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第六話『包囲戦』

たぶん平成最後の投稿です。


今回から複数の登場人物の視点での展開になっていきます。

 「良いか。

たとえ幼子であろうと皇族は皇族。

お前より年は二つ下だがそれでもあの方はお前の主となる。

故に、どんなに愚問だと思っても耳を傾け必ず答えを示せ。

どんな愚考だとしても、まずはその意見を汲み取れ。

皇帝や皇族に仕えるのは貴族の最も重要な義務なのだからな。」

 六歳の頃に亡くなった父の言葉を思い出す。

乳兄弟である第一皇子コクールール様に本格的に仕える事となった吾輩に、病で倒れた父が家督を吾輩に継がせる際に言い聞かせた言葉だ。

 あれから六十年近くが過ぎた。

殿下と共に様々な戦場に赴き、様々な戦いを経て吾輩は帝国軍の皇帝直轄軍の司令官である将軍という地位まで上り詰めた。

歴戦の騎士として、歴戦の武将として、吾輩は様々な戦で勝利を上げ、殿下が陛下となってもそれは変わることが無かった。

 このアルムザクス帝国が三十三年前に終結した大陸間大戦で勝利を収め、西の大陸の覇権国家と言われる程の大国にした立役者の一人という自負が吾輩にはあった。

しかしその自負が、いつしかこの吾輩カリス=ル=タイタスの不遜で傲慢な自我となっていたのかもしれないと痛感した。

 そう、この状況は傲慢からくる油断と、フィローザイン皇孫殿下の意見をたかが四歳児の言葉として耳を傾けなかった吾輩の不遜が招いた結果であった。

 このタリナ都市伯領都はこの国の大多数の城下街と同じく城塞都市で、交通の要衝でもある。

だが隣接している領邦は建国当時からの古い貴族達のモノであるが故に、戦略的な価値があまりないと判断されていたのだろう。

長年戦場として使われてきたことがない為と、経年劣化による城壁の崩壊が重なり歴代の領主や代官が修復の必要性を重要視せず、温泉のある保養地や観光地としての発展にも城壁は邪魔な部類になっていた。

それ故に一番外側の壁は簡単に壊せるように簡素で粗雑な作りだ

 その事をフィローザイン皇孫殿下は実際に見て理解したのであろう。

この軍の実質的な指揮官である吾輩と、同じく実質的な指揮官で吾輩の妹婿のブレイド=ル=スパロウに対して、戦闘員の交代での休暇を提案してきたのだ。

 「ここで囲まれたらかなりの危機的状況になるだろう。」

 吾輩とブレイドはその言葉を一笑に付した。

過度の心配は無駄な心労になりますぞと言ってしまった。

 確かに城壁は殆ど有って無いようなもの。

しかもタリナ山に面する西側は住民の山菜採りや狩猟で不便だからという理由で、獣よけの鉄柵しかないのだ。

敵対勢力に攻め込まれたら、あっという間にこの城の堀の外側まで侵入される。

そんな事は戦の素人でも解る。

 だが、我々が誅伐に向かうベビドゥール公爵領までは、最短距離である街道を歩いても大人の足で半月以上の時間を要する。

加えて、公爵領の要衝は守備に徹していて、公爵の軍は領都の防衛隊以外は最低限の人員移動しか行っていないと先行している偵察小隊は報告してきていた。

 公爵の性格もある。

公爵は奇襲や夜襲というモノを卑怯と思い、合戦での陣構えで正々堂々とした戦法を好む生粋の武人。

吾輩も幾度となくその指揮下で戦働きをしてきたが、あれ程迄に清々しく誇れる勝利を掴めた事はない程に優れた武将であった。

多少、魔法術が嫌いで戦法に用いることが殆どないという偏屈さはあったが、だからこそこの地で敵対勢力に攻め込まれることはないと、皇孫殿下を説き伏せた。

 殿下は当初不満気な御様子であったが、吾輩達の言葉に納得してくれた。

しかし、吾輩達の予想こそが的外れだった。

 殿下は理解していたのだ。

平民の女を皇城に侵入させて第一皇子后への障害を企み、結果として顔と片腕を焼かれた殿下は身をもって理解しておられた。

敵であるベビドゥール公爵領主シーザー=ル=エクシアンが、今ではそんな正々堂々を旨とする武人ではなく、勝つ為に手段を選ばなくなっている事を。

 殿下の予感は的中し、いつの間にかこの地へと侵入していた敵兵達は、殿下を狙った暗殺者が最上階の浴室の照明を消した事を合図に、敵軍が一斉にこの街に雪崩込んできたのである。

 城の外で各々休暇を楽しんでいた我らの兵士達は、応戦すら出来ずにあっと言う間に倒されてしまい、城に残っていた僅かな兵士達も治安を任されているこの地の兵士達と共に慌てて城を封鎖するしか手立てが無くなった。

 結果として我々は、タリナ城で敵兵に完全に包囲されている。

それが現在の状況である。

 「ああっ・・・どうすれば・・・どうすればいいのだ・・・。」

 作戦室と化しているこの城の領主用執務室では、タリナ都市伯領の代官であるメイジー=ル=アレクス宮中伯は脂汗を吹き出して今にも死にそうな悲痛な表情を浮かべて頭を抱えている。

 無理もない。

この男に戦の経験は無い。

戦働きではなく計数の才能と真面目な性格を買われ、陛下の治めるこの都市伯領の代官として赴任しているのだ。

建前として甲冑に身を通し戦場に出た経験もある筈だが、前線から離れた後方の任務だったであろう。

門外漢の命のやり取りの状況が突如訪れて、体が震えている。

 「そ、そうだ!!

