泣き虫ディズと死んでしまった妻
※ヒロインが死者 ※ヒーローの思考が重め ※微グロ ※読み手にループの概念が必要
※途中視点の切り替えあり ※ヒーローの倫理観が特殊
以上に注意してご覧下さい。
私の名はディフォリ。ごく普通の村で育ち、ごく普通に十八の成人の儀とともに結婚した、ごく普通の女、二十一歳。髪色も瞳の色も、枯葉みたいな何の変哲もないブラウンで、私自身に特筆すべきところは何もない、ただの街の女。
ただ一つ普通と違うのは、幼馴染でもある私の夫が、稀代の大天才魔術士、プロディジーだということ。
そして、私は魔物に襲われて死んだ筈。
なのに、なんで今私は夫に口付けをされて目覚めたんだろう。
よく知った、街はずれの私達二人の家。いつもの石の天井。そこでいつも二人で眠る広いベッドに寝かされていた。よく知った黒髪黒目の、同い年の幼馴染の夫、プロディジーの顔が見える。プロディジーはいつも着ている灰色のローブを纏い、心配そうに私を見ていた。
「う」
声を出せば、ごふりという何かの漏れる音と共に声が漏れる。
それを聞いて破顔する夫。
「ああ良かった、意識が戻ったね、ディフォリ……」プロディジーが口を開く。私は彼を昔からディズと呼ぶ。
心の底から安心した、とでも言うような声。凄く心配させてしまっていたらしい、だってディズのやつ涙目だ、それどころか目尻からちょっと涙がこぼれた。この人は割とよく泣くんだ。泣き虫、泣き虫ディズ。
「おはようディフォリ、気分はどう? 痛くはないかい?」
「オは、よう、ディズ、わたシ」何だか私の声が変だ。けれど喋れる。
あれー、私、狼型の魔物に喉笛噛みちぎられて死んだと思ったんだけどなあ、助かったのかな、即死したと思ったんだけど。喉を噛まれたから声が変なのかなあ。
いや、でも確かにあの魔物は私の喉笛に食らいついたんだよね、ごぽごぽ血が出て、悲鳴を上げようにも自分の血で気道が埋まって声が出せなくて呼吸も出来なくてああ死んだな、って思ったもの。覚えてる。近くに治療術士さんもいなかったと思うんだけどな。
「ああ、君は死んだんだよディフォリ、痛みは無いか教えて? 動けると思うんだけど、少しずつ動いてみてくれるかい?」
あ、やっぱり私、死んだの!?
***
「痛み無し、軽い違和感あり、声は元通りにはいかなかったか、後で調整しよう」私の身体を隅々までチェックしつつプロディジーが言う。
「なン、で、私、死んだんでしょう? どゥして、ここにいるの」
「それは僕が大天才魔術士だからさ」
プロディジーは誇らしそうに胸をはる。この人はいつも魔術に関しては自信満々だ。天才だからね。
「死霊術で君の魂を現世に繋ぎ止めておいて、君の葬儀が終わった後に君の墓を掘り返して棺から攫って来て、不死者として復活させた。時間がかかってごめんね、表向きは君はきちんと死んだことにしておいたほうがいいと思って」
「ディズ」
「君の魂に僕の魔力を供給し外包している。僕が死んだら君も死んでしまうから死なないように気をつけるよ。君に触れられなくなるのは寂しいから幽霊じゃなくて生ける屍にしたけど良かったよね?」
「……プロディジー」
良くない。
ゴーストとゾンビではどちらが良かったとかではなくて、そもそも死んでしまったものを蘇らせるのは良くないと思う。いや、死霊術は忌み嫌われるけど違法という訳ではないから、もし他人がするぶんには勝手なのかもしれないけど。
当事者になると話は別だ。
「私は貴方の使い魔になルの?」
使い魔として使役されつつ、彼が新しい奥さんを貰ったりするのを横で見てる羽目になったりとかは凄く嫌だなあ。
「使い魔だなんて! 君はずっと僕の可愛い奥さんだよ、ディフォリ」
ずっと僕の可愛い奥さん、なんて言われてつい嬉しく思ってしまった。どきどきする――に似た感じ。私の心臓今は動いてないもんね、きっと。
ディズにくい、と引き寄せられて、優しく口付けられる。
「離さない、僕のディフォリ、君はずっと僕のものだ」
いや、嬉しいけど、嬉しいけど!
