ばなかったが、万が一のことを考えて足の早い葉野菜を優先して調理する。

エーエは兎も角キャオンは安価で大量に確保できるので、野営一日目や二日目に出されるのはお決まりとなっている食材だ。

牛乳はそれに加えて常温保存が出来ず、魔力で作動する魔道具の保冷庫で冷蔵保存しているが、保冷庫自体が小さい物の為に大量に確保できない。

つまり、今日の一杯でしばらくはお預けとなってしまった。

 俺は前世の記憶が途切れないままに転生したので、精神的には既に三十歳を過ぎてはいるものの、肉体年齢はまだ四歳だ。

故に、成長に欠かせない栄養豊富な牛乳は出来るだけ飲みたいのだが、行軍中で贅沢を言っていられないのが現状である。

 「・・・何やら騒がしいな。」

 夏用の幕屋は、然程遮音性があるわけでもない。

晩飯を平らげて木彫りの円筒状の器に注がれている牛乳に手を伸ばしたときに、幕屋の向こうで兵士達の大声が聞こえた気がした。

 

 

 

 _____________________________________

 

 

 

 今の帝国には三大軍人と呼ばれている程の強さと戦果を誇る軍人が三人居る。

そのうちの一人で皇帝陛下の一番の側近と呼ばれている男、カリス=ル=タイタス。

かの老将が当主を務めるタイタス家は、私達の目標であり憧れでもある。

 タイタス家は今でこそ侯爵の地位にまで上り詰めているが、一度貴族の爵位を剥奪された過去があった。

 それは帝国が建国して百三十年ほど経った時代。

当時の帝国東端を五ヶ国連合が侵略し、第一皇子と第三皇子が防衛で派兵されていた最中に、皇位を狙う第三皇子が連合と手を組み、第一皇子を裏切った反乱が起きた。

 第三皇子の名をとって後に『ゲファイラスの乱』と呼ばれるこの反乱で、当時城伯であったタイタス家の当主は第一皇子を見捨てて帝都へ逃げ帰ってしまう。

後に本人は時の皇帝への報告と、戦力の増強を図ったと主張するも、第一皇子が周辺の貴族達との巧みな連携によって瞬く間に反乱を平定して第三皇子を処刑して帰還すると、当主は皇族を囮にして敵前逃亡を行った者として処刑され、タイタス家は爵位を没収されて平民となった。

 今のタイタス家は当時の当主の妹の曾孫が、爵位剥奪から約百年後に当時の北東部での反乱平定の際に平民騎兵として活躍して、皇帝に爵位を与えられて再興した家柄なのである。

 一度没収された爵位を再び与えられる再興貴族は、下級貴族である男爵や子爵には度々居るが、実は領主貴族である伯爵以上では帝国建国から五五八年間では両手で数える程しか居ない。

故に、皇帝直属軍の最高司令官にまで上り詰めているタイタス家と現当主のカリス将軍は、先祖の所業で爵位を没収された元貴族達にとっては憧れの存在なのだ。

我々ゼファン家もその例に漏れない。

 今から百五〇年程昔、ゼファン家はキーラ方伯領の領主であり、隣にある皇族領のラシュガ侯爵領の代官も兼任していた。

しかし当時の当家当主が、ラシュガでの税収を自領の税収の不足分に長年補填していたことが発覚して爵位を没収されたのである。

当主は自分ではなく徴税官長の実弟が私腹を肥やす為にやった事だと主張するも、聞き入れられず、当主とその弟は流罪として辺境鉱山での二十年以上の強制労働刑を負わされた。

更に、領主貴族というのは領地の格や規模の大小はあるが男爵や子爵の位を与えた家臣が居る。

彼らは主家が爵位と領地を没収されれば、それに合わせて彼らも一旦は爵位を没収される。

だが、後に領主となる貴族に家臣として再び仕える事で再び貴族になれる事例が多い。

 しかし、ゼファン家の家臣の中でも幾つかの家は当家を差し置いて他家に仕えることを良しとしない家風の者も居た。

そんな経緯で、当家と十三の郎党は平民に成り下がった。

 没落した領主貴族は領主時代の行いで待遇に差が出る。

『暴君朽ちて、子は乞食。』とは、領民にやりたい放題していた王侯貴族は、いざ没落すると領民から冷遇されて子孫は乞食しか食い扶持が無くなると、貴族を戒める諺だ。

ゼファン家は可もなく不可もなく領地を運営していたというのが、大多数の子孫や歴史の識者の見解だ。

没落当初に冷遇されず、領主時代に懇意だった商人の援助を受けて、傭兵としての食い扶持を得ることが出来たのがその証拠である。

 その様な経緯で傭兵組合に登録して傭兵稼業を始めた我がゼファン家と家臣達は、そのまま『ゼファン傭兵団』を組織し、商人の故地であるファイレーガ侯爵領を本拠地にして賞金稼ぎや商隊の護衛等で活躍していった。