確か緊急脱出用の隠し通路があった筈です!!」

 同じく苦悩の表情を浮かべていた代官の側近は、思い付いた様に大声を上げた。

 「無理じゃ。

この城に居る兵士七百人が一斉に通れるようなものではないだろう。」

 ブレイドが溜息とともに代官側近の言葉に首を振った。

吾輩が義弟の言葉に続いて発言した。

 「それに、地下牢の鍵が壊れていたという報告から、殿下を狙った暗殺者はその隠し通路を通ってきたことは間違いない。

・・・既に知られておる。」

 そう。

通路の城側の出入り口は、今に至っては倉庫として使用している地下牢の一室にあるのだ。

その出入り口の鍵が壊されているということは、出口であるタリナ山の中腹にある源泉調査用施設から、隠し通路を使ってこちらへとやって来たと考えるのは当然の帰結である。

おそらく敵兵もこちらからの脱出に備えて監視している筈だ。

 「ああ、・・・ど、どうすれば・・・。」

 側近の提案で表情の明るくなったアレクスだが、我々の言葉で再び悲痛な声を上げる。

城壁で敵兵の弓矢の攻撃を凌いでいる兵士の報告では、敵兵の総勢は二千人程度だという。

 誅伐軍のほぼ三分の一というところであるが、我々の軍の兵士や騎士達はその殆どが吾輩同様に未だ敵地ではないという油断で休暇を楽しんでいた。

 故に、その二千人に配下の誅伐軍六千人の大多数が倒され、この城に残ったのは城に居た都市伯領兵三百人を含めて合計七百人程度。

 戦いでは守備側が有利であることが世の常とは言え、籠城戦の備えの無いこの城で二倍以上という戦力差は絶望的だと言えた。

 「最早・・・儂等の敗北は決定的ということじゃろうな・・・。」

 悔しさに心中を支配され、握った杖がブレイドの握力に耐えきれずに、ミシミシと音を立てていた。

戦場では僅かな判断の誤りが、致命的な敗北に繋がると、吾輩もブレイドもわかっていた。

 「・・・ここは一点突破しかあるまい!」

 腹の底から捻り出すように吾輩は声を発した。

 城は水を張った堀に囲まれているが、長い梯子があれば簡単に城壁ごと越えることが出来るであろう。

正門は跳ね橋を上げている為にそこに戦力が集中している。

だが、いっそ跳ね橋を下げて中から兵士全員で応戦すれば、三百対二千とは言え持ち堪える事は出来る。

戦力をそちらへ集中させ、皇孫殿下は裏門から脱出させるしかない。

 援軍の見込みのない籠城戦の勝ち方としては典型的な方法だが、実際にこれ以外の方法は思いつかなかった。

 「・・・すぅ~。

・・・・・・はぁ~。」

 吾輩の発言に、ブレイドが大きく深呼吸で息を吐いた。

吾輩はこの失敗を自らの死で贖おうと決意し、妹婿はそれに同意したのだ。

 覚悟など出来てはいない。

命は惜しい。

だが、皇帝陛下の孫であるフィローザイン様は命に変えても陛下のもとに帰さなければならない。

 「宮中伯!

ヌシらもアルムザクスの貴族ならば、それに恥じぬ戦いをして見せよ!!」

 未だに目に涙を浮かべて狼狽している代官とその部下達を叱る。

・・・いや、ムシのいい話だ。

 この状況の責任は吾輩にある。

その事を棚に上げて、武将としての覚悟など考えたことのない筈の専任文官の彼を恫喝するなど、吾輩こそ情けない小者だ。

 「申し上げます!

殿下が目をお覚ましになりました!!」

 兵士が部屋へと入り叫ぶ。

二時間ほど前の入浴中に暗殺されそうになったフィローザイン皇孫殿下。

しかし四歳だというのに応戦し、脚に怪我をなされたにもかかわらず一人を返り討ちにして一人を気絶させるという大勝利を収めたと報告を受けていた。

三人目を討ち損じてファム宮中伯の助太刀で一命を取り留めたが、その際の負傷で気絶したとのことであった。

 ああ、我々の失態で殿下を傷つけてしまった。

暗殺などエクシアンがする筈がないと括った高がそうさせたのだ。

取り敢えず、そのことだけでも陳謝せねばなるまい。

 

 

 

 _____________________________________

 

 

 

 タリナ城の豪華な客間のベッドで俺が目を覚ましたのは、暗殺者の襲撃から三十分程過ぎた頃であった。

 侍女の誰かが下着を穿かせ、五人は全員で俺の体の治療をしていた。

剣で貫通されていた右足は止血されて包帯を巻かれた上で、消毒と再生速度上昇の魔術を交代で行い、殴られまくって打撲箇所が多い顔面は、内出血を抑える為に氷水に浸した布で冷やしていた。

後頭部から人肌のぬくもりが感じられる。

キャロルが膝枕で俺の顔の打撲箇所へと冷たい布を当てていたのであった。

 「皆・・・無事か・・・。」

 辺りを見回すと流していた涙を拭くことすらせずに五人が俺の顔を見つめていた。

 「・・・殿下!」

 「殿下ぁ!!」

 俺が目を開けて声を発したことが余程嬉しかったのか、五人の侍女が思わず歓喜の声を上げていた。

 侍女たちには怪我が無いようだ。

それを確認し安堵の笑顔を見せると、嬉しくて涙を流す五人。

俺の枕となっているキャロルなんぞは、俺の顔に涙を流さないように必死で顔を隠していた。

 「殿下が目を覚ましたと、侯爵達に。」

 「はっ!」

 部屋の扉の横にはファム宮中伯が立っていて、安堵の笑顔を浮かべたまま外に待機していたらしい兵士へと指示を与えていた。

 「ファム。

・・・ありがとう。

貴公が居なかったら死んでいたよ・・・。」

 「いえ、申し訳ありません。

城下でひと波乱ありまして、殿下の異常を察知できなかった私達にこそ落ち度があります。」

 「・・・ひと波乱!?」

 嫌な予感がしてならない。

起き上がった俺は安静にしろという侍女たちの声を制し、頭を垂れたファム宮中伯を眼中に捉えた。

 そして現在のこの領都の状況を聞いて眉を顰める。

状況はいわゆる大ピンチ。

俺達が風呂場で襲われていた同時期にタリナ都市伯領都は、突如として街道から現れた約二千人の軍勢の攻勢を受けたという。

城下に居た休暇中の誅伐軍兵士達は、その殆どが抵抗すら出来ずに捕縛、もしくは殺害されて無力化されたらしく、城下は大混乱。

城の出入り口は閉鎖し、現在はタリナ軍と誅伐軍の生き残りの七百余名が、城を包囲している敵軍の弓矢の攻撃を凌いでいるとの事であった。

 敵軍が掲げている軍旗は藍色の三角形と朱色の逆三角形。

シーザー=ル=エクシアンが領主を務めるベビドゥール公爵軍のものであった。

 