「ちョ、待って待ッて! 死者にキスなんて良くなィでしょう!? 貴方、病気になっちゃう!」
「大丈夫、ちゃんと対策もしてある。君の体の水分は今やほとんど防腐剤みたいなものだ」
「うワぁ、死ぬって大変」
「まったくだよ」
プロディジーは楽しそうにくすくす笑った。
その笑顔は酷く晴れやかだった。
「愛してる、僕のディフォリ。蘇ってくれて嬉しい」
「私も愛しテるわ、ディズ」
抱きしめられて彼の肩越しに目に入る部屋の中。私はふと、ある事に気付く。
「っテあなた何この部屋!? さては私が死んでからぜんっぜん家事してないでしょおオおおお!!??」
「ふふふふ。僕がそんな事出来ると思っているのかい? 僕は君がいなきゃ生きて行けない男だよ?」
「開キ直るなあアああ!!」
来て脱いだ服は部屋中に散らばり、埃は積もりっぱなし、本棚に収まる筈の本はベッドの側にうず高く積まれ、サイドテーブルに飲みかけの飲み物や食べかけの乾いたパンが転がっている。こいつベッドで食事したわね!?
「いヤあああ掃除してやルううううう!!」
「あ、今のディフォリは水に触れると腐りやすくなるから、この特殊手袋を付けながらして」
「水仕事は僕が代ワりにやるよとかそういう言葉はないノ!?」
「ない。愛してるよディフォリ」
プロディジーはくすくす笑ってる。その悪びれなさに、私も笑いだしてしまった。こいつは昔からこういうやつなんだ。自分の興味あるものごとでは天才のくせに、家事のいっさいは出来なくてそもそもする気もなくて、私がその酷さに引いて大笑いしながら片付けるんだ。
裸で寝かされていたわたしは服を着て動き始める。簡単なコルセットとシュミーズとワンピース。
体が動くのはさっきディズにチェックされて知ってる。不自由は感じない。
くそっ、見てろよ酷い部屋たち! 私が復活(?)したからには全て清浄化してやるんだからね!
* * *
「いやあ、やっぱりディフォリがいなきゃ始まらないよね。みるみる家が綺麗になって僕は嬉しい」
「死者ニ鞭打つこの仕打チ!」
「僕は君がいなきゃ駄目なんだ、ありがとう、愛してるよディフォリ」
「どウいたしまして。死んでからもいイように使われてるわー」
「夫の世話は妻の仕事でしょ?」
「ソうだけどね、知ってる? 結婚の時に立てた誓いが有効なのって、死が二人を分かつまでなのよ?」
二人は分かたれてないからまだ有効だね、なんて言って笑うディズ。
その幸せそうな微笑みを見ていると、心に羽が生えたみたいにこちらまで嬉しくなる。
自分が死んでいることを少しの間忘れてしまう。
頑張ってまずまず綺麗にした家。夕飯はこのひとの好きなシチューにしよう。
死んだ私は食事をできるのかな? と聞いてみたら、今はディズの魔力で動いていて食事を必要としない、多分胃の中で消化出来ずに腐るから悪いけど食べないでおいて、という返事だった。
空腹は感じない。ちょっと味見してみたけど味もいまいちぼけててよく分からないや。
あ、空腹を感じないといえば、掃除し続けて気づいたけれど疲労も感じない。それに机に体をぶつけたけど痛みも感じなかった。
そのことをプロディジーに告げると「うん、最初に痛みを感じないならそうなるね、痛みを感じないと段々危険を回避する注意力が落ちて来ると思うけど気を付けてね、君は僕の大切な奥さんなんだから、君の体を大事にしてね」と言われた。
愛してる、と言われるたび、僕の大切な奥さん、と言われるたびに、胸の奥がじんわりと暖かくなる。もう体温はないこの不死者の体で、痛覚とか、失ってしまったものの多いこの体で、けれどこの恋心、胸の暖かさが失われなくて本当に良かった。
私も彼を愛してる。
はふはふと、私の作った牛肉と赤かぶのシチュー(買い物はディズに行って貰った)を食べるプロディジー。
「美味い」
「良かった。味見しても味がよく分からなくテ、実はちょっと不安だっタんだ」
「美味いんだ、ディフォリ」
ディズは俯いて食べながらぽろりぽろりと泣きだした。あらら。
