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(続)第十一話~母として出来ること~

十一話 捨てた名の続きです。一時期本編に掲載していましたので、読んだことのある方もいらっしゃるかもしれません。

十三話 散りゆく花まで読んで頂けていれば、ネタバレはありません(続 捨てた名Ⅱも近々更新しますので、そのお話が十三話の後半へと繋がっていきます)。

「あなたじゃ私に敵わないわよ?」





 レノアの声に怒りの色は感じられないが、表情は少しだけ曇っていた。


「流石は元アブヤドゥ王国陸軍特攻隊総隊長レノア・ライル・ラハ殿だな」

「よく調べたわね、偉いわ。でも今の私は主婦だし、ライルの名も捨てたの」


 レノアは頭上で薙刀を大きく振り回すと、腰の横でそれを構えた。とん、と大きく一歩踏み出すと、ルークとの間合いを一気に縮めた。


「言っておくけれど私は、息子だからといって手を抜いたりはしないわよ」 


 レノアの攻撃はどれも重い。その上まだその力を全て出し切ってはいないようだった。ルークはその攻撃を受けるのに精一杯で、反撃することが出来ない。金属のぶつかり合う音だけが、絶えることなくその場に響く。


(この大物を扱っているのに、隙がなさすぎる)


「ルーク、反撃しないの? それとも出来ないのかしら」

「母さんこそ、本気で俺を殺そうと思ったら出来るくせに、何故そうしない」

「母親が息子を殺せるわけないでしょ。謝るなら許してあげるわよ」

「まさか」


 一瞬、レノアの視線がルークから逸れた。ルークはそれを見逃さない。刀の切っ先がレノアの頬を掠める。

 レノアは後方に身を転回させ、ルークと距離を取った。視線の先には騒ぎを聞き付けてやって来た、近所の住人が四、五人集まっていた。小さくて静かな村だけあって、ガラス一枚が割れた程度の音でも辺一体に響き渡る。


 レノアの頬を一筋の汗と血の混じり合ったものが音もなく伝う。


「レノアちゃん、一体何の騒ぎだい」


 震える声で叫んだ壮年の女性は、坂の下に住むリサだ。リサの視線がレノアから逸れて、後方にいるルークへ向けられる。


「そこにいるのはルークちゃんかい?」


 ルークは質問に答える代わりに、左腕を前方に突き出した。地面に向けられた掌から、氷の刃を数本生成される。それが一つの輪を作り、ルークの体の周りを旋回し始める。


「状態変化ですって!?」


 レノアが叫ぶと同時に、ルークは小さく顎を引く。同時にその内一本がリサに向かって飛んでいく。加速した刃はリサの足元の地面にに突き刺さる。


「リサおばさん逃げて!」


 腰を抜かしたリサは、立ち上がることができず、その場でわなわなと震えている。氷の刃が列を成してリサに襲いかかる。


「ルーク、やめなさい!」


 レノアの生成した(いかずち)が、轟音を発しながら氷の刃をなぎ落とす。


「はあぁっ!」


 生成された雷が、ルークの頭上に襲いかかる。ドドドドッと地面に突き刺さっては放電し、それをかわしたところへレノアが薙刀を振り下ろす。


(ジョース)神力(ミース)は初めて見るな」

「それはよかったわね」


 二人が距離を縮めては、金属音が鳴り響き、距離を広めては雷鳴が響き渡る。

 いつしか二人から離れた場所には、先程の数倍の村人のが集まっていた。


 レノアは焦っていた。全力で一気に片を付けたいけれど、そうしたらこの人たちを巻き添えにしてしまう。逃げるように促しても、自分がルークと対峙しておかないと、ルークの攻撃対象は村人たちに向けられるだろう。