 

 

 「ご無事で何よりです殿下。」

 「殿下、申し訳ございません!!」

 スパロウとタイタスは俺のベッドの側まで来るなり土下座して声を発した。

二人が否定した俺の懸念どおりに事が運んでいた為に、脂汗を吹き出していて、声色もどことなく後悔の念が込められているように聞こえた。

 「・・・・・・まあ、仕方ないよな。

・・・起こってしまった事は例え神でも覆せない。」

 溜息混じりに見下ろした五十歳以上も年の離れた二人の老将へと声をかけた。

複雑な思いだ。

身分は俺より低いが、二人は祖父帝と共に様々な戦場を生き抜いた歴戦の猛者。

 確かに俺の言葉が正しかったが、だからと言って、聞き分けのない子供のように癇癪を起こして二人を責める事を俺は躊躇した。

経験豊富で皇帝陛下が絶対の信頼を置く有能なこの二人には、実績と説得力そして配下からの忠誠心という皇孫の俺が敵わない力を持っていた。

現時点での俺は、ただ単に血筋に恵まれただけの四歳児なのだから。

 俺がこの城へ入る時に、もう少し我儘を言っていれば、二人は少しでも俺の言葉に耳を傾けたかもしれない。

そうすれば、五千人以上もの兵士達の命が無駄になることもなかった。

 「我々は正門にて敵軍を迎え討つ所存。

さすれば敵の戦力は正門へと集中するでしょう。」

 「殿下はその隙に裏門から脱出してくだされ。」

 二人の声に僅かな震えを感じた。

確かに客観的に見れば、この戦いの敗北の責任はこの二人にある。

 総司令官は俺だが、四歳児の俺に責任があると、この場に居る者だけではなく世間の者や皇帝すらも思わないだろう。

・・・いや、一人だけいる。

 もし、二人の立案した作戦通り事がうまく運んで帝都に敗走したとしたら、俺の母マシュリリアだけは激しく俺を責め立てるに違いない。

今の母には腹の中に子供が居る。

だから最近は言いなりにならない俺を廃嫡に追い込んで、産まれてくる弟か妹を跡継ぎにさせようと画策する筈だ。

 それだけではない。

俺自身が、この二人を見殺しにする事を許さないのだ。

 「却下だ、カリス、ブレイド。

お前達には反逆軍を倒した後で責任を取ってもらう。

それまで死ぬことなど許さない。

死んだほうがマシだと思えるほどの罰を用意してやるから、覚悟しろ。」

 二人へと首を振りぴしりと指を差した。

 「それに将軍達、楽観しすぎですよ。

あなた方の命なんて最初から狙っていない。

あいつ等の狙いは殿下ただ一人なんですから。」

 おそらく、暗視や遠見の魔術だろう。

目元に指を当てて窓から場外の様子を眺めていたファム宮中伯が、暗い雰囲気を無理矢理打破しようとしたのだろう、明るい声を部屋に響かせた。

 「それに・・・あれは本当にベビドゥール軍の兵士なんですかねぇ~。」

 「!!

・・・殿下、失礼いたします!!」

 ジロジロと敵兵を観察しながら言葉を続け、それに思い立ったブレイドは窓へと急いで懐から赤い水晶体を取り出すと、ファムと同様に目元に指を当てた。

 六十過ぎの爺さんとは思えないきびきびとした所作は、流石に歴戦の戦人と感心できる。

 「・・・馬鹿な!!

あれはガタン=ル=フィサリス侯爵!!

何故、奴がここに居るのだ!!」

 「なんだと!?」

 老師は思わず叫び、その声に大きく声を上げる将軍。

二人の明らかな狼狽に対して、俺は二人の言っている人物を思い出していた。

 「キャロル、確かフィサリス家といえば第四皇子ディガルド殿下の正妻の実家だと、俺は記憶しているが?」

 「確か・・・その通りだったと記憶しております。」

 「それどころかフィサリス殿は私達が十日前まで滞在していたボアン都市伯領の領主でもあります。」

 俺の問にキャロルが自信のないような答えを返すと、貴族社会に明るいカリスがその言葉に補足し、俺は十日前に訪れていた城塞都市のことを思い出した。。

 なるほど、事態は飲み込めた。

そもそも、いつの間にかこのタリナ城下に敵軍が現れたという報告ではあるが、二千人の軍勢は目立ちすぎる。

 俺達が目的とするベビドゥール公爵領からそこまでの大人数の軍勢が移動すれば、別の貴族の領邦に入る頃にはどうあがいても目撃される筈だ。

しかし、先遣隊からはそのような報告は入っていないと将軍達が俺の質問に答えた。

つまり、敵は公爵軍ではない可能性のほうが高いということなのだ。

 それに先んじてファム宮中伯は軍勢の確認をしていたのである。

 「流石だな、ファム卿。

つまり、あれはエクシアン軍に偽装したフィサリス軍ということかな?」

 「そうだと思いま・・・いえ、殿下、訂正します。

少なくとも、一割はエクシアン軍の者が居ますね。

・・・侯爵の隣りにいる指揮官、ありゃ私の愚兄です。」

 そう答えて俺の方へと振り向いたファムは、悪そうな笑顔を周囲に見せていた。

 

 

 

 _____________________________________

 

 

 

