第一話『皇孫生誕』
三話までが起承転結の起の部分です。
マイペースで投稿しますので、どうぞよしなに。
吾輩は人間である。名前はまだない。
などと有名な小説の一文をパロってみたものの、そこから後の文章は覚えてないので、ぶっちゃけ自信がない。
気が付けば生温い液体の入った狭っ苦しい袋に全身を入れられていたかと思うと、いきなりその袋のこれまた狭っ苦しい口から頭から出されて、液体と一緒に顔を外界に出されたのである。
痛い痛い、頭が出入り口で締まっている。
だが、どういう原理か知らないけれど穴と袋自体が俺を吐き出すかのように頭を出口へと進ませていった。
「ぎゃああああああ!!!」
そして、顔面を穴から出した瞬間に、新鮮な空気が口と鼻から肺に満たされて思わず叫んだ。
何やら左右に白い何かが見えるが、生憎と視界がぼやけていて何も分からずに、兎に角叫んだ。
というか、泣いちゃった。
大の大人が大声を上げて泣き叫んでしまい、恥ずかしさと情けなさで更に泣けてきていたが、全身が袋から出されていき、やがて大きな手で体を掴まれると、今度は驚きのままに更に大声を上げてしまう。
次第に視界がはっきりして、体を見下ろすと更に驚いた。
なんでかというと、自分が赤ん坊になっていたからである。
「なんでだぁああああああ!!!」
思わず言葉に出た。
出したつもりであった。
周囲の大人たちは大いに笑みを浮かべ、俺を抱きかかえた五十歳くらいに見える多分産婆であろう中年の女が、俺の体を助手っぽい白いエプロンドレスの女に渡し、その女が羊水まみれの俺の体を、ぬるま湯で洗っていった。
あうあうあうと、言葉をうまく口にできない。
よし、一旦落ち着こう。
焦って行動すれば碌な事が無いというのは三十三年の人生で何度も学んだはずだ。
そして、泣き叫び終わり、荒い息ながらもうわ言のように声を出してあたりを見回す。
やはり、どうやら俺は赤子のようだ。
しかし、出産なら清潔な部屋でやるもんだろうに、やたらめったら豪華な調度品が目立つ部屋だな。
それとも急な陣痛だったんだろか?
素人目でも高価だとわかる屋根付きベッドの上には、なんか銀髪の女がスカートもパンツも履かずに下半身裸の汗まみれで、疲れたように仰向けで涙を流しながら俺に笑顔を向けている。
一仕事終えましたって顔だな〜。
まあ、出産なんて女にとっては大仕事だから、からかうのは流石に失礼だな。
この女が俺の母親だってのは理解できた。
他に同じ状態の女がこの部屋にいないし、他に赤ん坊が居ないからね。
産婆や産湯につけた女や周囲の女、そして母親を見てよくわかった。
ここ日本じゃない。
白人みたいに肌が白くて顔の彫りが深いし、なにより喋っている言葉が日本語じゃない。
けど、ぶっちゃけ地球でもないなこれ。
女達が着ている服装が一見ヨーロッパの中世とか近世とかのドレスに見えなくもないけれど、あれはワンピースな筈だ。
しかし、明らかに上と下が別々の服で、母親が上半身に纏っている服や女達の半袖の上着から見えるその服はタイツやラッシュガードのように、肌にピッタリとフィットして体型がわかってしまうような服で、そんな服は貴族政治時代のヨーロッパにはないからである。
というか髪の毛見りゃ一目瞭然。
俺の母親は銀髪だし、他の女達も青やら赤やら黄色やらとやたらとカラフルだが、地球人でこんな髪の色をした奴はありえんからだ。
鏡を見ないとわからんけど、多分俺の髪色もパステルな色なんだろうな〜。
なんて思っていると、扉が勢いよく開かれてなんかやたらと襟や袖にフリルの付いた服を着た桃色の髪の男が涙を浮かべながら駆け足で入ってきた。
直感で理解した。
こいつが俺の親父だろう。
母親を満面の笑みで抱きしめたあと直ぐ様に、産湯に浸かり終わり白い布に体を包まれた俺を抱きかかえた。
何やら俺に話しかけてはいるが、日本語以外の言葉が解らん俺には何言っているのかはさっぱりだ。
だが、これだけは理解できた。
