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第二話『アルムザクス帝国』

フィローザインは自分の前世の自己評価がかなり高い性分ですので、真に受けないように。

 俺の名前はフィローザイン。

父や祖父からはフィロという愛称で呼ばれている。

そして理由はわからないが前世の記憶を持っている。

そのためか、出産される寸前から物心がついていて出産された瞬間からの記憶もバッチリと覚えていた。

 ただ残念なことに異世界からの転生であったから、親たちが何を話しているか全く分からないし、俺は前世の国の言葉しか知らないので、意思の疎通は赤子と同じだ。

こんなことならこの世界の言葉を勉強しとけばよかったかな~と後悔。

ってなるわけねぇだろ。

仕方がないと、妥協しか出来ない状況は人生で初めてだろう。

 いや、まあ人生始まってまだ一年も経過していないが。

しかし、三十三歳で死んだ時の記憶を引き継いでいるからか、母乳を飲むことと糞尿をオムツの中に垂れる事と、それを泣いて知らせる事しか出来ないというのはなかなか辛い。

ぶっちゃけ恥ずかしいが、その羞恥心が不必要であるということが更に恥ずかしさを生んでしまう。

羞恥心の二重構造だ。

それに、記憶と精神は三十三の成人男性ではあるが、肉体そのものは産まれて一月にも満たない新生児。

母乳を飲んで満腹になると猛烈に襲うこの睡魔には、全く勝てない。

 母親から与えられた母乳が腹を満たすと、据わらない首がコクリコクリと動いて俺を夢の中へと誘う。

そして、今日も一日の大半を寝て過ごすことになるのであった。




 しかし、赤子の肉体というのは動きづらい。

口を器用に動かす能力が未発達なので、喋ることも固形物を食べることも出来ず、自重を支える筋肉もないので歩くことどころか立ち上がることすら出来ないのだから。

 そしてやることもないからだろう。

俺は出会う大人達の顔を覚える事や、周囲の育児係達の会話を聞いて覚える事に注力した。

 前世での俺の記憶力は人より少し優れている程度ではあったが、興味のないモノに対する忘却力はそれを上回っていた。

一夜漬けでの定期テストの点数は良かったが、授業態度が悪いという評価を受けて成績は中の下だった。

無論、成績の悪さには教師の嫉妬からの減点の方が多い。

授業や生活の態度など、教師の感情の匙加減なんだから。

 だが、どんなに客観的な視点から評価しても、英語だけは落第点に近かった。

俺の世代は中学と高校の合計六年間学んだのではあるが、残念ながらネイティブに話しかけられても片言にしか話せないほどであった。

だが、もう一つ客観的な視点からの事実を述べると俺以外の日本人の大多数も英語の習得率は同じなんだよな。

 普段から日本語で生活していて、一週間の僅かな時間のみを英語の授業で、しかも日本語まみれの教科書で英語の授業するのだ。

これで英語ペラペラになれるわけがない。

それとは逆に、英語に不便ながらも英語圏に半年ほどの滞在をした日本人は、周囲がネイティブの英語話者しかいないからであろうか、普通に英語が話せるようになるというのだ。

