お泊まり会⑥
お泊まりとかは関係ないですが、ご容赦ください
「おま、びっくりしたじゃねーか」
「貴様は一体どんな勘違いをしていたんだ……」
付き合ってやると言われたので、恋愛の方かと思ったと素直な感想を述べたらこのザマである。
まぁ、そんな勘違いするアホはどこにもいないと思うけど。
「なにかするの? 俺できれば近場がいいんだけど」
「場所は大丈夫。お前の家の近くにある公園だから」
「公園?」
「そ。大吾も呼んでさ」
近所の公園で大吾を呼ぶ……。こいつの意味不明な思考に、俺はまともに考えることができなくなっていた。
否、考えるのを放棄した。
「じゃ、早速行こうぜ」
「全く……強引だなぁ、お前は」
軽く悪態をつきながら、前を歩く卓巳に着いていく。
◆
「お、いたいた」
天然の芝(雑草だが)の隅っこに自転車を停めていた俺たちは、思うよりずっと早く大吾に見つかってしまった。
「お前早いな。さては暇人?」
「悠眞、人のこと言えないだろ。謝れ」
俺の軽口に大吾が合わせてくる。しかし、これに対しての答えは
「やだ」
これに限る。誰が謝るか。
「はは、相変わらずお前ら仲良いな」
「ま、昔からの付き合いだし」
軽く笑ってみせる卓巳と俺。
大吾はと言うと、自転車の前輪の上についているカゴをガサガサと漁っていた。
「お前何してんの?」
「卓巳に頼まれて。ほらよっ」
「うお!?」
何気なく大吾が下手投げで何かを放り投げてくる。
あまりのことに焦った俺は、何とかそれをキャッチ。そして投げられた“それ”をじっくりと観察する。
それは、俺が親の顔より見慣れたものだった。
「……グローブ?」
「そ。うちにあるオールラウンダー用一つしかなかったから、お前内野用な」
グローブには五つ種類がある。
一つ目は内野手用。一塁にランナーが到達するのが早いか、野手が一塁手にボールを転送するのが早いか、一刻を争うプレーが要求される内野手。ボールの握り替えを重視した設計のため、オールラウンダー用より一回り小さくなっている。そのため、ハンドリングは簡単だが、捕球が少し難しい。
二つ目は外野手用。外野手は内野手よりも守備範囲が広く、ボールに手が届くか届かないか、ギリギリのプレーが多発するので、オールラウンダー用より一回り大きい設計になっている。ハンドリングは困難だが、捕球は楽ちんだ。
三つ目はオールラウンダー用。これは内野用と外野用の中間、どこを守っても違和感がないグローブになっている。初心者はとりあえずこれ選べみたいな風潮ある。
後はファーストミット、キャッチャーミットがあるが、説明は不要だろう。
「なるほど。俺が内野用使って、卓巳がオールラウンダーね。で、何すんの?」
ここまでヒントを与えられて分からないなんてことはないが、とりあえず聞いてみる。
「何って、キャッチボールだよ」
俺の問に答えたのは、ぎこちなくグローブを装着している卓巳だった。
「なんでまた、急に」
「いやー、なんかやりたくなるじゃん? ごく稀に」
「なるほど。わからんでもない」
丁度暇してたし、天気もいい。絶好の運動日和と言っても過言ではないだろう。
それに、体を動かすのは健康にもいい。最近運動不足気味だった俺にはありがたい。
「さーて、じゃあやりますか」
ボールをこちらに見せながら、大吾がそう言った。
それが合図になり、三角形のキャッチボールが開始された。
パァン! と爽快な音が周囲に響く。
しばらくすると、またもやパァン! と、聞いてるだけで気分が良くなる音が聞こえる。
しかし、続いて聞こえたのはぱすっと可愛らしい音だった。
「お前らなんでそんなに音なるの……」
「んー、年季と気合?」
「なるほどわからん」
休日だというのに人の姿は見当たらず、ほとんど俺らの貸切状態だ。キャッチボールは大吾、俺、卓巳、大吾のループで行われている。
大吾は流石と言うべきか、生粋の内野手だったので小さい腕の振りで強いボールを投げている。
一方の卓巳は、腕だけで投げている印象が強い。
「てか悠眞、もっと優しく投げろよ。手痛ぇよ」
「男の子でしょ! それくらい我慢しなさいよ!」
「うわキモ……」
それにしても、久々にキャッチボールをすると楽しいなぁ……。
昔は野球が嫌になりそうになったこともあったっけ。
これは心が成長したのか、それとも時間が解決したのかわからないが、今もこうして友達とキャッチボールをしていることに感動する。
「悠眞ー! 少し強めに投げるぞー!」
「お前ふざけんなよ!? 捕球面小さいから手痛いんだぞおおおおおあああああ!?」
こいつ、人が喋ってる時に投げやがった!
シューと音を立ててこちらに向かってくる白い物体は、俺のグローブの中に吸い込まれた。
パチィン! と一際大きく甲高い音がなると、大吾はニシシとこちらに笑いかける。
「ちくしょう……てめぇ痛いじゃねぇか」
絶対に許さない。もう一周したらお前に投げ返してやるからな。覚えとけ。
そんなことを思いつつ、卓巳に優しく投げる。
「今のよく捕れるな! 感動した」
「馬鹿言え。これより速い球いくらでも飛んでくるぞ」
「ほえー、野球怖いなぁ」
よいしょ、と卓巳が大吾にボールを転送する。
それを受け取った大吾は、思いっきり俺に投げてきた。
今度は難なくキャッチした俺は、
「じゃあ今から逆回りな!」
と声を上げ、大吾に思いっきり投げる。
「はやっ! お前それでも引退して数年経った人?」
「それはお前がよくわかってるだろ、大吾」
相も変わらず軽口を叩く俺と大吾。
お互い、この距離感がしっくりくるのか、昔からこんな風にアホなことを言い合っていた。
「素人目線だけどよ……お前らなんで野球部入らなかったの? 見た感じ二人とも上手いよな?」
卓巳が疑問に思うのも無理はない。小学生の頃からコツコツと野球に取り組んでいた俺と大吾は、中学の部活で力を更につけて地域では少し有名だった。
当然、監督や保護者、チームメイトからの期待も少なくはなく、俺はそれに疲れてしまったのかもしれない。
「んー、まぁ色々? 少なくとも、野球部に入部しないって選択を俺は後悔してないな」
「よくわかんねぇなぁ……」
俺の回答に満足いかなかったのか、卓巳は首を傾げる。俺が卓巳と同じ立場だとしたら、恐らく同じ反応をしていただろう。そんなことを思いつつ、俺は苦笑する。
「しっかし、たまにはいいもんだな……」
日差しがチクチクと肌を焼き、暖かい風が周囲を駆け抜ける。晴天の青空の元、こうしてのんびりと級友と時間を過ごすのもそう悪くは無い。
「んー? なんか言ったかー?」
大分距離が離れた大吾から、声をかけられた。卓巳も不思議そうにこちらを見ている。
「いーや、なんでもない。ほら、行くぞ」
卓巳からの送球を受け取った俺は、大吾に向けて強くボールを放る。
『もう戻ってきていいよー』
キャッチボールに少し夢中になっていたからか、葉月から届いたメッセージに気づくのにやや時間がかかったのであった。
 