「泣き虫ディズ」私は彼の横に立って、彼の頭を抱えた。少し硬めの黒髪に触れてざりざりと撫でる。
「もう二度と食べられないかと思った。君の作るこれ、大好きなのに」
「泣かナいで」
「うん」
幸せだ、と呟いて、ディズは食事を続けた。でも食事中だというのに彼は私が離れるのを嫌がり、そのまま頭を撫でる羽目になった。
* * *
「え、一緒に寝ルの!?」
「当然でしょ、いつもそうじゃないか」
「でモでも、私、人肌に、貴方に触れてると腐りやすイんじゃない?」
「確かに」
ディズは少し思案する。
「じゃあ僕が眠るまでの間だけ。ただ一緒に眠るだけだから、君はもう眠りを必要としないけど、僕の眠るまででいいからお願いだ、一緒に寝てディフォリ」
切なそうに懇願される。ずっと寂しかったと、君を待っていたと、その瞳が言っていた。
うう。こういう顔をされると弱いんだよー。
「ディズが病気にナったりしないなら、イいけど……」
「やった。じゃあ寝よう」
ディズは子どもの頃と同じ笑顔で破顔して、私をお姫さまだっこなんかしちゃってベッドに連れて行く。
柔らかな寝台。いつもねぼすけディズが奥で先に起きる私が手前。今日もその位置で寝る。
「今の私なんかを抱きしめテても冷たいんじゃナい?」
「いいんだ、ここにいて」
ひやりとして決して心地良くないと思うのに、いてほしがる。私を抱き寄せて眠りにつくディズ。
「……ああ、ディフォリだ、ディフォリが僕の腕の中にいる。……寂しかった、寂しくて悲しかったよディフォリ。僕の心臓が潰れたみたいになって、悲しさで喉がずっと重くて痛かった。聞こえる音はどこか遠くて、全て灰色で現実感が無いんだ、怖かった」
「ごメんね」
「もう僕を置いて逝かないで」
「……」
「最近城にも行けてなかったけど、明日はちゃんと行くから。ちゃんと仕事をするから」
「それは行きなサい、絶対に」
「おやすみ、愛してるよ僕のディフォリ」
プロディジーはちゅ、と私の頬に口付け、少しもぞもぞした後動かなくなり、じき寝息が聞こえてきた。
私はといえば、全然眠くならなかった。プロディジーの言うとおり私に最早睡眠は必要ないみたいだ。
すやすやと眠る彼の顔は昔とあんまり変わらないように見えてちょっと変わった。
というか、私が死んでる間に痩せた? 元々かなり細いのに、食事をさぼってたんだろうな。彼はだいたい魔術と私にしか興味がない。食にも興味が薄いのだ。
私はディズを起こさないようにそっと寝台を抜け出し、私の私室で明かりをつけて、雑用を始めた。
++++
プロディジーは一応お城にお勤めの魔術士だけど、性格は気まぐれでたまに何かの素材を集めたり家に引きこもって何かに熱中したりしてがばっと休む。でも天才だから首にはならない。彼のこれまでの功績は十二分だそうだし、この国としては彼に他の国に仕えられたらコトみたい。だからどんなにディズが休んでも彼の席は必ずある。
プロディジーは他人からどう見えるかを気にしない。放っておいたら靴下を裏表に履き変な模様になりそうだったので履きなおさせつつ送り出す。
「ディフォリはなるべく外に出ないで、あんまり太陽にも当たらないで、どうしても出る用事があるなら僕のローブを着てフードを被って出て。僕の昼食は適当に買って食べる、夕食は材料を買って来るよ」
「ウん、行ってラっしゃい」
ちゅ、と口付けられて彼を見送る。
昨日は洗濯と掃除をするだけだったから、ごみを捨てて、あ、庭の花に水をあげないと。あいつ全然庭の手入れとかしてなくて花たちがしおれてる。前からやらなかったし当然と言えば当然だけど。
言われた通り彼のローブを着て、ごみを捨ててからディズが大甕に水魔術で貯めておいてくれた水を庭の花たちに与える。おおう、ちょっと死んでる間に庭の雑草が凄い。毟らなきゃなー。
ふわり、と優しい風の流れを感じて、ああ、風は気持ちいいと感じるんだなあ、と思って。
そういえば草の匂い土の匂いがしないなあ、と思って、ふと自分が酷く臭いことに気付く。死臭だ。