 それを考えると、俺も周囲の人間の言葉を聞いてこの世界の言葉を理解できるようになるとさえ思え、やる気に満ち溢れてくるというものである。

まあ、それ相応の積極性は必要だ。




 流石俺。

学習能力も常人のそれを遥かに上回る。

明日に元日を控えて、城の中は俺の世話係以外は忙しいようだ。

 産まれてから三ヶ月と数日が経過した。

季節的にはどうかわからないが、数字の表記的には前世の誕生日と今生の誕生日が同じ日であることを俺は驚いた。

 因みに俺は占いを信用しない。

特に誕生日占いや星座占いは。

同年同日に産まれて幸せな人生を送る者もいれば、死んだほうが幸せだと思えるほどに不幸な人生を送る者もいる。

世界の支配者という分際を持ち合わせながらも、他者が身の程を弁えられず実際の分際の地位に就けなかった俺の前世は、後者だ。

 産まれた日で運命が決まることは決してありえない。

それでも数字上同じ日に産まれたという事に運命を感じてしまうのだから、俺というのも意外と単純で矛盾に満ちた性分なのかもしれない。

 閑話休題。

 そんなわけで大晦日の今日は俺が産まれて三ヶ月以上経ったということである。

産まれて三ヶ月間、周囲の大人達が語りかけていたお陰で、俺はこの国の・・・少なくとも俺の周囲で話されている言葉をどんどんと覚える事が出来た。

流石に文字については単純な数字以外は推察の余地が出ず、また口も満足に動かすほどの筋力がないので、会話するとまではいかない。

 言葉自体もあちらが語りかけてくるのはおそらく赤ちゃん言葉なのであろう、簡単な意味や単純な言い回しの言葉が殆どだと推察できる。

 そんな中、父方祖父だけは子供に語りかけるような言葉ではない、大人同士が使う言葉で話しかけているらしく、両親や侍女たちはそれに苦笑していた。

が、有り難い。

ジイさんの語りかける言葉で、俺は自分の立場というものが理解できたのだから。

 この世界には西と東と南に大陸があり、その周辺を大小様々な島々があるという。

世界には百を超える国が存在するが、俺ことフィローザインの産まれたところは、西の大陸の『アルムザクス帝国』のほぼ中央に位置する帝都『アルム』の、更に中央に位置する皇城『ズァルジフェン』の一室だった。

 産まれた時のフルネームは『フィローザイン=ストル=アルムザクセル』という。

 立場では、現皇帝『コクー八世』の長男の長男で初孫。

この国唯一の皇孫だ。

皇位継承法という法律に則れば、親父に続いて継承権第二位だという。

 しかもこの帝国、並の国家ではない。

建国から五五〇年以上も領土拡張を続け、西の大陸の東部から南部までを国土とし、強大な軍事力を背景に世界各国に影響力を持つ覇権国家なのであった。

 確認するが、自分の皇位継承順位が二番目で、しかも一位は親父。

何事もなければ俺がジイさんの年の頃には、確実に皇帝に即位してしまう。

 これは、はっきり言って面倒くさい。

 前世の知能や記憶を持つのが俺だ。

正直に言うと、俺以上に世界の支配者に相応しい器を持った者など、いやしない。

それは前世の世界でも今生の世界でも同じことであり、前世の世界に争いが絶えなかった原因は、世界各国が俺に支配権を譲らなかったからであるが、それは飽く迄も器でありつまり才能の話であって、俺が実際に支配したいかどうかという話とは別問題。

 俺はどちらかというと誰にも縛られずに自由気ままに生きていたい性格なのである。

しかも、産まれたときから支配者階級になると定められてしまった。

これはかなりヤバイ。

支配者階級の跡取り息子など、暗殺にもってこいだからだ。

高飛車お嬢様な母親と、病弱貧弱で腰に剣も差していない親父に、無防備な赤子の俺を守る力があるとは思えない。

権力以外の何かしらの力があるかもしれないが、それは流石に一縷の望み過ぎる。

親父が皇子で、母親がその妻であり有力辺境伯の娘であるという事以外、俺はあの両親の事を殆ど知らないに等しいのだから。

 ああ、不安だ。

孫の顔が見れるくらいまで生きたいと思っていたが、成人できるかさえもわからなくなった。

 そして杞憂だったら良かったが、残念ながらその不安は遠からず的中してしまい、今生でも俺は理不尽な目に合うのかと、軽く絶望したのである。




 俺の親父『エンフィール=コクールール=ストル=アルムザクセル=ファイレーガ・ブランジア』は帝国の第一皇子だ。

何不自由なく育ったが、六歳の時に毒殺されそうになって以来、後遺症で虚弱体質になってしまい、頭痛薬や風邪薬が手放せなくなってしまったらしい。

また、同じ毒を盛られたらしく、同じ日に皇后も死んでしまったとのことだ。

 これは侍女たちが、俺の世話をしながら先輩侍女から親父の体質の理由を聞いたからである。

だからこそ俺の安全の確保や、母親の安全は気にしなければならないという話であった。

 前世の世界の知識では、洋の東西を問わず、身分の高い子供は実母の母乳ではなく乳母の母乳や疑似乳を与えられて育つ習わしがあり、実はこの世界でもそうらしかったが、親父の毒殺未遂事件があったという理由から、王侯貴族も実母の乳で育てるという慣習に変わったようだ。

