(裏)第四十話~インパチエンス家の攻防~
第六十二話までお読み頂けていれば、ネタバレはありません。
ブエノレスパ内で「儀式の塔」と呼ばれる白亜の巨塔。
「じゃあな、おつかれー」
男はぶっきらぼうに言うと、塔の外部へと続く観音開きの扉を引いて、ガラス張りの廊下へと踏み出した。
第七騎士団長 イダール・インパチエンス。九十二歳──彼はティリスなので、人間で言うと約十八歳──にして、騎士団長の座に上り詰めた実力者だ。現騎士団長の中では最年少である。
「だりぃ……」
だらしのない所の方が目立つこの男も、戦場に出れば人が変わったように敵を斬る。その上頭も切れることから、政府のアグリー研究機関「月の雫」では上層部の特別研究員。派遣する研究員の人選から報告書の最終確認に至るまで、自ら動き、自ら指示を出す──本当に見かけによらない男なのだ。
「お疲れ様です!」
「おつかれーぃ」
見張りの四人の騎士に挨拶をするとイダールは足を早めた。右手に見える殺風景なこの庭が、昔からどうにも好きになれないのだ。
庭の見える通路を通過し、更に足を進める。近道をするために窓を開けてテラスへ出ると、胸の高さほどの塀を飛び越えて階下に着地した。
「っと……さてと」
「おいイダール」
「げっ!」
着地地点のすぐ背後に、顔を会わせたくない人物が通りかかった。
「あ……姉様……」
「お前、こんな所で何やってる」
イダールの姉 第九騎士団長 イザベラ・インパチエンス 百四十四歳──人間でいえば約二十八歳の、五十二歳歳上の姉は、短く刈り上げたセルリアンブルーの髪を乱暴に掻きむしりながらイダールを睨む。
「姉様こそ、何をなさっているのですか」
「はあ? 俺も今日はここの警備だっての……つーか今はゼアに言われてお前を探してた……おい、逃げるな」
背を向けてそそくさと立ち去ろうとするイダールの首根っこをイザベラが掴む。
「俺は別に、姉様に叱られるようなことはしてな……」
「姉様」
「ぎゃああああ姉上!」
イダールとイザベラの前方から悠々と姿を現したのは、第五騎士団長 イリス・イベリス──イダールの姉でイザベラの妹である。
「あら、ゼアは?」
「来てねえよ」
ウルトラマリンブルーのこの複雑に束ねられた髪は、イザベラの手によるものだった。任務で顔を合わせることの少ない三姉弟は、休暇や、ここ聖地ブエノレスパでの勤務日が重なった日には、こうして寄り集まっては会話を楽しんでいた。
ちなみに第六騎士団長ゼア・ゼフィランサスは彼等の従妹である。
「イダール、あなた……また一体何をしたっていうの?」
「俺は別に……う、すみません姉様」
厳しい目付きでイザベラがイダールを睨む。彼女は仕事に関してはかなりイダールに厳しい。弟は次期インパチエンス家の当主になるのだ、親達よりも近くにいる自分が目を光らせておらねばと気負っているせいもあった。
「緋鬼がここに来ているってだけでも苛立ってるっつーのによ、お前は。ちゃんとしろちゃんと!」
「ひえええ……すみません……」
十一年前の騎士団壊滅事件の首謀者である火の破壊者 アンナ・F・グランヴィのことを、イザベラは酷く嫌っている。またイダールがアンナのことを慕っているということも気に食わなかった。
「ったく、あんな女の何がいいのやら……」
「姉様、何か言いましたか?」
「……何でもねえよ」
イダールがアンナを慕っている理由は理解出来る。強さを求め強者を讃える穏健派の考えがわからないわけではない。
しかし──だ。
(あの女は俺達の仲間を大勢殺したんだ。あいつも、あいつも──ゼアの目だって──それにイシュファーだってあの男に!)