望まれて産まれてきた子供だという事が。
まあ、俺は泣き止んだもののしゃっくりが止まらず、泣いた時のエネルギー消費が凄まじかったのであろうか、意識が遠くなる。
「+??×???◇┣〒。」
親父っぽい男が何やら俺に何かを話しかけているが、それがなにかわからない。
俺は日本語しか話せないんじゃい。
まあ、パパでちゅよ〜的なセリフを言っているのかもしれないんだけど。
あ、ヤバイ眠い、すごく眠い・・・。
うわ〜おやすみなさいだよコンチクショー・・・。
産まれてから半日がたったであろうか。
多分そんな気がする。
どうやら朝に産まれた俺は、窓から差し込む夕日を浴びながら、本日二度目の覚醒を果たしましたとさ。
俺の覚醒に気がついたメイド服っぽい服を着た幾人もの周囲の女が俺に対応し、出産から落ち着いた母親が俺の口へと乳首を差し出した。
母親のでかい胸に顔を埋もれ、母乳を与えられながら思考を巡らす。
そしておそらくは異世界転生というやつをしたのだという結論に至った。
胃に母乳を入れていくとそのあたりの、つまりは死んだ瞬間などの記憶が思い出される。
死んだのは三十三歳だから享年は三十四だな。
まあ、異世界転生にありがちなトラックに轢き殺されたというやつでもないし、病死したわけでもない。
病室で死んだことだけは確かであるが。
前世の俺は非の打ち所のない男であった。
顔良し、頭良し、器量良し、要領良し、性格良し。
何もかもが良く、特に顔は世界一美しく、頭は究極の天才と評価されなければならない程だ。
ただ、かなり運の悪い男でもあった。
周囲の愚か者共は、ひと目俺と会っただけで、自分が敗者だと理解してしまうのだろう。
激しい嫉妬の炎を燃やし、何かにつけて文句や言いがかりや因縁をつけて必ず俺を攻撃してきた。
それは男女の区別無くだ。
大人の女というのはどんな醜女でも、自分が世界で一番美しいと思い込んでしまう生き物である。
故に俺を視界に入れれば、嫉妬の感情が沸き起こり、嫌悪してしまうのだ。
俺という、世界で一番美しい生命体の存在を知ってしまうからである。
故に俺は常に他者から過小評価を受けてきた。
非の打ち所がなさすぎて、逆に他者から嫉妬されてしまうからである。
それを俺が知っているのは、俺も嫉妬という感情が理解できるからだ。
俺よりも頭の悪い奴が、運良く産まれた家のお陰様で金持ちや総理大臣になっていたりしていると、流石の俺も嫉妬する。
まあ、そんなわけで誰彼構わず嫌われるので学生時代を経て就職しても、上司や先輩より元々の能力や才能が遥かに高いので、出る杭は打たれる理論でいじめられ、書類審査に合格しても人事担当に嫉妬されて面接に落ちる事も数え切れないので、三十三歳で五年以上定職に就いたことはなく、女には嫉妬由来の嫌悪感を持たれるので、交際などしたことはない。
そんな俺が死んだ原因もまた、嫉妬によるものだ。
両親に望まれた性別ではなかった為に虐待を受けて育てられ、家族の元でも恵まれていなかった俺だが、逆に両方の祖父母には恵まれた。
前世の母親は頭が悪いクセに運と要領は良く、男を騙して金を巻き上げるような女で、結婚していながらも、何人もの男と寝るような銭ゲバ淫乱女であった。
そして親父に不倫が見つかり、離婚となったのは俺の大学受験に重なった時期である。
精神的な不安定に陥って受験に失敗した俺を見た母方祖父は、母親が慰謝料すら払わずに逃げた事実もあって、自分の数億の遺産を母ではなく俺に相続させるように手続きをしたのであった。
しかし、遺産の相続が自分ではなく俺になったと知った母親は、俺を相続の話し合いだと呼び出して、ナイフで俺の後頭部を刺し殺したのである。
腹だと、急所を外して一命を取り留めるから、無い知恵を絞って頭を狙ったに違いないが、馬鹿な女だ。
喫茶店の中で白昼堂々と予め用意していたナイフで俺を殺せば、殺意があったと認めているようなもので、実刑は免れない。。