 故に俺の母親『マシュリリア=ストル=アルムザクセル』は、日に何度も俺に母乳を与えるが、その度に化粧を落とすのが嫌でたまらないみたいだ。

乳幼児はなんでも口に入れたがる。

大人では大丈夫ではあるが子供には有害な薬品の入った化粧品は、母乳を与える時は落とさなければならない。

この世界では化粧を使う身分の女性には常識らしく、母は初老の侍女から何度も窘められていた。

 だが第一皇子の妻は忙しい。

俺を産むという大事業を終えた後も、半月も経たない内に父と共に公務に赴くのである。

そんな次期皇后が化粧もせずに公の場に出るということは、流石に許されない。

日に何度も化粧を落として俺に母乳を与えては、再び化粧を施して勤めを果たしに行く忙しい日々を送っている。

 「殿下は規則的に母乳を欲しがる珍しい子でございますね。」

 「そうね。

それだけは、私としても助かっているわ。」

 老婆の侍女と、母親との会話を聞きながら俺は母乳を胃に流し込んでいった。

本来、赤ん坊は空腹になれば泣き、糞尿を垂らせば股間の不快さで泣き、眠りたい時に寝付かせて貰えない時は泣く。

だが、三十三で死んだ前世の記憶を保持している俺は違う。

育児室に備え付けてある大きな壁掛け時計で一日の流れを理解している俺は、三食の食事時以外と間食時で母親の時間に余裕がある時以外は母乳を欲しがらないし、例えオムツの中に糞尿したとしても、侍女が側にいない時は泣いて知らせず、またなにか大きな物音で安眠を妨害されても泣かないと、我慢が出来たのである。

そんなわけで、俺はあまり手のかからない赤子という印象を抱かせたのであった。




 この世界は前世で言うところの貴族政治時代のヨーロッパに似ているが、それは飽く迄も建物や服装で最初に俺が抱いた印象でしかなく、髪の毛の色などいくつも違いがあると理解できる。

 世界の形もそうではあるが、身近に感じる一番の違いは前世では科学技術が発達していて魔法技術が存在しない事だが、こちらは僅かに存在する科学技術よりも魔法技術が発達しているということだ。

今は冬だが、まだ本格的な冬でないからか、それともただ単に気候的なものなのか、昼間の日が差している部屋はそれほど寒くはない。

 だが流石に、日が傾き始めると肌寒さが感じられるようで、育児室に設けられている暖炉へと侍女の一人が日を灯す。

 ポケットから赤い宝石の付いた指輪を取り出したその侍女。

 「火よ燃やせ。」

 暖炉の薪へと指輪をかざして呟くと、薪が発火し部屋を温めていった。

明らかに前世では見ることのない光景で、ファンタジー小説やアニメが好きだった俺には、これが魔法以外の何物でもないと理解できる。

 しかし、この世界は科学技術というものも存在していた。

それがよく分かるのが、この部屋の照明だ。

日が落ちそうになり、南西に窓があるこの部屋の中が夕焼けの光でオレンジに染まる。

すると、侍女の一人が扉のそばにある鍵穴に鍵を入れてからすぐ下にあるハンドルを回し始めた。

すると、天井から鎖で垂れ下がっていた小さなシャンデリアが降りてくる。

 「光よ照らせ。」

 先程暖炉に火をつけた侍女が別の指輪を手に取って、自身の胸元まで降りたシャンデリアに向かって唱えると、その中央は発光して部屋を明るく照らし始め、再びハンドルを回した侍女が元の位置へとシャンデリアを戻した。

古代からある滑車や歯車という物理作用を使用する科学と、熱を発しない純粋な光のみを生む魔法の技術を使っているのだ。

 「・・・おや、殿下は魔術がお好きなようですね。」

 「それはそれは。

大きくなったら殿下も、魔法や魔術を存分に習ってくださいね~。」

 俺が興味津々に、火や光の魔法を使っていたところを見ていることに気づいたようだ。

侍女の一人が、ベビーベッド越しに俺の顔を覗き込み、魔法使い侍女も俺へと笑みを浮かべる。

 「あ!