防腐剤まみれでもやっぱり少しずつ腐ってるんだなあ。
私は本当にここにいていいのかな、と思った。
いや、良くない。
プロディジーは、平凡そのものの私と結婚するのがそもそもおかしいような大魔術士で、国の役に立つ新しい魔術をあの若さにしていくつも発見していて、将来を期待されていて、勿論子供だって国に望まれている。優秀なのが予想されるからね。
ディズは、死者になった者を、子供を産めなくなった者を、いつまでも妻になんかしてちゃいけない凄いひとだ。
こんな、臭い、腐っていく死者を奥さんと呼んでちゃいけない人なんだよ。
雑草を全て毟って花に水をあげ、余分な花を刈り取り花瓶にさして、私は二階に上がり、私の部屋に隠してある、さる魔道具を手に取った。
これを使えばプロディジーのお師匠様に連絡がつく。
『夫婦喧嘩でもして何か助けが必要になったらこれでワシを呼べ、なに、あ奴には気取られんようになっとる』なんて、わたしとプロディジーの結婚が決まった時に下さったものだ。
* * *
「なるほどなあ、あの馬鹿弟子めが……」
「ご迷惑をお掛けしまス」
プロディジーの魔術の師、メスーセラ様と鏡を経由してお話している。家の鏡がメスーセラ様の家の鏡と繋がった感じだ。ディズはまだにお仕事で不在。
メスーセラ様はだんご鼻に白い長い口ひげを蓄えた好々爺で、けれどその瞳は独特の深みがあり、目を合わせると心のうちの全てを見透かされてるような気分にさせられる、そんな方だ。お年は知らないがもの凄く長く生きていらっしゃるそう。
「よくぞ知らせてくれたディフォリ、勇気の要った事じゃろう」
「そウですね、メスーセラ様にどう思われるかも、これから私がドウなるかも怖かったです。でも、それ以上に、プロディジーの未来を潰したくナイ」
「済まぬな、お主には何と言っていいか。あ奴の倫理観を修正出来ないワシの責任、ワシの不徳よ」
「その、ヤっぱり死者は動いていちゃいけないと思うし、ディズは、すぐには無理でもいつかキちんと生きた奥さんと再婚して子供を作るベキだと思うんですよ」
理性では、そう思う。
彼のことが大好きだから、愛してるから、別の奥さんなんて考えただけで吐きそうになる位に嫌だけど、でも、彼の幸せを考えたらそうあるべきなんだ。
「だカら、私は、ディズに出来るだけのことをシテから、滅びるべキだと思うんです」
「よう言うてくれた。あやつはおぬしのその考えを知っておるのか?」
「イイえ。ディズは昔から、私がいなきゃ駄目だと思い込んでいるから、下手にコンなことを告げると何としてでも防がれてしまイそうで」
「そうじゃな、死者に不要な気苦労をかけよってからに。あやつめ」
「メスーセラ様は、私ノこの気持ちを彼に告げたほうガいいと思いますか? そレとも、――黙っていなくなったほうが良いでしょウか」
「納得させる事は必要であろうな。でなければ奴は再びお主をこの現世に召還するであろう。肉体を破壊しても、幽霊の姿でな」
「うう、天才ヤんデレ魔術士めんどくサい」
メスーセラ様と私は一緒になって頭を抱えた。
* * *
そんなこんなで数日が経った。
夜。帰宅したプロディジーは私をとある花畑に連れて行ってくれた。この花は特別で、夜の間に青く光るのだ。風が吹けばそれがひらひらと舞い、実に幻想的。
私はこの花がとても好き。
「綺麗! 連れて来てくれてアりがとう、ディズ」
「昼間、君は出かけられないしね、息がつまるかと思って」
「貴方、子供の頃、コの花を研究してた時があっタわよね、夜に家からいなくナって、おじさんたちが心配して大騒ぎになったノよ」
「僕は朝にはきちんと寝床にいたさ。今は分かってるけれど、抜け出したら心配されるなんて当時の僕には分からなかったんだ」
「変な子ダったわよねえ、貴方」
プロディジーは、自分の知りたいことにはどこまでも貪欲になるけれど、全然人に興味が無くて、他人からどう思われるかも気にしない変な子だった。彼は虫だとか荷馬車の構造だとか、その時の自分の研究対象ばかり見ていた。
