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この手に願うは君の花  作者: 此処ミカ
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「失礼します」


 硬質な音を鳴らしドアノブに手をかけると、その重厚な扉をゆっくりと開く。そこにはこの部屋の主が秀麗な美貌を惜し気もなく晒したまま、机の上に書類を広げペンを走らせているところだった。


「来たか。入れ」


 目を落とし、手を止めないままヴァイアスは短く告げる。

 一歩部屋に入り、固い表情のライザーとフェンネルは簡略的な騎士の礼を取った。


「ライザー、ただいま参りました」

「フェンネル、ただいま参りました」


 ザッとペンを走らせる音が響いたかと思うと、おもむろに顔を上げる。一区切りついたのか、散らばった書類を一つにまとめ始めた。


「この時期は忙しくてかなわん。満足に家にも帰れない」


 軽い紙片の音をさせ、机に置く。その薬指に嵌めてある金の指輪が窓から入る日差しに当たり、ライザーの目を刺激した。


「新婚だというのに、誰も彼も仕事を押し付けていくよ。わざとだと思わないか?」

 

 自嘲気味に笑うヴァイアスに、フェンネルが片眉を上げ、にやりと笑い答える。


「皆、羨んでるんです。シムルスの蝶と謡われた姫との結婚を」

「その蝶に飛んでいかれたら困る。そうなったら毎晩恨み言を言ってやるからな」


 触れば凍ってしまいそうなアイスブルーの瞳を細め、微笑むその顔を、意外な気持ちで見つめる。それは騎士団をまとめている長の顔と思えぬほどに甘いものだった。その顔を見れば、どれだけ夫人が愛されているのかが分かる。

 そんな微笑みを浮かばせる姫を見たのは、結婚式に出席した一度きりだった。ベールに包まれた顔はライザーの立つ位置からは窺い知ることはできなかったが、社交界でシムルスの蝶と言われるほどなのだ。可憐で美しいのだろう。


「さて、本題に入ろう」


 緩んだ顔が、騎士団長としてのそれに戻り、机の上で指が組まれる。

 ライザーとフェンネルは顔を引き締め、背筋を伸ばす。ヴァイアスの空気が自然とそうさせた。


「ライザー、君には1ヶ月街の見回りを任せた。どうだった?」

「どう、とは…?」


 いまいち掴めない質問に小さく眉を寄せる。


「君の目に、このシスールの街はどう映った?」

「…はい。活気があり、人々の暮らしも豊かで満たされているようでした」

「そうか」


 街の大通りの見回りを任された時、何故見習いがやるような仕事が回ってきたのかと不思議に思ったが、その地に根付く人々の暮らしを見て、その騒がしくも温かいもので溢れた空気が、ライザーを穏やかな気分にさせてくれた。

 言葉を交わさなくとも、どの店のどの店主が夕べ奥さんとどんな喧嘩をしただとか、どこそこのじいさんに初孫が産まれただとか、うちの猫が帰ってこないなんて話まで聞こえてくる。

 一定時間を過ぎれば、また場所を変え街を見守る。

 どこで見る顔も皆、その顔が生き生きとしていた。

 騎士団に入団してから、非番だろうが鍛練に明け暮れていたライザーにとって、その街の姿は新鮮に思えた。

 見習いの時に街の警備の仕事を何度と勤めたが、そんな風に思えるようになったのは、己の成長故の心のゆとりからくるものなのか。


「君の目にそう映ったのなら、それがこの街の姿なのだろう」


 椅子から立ち上がり、ライザーとフェンネルに背中を向け、背面にある窓から下を眺める。

 城の一角にあるこの宮廷騎士団長室の窓からは、街の入り口まで続く綺麗に整備された石畳と庭園が広がっていた。

 その道を貴族の令嬢やその取り巻きが優雅に歩いている。庭園にある東屋で茶会でも開かれているのだろう。


「ライザー、フェンネル」

「ぅはいっ」


 まさかここで名を呼ばれると思わなかったフェンネルが慌てて返事をする。


「君達は…宮廷騎士になった時、その身の忠誠を、王とこの国に捧げると誓ったな…?」


 ライザーとフェンネルの頬がきゅっと引き締め、素早く騎士の礼を取る。


「我が体は王のため、我が身に流れる血潮は国のため」


 張りのある二人の声が重なる。

 ヴァイアスの背から放たれる空気にただならぬものを感じ、宮廷騎士を拝命するときに唱える文言を口にする。

 礼を解かぬまま、身を固くした。

 この国に何かが起きようとしている。

 ライザーは直感した。左隣に立つ同期でもあり同じ宮廷騎士のフェンネルも、ライザーと同じものを感じ取ったようだ。


「よろしい」


 何を考えているのか分からない声色が、静かに短く鼓膜を震わせる。

 ライザーとフェンネルの身体に緊張が走った。


「ところで、二人とも…」


 くるり、とヴァイアスが振り向く。その口許と目には、妖艶ではない子供のように朗らかな笑みが浮かんでいた。


「土いじりは得意かな?」

 

 ライザーとフェンネルの目が点になったのは、言うまでもないだろう。


 

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