最強の召喚神の私が、人間の嫁として召喚されました。
戦いに全てを捧げた女神と、愛に全てを捧げた青年のちょっとしたお話です。
いろいろ設定の矛盾点あるかもですが、良ければお暇つぶしにどうぞ。
「好きです。私と結婚してください!」
「な、ななな」
一体何百年ぶりの召喚だっただろうか。
神々との戦い。魔王との一大決戦。私は様々な戦場に召喚された偉大なる戦いの女神。舞い降りた戦いの場において常勝無敗、あらゆる悪を葬り去ってきた。
しかし昨今世界は平和になり、召喚される事も無くなった。なので今は世界の行く末を見守りつつ退屈な日々を送っていたのは確かな事実。
そしてそんな久しぶりな召喚に、邪気が無かったとは言え、碌に精査せずにウキウキで応じたのも事実だ。
しかし……しかし。
「き、貴様! 私が何者かわかっての発言なのか!」
「はい! 最強の召喚神、常勝の女神アテナ様。見間違うはずがございません。まさに私の理想の女性」
「そ、そうか……わかっての発言なのか」
私は思わずがっくりと頭を垂れる。
まさか召喚者に愛の告白をされるなんて思ってもみなかった。というかこんな事、神として生を受けてから初めての事である。
「ま、まて。状況を整理させろ」
「はい」
目の前には一人の人間が立っている。現代の素材で作られてはいるが、古の召喚士達が愛用していた物の形状に酷似したローブ。
少し大きいくらいのローブのフードに隠れ、その顔は見えない。
右手には杖。かなり年季の入った物で、見ただけで一級品だという事がわかる。
うむ。私を呼び出すのには申し分無い。
左手には触媒。私が生まれて初めて戦に赴いた時に用い、折れた剣の欠片を持っている。本物だ。
うむうむ。私を呼び出すのには申し分無い。
何より、この目の前の者とは確かな魔力による繋がりが感じられる。つまり。
私は間違いなくこの目の前の人間に召喚された訳だ。
周りを見渡す。そこは邪悪な気配など無い美しい草原の真っただ中。むしろ闘気を纏っている私が浮いて見える程平和な景色だった。戦いなど皆無。
間違い無く私を戦わせるために召喚したのでは無い。
…
……
「おい、お前」
「は、はい!」
「ほ、本当私に、そ、その、きき、き、求婚する為だけに召喚したのか?」
「はい」
「なっ、なななな!」
なんだとーーー!!!
あ、あり得ない。そんな人間が存在するなんて。
「そ、そんな馬鹿な話があるか! 私は戦いの女神。すべての悪を葬り去る最強の召喚神だ。他の神々が恐れ、魔王さえも戦慄させた、人間にとって伝説の存在であるはずだが!?」
「存じております。私はそんな貴女様を召喚する為だけに召喚士になりました」
そんな事をさらりと言う目の前の召喚士。
召喚士とは今の時代においては。召喚魔法と共に伝説に語り継がれる存在の筈。その修行は厳しく、他の魔術士とは一線を画す。そんな簡単になりました、なんて軽く言える程のものでは決して無い。なにより。
「それこそ私と言う存在を召喚するには気の遠くなる程の修練と、莫大な魔力が必要だ。崇高な志と、人ならざる強靭な精神力が必要。戦いの無い現在において、そこまで突き動かすものがあるとは思えん」
「動機は先ほど言った通りです。私は貴女様に愛を伝える為、召喚士の修練に耐え、己の全てを捧げました」
「……」
その言葉には凄まじい力強さが込められていた。
開いた口が塞がらない。目の前の者は本当に、私に愛を伝える為だけに召喚士になり、私を召喚するに至ったらしい。
「ちょ、ちょっと待つが良い」
「……」
……これはどうすれば良いのだろうか。こんな事は初めてだ。召喚に応じれば、私は戦場を駆けるだけ。その為に生まれ、それが誇りだった。
この身は女神。確かに女ではあるが、他の神々とは違い私は愛になど興味は無かった。と言うか他の神はだらしが無さすぎる。
戦場に出向けばあらゆる者から賞賛も、恐れも、嫉妬も、畏敬の念も一手に受ける。それが戦いの女神、アテナ。
「……申し訳ございません」
「な、なんだ急に」
考え事をしていたので、私はややつっけんどんに返事してしまった。
目の前の召喚士は、先ほどまでの勢いはどこへやら。急に弱々しくなり、その小さい体を更に小さく屈め、私に頭を下げてきた。
「私なんぞに召喚され、しかもこのような理由で現世に召喚してしまいました。さぞご迷惑だった事でしょう。お詫びのしようがありません」
「な」
「しかし、私は」
「ま、待て! 迷惑なんて一言も言ってないぞ!」
つい慌てて弁明をしたのだが、自分で違和感に気づく。
あれ? 困ってはいるが、迷惑には思って無いのか?
