(裏)第二十二話~マーガレットの記憶~
ネタバレないので、22話を読んだあとに読んでもおっけーなお話です。
31話にもしっかり伏線があったことに、今気が付きました(本編改稿中)。
「毎度あり!」
客の青年に小銭を手渡すと、マーガレットは弾けるような笑顔になった。
(ふふ、あの子これを食べるのは初めてって顔ね)
案の定あまりの美味しさに驚き、マーガレットを振り返る橙色の髪の青年。そんな彼に向かって彼女は得意気に親指を立てて、それをぐっと突き出した。
「はあ~! 今日も働いたわあ」
店じまいの時間になり、マーガレットは空色のブラウスの袖を下ろしながら豪快に笑った。
「そう言えば聞いたかい、マーガレットさん」
隣店の店主アドリューが、黒いカフェエプロンを外しながらマーガレットに声を掛ける。
「ん? 何をだい?」
「黒いカードの青年の話さ」
「黒いカードの青年?」
アドリューによると、二日ほど前からこの近辺の店で、黒光りするカードを使い買い物をする青年がいる、とのことだった。
「それがどうしたっていうんだい?」
体格と同じく丸っこい声を張り上げるマーガレット。店の片付けをしながらなので、声を張り上げなければ会話が難しいのだ。
「そのカードに記載された名前が問題……というか、話題になってるんだよ」
「名前?」
「ああ……『アンナリリアン・F・グランヴィ』って覚えてるか?」
「覚えてるも何も、忘れるわけがないじゃないかい!」
「マーガレットさん、声でかいよ!」
「ああ~、すまないねえ!」
言いながら頭をかくマーガレットの右手の小指で、大振りで真っ赤な宝石のついた金色の指輪がきらりと輝いた。
「あれからもう何年経つかねえ……」
「十八年前、だな」
「そんなになるのかい」
――十八年前。
ノルの町はアグリーの大群に襲われた。たまたま通りかかったアンナリリアン・F・グランヴィによって助けられたのが十八年前のことだった。
あの頃、マーガレットは既にこの商売を始めていた。町全体がアグリーに破壊されたにも関わらず、このリモネード通りとその周辺だけは難を逃れ生き残っていたのだった。
『被災した人々の役に立ちたい』
その一心で通りの露店商達は食べ物を無償で提供していた。マーガレットが後になって知ったのは、復興費用に加え無償で提供していた食品代も、町を救った一人の少女が全額負担したということだった。
その名前がアンナリリアン・F・グランヴィ。
ガレットのソースが入ったケースを片付けながら、マーガレットはぼんやりと考える。今と違うのは、ガレットに特製ソースをかけていなかったこと――それに、この指輪はまだ自分流の指にはなかったということ。
(そういえば、カード支払いにも対応していなかったわね)
ソースのアイディアも、この指輪も彼女がくれたものだった。
『おばさん、そのガレット一つちょうだい』
『四百ルルだよ!』
『……はい』
(懐かしいわね)
『すまないねえ、カードは取り扱ってないんだよ……ってアンタひょっとしてその髪、その瞳……町を救ってくれたアンナリリアン様ってのはアンタのことかい!?』
『……ちっ』
『そうだろう? ねえ、アドリュー!………………やっぱり! そんな人からお代は貰えないよ! 好きなだけ持ってっとくれ』
金は払わないと気が済まないと言い、支払いにカードを出したアンナ。そんな彼女にマーガレットは「カード支払いは非対応だ」と謝った。
するとあろうことか、アンナは無限空間からごそごそと取り出した大振りで真っ赤な宝石のついた金色の指輪を、『代金代わりだ』と言って、押し付けたのだ。
『……? こんなもの貰えないよ!』
『……ん。もう食べたし、ちゃんと支払わないと気が済まない』
『で、でもアンタ』
受け取らないと殺す、と脅され、仕方なく指輪を受け取ったマーガレット。その指輪は本来、成人男性の人差し指に丁度良いサイズの指輪なのだが、体格の良いマーガレットの指では、小指が丁度良いようであった。
『それとおばさん、これ美味しいけど……ソースがあった方がもっと美味しいと思う。甘辛なやつ』
『そ、そうかい? ありがとうね』
『じゃあな、ごちそうさま』
(ぶっきらぼうにお礼を言って、すぐいなくなっちゃって……)
「マーガレットさん! おーい、話聞いてるかい?」
「ああ、すまないねえ、ぼうっとしてたよ。それで、なんだって?」
「全然聞いてないじゃないか」
アドリューは呆れるように溜め息をつくと、マーガレットを一睨み。
「そのアンナリリアン様の名前の書かれたカードを使って、買い物をする青年がいるって話だ」
「知り合いとかじゃないのかい?」
「うーん、それもあるかもしれないが、ご本人は一緒じゃないらしいんだ。仮にその青年が偶然カードを拾って、勝手に使っているのなら問題だろうって話さ」
「確かにそれはいけないねえ。で、どんな子なんだい?」
「珍しい派手な橙色の髪に、瑠璃色の瞳の青年らしい。ああ、それに刀を腰にぶら下げているとか」
「橙色の髪に瑠璃色の瞳……?」
マーガレットは片付けをする手を止め、視線を上に向けて記憶を辿る。
(どこかで……)
「ああっ!」
「な、なんだよ急に!」
「その子なら今日うちでガレットを買ったわよ!」
「ええ! なんだって!?」
ガレットのあまりの美味しさに、目を丸くしたあの青年だ。確かに髪は派手な橙色で、瞳も綺麗な瑠璃色だったはずだ。刀は……
「刀を差していたかは覚えてないねえ」
「多分そいつで間違いないだろうよ。橙色の髪なんて、滅多にいるもんじゃねえ。で、どっちに行ったか覚えてるか?」
「うーん、覚えてないねえ」
この青年――ネス・カートスはアンナの名前の書かれたカードを使った翌日以降、カードを使用していない。
その為、彼の噂が広がらなくなったのは不幸中の幸いか――
マーガレットの小指で、例の指輪が夕日を受けてきらりと輝く。
この指輪は、アンナが十九年前――第二次アブヤドゥ・ブンニー戦争に参戦中、とある宝石好きの男から押し付けられた物だということは、また別のお話――――。
宝石好きの男……正体が一発でわかったあなたは英はかオタク!(ありがとうございます)。
58話を読んだらわかりますね。しっかり伏線張っていたので。