 もう十年前になる。

当時、儂は魔法術の普及に遅れていたシーザー卿の居るベビドゥール公爵領へと、魔術部隊の設立の説得に来ていた。

 シーザー卿は武人の中の武人、戦人の中の戦人と讃えられる程の豪傑ではあるが、彼が当主であるエクシアン家は、代々魔法嫌いで有名であった。

しかし、それでは困るのだ。

 彼の領邦の大多数を占めるベビドゥールの更に東の区域は、ララスカ新緑地帯と呼ばれている巨木の生い茂る前人未踏の地。

 凶暴な魔獣の群れが時折森の外に出てきては、人畜に被害をもたらすこともある。

その壁となる為に当時のエクシアン家の当主にベビドゥール公爵領と、それに隣接するベルタード辺境伯領を当時の皇帝がお与えになったのである。

 故に、この地の領主が国の為に戦力を増強するのは、当然の責務である。

しかし、魔法術の普及した昨今、エクシアン家だけは頑なに自軍に魔術戦力を組み込もうとしていなかったのだ。

 そしてその日もシーザー卿への説得をする為に、陛下の幼馴染である儂と、陛下の乳兄弟である我が妻の兄のカリスは馬車で公爵の居城へと向かっていた。

 そして領都の広場で一人の少女が、幾人かの少年に虐められている光景に出くわした。

それが、ファム=ル=キュリオットとの出会いであった。

 キュリオット子爵家は公爵の家臣で、度々軍団長を輩出する武人の家柄らしい。

当主の後妻の産んだ彼女を、前妻の産んだ異母兄達が妾の子呼ばわりして虐めていた。

 しかし、年下で明らかに自分よりも体格の劣る女の子を多人数で虐めているというその状況を見ていられず、儂と義兄は咄嗟に駆け寄り少女を庇おうとした。

 しかし、彼女は天性の才能で魔法を発動させ、兄やその取り巻きたちを泣かせてしまったのだ。

 それは彼女がまだ八歳という若さで、既に第一線で活躍できる魔術師となれることを意味している。

その後直ぐ様、儂はキュリオット子爵の説得に時間を費やした。

子爵の反応は宜しくなかった。

確かに彼女は後妻の産んだ子ではあるが、子爵自身の子。

跡取りも他に何人も居て、彼女を手放しても何の不自由もなかった。

 しかし、宮廷魔術師になるということは、独立して子爵の位を授けられるという事を意味し、長兄らを差し置いて単独で子爵位を得るという事実や魔術嫌いの主君への忠義もあり、彼女の父は難色を示した。

そこで、儂は陛下からの勅命という手段をちらつかせ、半ば強引な手段で彼女を宮廷魔術師へと採用した。

 その事で儂とシーザー卿、ファムと実家の溝が余計に深まってしまった事は、偏に儂の浅慮と批判されても致し方ないと思っている。

 その後、ファムが母の旧姓からファム=ル=ガンマを名乗り、宮廷魔術師として様々な新魔術を開発した功績から僅か二年で宮中伯の爵位を得て実家よりも上位の貴族になったことが、更にその溝を深めた事実も、儂の招いた争いの種と非難されるであろう。

 しかし、帝国が大戦を経て覇権国家として君臨した背景の一つに魔術を戦略や戦術に組み込んだという事は、紛れもない事実。

他国も魔術師育成や魔術開発に熱を入れ始めている昨今では、この国の魔術の発展に四の五の言っていられる状況ではないのだ。

 「どうやら敵軍には魔術師が居ないようだな。」

 フィローザイン皇孫殿下が、窓越しの光景を眺めている。

 この方もまた素晴らしい力の持ち主だ。

魔力ではなく、己の中にある気力というほとんど解明されていない力を持ち、その力が覚醒した際に知能が上昇したとしか言い様がない程に、大人のような頭脳と口調となられた。

 おそらくこのまま成長なされれば最強と謳われた皇帝陛下よりも更に強い皇帝となられるやもしれぬ。

老いたこの身が、皇孫殿下とファムという二人の有望な若者の成長を見られない事は、誠に残念でならない。

 「おそらくは、エクシアン軍として偽装しているからでしょう。

シーザー=ル=エクシアンが魔術嫌いだというのは、国内の貴族には有名なんです。」

 「だから私も苦労したんですよ。」

 殿下の最年少の侍女が言う通りで、それにファムが眉を顰めながら笑って頷いた。

確かに、城壁の向こうからくる攻撃は矢や石礫が殆どで、場内に残っていた魔術師達が防御魔術でそれを防ぎながら炎弾魔術での反撃を繰り返している。

騎士や兵士が城下で休暇を楽しんでいる最中、体力がそこまであるわけではない宮廷魔術師達の殆どがさっさと宿舎に引きこもっていた事が功を奏した。

城で敵兵と交戦している兵の半数近くは魔術師である。

しかし、攻城戦が始まって既に二時間以上が経過した。

 魔法術は呼吸で体内に魔力を取り込む事が基本中の基本。

故に呼吸にも体力を消費し、息が絶え絶えになっている者が多かった。

 「殿下、こうなったらアレを使いましょう。」

 「・・・いや、アレは威力が大きすぎる。

あいつ等に向けて撃てば、城下にも被害が出る筈だ。

というよりも、投石機が無い現状でどうやって使う気だ?」

 アレとは何か?

殿下とファムは儂等の知らぬ何かを持ってきていたのだろうか?