「そ、その。少々驚いただけだ。そんな事を言ってくる人間は初めてだったのでな。別に不快に思った訳では無い。け、決して動揺とかそんな情けない事にはなって無いんだからな!」
「……アテナ様はお優しいのですね」
「なっ、なんで!?」
もう威厳もへったくれも無い言葉使いになっていた。先ほどからこの人間は不可解な事ばかり言ってくる。
「私のどこが優しいのだ?」
「このような無礼を働いた私に対し、寛大に接してくれている。そして言葉を交わして下さっている。未熟者の私にとってこれ以上の幸せはありません」
そう言って召喚士は深々と頭を下げた。
「未熟? 何を言っている。お前は確かに……」
「……お会いできてうれしゅうございました。ありが、と……」
「お、おい!」
召喚士はそのまま地面にうつぶせに倒れてしまった。どうやら一気に魔力を持って行かれたので、精神に疲れが出たのだろう。
私は急いでその体を起こし、仰向けにする。
すると、深くかぶっていたフードが脱げ後ろに垂れた。
そこにあったのは、右まぶたの上から頬にかけ、大きな傷の負った、華奢な黒髪の青年の顔があった。
◆ ◆ ◆
「はっはっは! 最強の召喚神であるお前が人間から求婚されるなんでこれほど面白い話は久しいな!」
「笑うんじゃないイフリート。私は真剣に悩んでいる」
召喚士が気を失い、魔力が途切れた私は、一度召喚神や召喚獣の住む幻獣界に戻っていた。
本来召喚魔法によって呼び出される神々や幻獣の類は、この幻獣界を住処とし、世界の行く末を見ていたり、時にはひっそり現世におり、様々な活動を行っている。
そんな存在の一つ、火の精霊イフリートは大きな体にピッタリな豪快な笑い声を私に向けていた。
「しかし泣かせるじゃねぇか。お前に会うために召喚士になり、修行を積んだ。並大抵の事じゃねぇ」
「……まったくだ。普通じゃ無いというか」
召喚魔法で契約できる者の中でも最上級の位である私を呼び出すには、神にも届かんとする力が必要だ。それほどの力をあの若い青年が持っていたことに驚きを隠せなかった。
「……浮いた話の一つも無かったお前が、まったく愛されてんなぁオイ。はっはっは!」
「火の精霊が一匹消えたところで、世界に支障はあるまい」
私はイフリート睨みつけると、彼は肩をすくめた。両手を上げ降参のポーズだ。
もちろん本気で戦おうとは思わない。それこそ第二次神々の黄昏となってしまう。幻獣界でのもめごとはご法度である。
「しかし、これからどうすんだ?」
「……う~ん」
それがわかれば苦労しない。
戯言だと切り捨てればいいのかもしれない。しかし何故かする気にはならなかった。
「あ」
「おう、どうした?」
「召喚者が目を覚ましたらしい」
「わかるのか?」
魔力が切れたため、こうやって幻獣界に戻ってはいるが、一度召喚された時につながる契約が切れた訳では無い。この契約は召喚者と召喚神のどちらかが切るか、死ぬかすれば解除される。
契約が生きていれば、後は触媒無しでも良いし、最初よりも魔力を消費する事無く私を召喚する事が出来るだろう。それでも莫大な魔力を消費する事には変わり無いのだが。
「さて」
次の召喚はあるのだろうか。
あったとして、何を話せば良いのだろうか?