「僕が多少なりとも他人とつきあえるようになったのは、君のお陰だ」
ある時、私は気づいた。――――この子、他人からどう思われるか気にしないんじゃなくて、気にする能力が凄く低いんだ。他の事に関しては大人以上に賢いくせに、こういう行動を取ったら相手がどう思うか、みたいなのを理解する力が弱いんだ――――
私がそう理解したら早かった。私はディズに他人との付き合い方を教えてあげた。
「私、すっっッッっごい細かいことマでいちいち貴方に教えてあげたわよネ」
なるべく相手の目を見て話すんだよ研究対象ばかり見ていたら他の人は気分が良くないからねとか、家から離れるときには親に言うんだよ急にいなくなるとみんなびっくりするよとか、綺麗な恰好でいないとみんな不快に思うよとか。
普通だったらこんなこと言われないでも知ってるものだけど、彼は対人関係については本当に事細かに教えられないと分からなかったのだ。社会性とか、人と交流する能力をごっそり削って、他の、ものの構造を理解するような知能に全て割り振った感じ。
元がとっても賢い子なので、教えた事はすぐに覚えて、きちんと従ってくれて、そうして彼はいじめられず避けられずに、多くの人とそれなりな付き合いが出来るようになった。そこまで、本っ当に大変だったけど。私が。
「それ位からだ、僕が君に恋をしたのは。どうしたら君の気を引けるかって、僕なりに研究した」
「枯葉枯葉-って、私の髪の色をかラかって来タりね」わたしは意地悪くにやにやと笑う。
「それはっ! ――本当に、君との付き合い方が分からなかったんだ。もうあんなことしないよ。何も出来ない僕が生きていけるのは君のお陰なんだ、僕の大切な、世界一可愛い奥さん」
僕は何も出来ない、なんて言ってるけど、掃除とかの簡単な役割を私に与えてくれて、自分ではもっともっと難しい仕事をして、私を守り甘やかしてくれる。
そんな訳ないのに、世界一可愛い、なんて本気で想って言ってくれる。
大好き。
だから、幸せになって欲しい。
風が吹いて、光る花びらたちが舞い踊る。プロディジーはその光景に目を奪われた。
「ディズ、私を滅ぼシて」
「ごめん、今何て言った? 花を見ていた」
プロディジーはああまたやってしまった、みたいな軽い調子の笑顔で聞き返して来る。
「集中してると聞き逃してしまうんだよね、愛する君の言葉なのに。で、何だって?」
「私ヲ滅ぼして、ッて言った」
「……何でそんな事言うか聞いていいかい? あ、もしかして僕が仕事ばかりしてて寂しい? 明日はずっと家にいようか、それとも旅行にでも出かけてみる? そうだ隣の国に行こうか、例の観光地の大滝、いつか見たいって言ってたよね?」
「違うの、いツまでもこんな状態でいちゃいケないわ、ディズ。
貴方が寝てイる間に、私の作れる料理全てのレシピを書き留めておいたわ。後はどこになにがあるかとか、貴方が過ごしやスいような家事の決まりとか、貴方の心配な点とかをメモして私の部屋に置いてあるカラ、私がいなくなったらお手伝いさんを雇っテ」
「いけなくない。僕は君がいないと駄目なんだ、本当に何も出来ない、お手伝いさんなんかじゃ代われない。何度も言うけど君が僕を生かしてくれているんだ、滅びるなんて言わないで、……また僕を独り置いて行くの?」
「プロディジー、貴方だッて分かっているでしょう? もう私はこンなに臭くて臭くて、肌だってどんドん紫を通り越して緑色になってきていて、声だっテ淀んで、わ、わタし」
「君は綺麗だよディフォリ、生きていた頃もそうだけど、今だってとても素敵だ」
ディズは、本当に、心の底から真実そう思っている。それが分かる。
「私は嫌なノ。私のことを愛してくれテいるなら、私に尊厳を頂戴。それに、ソれに、私、どんどん思考がおかしくなってキてるの、分かるの。不死者って、本来ならもっト強制的に支配するようなもので、こんなに本人の自意識を残しタりしないんでしょう? それって、自我を残しておくと危険だからじゃナイの?