 カリスが何の話をしているのか問い質そうとした時、殿下が口を開いた。

 「だけど一つ、思い付いた策がある。」

 

 

 

 _____________________________________

 

 

 

 「いい加減飽き飽きしてきましたな。」

 最前列で我が兵が弓矢や投石で城を落とそうと躍起になっている最中、このルーガ=ル=キュリオットという男が呑気な声を上げ、私は立腹する。

 「仕方がなかろう。

あちらには魔術師が多い。

矢礫だけでの城攻めではいくら我らの数が多くても、有利とは言えん。」

 しかし、表立って怒りを顕にすることは出来ぬ。

私は冷静を装いキュリオット子爵の言葉に応えた。

 此度の秘密の協力は私から申し出た事。

即ち、私はどうしても協力して欲しい側なのだ。

ワザワザ我が領地から選りすぐりの騎士と兵士を集め、エクシアン家から借りた鎧と軍旗を装備しているのも、全てはディガルド殿下に次代の皇帝へと即位していただく為。

 だが、魔術嫌いのシーザー卿の軍隊。

魔術を使えばこの軍隊がエクシアン軍だと正体が露呈する恐れがある。

故にこの城も我が軍は、魔術無しで陥落せねばならない。

 しかも、夜襲という速度が重要視される作戦を採った為に、攻城に必要な投石機や攻城櫓など目立つ上に速度の遅くなる攻城兵器を用意しなかった。

本来の作戦であれば城まで一気に攻め立てる筈だったが、城下の誅伐軍の抵抗が思いの外激しかった為に、この作戦は半分失敗したも同然である。

 「私の軍は、魔法術との連携を基本前提に運用していますからな。

致し方ない所も有りましょう。」

 「やはり、魔法術は軟弱でいけませんな。

戦に必要なのは純然たる力です。

騎士や兵士の体力と戦術こそが、戦の要でございましょう。」

 まるで私の臣下共を馬鹿にするような言い方である。

おそらく、エクシアンの家臣は皆同じような考えなのだろう。

剣や槍、弓矢の練度向上という個人の力が集まる事こそ戦に必要と、頑なに信じているのだ。

 「ガタン様、城下から鉄の長梯子を二本調達できました。」

 苛立ちを隠しながらも、私がシーザー卿の家臣であるこの男を宥めていると、城下で敵の残党を叩いていた私の臣下達がやって来た。

 「おお、遂に本格的に攻めますか!!」

 その報告に、ルーガは退屈そうな顔が一転し、顔に凶気を浮かべて笑みを浮かべる。

周囲に居る此奴の部下たちも同様だ。

 「我等の馬は特別な訓練を受けていましてね。

そのくらいの梯子なら一気に駆け上がることが出来るんですよ!」

 自身が乗っている馬を愛おしく撫でながら、叫ぶように笑い声を上げるルーガと部下たち。

 それならば、この膠着した戦況を敗れるかもしれない。

そう思い、梯子兵を守る為の重装兵へと指示を出そうとした。

その時。

 「ガタン様、跳ね橋が降りてきます!!」

 前線の指揮官から声が上がりそちらを見ると、確かに鉄製の頑丈な橋がけたたましい音を上げて降り、裏にあった扉が開いて中から大きな蠢く物が現れた。

 「何だあの化物は!!」

 それを見てルーガやその部下達が叫ぶ。

 出てきたのは土で作られた人形。

しかし、その大きさは人の五倍はあろうかという巨人ともいうべきものであった。

 「魔傀儡だ!!」

 「しかもあんなに大きな!!」

 私の家臣達が叫ぶ。

 そう、あの巨人は魔傀儡。

特別な魔術を込めた魔石を、土で作った人形に埋め込むことで術者の意のままに動かすことに出来る魔術の兵士だ。

 高度な魔術であるが故に、私が実物を見たのはこれで三度目だが、どうやらルーガ達はその存在すら知らないようだった。

しかも一般的に知られているのは精々人間の二倍程度のモノで、ここまで大きいものを三体も操るには膨大な魔力を込めなくてはならない。

 「・・・ブレイドだな。」

 そう。

膨大な魔力と卓越した魔術によって、これまでの数々の不利な戦局を覆してきた実績のある、宮廷魔術師筆頭のブレイド=ル=スパロウ。

奴ならばこの程度の魔傀儡を作成し、操作することは造作も無い。

しかし魔傀儡に一番有効な手段は、魔術師による一斉砲撃で破壊し、額の魔石を取り出すことだ。

この場に魔術師を連れてこなかった事がこんなにも痛手になるとは思わなかった。

 「ひるむなぁ!!

騎馬隊、脚を狙えぇ!!」

 私は家臣たちを引き連れ、剣を抜いて馬を突撃させる。

 ナメてもらっては困る。

祖父の代よりフィサリス家が治めるタルコン侯爵領には、巨獣が多数生息するタルコン山脈がある。

 巨大な獣の対処法など熟知している。

まずは機動力に優れる騎馬で、脚を切り落とす。

狙うは城門から堀を越えてやって来て、我が兵士を投げ飛ばしている先頭の巨人だ。

 「させるかぁ!!」

 しかし、魔傀儡の脚元から現れたのは、残っていた兵士や騎士達。

その先頭にいたのは、齢六十を過ぎても尚現役を貫くあの老将だった。

 「カリス=ル=タイタス!!」

 「ガタン=ル=フィサリスゥゥ!!」

 カリスの自慢の黒い刃の剣が、私の愛馬に突き刺さりその命を奪った。

すかさず、私は馬の背から跳躍して、そのままカリスの脳天を狙う。

 「笑止!!」

 素早く馬から引き抜いた剣で、老将は私の白刃を受け止めた。

 「なんの!!」

 私はすぐさま跳び退くと、再び駆け出す。

 「だあああ!!」

 「ほう!