どんな態度で接すればいいのだろうか?
……う~む。いくら考えても答えが出てこない。魔王軍の幹部の作戦を破る時でも、こんなに考えた事は無いというのに。
「乙女してんなぁ」
ニヤニヤしてこっちを見ている精霊の頭を、私は剣の鞘で思いっきりしばいた。火の精霊は文字通り大きく幻獣界の地面にめり込んでいった。
……しかしどうして、あの青年の言葉の一つ一つが、こんなにも私をかき乱すのだろうか。
◆ ◆ ◆
「まさかもう一度召喚に応じて頂けるなんて思いもしませんでした」
人間界で丁度一日程の時間が経った頃だろうか。私を召喚した召喚士は同じ場所でもう一度私を召喚していた。
「契約は続いているからな。あんな終わりではいさよならとはいくまい」
私は腕を組み、やや威圧的に、そして神々しさを訴えかけつつ青年召喚士に話しかける。決して昨日の失態を無かった事にしようとかは思って無い。
「愛想を尽かされてもおかしくなかったのに、目覚めた時に契約の働きを確かに感じた時は驚きました」
「私を召喚するほどの召喚士との契約だ。そう簡単には切りはしないよ」
「ありがとうございます。アテナ様のお美しい姿をもう一度拝見できるなんて、私は幸せ者ですね」
「……ん、ん゛ン゛!」
私の余裕は一瞬にして崩れ去った。な、何故だ。悪しき神々でさえ、私の守りを破る事は困難であった筈なのに。
「そ、それで、今回召喚したのは何用なんだ?」
「アテナ様に改めてお詫びを申し上げたくて」
この青年は昨日の事を気にしているらしい。昨日の何を気にしているかはわからないが。
あれか。一言目が挨拶も無しにいきなり求婚だったからか。確かに衝撃だったし、無礼極まりないのは間違いなかったが。ただその事を謝られると、なんとなくだが気に入らない。
「昨日の事は気にするな。いきなり私の姿を見たから気が動転したのだろう」
「……確かにそうです。想像以上の美しさと可憐さ、荘厳さに思わず目を奪われてしまいました」
「はうぅ!?」
……この青年と話していると心の臓がこう、激しく脈打つ。もしかしてこの人間、呪術師なんじゃないのか? 冥界の悪霊達の呪いでさえ打ち消した私に届く呪いなぞ存在したというのか。
「しかしながら、私は未熟です。呼び出す事は出来ても、貴女を少ししか留まらせる事しかできない。未熟な私がたまたま召喚に成功してしまったばかりに、アテナ様自身に何かご迷惑をかけたのでは無いかと」
青年は沈痛な面持ちだ。
て何だ……気にしてるのはそっちの事か。そういえば昨日何か言いかけてたな。……いや、別に良いのだけれど。
「……つまり、私を召喚した主として自分は相応しく無いかもしれないと」
「はい。私は」
「愚か者!」
「だう!?」
私は青年の頭に剣の峰でポンと叩いた。青年はその場に蹲る。
「アテナ様?」
「未熟? 相応しくない? そんな奴がこの私を召喚できる訳が無いだろう。私は召喚神の最高位であるぞ。たまたまなんぞで召喚されてたまるか」
そこに直れ! と最高神らしく命令する。召喚士の青年は、静々とその場に座った。びしっと言ってやらねばならない。
「見た所、なんの血統も加護も持たないお前が私を召喚できるなんて信じられない部分も確かにある。しかしお前から伝わってくる魔力は確かな物だ。私は今、お前の魔力にはっきりとした力を感じる」
「……アテナ様」
「私を召喚できたのは間違い無くお前の力だ。そこに何の運も天啓も働いていない、自身の鍛錬の成果だ! どれほどの鍛錬の末にたどり着いたのか想像もつかぬ程の偉業。そんなお前が自身を卑下する事は私に対する侮辱でもある。……だからその、もっと自信持って。えっと、元気出して?」
……びしっと言う筈が今一決まらない。何故だ。何故こんなにも調子が狂うのだ。
「い、今のはあれだ。その、この私を召喚したのだから、もっとこう堂々と……?」