私、どンどんおかしくなってる。誰かを死に引きずり込みたクて仕方が無いのよ」
そうなのだ。私はおかしくなって来ている。私だけがこんな姿なのが悲しくてやるせない。そんなこと口にしたこともないのに道行く人を見て「死ね」なんて呟く時がある。
自分が自分でなくなってしまいそうで、とても怖い。
「殺したいなら僕を殺せばいい、その瞬間に君を滅ぼしてあげよう。僕を置いて逝かないなら、それはそれで幸せだ。死だって二人を分かてない」
そう言って微笑む彼が、少し怖い。
「私はソんなの嫌なのよ!」私は叫んだ。
「お願い、私を滅ぼシて、私を忘れて生きテ。今はきっと無理でも、なんとか数年耐えてミてよ、そしたらきっと私のことは思い出とシテ色褪せて、もっと先にはきっと誰か貴方に相応しい素敵な奥さんがみつかルわ、そうして、貴方に似た優秀な子供を沢山作って、幸せにナッてよ!」
「なれる訳がないだろう!」
ディズは珍しく声を張り上げ大きく手を振った。
「新しい奥さん!? 他の誰かとの子供!? そんなもの僕には必要ない! 僕の幸せは君とあるんだ、小さな頃から君と生きて来た! 僕にいつも服の裏表を教えてくれたのは君だ! 食事を忘れて魔術に夢中になる僕を叱り飛ばして暖かなシチューを食べさせてくれたのは君だ! 僕が新しい発見をする度に分からないくせにいつもきちんと聞いて褒めてくれたのは君だ! 僕の幸せを勝手に決めないでくれ! 僕の幸せは、君と、君と共にあるんだよディフォリ……」
泣いていた。ディズも私も泣いていた。私からは防腐剤の涙がぼたぼたと流れ落ちていく。
光る花たちが風でしゃらしゃらと擦れて鳴る。青く光る花の中で、私たちだけが黒々と切り取られた穴のように二人、佇む。
「……でもごめん、僕も懺悔をしなければ。こんなに偉そうなこと言って、……そもそも、君を死なせた僕が悪い」
「ソんなこと……」
「君を殺した魔物は、僕を狙った他国の暗殺者の手のものだ。犯人は命じた者もすべて含めて、死が救いに見えるような酷い目に夜も昼もなくずっとずぅっと合わせ続けてやっているけどね。
何が天才だ、何が大魔術師だ、世界一大事なはずの妻の一人も守れずにいい気なもんだ、滑稽過ぎて笑えるね。僕はいつもこうだ、本当に肝心なはずのところが抜けている。
僕に会わなければ、僕が君を愛さなければ、君は今も死なずに普通に生きていられただろうに。本当にごめん」
「それは謝るこトじゃないわ、私が死んだのはその暗殺者を送り込んダ人のせいで貴方は何も悪くない。それに私達、多分どう生きてもお互い好きになってたんジャない? 幼馴染なんだから、そモそも出会うしかないし」
「……そうだね、うん、そうだ」
ディズは涙目でくすりと笑った。そして、何かを決意した時の目をした。
「……そもそも、君が死ななければいいんだ、君が死なない『別ルート』を観測して正史にすればいい」
「ディズ?」
「僕は必ず『別ルート』を観測して、君と幸せになる」
「何を言っていルの?」
「過去に戻るか、それとも『このルート』から『別ルート』を観測してそちらに移るか。何にせよ僕はハッピーエンドしか認めない」
「……」
「いいよ、『このルート』では一旦君を諦めてあげるディフォリ。次元の彼方で添い遂げよう。愛しているよ、この世の何よりも」
「……ディズ?」
「君を滅ぼそう。……いいんだね?」
「うん、ありがトう、愛シているわ」