「さあ、母さん、どうする」


 ルークがじりじりと間合いを詰めてくる。薙刀を扱うレノアの間合いは、ルークのそれよりも広いのにお構いなしだ。


 ルークが右足を引いた、その時。


「――ルーくん?」


 声のした方に二人が視線を向けた。腰まで伸ばしたおさげ髪。空色のワンピース。両腕で抱えた買い物かご。


「――サラなのか」


 サラの視線はルーク、後ろにいるレノアへと向けられる。そしてルークの握る刀に気が付いて、はっと息を飲んだ。


「サラちゃん、そのまま動かないで」

「レノアおばさん、これは……」


 レノアの握る大振りの薙刀がサラの目に留まる。見たこともない光景に、サラは足がすくんだ。腕の中にあったまだ空っぽの買い物かごが、ぽとりと地面に落ちる。


「ネスが出ていったと思ったら、入れ替わりでルーくんが帰ってくるなんて」


 ネス、という名前にルークはいち早く反応する。


「ネスがどこへ行ったのか知っているか」


 そう言うと一瞬でサラの目の前に移動する。


「ルーク!」


 背を向けた息子の右肩をレノアは斬りつける。ルークの右肩から背中にかけて、大きな傷が刻まれ血が溢れたが、その傷は瞬く間に凍り付き、止血された。


「なっ!」


 レノアが驚いたそのわずか一秒にも満たない隙にルークは振り返り、刀を振り下ろす。レノアの左肩が大きく裂け、どくどくと溢れ出た鮮血が真っ白な上着を染めた。


「きゃあああっ!」


 集まっていた村人の誰かが発した甲高い悲鳴。それを合図に皆散り散りにその場から逃げ出す。かなり混乱しているようで、ぶつかり合っては転び、怒鳴り声や叫び声が飛び交う。


 レノアの体から流れる大量の血が作り出す血溜まりを前に、サラはその場にへたりこんでしまう。


「サラ、ネスはどこへ行ったんだ。教えてくれ」

「し、知らないよ」

「本当に?」

「知らないったら!」

「嘘はよくないな」


 ルークは刀の切っ先をサラの喉元に突き付け、サラの、顎を持ち上げた。


「教えてくれたら傷つけることはしない」

「ルーくん……」


 ルークはサラから刀を離し、くるりと身を翻した。レノアの振り下ろした薙刀の刀身を、両手で握った刀で受け止める。


「流石は戦闘民族と呼ばれるだけのことはある」


 レノアの裂けた肩の周りでは、バチバチと音を立てていかずちが暴れ回っている。切り裂かれ露になった胸元の、花のような刺青が不吉なまでにその体を侵食している。


「この程度で母さんを倒せるとでも?」


 振り下ろす刃は、先程までとは比べ物にならないくらい重い。


「――その紋章傷付くとき、真の力目覚める、というやつか」

「そんなことまで調べたの」


 レノアの刃がルークの胸部を裂く。だが先程と同様にその傷は凍り付き、止血される。

 ルークの刃がレノアの腹部を裂くと、その部分にいかずちが走る。血は止めどなく溢れてくるが、レノアはそれをものともせず、攻撃の手を休めることはない。それどころか、傷つけば傷つくほど、レノアの攻撃のは重くなる。


「雷で痛みを麻痺させているのか。とんだ戦闘狂の民族だな」

「あなたにもその血が半分、流れているんだけどね」


 いつの間にか雨が降りだしていた。視界の端に動く人影に気を取られたレノアは、氷の海が足場を少しずつ侵食していることに気が付いていなかった。



「いつまでこんなことを続けるつもり?」


 混乱する村人の間から突然現れたカスケが、サラの腕を掴んだのを見たレノアは、呼吸を整えながら言った。


「母さんがネスの居場所を吐く、またはサラから聞き出したら終了だ」


 それともこのフィールドの完成が先か、とルークはと小声で呟いた。

ルークの声を聞き取ったのか、レノアは自分の足下を見て、それから首を少しだけ後方に向け、背後を見た。氷の海が一面に広がり、そこから派生した一部がバリバリと音を立てながら、自分のほうに向かってきた。


「相変わらず母さんは耳が良い」


 ルークがレノアに向かって刀を振り下ろす。レノアは簡単にそれをいなしたが、同時に勢いを増した氷が左足に到達し、つま先から膝までを一気に凍りづけにした。


「動けないだろう。そしてこれ以上何をしても、母さんは俺の知りたいことを話さないだろう」


 ルークは少しずつレノアから離れ、カスケとサラに向かって足を進める。


「二人とも早く逃げて!」


 立ち止まっていたカスケがサラをおぶって走り出した。同時にルークも走り出す。


「待ちなさい……ルーク!」


 ルークの姿が遠ざかっていく。このままではあの二人を見殺しにしてしまう。どのみちルークはあの二人を生かすつもりはないだろう。それならば自分がこの手で、命に変えても息子を止めなければ。


「――シムノンと約束、したものね」


 両手で握った「月欠つきかけ」。左胸の上から広がるライル族の証。その両方を順に見て、レノアは薙刀を自分の左足に振り下ろした――

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