私は言葉の続きを発する事が出来なかった。
何故なら目の前の青年の頬には大粒の涙が流れていたからだ。
「ど、どうしたんだ急に」
「……! も、申し訳ありません。その、アテナ様のお言葉が嬉しくて」
彼の涙を見ていると、きゅっと何かに締め付けられるような気になる。
「……そんな風にお優しいお言葉をかけて下さるのはアテナ様だけです。やはりあなたは私の思った通りの素晴らしいお方だ」
そう言って彼は泣きながら微笑んだ。
「お前は、何故私を召喚しようと思ったのだ?」
「……私は生まれつき体が弱く、魔術の才能もからっきしでした。由緒ある家系の出来損ないとして生まれた私は、あらゆる者から虐げられてきました」
「……」
「この右目も幼い頃、家系の伝説になぞらえ、抉り取られそうになりました。かつてそうして魔術を身に着けた者がいたと。なんとか免れたとは言え、目の傷はその時の物です。もちろん当然私に突然才能に目覚めるなどあり得ませんでした」
その伝説は聞いた事がある。しかしそんな神々の模倣をする為に彼は犠牲になったというのか。
「そんな絶望の毎日の中で、女神アテナの伝記を読む事が私の心の支えでした。美しく、そして苛烈に戦う様に私は心奪われました。……そしていつしか、恋をしました。叶うなら死ぬまでに一度でも良いからあなたに会いたいと。この思いを伝えたいと。それが絶望しか無かった私の生きる希望になりました。だから私は最早存在が伝説で定かでは無い筈の、召喚士になろうと決意しました」
彼の独白を、私は黙って聞いていた。
「私はすべてを賭け、召喚士の伝説を追い、研究し、修練しました。貴女以外を召喚できない、それだけに特化した歪な召喚士ですが。その末に本当に出会えました。その時の気持ちはもう言い表せません。そして私の愛を伝えられた。もうこれ以上の幸せも、望む事もありません」
そう語る彼の顔は、本当に幸福そのものだった。
……ああ、腑に落ちてしまった。
何故これほどまでに彼の言葉が私の心を揺らすのか。
それは、その言葉の一つ一つが本物だからだ。彼は本当に私に恐れなど無く、親愛を、尊敬を、愛を向けているらしい。そんな事は初めての経験だった。
「……お前の気持ちは、わかった」
「アテナ様」
「とりあえず、もうすぐ魔力も尽きる。今回はここまでとしよう」
「また召喚に応じて頂けるのですか?」
心底信じられないと言った表情の召喚士。まったくどこまでも変な奴である。
「……条件があるがな」
「条件……ですか?」
私はその条件を告げる。
……この私を召喚し、求婚までしたのだから、それに相応しい男になって貰わんとな。
◆ ◆ ◆
「本気か?」
「覚悟の上だ」
幻獣界にて。
私の話を聞いたイフリートを始めとする幻獣界の面々が驚愕する。
「まさか、お前が」
「まあ、前代未聞という事でもあるまい。過去に例はあるし」
「しかし」
そんな声を聴き流し、私はその時を待つ。
「良いんじゃねぇか」
そんな中、イフリートが賛同の声を上げた。その声に更に同様の声が広がる。
「アテナは生まれて来てから、何度もこの世界を救ったんだ。こいつの功績に誰も文句なんていえねぇよ。だからまあ、そんな奴の別にわがままの一つ位聞いてやっても良いんじゃないか」
「……ありがとう」
私は素直に礼を言った。精霊の頭に出来た巨大なコブに対し、心の中でやり過ぎたと謝りつつ。
◆ ◆ ◆
「さてさて、他に言いたい事はあるかな?」
私は戦いの女神アテナとして、目の前の人間共を地に伏せさせている。
そして私の隣には我が召喚士たる者がオロオロとしている。だから、もうちょい堂々としておれよ。
「お主らが虫けらのように扱ったこの男は、私を従わせるに値する力を手に入れた。最早誰がこの中で一番なのかはっきりしているな?」
その声に目の前の人間たち……この隣の召喚士の家の者ども全員が体を震わせた。