も、申し訳ありません、殿下。

こちらは使うもの以外触ってはならないと、法で決まっていらっしゃいます。」

 俺が指輪のある侍女の右手へと手を伸ばすと、侍女は慌てて手を引っ込めた。

そうか、そういう法律があるならば仕方がない。

この侍女が俺の為に法を犯して罰を受ける事は、絶対にあってはならないのだ。

諦めて俺は顔の直ぐ側にある音のなる輪っかを握って、ヘラヘラと赤子のように笑った。

いや、実際赤子だが。

 そんなやり取りも終わり、ディナーの時間が終わったらしい両親が俺の部屋までやってくると、いそいそと化粧台でメイク落としを終わらせた母が、俺へと乳首を差し出す。

我慢は出来るが、それでも腹が空いていることに変わりはなく、俺は遠慮なく母乳を飲み始めた。

 精神はともかく、肉体の成長は常人と同じなのであろう。

早く離乳食を食べられるようになりたいものだ。

 「皇帝陛下、申し訳ありません!

授乳中でございます!!」

 「おお、すまんな!!」

 俺の食事中に、扉の近くで騒がしい侍女と祖父のやり取りが聞こえた。

それでようやく気づいた。

母は俺の食事中は両方の乳房を露わにしているが、その姿を目にするのは同性の侍女達だけで、侍女は部屋の窓をカーテンで閉める。

 例外は母の夫である親父だけだ。

おそらくは貞操観念の問題なのであろう。

妻は自分の裸を夫以外に見せてはならないし、男は夫のいる女性の裸を見てはいけない。

おそらくは、それが当たり前。

そういえば、親父の従者達も親父が母と共にこの部屋に来る時は決まって部屋の外かどこかの部屋で待機しているようであった。

 例え一国の王や皇帝でもそれは逆らってはいけないのだろう。

こういったデリケートな観念は、逆らえば家族や周囲との感情に溝が出来る。

だからこそジイさんは侍女の言葉に従ったのだ。

さて、満腹になり乳首から口を離すと母は俺を持ったまま乳房を隠し始めた。

 「ぱぁぱぁ~。」

 親父を呼び両手を向けた。

 「おお、フィロよ!」

 そう、俺は三日程前から親父と母を呼ぶことが出来たのであった。

いつの間にか、喋られる程度に口の筋肉を動かせるようになり、試しに呼べば両親も祖父も喜んだ。

それでもまだまだ舌っ足らずで簡単な単語しか話せないが、いきなりペラペラと饒舌に話す赤子は怖いであろうから自重する。

 しかし「じいじ」と呼んだ時の皇帝の喜び様は凄まじく、側近に俺へ直轄領を与えるようにと命じた程で、早速、皇都近くの複数の村からなる『レオタルドス侯爵領』を元日付で与えられる事となってしまった。

これにより、明日からの俺のフルネームは『フィローザイン=ストル=アルムザクセル=レオタルドス』となるのだ。

 これは前世のヨーロッパ貴族の名前とも共通していた。

家名の後に、領地名が続くのだ。

貴族というのは国の内外に複数の領地を持つ。

すると、家名の後にどんどんと領地名が追加されてしまい、結果としてフルネームが長くなる。

爵位というのは領地に付属するものであり、一人の貴族がいくつもの領地を持つということは、即ち複数の爵位を持つということに他ならない。

 この法則で言えば俺は侯爵と言えなくはないが、複数の地位ならば高い地位を名乗るのが一般的で、しかも俺は皇族なので第一皇孫という地位を名乗る。

因みに、家名のアルムザクセルの前にあるストルとは皇族姓。

更に、今現在の俺は成人していないが、成人の儀を終えると皇族や貴族の男や独身女性は父親の名前を名乗らなければならない。

 名前と皇族姓の間に差し込まれるらしく、俺の親父のフルネーム『エンフィール=コクールール=ストル=アルムザクセル=ファイレーガ・ブランジア』の場合、コクールールというのが現皇帝であるジイさんの名前である。

そして面倒くさいのが、当主になった場合だ。

 皇族も貴族も、現在の地位になった先祖の名前を父親の名前の前に名乗らなければならない。




 「コクー八世、コクールール=アクセレイゼッゾ=ドルガーシュ=ストル=アルムザクセル=ルカルタ・スファルツ・ヴィルマウ・コエー・シルクミス・セラン・ミスカ・メディオン・ナアン・キュノーイ・タリナ・ラシュガ・ザルケット・シルツ・コロルト・ティーバ・ティフロン・ドロレス皇帝陛下のお成りである!!」