腕を上げたなガタン!!」

 渾身の横薙ぎを受け切るカリス。

 「知られた以上、生かして返すわけには行かなくなったなぁ!!」

 私は更に懐から短剣を引き抜くと、剣を受ける手を狙う。

 「小賢しい!!」

 だが、それはカリスの籠手に弾かれる。

 「なんのぉ!!」

 しかし、それは本命ではない。

私はカリスが弾き上げてがら空きになった右腹へと蹴撃を叩き込む。

ガキンと私の脛当てとカリスの甲冑が激突し、金属音が周囲に鳴り響いた。

 「ぐっ!!」

 蹴りは鎧によって防がれてはいるが、衝撃まで殺せているわけではない。

私の膝当てには衝撃無効化の魔術が仕込まれているので痛みはない。

これが私の必殺の攻撃だ。

体勢が崩れたカリスを狙い、再び私は脳天へと刃を振り落とす。

 「将軍!!」

 しかし、それを帝国兵が槍で防いだ。

 「邪魔だ雑魚共ぉ!!」

 私は即座に剣を薙いで敵兵を弾き飛ばした。

 「貴様ぁ!!」

 しかし、姿勢を直したカリスの刃が私へと向かう。

私は咄嗟に体を捻り、その刺突を回避した。

 「貴様が皇孫殿下を狙う理由はなんだ!!」

 「知れたこと!!

娘を皇后にしたいという親の気持ちが解らぬかぁ!!」

 「解らぬわこの戯けがぁ!!」

 私とカリス、双方の刃が互いの脳天を狙っていた。

 その時だった。

城内から四頭牽きの馬車が凄まじい速度で駆け出して、城下の方角へと向かっていった。

 「殿下!!」

 馬車へと叫ぶカリス。

そうか、あの中にフィローザインが居るのか。

 「全騎その馬車を追えぇぇ!!

そこにフィローザインがいるぞぉぉぉ!!」

 私は叫ぶと直ぐ様側に居た家臣の馬へと跳び乗って、馬車を追いかけさせる。

 「ガタン卿!!」

 「ルーガ殿!!

フィローザインを逃がすな!!」

 乱戦に巻き込まれていたルーガ達の騎馬部隊と合流した私達は、一気に全速力で北上しタリナを脱出しようとする馬車を追走する。

馬鹿め、カリス。

貴様が思わず殿下と叫んだお陰で、私の家臣とルーガの家臣の騎士総勢三百人全員がフィローザインを狙うことになった。

戦場で運用する装甲馬車はその精巧さと防御力もあって、かなりの重量。

しかし、私を除いて騎馬は人一人とその装備しか載せていない。

すぐに限界が来ると思っていた。

 「ええい!!

装甲馬車が何故あんなに早く走れるのだ!!」

 「おそらく肉体を強化する魔術を付与されているのだ!!

だから我等の馬よりも早く走れる!」

 重い馬車を牽いている馬の速度に、騎士とその装備が負けている気がして、ルーガが焦り始めていた。

そこまで魔術に対する知識がないのかと、私は少し呆れていた。

 「埒が明かない!!

前方の騎士、矢で馬車を壊すのだ!!」

 「了解です!!」

 石畳の敷かれた本通りだが、流石に三百騎が一斉に駆けるには狭い。

 長蛇の列となった騎士の軍勢。

苛立つルーガの命令で、奴の部下たちが一斉に矢を放った。

 だがそれは、馬車に傷一つ負わせることが出来ずに、弾かれてしまう。

 「矢が無駄になる!!

馬車も強化されているのだ!!」

 ルーガへと私は叫ぶ。

 「おのれぇ!」

 「安心しろ!

強化魔術は、そこまで長く持たない!

ブレイドが乗っていない以上は、魔術師にも限界が来る!!

我々は既に勝っているのだぞ!!」

 苛立ちを隠せないルーガへ、激励の言葉をかければ、その表情が綻んだ。

単純な性格がよく分かる。

 しかし、ルーガやその部下たちの乗馬技術は本物だ。

馬の全速力に手放しで乗っていられるだけでもかなりの手練であるが、更に地面で立っている時と同様に弓矢を扱えるというのは、かなりの技術を要する。

ベビドゥールなんぞで閉じこもっているなど、勿体無い程の騎士たちであった。

 この戦いが終わって、見事にディガルド殿下が皇帝に即位した時には、皇帝直轄騎士団に此奴等を招聘する必要も出てくるであろう。

 「抜けたか・・・。

各員、遅れをとるなよ!!」

 城下を出た馬車は、そのまま一直線に北上していく。

愚かな行為だ。

 遮蔽物が多く、道も狭い街中であれば、まだ我々から逃れる可能性が高いというのに、あの馬車は隠れる所のない街外れに来てしまっている。

御者は必死過ぎてどうやら知能が低下しているようだ。

 馬車は速度を落とさずに、何もない夜の街道を突き進む。

だが、あと数十グレップ行けばその先にあるのは私の領邦、ボアン。

 そしてそこまでのこの街道は、一面の草原地帯。

しかも、念の為にボアンには兵を残してある。

万が一にも私達が取り逃がしても、最早お前は袋の鼠だ。

 四歳児とは言え容赦はしない。

待っていろ、フィローザイン。

貴様を殺して、シュピーゲル家全員を殺す。

その後は第一から第三皇子までを殺し、皇帝を退位させて、ディガルド様を即位させるのだ。

もう逃れられない。

これは運命なのだ。

 「ガタン様!!」

 前方に乗る騎士が叫ぶ。

前を見ろと指差していた。

 見ると馬車の馬が一頭、あられもない方向へと走っていった。

固定していた金具が、魔法で強化された馬の全速力に耐えられなかったのであろう。

そんな事を考えていると、ばきりと何か硬いものが砕けるような音が聞こえ、更にもう一頭の馬が左側の何処かへと逃げ去っていく。

 「よし、囲めぇ!!」

 歓喜の声を上げるルーガ。

四頭が半分となり、速度が確実に落ちたからだ。

 そうこうしている間に、残る二頭を繋いでいた金具も壊れてしまったのであろう。

 外れて何処かへと行ってしまい、四輪の馬車は緩やかに停止した。

 「逃げられないように囲んで嬲り殺しにするぞ!!」

 ルーガの笑い叫ぶ声に、思わず私も笑みを浮かべた。

 「な、何!!」

 しかし、一番近くにいた騎士の様子がおかしい。

 「どうした?」

 「御者が魔傀儡です!!」

 そのとおりだった。

馬車の前方には丁寧に服を着せれているが、その顔は紛れもない土人形。

城の前にいた魔傀儡と違い、その大きさは人間とさして変わらなかった。

 「どういう事だ!!」

 笑顔が一点、焦った顔になったルーガ。

そんな顔を向けられても私も知らない。

 すると、魔傀儡は御者台をいそいそと降り、馬車の扉を開けたと思えば、その中へと手を差し込んだように見えた。

次の瞬間に馬車の窓が、いや馬車の中が光りだした。

そして――――――。

 