 そして元貴族という事もあり、私の父が生まれる頃には『ゼファン傭兵騎士団』と呼ばれるようにもなっていた。

 「アクア様、あと一時間程で日が暮れますが、いかがなさいますか?」

 ローズが太陽の方向を眺めながら口を開いた。

彼女は幼少の頃から私の世話役や指南役を務めていて、私が長を任せられているアクア部隊の副長として、実質的に部隊の運営を担っている。

『今日中の依頼の達成は諦めて、一旦森から出るべきだ。』というのが、彼女の言葉の真意の筈だ。

 それもそうだろう。

ここはレーソ森林地帯。

街道の近くにあるが、強くて凶暴な魔獣が幾つも棲息する危険地帯だ。

 私達アクア部隊は昨日、傭兵組合で一つの依頼を受けた。

それはレーソ森林地帯の南部に潜伏していると思われる未認定傭兵達の集団の討伐だ。

 この国で傭兵業を営む者は、傭兵組合に登録して認可を得る義務を負う。

これには一切の例外が無い。

傭兵業は帝国各地で魔獣討伐や貴族や商人の護衛等の荒事から、下水道掃除や薬の原料採取等と、身分の上下や団体個人に関わらず、組合を通したあらゆる依頼を達成して金銭を得る稼業だ。

中には大量の現金等の輸送や小さな村々での徴税代行等の依頼もある為に、信用を保証する為の公的機関が必要で、その為に傭兵組合がある。

 傭兵を志望する者は傭兵組合で認定試験を受けて、実力によって特一級から七級までの八つの等級に分けられて登録される。

また、自分の等級以上の依頼は受託できない。

そして罪を犯した者、組合を通していない依頼を受けた者は認定を解除されて傭兵になれなくなるのである。

そして認定証を盗む、あるいは偽造して身分を偽る者や、元傭兵で違法な依頼を犯罪組織から直接受託した者等の未登録傭兵もいるのである。

 当然ながら、組合に未登録状態の傭兵や、組合を通さない依頼は犯罪であり厳しく罰せられる。

 我々が受けた依頼の討伐対象となっている未登録傭兵『ゾルフ=サロメス』とその手下四人は、元は傭兵だった。

しかし、五年前に商隊護衛の依頼中に盗賊団と結託して雇用主を殺害、金品を奪って逃走していたのである。

結託していた盗賊団はその後討伐されたが、五人の元傭兵は盗賊団とは別行動をしていて各地を転々としていたらしく、商人の遺族が調査して、最近ではこのレーソ城伯領や近隣の村々が被害にあっていることから、この森にいると確信しているという。