弟と顔を合わせてころころと笑う妹のイリス。彼女の夫イシュファーは壊滅事件の最中、アンナの婚約者であるエリック・ローランドによって殺された。更にはゼアの左目まで潰したエリックのことを、イザベラはアンナ以上に恨んでいた。
(……イリスだって顔には出さねえが辛いんだ)
イシュファーが死んで後、第五騎士団長は妻であるイリスが務めているのだった。
「あ、お姉様!」
同じ色の髪を揺らしながら、ゼアが手を上げながら駆け寄ってきた。手に持っている長槍を振り回しているのは少々危ないような気もする。
「さあイダール、お前がどんな失態を晒したのか、ゼアの口から聞こうじゃねえか」
これから始まるであろう姉達による説教に、イダールは身を縮める。
その時だった。
「本敷地内にいる騎士団長に告ぐ! 偽の破壊者レン・F・グランヴィが神石を奪い逃亡──イリス! ゼア! イダール! 奴を……追え! シウラーク! イザベラ! カクノシン! 警備範囲を広めろ……っ……!」
通信機の向こうからの、けたたましい叫び声。声の主は第二騎士団長 ベルリナ・ベルフラワーだった。彼女は騎士団相談役 翁の代役で、破壊者の召集された儀式の立会人として、儀式の塔に籠っているはずだった。
通信が切れ、四人は抜刀して警戒体勢をとる。そしてすぐさま敷地内に控えている部下達へと、通信機越しにそれぞれ指示を出した。
「──なんだ?」
四人の視界の隅で儀式の塔の外壁が内側から爆発した。轟音を立てながら瓦礫が崩れ落ちた。
「隊長ー!」
「隊長ー!」
四人の背後から駆け寄ってきたのは第六騎士団の団員達だった。総勢四十名の団員達が列をなして接近してくる。
「────!」
ただならぬ気配にイザベラは儀式の塔を振り返る。視線の先──上空にいたのは──。
「あれは……緋鬼っ!!」
火の破壊者 アンナだった。彼女の前方には似たような顔付きの男が、後ろを気にしながら逃げるように飛んでいた。少しずつではあるが、彼女との距離を開けているようだった。
(あれが賊か)
「構えろ!」
ゼアが部下達へと指示を飛ばし、抜刀した団員達は陣形と取る。
「ちょこまかと! 目障りだなあ、おい!」
上空を飛んでいた賊──レンが急激に下降した。抜刀した彼は刃に神力を纏わせ、地上に向かって振り抜いた。
────ヒュンッ!
悲鳴を上げる間もなく、十五名の団員の首が跳んだ。主を失った首から噴き出すのは鮮血。ザッと血の雨が降り、生き延びた団員達のグレーの軍服を赤々と染め上げた。
「兄上っ!」
レンを追っていたアンナが、高度を落としながら叫ぶ。その間にも何人もの団員達がレンの刃の前に倒れた。
「イダール! 避けて!」
アンナが叫ぶ。レンの攻撃の手が地上のイダールに迫っていた。飛行盤を足に纏い飛び出したイダールのとレンの刃が交わった。
──キィンッ!
刹那、イダールの刀は弾かれた。手のひらからするりと落下した刀は、回転しながら手の届かぬ所へ。
「イダールッ!」
レンの次の攻撃を躱そうと足に力を入れるも、先程の重すぎる一撃に、痺れた足は言うことをきかない。イダールの眼前に刃が迫った刹那──。
「あ……あね、うえ……姉上っ!!」
二人の間にイリスが割り込んだ。レンの攻撃を受けた刃は折れ、イリスの肩を──腹を──レンの刃が切り裂く。弾みで地に転がったイダールの上に、血塗れの姉が覆い被さった。
「あ……あああ……あねう……え! しっかりして下さい! 姉上っ!」
レンは後ろから彼を追うアンナが追い付けない速度で前進しては、次々と団員達を襲う。
「ゼア姉様っ!」
イダールの視線の先でゼアが斬られた。直後、倒れたこんだ彼女に一人のエルフが駆け寄った。あれは第七騎士団団員──自分の部下であるエルフだった。
「おい! カイルッ!」
「イダール団長!」
「こっちの治療も頼む! 他のエルフは!?」
「第七騎士団で無事なのは自分だけです! 他の団はこの状況では不明ですっ!」
優顔のエルフはゼアの治療を始める──が、その背後には神力によるレンの攻撃が迫っていた。巨大な火の塊が、周りの団員達を巻き込みながらカイルに迫っていた。
「カイル!」
「ふざけんなクソがぁああっ!」
横から飛び出したイザベラの拳が、火の塊を殴り飛ばした。上空に飛び上がったそれは、轟音と共に破裂して火の粉を散らした。
「身内と部下達に手ぇ出してんじゃねえよっ!」
「なんだこの女!」
「あ! くそ、待ちやがれ!」
ひとしきり暴れ気が済んだのか、レンは刀を鞘に収めながら飛行盤で飛び上がった。すぐさまアンナがそれに続き、その後ろにイザベラが続いた。
「あ、姉様! 何処へ行くのですか!!」
「警備なんてやってられっかよ! 俺は奴等を追う!」
「姉様ーっ!」
引き止めるイダールの言葉も空しく、イザベラは飛行盤で飛び上がった。三人の背中はすぐに見えなくなった。
「とりあえずは治療だ! 急げ!」
腕に抱えた顔面蒼白の姉を抱きかかえ、イダールはカイルの元へと走った。
本編完結までにスピンオフが完結出来ないような気がしてきました。