言っていることが全然分からなかったけど、この人との会話ではよくある事だ。プロディジーの思考はしばしば人類の遥か高みへ行っていて、私なんかじゃ全く分からない。
滅ぼしてくれるみたいだし、何か話して気が変わったらよくないと思い、愛を告げるだけで黙っておく。
「『このルート』の君を幸せに出来なくてごめん、『別ルート』では、絶対幸せにする」
一度私を抱きしめて、彼が病気になりそうだからと私が禁止していた筈の深いキスをして、私を離し、ディズは魔術の詠唱を始めた。
複雑な光の魔法陣が彼を取り囲む。すぐに特大の炎が生まれ、私を何の痛みも無く焼き尽くした。光る青い花びらと、赤い火の粉が舞い散って、夜空はますます幻想的。
最後に見た彼の瞳は私への愛と、深い決意を宿していた。
彼が、幸せになりますように。
だいすき わた し の ディ
―――――――――― ―――― ―― ―
その後、僕は『別ルート』を観測するための研究に明け暮れた。人生を捧げ、全てから隔絶し、狂ったように研究を続けた。最初の頃は師匠が諭しに来たが、煩わしかったので彼の命すら研究の礎にさせて貰った。なに、『別ルート』でまた会えるさ。
魔術で寿命を延ばせるだけ伸ばし、その後自らを不死者とした。そうして経た悠久の時の果てに『別ルート』を観測し、後は雪崩のように『ルート』同士を行き来する方法を作り出す。
そして、とうとう、生きている僕のディフォリに逢えて、これまでの全てが報われた僕は泣き笑った。全く訳が分かっていないこの過去のディフォリは笑って、僕が泣き止むまで頭を撫で抱きしめてくれた。
ああ、そう、ここだ。僕の幸せはここに、君と共にあるんだよディフォリ。
暗殺者とその送り手に、死がぬるく感じるようなおぞましき生を与え、ディフォリを世界一強固な防御結界で守り、そうしてようやく僕は安心し、今の、落ち着いたゆったりとした幸せを感じられるような精神状態まで心が回復した。
++++
「どうしたの? ディズ、変な顔して」
「君が綺麗で見とれた。太陽の光が髪のはじっこを透過して美しくて、そんなものを目に出来る僕は信じられない位に幸せものだ」
ディフォリの頬が赤く染まって行く、それもまた愛らしい。
「昔は私の髪色を見て枯葉枯葉ーなんて嫌な事言って来たくせに」
にやにやと嗤われる。この話は『最初のルート』の彼女とした事がある気がする。
「子供のときは君とどう関わっていいか分からなかったんだよ、あの頃に戻ることがあったら僕をぶん殴っておくね」
「なあにそれ、まるで戻れるみたいな言い方ね」ディフォリは向日葵みたいな笑顔でくすくす笑う。僕にとってはそれが本当に尊い、聖なるものの微笑み。
「戻れるんだよ、僕は大天才魔術士だからね」
なんだかそんな雰囲気になってしまったから、今から僕の記憶の全てを話してみようか。
『このルート』に来てからの僕は彼女に言わせれば”まるで世界の終わりまで独りで生きたみたいな目”をしているらしいから、信じて貰えるだろう。
君はどんな顔をするかな。
泣かせてしまうかな。
そして最後に笑って、よく頑張ったわね泣き虫ディズって、頭を撫でてくれるかな。
そうして僕は、この泣きたいくらいに幸せな遠い遠い時の果てで、僕の辿った長い長い時の話を、この、時空全てよりも大切な人に話して聞かせるのだった。
お読みいただきありがとうございました。