 今回の依頼は商人の遺族と組合と城伯領主の三者共同で出されたモノで、幾つもの傭兵団がこの依頼を受託している。

そして、生死を問わず五人を逮捕した傭兵に依頼料が与えられるという完全出来高制の依頼であるが故に、私個人としては野営してでもサロメス達を逮捕したい。

何故ならば私の従兄が長を務めるビスト部隊もこの依頼を受けているからだ。

 他の傭兵達の集団と違い、我々ゼファン傭兵団は元貴族であるが故に、構成員の大半は魔法や魔術が使える。

それ故に、貴族兵よりも機敏で柔軟な行動力と、傭兵よりも戦力面に大きく秀でている。

だからこそ傭兵騎士と渾名されてある意味畏敬の念を持たれているのだ。

だが、同じゼファン傭兵団の部隊であれば他の傭兵団とは違い、その秀でている部分の差が無くなる。

いや、正確にはビストの部隊は団の中でも選りすぐりの人材が所属し、傭兵組合の等級で上から二番目の一級の認定を受けている隊員が大半を占めていた。

それ故に、彼らは優越思想に囚われている者が多く、本隊を除く団内の他の部隊を軽視しがちで対抗心を抱いている者も少なからず居る。

三級傭兵の多い私の部隊の隊員も同様に、自分達を見下すビスト部隊の者達にいい感情を抱いてはいない。

 「もう少し捜索しましょう。」

 「そうですよローズ様。」

 「日が暮れる直前に森を出れば、ロイクロスの町に行けますよ。」

 撤退を示唆した彼女の言葉に、部下達は次々と反発する。

 「馬鹿を言うな。

我々は野営の準備をしていないんだぞ。

ロイクロスにだってこの人数を泊めてくれる宿屋なんて無い。

せめてバッセルまで行かねば・・・。」

 彼女たちの声に、呆れた様にローズが口を開いた。

 「そんな!

この間にもビスト様の部隊があの盗賊達を捕らえているかもしれませんのに!」

 ビスト部隊を敵視している隊員の一人が、不満を隠そうともせずに声を荒げた。

彼女の意見は尤もだと同意するように周囲の者達もそれに頷いている。

 「貴女達の言い分もわかるけど、野営を前提にしていなかったのはあちらも同じよ。」

 認めたくはないが、ビスト部隊は全員が優秀な傭兵だ。

今頃は、今日の捜索を諦めて帰路についたと推察出来る。

だからこそ日が落ちる直前まで捜索し、彼等を出し抜こうと思っている彼女達の意見は、明らかに危険を承知での事だ。

 「ですが・・・。」

 「残念だけど今日はここまでにして、バッセルで宿をとりましょう。

・・・その代わり明日は夜明け前に出立して、夜が明ける頃には森の入口に到着しているようにしましょう。」

 溜息混じりの私の言葉に、ローズは満足し、他の隊員も渋々ながら了解した。

 「アクア様、ローズ様、あちらを!!」

 馬を南に向けて駆け出そうとしたその時、森の木々がザワザワと揺れて鳥達が一斉に空へと飛び立った。

この部隊で一番聴覚に優れるイクスが指差す北方向を眺める。

そこには幾つもの馬車の大集団と、それを守る黒い鎧の騎士達や青い鎧の兵士達が、馬車の三倍以上は縦横に大きい大蜥蜴に襲われている光景であった。

 「あれは、イングロか!」

 この森に棲息する魔獣に詳しいアビーが思わず叫んでいた。

 「どんな魔獣だ!?」

 「見た目通りの巨体で、攻撃魔法は使ってきません。

ですが、防御魔法に特化していて普通の剣だと傷一つ付きません。

それに体力もあるので狙った獲物は、しつこく追ってきます。」

 ローズの質問に彼女は即座に答えた。

 「全員、あの軍隊に加勢するぞ!!」

 「アクア様!?」

 「四頭も居る!!

彼等の味方が多いほど、犠牲は少ない筈だ!!」

 最後まで言い終わらないうちに、私は馬を大蜥蜴に向けて奔らせた。

 「全員、アクア様に続けぇ!!」

 私が駆け出して五秒程でローズの声が後ろから聞こえる。

 後ろを向くと全員がローズに続いて私の後を追う。

 「よし!

ゼファン傭兵団長ストロガ=ゼファンが孫、アクア=ゼファンとその部隊計十八名、助太刀させて頂きます!!」

 幕屋や馬車を壊されながらも、懸命に四頭のイングロ戦う黒の騎士と青の兵士達帝国軍の将と思われる筋骨隆々で顔に大きな切り傷のある銀髪の老人に声をかけると、私は右腕の腕輪に魔力を込める。

 「ロック=ランサー!!」

 目標は矢を射掛けられている最前列のイングロ。

 その体の下の地面を狙って、私の右手に発生した光の玉を投げる。

 「ギャアアアア!!」

 見事に地面へと命中した魔弾の効力で、地面から勢いよく突き出した鋭利な岩の槍が蜥蜴の腹を突き刺した。

 「土の魔術とは、有り難い!!」

 そこへトドメとばかりに一人の騎士が、剣で首元を刺した。

腕力を向上させた魔術を使っているのであろう。

通常ならば蜥蜴の皮膚は剣を通さないはずだが、まるで水が大量に蓄えられているヤギの胃袋の様に簡単に刃が刺さっていった。

 「かなりの手練と見える!!

吾輩はカリス=ル=タイタス!