 新年の朝。

九時を知らせる鐘が皇城の大広間に鳴り響くと、玉座のすぐ下に立つ貴族の男が、この広間に響き渡る声で言い放つ。

 自分の国の君主のフルネームとは言え、よくもまあ忘れずに噛まずに言えるもんだと感心する。

俺なんぞ実の祖父だというのに覚えられない。

皇帝の第一の家臣として仕える首席宰相のその公爵の言葉と共に、玉座の前に立ち並ぶ皇族や貴族達は、老若男女関係無く背筋を張り詰めて前を向いた。

 乳幼児の俺は例外で、母の側にある無駄に豪華な装飾を施された乳母車の中に座らされていてる。

おそらく、皇族の式典用乳母車なのであろう。

普通は皇族とはいえ乳幼児を国の公式行事には参加などさせないが、今回は皇帝への新年の挨拶と、皇孫のお披露目を兼ねているのだ。

俺が出席しないわけにはいかないし、貴族達も領主貴族は病人等を除いて当主とその正妻と家督相続人は出席が義務付けられているらしく、幼い子供から杖をついて立っている老人まで大勢の領主貴族でこの大広間は埋め尽くされている。

 宰相の号令から十秒ほど経ち、豪奢な身なりに包んだ俺の祖父が、右脇の扉から入室して玉座へと座った。

そして彼が左手を上げると、広間の左に控えていたオーケストラの楽団が壮大な音楽を奏で始め、周囲の皇族と貴族達は歌い出す。

 歌の題名は『至高なる皇帝陛下万歳』。

荘厳なオーケストラの伴奏と共に唄うこの歌は、神々に選ばれし血脈の偉大にして高貴なる皇帝よ、国の敵を倒し慈愛によってこの国をお治めくださいという、要は皇帝を称える内容の歌詞の歌で、この国の国歌だ。

 流石に赤子には煩いという気の使いようから、歌う前に親父が毛皮の付いた耳あてで耳を塞いでくれたので、心地いい音量で国歌を聴いた。

それが終われば、皇位継承権第一位の親父が皇族を、貴族議会の議長を務める公爵が、それぞれ皇族と貴族を代表して皇帝へと新年の挨拶を行う。

 その後は皇族と臣下達への皇帝からの新年の挨拶だ。

その後、去年の論功行賞やら国交が結ばれている外国の使節の挨拶やらの行事が終わり、皇孫つまりは俺の臣下達へのお披露目が始まる。

 第一皇孫故の特別な行事らしく、皇帝自らが俺を抱きかかえて玉座から掲げで、それに対して皇族と貴族が跪くという行事だ。

 親父も跪いている事が疑問に思ったが、十数年後に訊ねた時に、それは俺ではなく自分の子を孫だと認めてくださった皇帝に跪いているという意味だと、宮廷儀礼に詳しい古参の侍女が答えてくれた。




 午後には、皇城の中庭に平民を招いてバルコニーから俺を見せる儀式を終わらせ、いろいろと赤子には忙しい、俺の人生初の皇族の仕事が終わり、なんやかんやといろいろあって、夜へとなった。

日課だった皇族たちの晩餐後の授乳タイムを終え、暖炉の火の灯る薄暗い育児室のベビーベッドで、俺は仰向けで天井を見つめながら今日のことを思い出していた。

 俺は産まれて三ヶ月間、産まれた部屋からこの育児室までと皇帝の執務室までの限られた部屋と道のりしか知らず、両親と祖父を除けば親族には誰一人として会った事がないという事実に気がついたのである。

そして、親父の同腹の妹と腹違いの弟妹達から挨拶を受け、更に祖父の弟妹達やその配偶者や家族等の皇族や、母方の祖父母や宰相等を始めとした貴族達も俺へと挨拶をして、俺はこの国の仕組みや貴族社会について少しだけだが学ぶことが出来た。

ただ、流石に赤子が一気に知識を詰め込むのは、良いことではないようで脳が拒絶反応を起こし始めた。

その証拠に睡魔がやってくると、俺は抗うことも出来ずに大きな欠伸の直後に、うとうとと眠り始めた。



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