 

 

 _____________________________________

 

 

 

 あたしの眼下で強大な光の半球が、内耳に痛みを覚える程の轟音と共に生まれた。

その光はまるで太陽が落ちてきたかのようで、深夜を昼のように明るく照らし、直後に強大な風が全てを吹き飛ばした。

 あたしも強靭な風に激しく体勢を乱すが、この魔術の一部始終を逃すまいと、光の力が生み出した突風に激しく抵抗する。

 時間はそんなに経たなかった。

やがて光は収束し、太陽のような半球のあったところは大きな窪地が出現する。

 「『爆裂魔術兵器クリスタル=デストラクション』。

実験は成功したけど、思ったより効果が大きかったかな?」

 煙が立ち込める眼下に広がる窪みは、目測だが直径百二十メイロンくらいだろうか。

きれいな円の窪みで、半球状になっている筈だ。

 何故あたしがわざわざここに居るのかというと、理由は二つ。

 囮である馬車の魔傀儡の御者の操作と、この戦略魔術の効果を確認する為だ。

 魔傀儡の魔術は、術者がある程度距離を離れると効力を失いただの土塊に戻ってしまう。

また、馬を逃がす為の仕掛けを魔傀儡に操作させる事も必要だ。

それ故に全速力で馬車を走らせる魔傀儡の後を追って、ギリギリの距離の上空を飛んできたのである。

だが囮に魔傀儡を使ったのは、巨大火球を生み出し馬車の周囲にいた敵の騎士達を一瞬で塵と変えてしまった超強力な魔術を発動させる為である。

 ベビドゥール公爵領は広く、国力もある。

あたしは政治に疎いが、魔術師であり皇帝陛下の政を補佐することもあるブレイド先生の講釈では、帝国の国土が規格外すぎるくらい大きいだけで、ベビドゥール公爵領は周辺諸国と同程度の広さで国として充分に維持できる程の体制らしい。

 そんな所に派兵する軍が、陛下直属の精鋭部隊と宮廷魔術師を中心に構成されているとは言え、六千人は少なすぎる。

なにせ、その六千人全員が戦闘要員ではなく、戦闘員の世話をする兵站要員も含めた数字なのだ。

純粋な戦闘員は四千人位であり、小国へ進行するのは足りなすぎる人数だ。

 まあ、これは飽く迄も帝都から出発した誅伐軍本隊の人数。

実際には途中の中継先にいる貴族麾下の軍隊と合流したり、公爵領の周辺にいる別の軍団が本隊と離れた道筋から侵攻したりと、色々な理由がある。

 全部の誅伐軍が一箇所に固まって動くと今回みたいに敵の罠にかかって、全滅する怖れがあるのだ。

 そんな行軍中、あたしはフィローザイン殿下から、ある魔術理論を提案されていた。

正確に言えば、ある術式を書いた本を渡された。

 その術式は、殿下が基礎的な魔術を会得して様々な魔術を使えるようになった時の切り札として、自身で予習した果てに用意していたモノ。

それこそが、クリスタル=デストラクションであった。

 子供故の、そして一度も魔法や魔術を教わっていない素人であるが故の、無駄な術式も多かったが、相当の大きさの魔石に組み込んで魔術を組み込めば、すぐにでも実用可能な程に完成度が高かった。

殿下は、行軍中でのこの魔術の完成を一人で画策していたらしく、わざわざ母方祖父のシュピーゲル辺境伯にねだって、魔石を調達させたのである。

 その魔石はむしろ魔岩といっていい程の大きさで、具体的に言えば六人乗り四頭曳き馬車の中にぎっしりと詰め込める程の大きさだった。

しかも二つ。

 あたしは殿下の要請に従い、この人為的な災害ともいえる魔術式を添削して余分な記述を排除してから、それを魔石に組み込んだ。

 魔術の効果は、魔石を中心とした超巨大火球による爆発。

最大で街の一区画ほどという理論の筈だったが、好条件が揃ったようで今回の爆発は計算よりも効果が高かった。

 魔石ごと爆発させる為に、魔石の消失は当然。

しかも、魔石に込める魔力は魔石に貯留出来るとは言え、一日二時間以上もコツコツと魔力を流し込んだ。

その日数、五日間。

かなりの魔力を溜め込んだその魔岩の魔術。

しかし、これだけでは絶対に発動しない。

これは効果を考えて安全に我々が運搬する為であった。

 発動自体は、発動の術式を組み込んだ魔石をぶつける事で行う。

しかし、魔石をぶつければ魔術は即座に発動し、ぶつけた者は確実に死ぬ。

だからそれを魔傀儡に行わせる必要があるのだ。

 「しかし、贅沢な魔術だよなぁ~。

あの岩みたいな魔石だけで、数千万レンジはするのに、それを使い捨てするんだから。」

 途方も無いお金の使い方に、あたしは呆れて笑う。

 ひと月に普通の農民が稼ぐお金が千レンジ位で、一番安い魔石も買う時期で多少上下するけど大体同じくらいの値段。

あたしと先生以外の宮廷魔術師が支給されているサンダービームの魔石が、三万レンジって考えれば、ホント規格外も規格外だわ。

まあ、シュピーゲル家は辺境伯だけど、稼ぎは公爵級だって話だし、このくらいわけないのかしらね。

税金収入のない宮中伯じゃ詳しいことはわかんないけど。

 「おや?」

 地面を何かが動いている?

