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ある時、神は戯れに一人の乙女に声をかけた。
何か欲しいものはあるか、と。
突然の神の訪問に驚いた乙女、その神々しさに目を奪われる。
私が欲しいのはこの国の平和です、と答える。
神はその手を輝かせ、
この花が約束のしるしだ、と差し出す。
目映い光を放つその花を受けとると、乙女の足元に様々な花が咲き誇った。
この花々が咲き続ける限り、この国は繁栄するであろう。
神はそう言うと、姿を消した。
後に残ったのは、神の花と約束だけーーーー。
***
「この国の神話ですね」
静かにヴァイアスの語りを聞いていたライザーは、その背中に投げ掛ける。
団長室から出た3人は城の地下通路の闇、ランプの明かりを頼りに進む。久しく使われていないであろうその通路の壁は、あちこちから水が染みでて所々に苔が生えている。
二人がやっと並んで歩けるほどの広さだが、驚くほど足場が悪い。地面に埋め込まれている石畳は歪み、普段から鍛えられているライザーとフェンネルでさえ足をとられる。
「団長、その神話と土いじり、何の関係が…っと!…すまん、ライザー」
転びそうになるフェンネルがライザーの肩をとっさに掴む。ランプの灯りだけではこの暗闇を照らしきらない。ヴァイアスの背中が見えなくなったら、どちらから来たのか分からなくなりそうだ。
3人の足音しか響かないこの通路はどこに向かっているのだろう。
城の使われてない広間を抜け、通ったことのない通路を通り、階段を下り…。
この城に仕えて幾年も経つと言うのに、初めて知るこの地下通路の存在がやけに不気味だった。
まるでこの王国の暗部を隠してるかのような…。歩めば歩むほど何か言い知れぬ不安がライザーの中を占めていく。
「今話した神話は、子供から老人まで知っている。…この国の者ならばな。みな、幼き頃より寝物語に聞かされてきただろう」
暗闇を迷いのない足取りで進むヴァイアスに一抹の不安を感じる。この先に何があるのか、団長は一体俺達に何を見せたいのか。
ライザーは注意深く、その背中を見つめる。だが、いつもとなんら変わらない団長の姿しかなかった。
「この国は神と人間によって結ばれた約束に守られている」
「まさか団長、本気でそう思ってないですよね?」
窺いながら問うフェンネルにククッとヴァイアスの肩が震えた。どうやら笑っているようだ。
「そうだな。言い伝えなんて信憑性のないもの、信じてなんかいないよ」
ピタッと歩みが止まり、後ろに続く二人はランプによって浮かび上がる光景をただじっと見つめる。
ヴァイアス越しに見えるのは古い頑丈そうな鉄の扉。所々に錆が広がって、長い年月を物語っている。人が一人通れるようなその扉は静かに訪問者を出迎えていた。
ヴァイアスのランプを持っていない方の腕が動き、ガチャリと錠が外れる音がした。
団長は俺達に何を見せるつもりなのか。
何がその扉の先にあるのか。まるで重罪人が収容されているような、得体の知れない異様な空気を持つこの扉の先に。
ライザーは息を詰めてヴァイアスの一挙手一投足を何も見逃すまいと見つめる。
ギギギギとひどい金属音を喚かせながら扉が動く。
細く開いた扉の隙間から光の筋が差し込み、次第に3人もろとも地下通路の暗闇を照らしていく。
ゆっくり、ゆっくりと光が増し完全に扉が開くと、眩しさに開けていられない目をなんとか堪える。
暗闇からの容赦ない唐突な強い光に思考が止まる。
扉の軋む音が止まり、土を踏みしめるようなヴァイアスの足音が耳に届く。
徐々に目が光に慣れてくると、扉の向こうに立ったヴァイアスの背景に広がる光景に、ライザーは愕然とした。
「花…畑…?」
呆然とした声が喉を震わせる。
放心したままの体を動かし、一歩、足を踏み入れる。
何故。
地下通路を通ってきたのだ。
ここは地下のはずだ。
なのに何故、ここは光で溢れている?
何故、あるべきはずの天井が無く空が広がっている?
何故…?
フェンネルを振り返る。扉の手前で立ち尽くす彼の顔には驚きだけが浮かんでいた。自分もきっと同じ顔をしているだろう。
「これが、その昔話の事実だ…」
ヴァイアスの声が無機質に響いた。