彼に提示した条件。それは彼を虐げた者たちの前で私を呼び出す事。彼は屋敷の前で召喚魔法を行使した。
まさか伝説上の存在が目の前に現れるなんて思ってもいなかっただろう。嘘だと思いたいようだったが、この圧倒的な存在感の前では、そんな逃避は許されなかった。
「そして貴様らの下らぬ伝説の模倣の結果、貴様らの崇拝する神もこのようにお怒りだ」
「……俺、この為に呼び出されたのか。まあ良いんだけど」
何か小さな小言が聞こえた気がするが気にしない。私は後ろに居たオーディンを前に立たせた。
オーディンには少し無理を言って、こうして人間界に降りて来てもらっている。もちろん幻獣界の者たちの協力もあるのだが。
「君たちは破門だ。そして今日から召喚士の彼が主君だ」
オーディンはそう言い放った瞬間、彼を崇拝していた哀れな教徒達は絶望の表情になった。
◆ ◆ ◆
「あの、アテナ様」
「なんだ?」
「何故わざわざあのような事を?」
不思議そうな表情を見せる召喚士。
「……別に、私がそうしたかっただけだ。というか本当にあれだけで良かったのか? もっとこう……」
「いえ、十分です。……あの、本当にありがとうございます」
召喚士はそう言って微笑んだ。……意外と良い性格をしているのかもしれない。そんな意外な一面を見つつ、私は彼に言葉をかけた。
「それより、なんだあの立ち振る舞いは! もっと堂々と立っておれんのか!」
「も、申し訳ございません」
「謝るな! まったく、これから先が思いやられる」
「先、ですか?」
私の言葉に彼は首を傾げる。
「お前は確かに私を呼び出せてはいるが、まだ時間が限られている。だからこれから私は召喚士殿をビシバシ鍛えていく」
「それってつまり、これからも召喚に応じてくれると言う事ですか!?」
彼は本当に嬉しそうな顔を私に向けてくる。
私は恥ずかしさで少し顔を逸らしてしまったけれど。
「いつまでも私を呼び出せるだけで満足してもらっては困るからな。この私と契約したのだから、最強の召喚士になって貰おう君の力量次第では、ずっとこちらに居る事も出来るのだからな。……後」
「後?」
彼はまたもや不思議そうに首を傾げる。……察しが悪いとはこういう事なのか。
「……将来、私の夫となるのだから、それくらいでないと困る」
「……!!」
心底驚いたのだろう。彼は顔を真っ赤にしている。
とか言う私も、なんかこう、体が熱くて仕方が無いのだが。
「と、とにかく。こうも会う時間が少ないとお互いを知る事も出来ないだろう! だから頑張って修行に励むんだ! わ、わかった?」
恥ずかしさを振り払うように思わず早口になってしまった。本当に彼の前だと召喚神の威厳もあった物では無い。
当の彼は全身から湯気が出そうなほど真っ赤に火照っている。……まったく、自分から求婚しといて情けない召喚士様だと思わず笑いそうになる。
「……とりあえず」
いろんな衝撃によって、吹き飛んでしまっていたが、私は最初に交わしておくべき言葉を今口にした。
「召喚士殿の、名はなんて言うんだ?」
「……あ」
彼も名乗っていない事を今思い出したようだ。……ふふ、本当に先が思いやられるなぁ。
「……アレク、と申します」
「じゃあ、これからよろしく。アレク」
「……はい、アテナ様」
「様?」
「あ、あ……アテナ……様」
「次までの課題だな」
そう言った時、丁度魔力が切れたのだろう。私の体は現世から消えようとしていた。
――次に会えるのはいつになるかな?
そんな自分らしからぬ考えをおかしく思いながら、私は幻獣界へ帰って行った。今まで感じた事の無い不思議な、だけど不快では無く、素晴らしいと言える感情に胸を支配されながら。
……これが後に訪れる、未曽有の世界の危機において、最強と謳われた世にも珍しい人間と神の夫婦の、始まりの物語である。
了
ご意見、ご指摘あればよろしくお願い致します。