残念なことに即死ではなくその後、数年入院した俺だったが、意識が途切れ途切れな状態が続き、最後に聞いたのは父方祖父の声だった。
母親が最高裁で死刑判決を受けたと報告した祖父の涙声。
これが前世で最後に聞いた言葉になったのである。
そして気付けば、今は俺に母乳を与えている今生の母親の子宮の中で出産される寸前だったというわけである。
前世の母親もそうだったが、この母親はそれ以上のボインちゃんだ。
片方の乳房が赤子の俺の頭より大きいんじゃないかと思えてしまう。
まあ、前世の俺ほどではないがかなりの美人だし、今生の親父の趣味にとやかく言うつもりは毛頭ない。
俺は今、正真正銘の赤子なのだ。
母乳を飲んで泣き叫んで糞尿を垂れて寝るしかすることが出来ない。
ちらりと母親の隣でニコニコと笑みを浮かべる隣の男へと目を合わせた。
今生の親父は、痩せ型で色白の肌を持つ長い桃色の髪の優男だ。
前世の俺には遠く及ばないながらも、気品があり整った顔立ちで女受けの良さそうな美男子だが、正直に言うと頼りなさそうに見える。
幾度かベッドの外に向かってゲホゲホと咳をしているし、周囲の女たちへの応答らしき声も優しいというより弱々しい。
病弱なのだろうか?
前世で親に殺された者としては正直この点が不安でたまらない。
子供を守るのは親の使命であり義務であるが、この二人は独り立ちするまで俺を守ってくれるのだろうか?
嫉妬と不運に苛まれて早世した前世にそこまでの未練はないが、だからこそせめて今生はせめて孫の顔が見れるくらいまでには生きたい。
母乳で満腹になった俺は、睡魔に襲われながら、この先の人生がどのくらい続くかを思案して眠りについた。
う〜む。
この母親は、俺のことは息子として愛していないのだろうか?
前世で親から愛されて育った経験がないのでわからないが、そう思ってしまうのは邪推なのだろうか。
この母親、母乳は自分で飲ませるが、それ以外の世話はメイドに任せきりで、あとは俺の様子を眺めているだけだ。
布のオムツへ脱糞した俺を、さっさと隣の女に渡す行動などは、俺の目には母親の資格に足りるとは思えない。
喉元過ぎれば熱さ忘れるの理論で、激痛を伴う出産直後だけは、性格が丸くなっていたのかもしれないと不安になる。
さらなる不安は今生の親父だ。
前世の親父は独善的で暴力をよく振るう男であった。
離婚や俺からの反撃を受けるなどで俺の晩年は少し大人しくなっていたが、それでも己の非を認めず、謝罪をしない頑固な男だったことだけは変わりなかった。
今生の親父は金持ちのボンボンらしく、苦労のあまり知らなそうな顔立ちの男であったがやはり病弱らしく、部下らしい男から渡された薬を飲んでいる光景を、俺は幾度も視界の端に捉えていた。
両親には正直不安しかなかった。
だがしかし、どうやら今生でも俺は祖父に恵まれているらしい。
親父と同じ色の髪を短く刈り上げ、王冠をつけた六十歳位の男に出会ったのは、産まれた次の日の事であった。
俺を抱き上げて豪快に笑った男に釣られて俺も笑う。
皺が目立ち、あちこちに金の装飾の施された詰め襟を着ているその男だが、長身の筋肉質でとても力強く、昔風に言うならば武人という風格を漂わせた男であった。
親父と印象が真反対ではあるが目元が親父に似ているし髪の色が同じであるので、父方の祖父かそうでなくとも父方の血筋であることは否応なく理解できた。
というか、この豪快な武人の息子が病弱な親父というのが驚いた。
そして、これは数年後に知る事になるのであるが、この男がこの国の皇帝で、親父はその長男で、俺はその長男。
つまり俺は皇孫というやたらと社会的地位の高い身分の赤子ということであった。
産まれたばかりの現在は知らないが、これも後に知った。
『フィローザイン』。
このときのフルネームは『フィローザイン=ストル=アルムザクセル』。
それが産まれたばかりの俺が、生後二日目に初対面を果たした祖父によって命名された名前であった。
サブタイの書式がバラバラだったので統一しました。