遠視魔術を発動させて見ると、哀れに下半身が無くなっている騎士の姿が見える。

 あたしと同じ鳶色の髪の男だ。

さっきも見たけど十年ぶりに見る姿は、面影が残っているから充分に分かる。

腹違いの兄だ。

 

 

 

 「な・・・なんだったのだ今のは・・・。」

 血反吐を吐いてぜえぜえと荒い呼吸のルーガは、匍匐前進でその場から離れようとしていた。

何かの偶然が重なって生きていたというのか。

運が良いのか悪いのか・・・。

 強烈な光だったからだろう。

どうやら視力をやられたようで、直ぐ側に降り立ったあたしに全然気づいていない様子だった。

 「やあ。

久しぶりだね。」

 「な、なんだ!?

何かの声が聞こえる。

何だ何もわからない!!」

 何かを探すようにキョロキョロと周囲に首を振る男。

顔は確かに、あたしが十年前に実家から勘当された頃の面影がある。

しかしその形はもう、陸に打ち上げられた大きな水棲生物が這いずっているようにしか見えない。

おそらくは一番外側に居たからだろう。

光球に体を焼かれ体のあちこちは焼け焦げ、髪の毛も一部を残して失われ、焼けてないのは、顔の左側しかない。

 何より、腰から下は完全に消失していた。

あまりに唐突に肉体の殆どが焼かれ、神経か脳のどちらか・・・いや両方共イカれてしまったんだろう。

自分の身体の状況がわからない程の欠損で、しかも傷口が塞がれてしまっているから、運悪く生き残ってしまったのだろう。

 近くに転がっているフィサリスの死体は、胸から下が完全に消失しているので、こちらは完全に死んでいる。

むしろ、フィサリスの方が幸運だろう。

 「ぐぼおっ!!

・・・ぐうう!!

い、痛い・・・だ、誰か・・・助けてくれ・・・。」

 愚兄は血反吐を吐きながらもがき苦しんでいる。

医学には詳しくないが、人間は一度に大量の血液を失うと苦しんで死ぬらしい。

下半身を失ったあの身体は、おそらくもう長くはないだろう。

それに、痛覚が復活してきたらしい。

声を震わせ、涙を流し、ジタバタと暴れ廻る。

 「さようなら、馬鹿兄貴。」

 あたしは左腕にある腕輪の魔石に触り、魔術を発動させた。

せめて苦しまないように、即死させてあげよう。

それが私に出来る愚かな肉親への餞だ。

 「ウインド=クロウ」

 あたしの風の刃が、ルーガの首を刎ね飛ばした

 

 

 

 _____________________________________

 

 

 

 圧倒的不利だった戦局は魔傀儡巨人の投入と、敵軍の大将格が大量の騎馬と共に囮に引っかかって戦線を離脱した事によって、優勢に傾き始めた。

 「・・・ぜぇぜぇぜぇ!」

 城壁の上で激しい呼吸を繰り返すブレイド老師。

周囲の魔術師が、体力を強化する魔術で補っている。

 即席の戦法だが、うまくいっている。

 魔法術には呼吸で魔力を空気から取り込む必要があり、肺活量は使える魔術の総量と言っても差し支えない。

歴戦の勇士とは言え、もうすぐ齢七十に届く老人の肺活量では心許ないが、それでも老師の効率よく魔術を行使する練度は、他の術師では代用が効かないのである。

 だからこそ他の魔術師に、体力回復魔術と体力強化魔術をブレイドにかけ続けさせた。

そうすることによって、ブレイドの本来の体力的に行使の難しい筈の、規格外の魔傀儡の操作が可能となるのだ。

 「よし、今だ!!」

 城壁から下を覗くと、カリス達に間引きされながら誘導された敵の歩兵達が三体の巨大な傀儡に囲まれている光景が見えた。

 「これで終わりじゃ!

バーニング=ブレイズ!!」

 魔傀儡の操作を止めたブレイドが掌から放った炎は、人の形から壊れ始めたさっきまで魔傀儡だった土達へと降り注ぐと、あっと言う間に大きな炎となった。

今回の魔傀儡は、ただの魔傀儡じゃない。

 油を染み込ませた土の中に、木材の切れ端を入れてよく混ぜたモノを身体に使った特製魔傀儡だ。

だから普通の土人形で出来ている魔傀儡と違ってよく燃える。

さながら巨大な竈だ。

大量の燃える土に囲まれた敵兵達は、断末魔を次々と上げながら蒸し焼けにされて倒れていった。

 敵兵の末路は二つ。

即ちカリス達に斃されるか、巨大な竈で焼け死んだか。

 「・・・成功したようだな。」

 北の方角から強烈な閃光が見えたと思えば、数呼吸おいて雷のような激しい音が俺達の耳に入った。

俺が半年くらい前に考案した戦略兵器だ。

 囮にまんまと引っかかった敵の騎士達はあれで全滅した筈で、此方の竈作戦も何の苦もなく成功した。

 「ふおぉぉぉ・・・。」

 流石に過負荷がかかったのであろうブレイドが、大きく溜息を吐いて、その場で腰を抜かしていた。

無理もない。

 本来は、複数人で同時に行使する魔術を一人で背負うことになったのだから。

 「我々の勝利だぁぁぁ!!」

 城門でカリスの号令と共に、兵士達が勝鬨を上げていた。

そう。

兵士の大多数を失ったものの、結果的には我々が勝利である。

 「よかったぁ・・・。」

 俺は気が抜けてその場に倒れ込み、夜空を見上げた。



次回予告


辛くも襲撃者達を倒し、勝利を収めたフィローザイン率いる誅伐軍本隊。

しかし、兵数は六千人から一気に四百人まで激減するという有様。

このままでは別働隊との合流など不可能となる。

しかし、合流の時までの時間的余裕など皆無に等しい。

そこでフィローザインはとある提案をする。

次回、覇権国家の皇孫に転生したので美少女を妻にしたりハーレム兼ハイレグレオタード美女騎士団を結成させたり皇帝に即位したり色々頑張ったりしました第七話、『ゼファン傭兵騎士団』。

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