加勢有り難い!!」

 「申し訳ない、私達は火と光の魔術が殆どで、この森では使えないんだ。」

 兵士達に体力増強の魔術をかけているらしい、深紅のシャクルン姿の若い女性も私へと声をかけた。

恐らく宮廷魔術師だろう。

 「とりあえずはあれを片付けてからです!

みんな!!」

 「了解ですアクア様!!」

 私の号令で、接近しながら弓を構えていたローズ達が一斉に鉄矢を放つ。

十数発の矢は私達が倒した蜥蜴の後ろに居た別個体の頭部を狙ったものだ。

 殆どは硬い皮膚に弾かれるが、そのうちの一本が眼球を貫いて、イングロが雄叫びを上げた。

魔法で皮膚は刃を通さない程に硬く出来ても、眼球は別の部位である為に別の魔法の行使が必要なのだ。

 こういう防御特化の魔法術のお決まりの弱点と言える。

 「魔術師様、トドメを願います!」

 「任せて!」

 私は先程声をかけた魔術師らしい女性に声をかけると、少し離れた場所で別の幕屋を襲っていた一際大きな個体へと馬を奔らせた。

 「なんだあれ!?」

 侍女姿の五人の女性の前に小さな子供が立っていて、その前にある青白く光る壁が、六人をイングロから守っている様に思えた。

 「ウインド=カッター!!」

 「ぎゃああああ!!」

 「うああああああ!!」

 抜剣した私は、剣の柄に嵌め込まれている魔石に魔力を流して文字通り空を切る。

すると剣先から真空の刃が放たれてイングロの首に命中し、大量の血飛沫を周囲に撒き散らす。

イングロの断末魔と、子供と侍女たちの声が周囲に響いた。

 「これで終わりだぁ!!」

 残り一頭と思って周囲を見回すと、既に将軍が最後の個体の額へと剣を突き刺していた。

 

 

 

 「本当にありがとう。

貴公達が居なかったら、死者がいたかもしれない。

この軍の指揮官として改めて礼を言う。」

 戦闘が終わり兵士達は騎士達の指示の元、壊された幕屋の修理や瓦礫の片付けやイングロの死体の解体をしている。

 残念ながら魔獣と戦った所為で、帰路に着く時間がなくなってしまい、私は溜息をついていた。

 そんな私達の元へカリス将軍を伴ってやってきたのは、五人の侍女を守るようにイングロと対峙していた黒い外套の付いた白い軍服を着た小さな子供であった。

 五歳・・・いやそれよりも幼い筈だが、年齢に見合わす顔の左側が焼け爛れている赤白い髪色の少年は、これまた年齢にそぐわない口調で私達に声をかけてきた。

 「いえ、偶々近くにいたからで御座います。」

 私とローズがとっさにその場に傅くと、他の隊員もそれに従う。

 「ゼファン傭兵団のアクア殿と仰っていたな。

俺の名はフィローザイン。

フィローザイン=ストル=アルムザクセル=レオタルドスだ。」

 その名前に私は動揺を隠せなかった。

顔は知らなくてもその名は帝国内では誰もが知る名前である。

現皇帝コクー八世陛下の初孫で筆頭皇孫と呼ばれている御方で、いずれは皇帝に即位する皇族だ。

 「皇孫殿下・・・。」

 「皇孫殿下だったんだ・・・。」

 部下達も動揺しているようであった。

 「アクア殿も皆の者も顔を上げてくれ。」

 「殿下は貴公等にささやかながら礼をしたいと申している。

見た所野営のつもりもなく我々に加勢してくれたようだな。

此方で幕屋と食料を用意したのでそちらへ進呈いたす。」

 「そ、それは真に有難う御座います!!」

 まさか自分が助けた子供が未来の皇帝になる人物とは思わず、返答の声が裏返ってしまった。

そういった訳で我々アクア部隊は、皇孫殿下が率いる帝国軍に野営の世話を受けることとなった。

この時の我々はまだ知らない。

まさか先祖代々の悲願を我々十八人が達成できるとは、恐らく部隊の誰もが夢にも思っていなかったであろう。

 

 

 


書き直しが終わって若干ホッとしております。

このままなんとか今年中に次の話を投稿したいと思っております。


2020/02/29誤字脱字を修正しました。

2021/10/27致命的な書き間違えがあったので書き直ししました。

2021/10/28また書き間違えや書き忘れなど細かい所があったので修正しました。

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