お泊まり会⑤
ココアを飲み終えた俺たちは、寝る準備をしている。
俺は自分の部屋で、美咲希と葉月は葉月で寝ることになっている。
なんというか、今日も平和だった。楽しくて騒がしくて、それでいて疲れない。
これが理想なのかもしれない。
「ふぅ……」
俺の他に誰もいない自室で、息を吐く。
今頃女子達は何をしているのだろうか。
◆
「急に泊まったりしてごめんなさい」
葉月ちゃんと二人きりになった私は、一番最初に謝罪の文句を述べた。
「なんで謝るんですか? そこはありがとうって言ってくれた方が嬉しいです」
なるほどそうか、と思うと同時に、この子には敵わないなと本能的に察する。
私より年下なのになぜこうも対人能力が高く、洞察力も並のものではないのだろうか。
到底私には真似できるものではない。
「そうね、ありがと」
お礼を言うのは、なんだか少し恥ずかしい。
私がはにかみながら言うと、葉月ちゃんは満面の笑みを浮かべた。
「どういたしまして」
んふふ、と嬉しそうにしているし、こちらとしても悪い気はしない。
「それで、美咲希さん」
「ん? どうしたの?」
「その……触ります?」
「えっとー……いいの?」
触るとは、私が銭湯で二つの柔らかい物体を触った時の続きだろう。
てっきり冗談で言っていたと思っていたが、本気で触っていいとは思わなかった。
「武士に二言はありません!」
「どこの時代の人?」
軽くツッコミを入れるが、内心はすっごく期待をしている。
こんな私は最低だ。
「触るんですか? 触らないんですか?」
軽く自己嫌悪に陥っていた時に葉月ちゃんが上目遣いで私に問いかける。
人生で初めて上目遣いをされたが、これは同性の私でもドキドキしてしまう。
イケナイ気分になるというか、なんというか。
一瞬で理性が吹き飛びそうになるが、寸でのところで踏みとどまる。
「ううん、大丈夫」
「そうですか……」
私が断ると、葉月ちゃんがどこか残念そうにしているのは気の所為だろう。
「じゃ、寝ますか」
にっこりと笑いながら葉月ちゃんが提案してくる。
私も異論はないので同意をする。
「じゃ、電気消しますね。豆電球じゃないと寝れないとかあります?」
「ううん、平気よ。葉月ちゃんの好きにして」
「はーい」
明るく返事をすると、すぐに部屋は暗黒に包まれた。
程なくして目が暗闇に慣れ、部屋のレイアウトがうっすらと見えてくる。
しかし、今は寝るのが目的なのですぐに目を閉じる。
「まだ起きてます?」
数分間微睡んで、葉月ちゃんに声をかけられる。
もう少しで寝れそうだったけど、私は返事をする。
「どうしたの?」
「うちのダメなお兄ちゃんをよろしくお願いしますね」
その言葉の裏にどんな意味が込められているのか、葉月ちゃん本人が言わないとわからない。
ただ、私には相当な覚悟が含まれているのだということはわかった。
この子は特に意味もなくこんなことを言うはずがない。
彼女と付き合いを始めて一年くらいになるので、それくらいはわかる。
「うん。任せて」
誠心誠意、そう答える。
相手が覚悟を持って話してきているので、こちらもそれ相応の覚悟で答えないと失礼に値するだろう。
私は私の中で、更に決意を固めた。
◆
「ふぁ〜……」
隣の部屋で美咲希が寝ていると考えると、落ち着けずにあまり寝れなかったのだ。
休日ということもあり、俺は午前八時に起きたが、女子陣はどうだろう。
そんなことを考えながら階段を下る。
「あ、おにいおはよ」
「おはよう」
……どうやら既に起きていたようだ。
起こしてくれてもいいじゃんという気持ちになるが、今日は休日だ。大海原みたいな心を持とう。
「おはよ」
朝の挨拶を終え、一口水を飲み、ソファーへ着弾する。
テレビではニュース番組が放送されていて、事件がどうだの森林減少がどうだのと言っている。
「んー、地元映んねぇかな」
「高確率で汚名になるからやめてほしいわね」
「たしかに」
地元が悪く言われるのは気分がいいものでは無い。
ただ、住んでいる街がテレビに映ると興奮するのも確かだ。出来れば良いことで報道されてほしいな。
「はい、朝ごはん」
葉月がそう言って渡してきたのは、トーストにジャム、それとコップに入ってる牛乳だった。
「ありがと」
それを受け取り、俺は食す。
簡素なものなので、五分程度で食べ終わる。
「あ、おにい」
テーブルからソファーへ再び着弾しようとしたところを葉月に呼び止められる。
「なんだ?」
「ちょっとどっか行ってくんない?」
「なに? 反抗期なの?」
「そうじゃなくて、昼頃までどっかで時間潰してよ」
「ようわからんがやらないとだめなのはわかった」
有無を言わせない圧倒的な雰囲気に気圧され、外出の準備を始める。
持ち物はリュック、財布、タオル、飲み物……は途中で買えばいいか。
そそくさと準備をして、靴を履く。
「そんじゃ、行ってくるわ」
「戻ってきて良くなったらメッセ送るね」
「はいよ」
なんだか俺だけ除け者扱いにされたのが否めないため、なんとも悲しい気持ちになる。
◆
「あー、あちぃ……」
初夏という事もあって、外はジメジメと湿っていて日差しは強い。
なので、自転車をこいでいる俺は必然と少なくはない汗をかく。
俺の目的地は行きつけの本屋。
葉月には暇を潰せとだけ言われていたが、同時に戻ってきていい時にメッセージを送ると言われている。
つまり、これは家からあまり遠い距離ではなく、更に他人に予定を合わせない方がいいということだ。
この条件に合っていて、俺が入りやすい店がこの本屋だったのだ。
そろそろ追っていたシリーズの新刊が欲しくなっていたし、新しい物語にも出会いたい年頃だったのだ。
何故だか知らないが、この本屋はライトノベルと呼ばれるジャンルの品揃えが良い。
だから愛用している訳だが。
ウィーンと自動ドアが開き、それと同時に冷風が体を優しく撫でる。
このジメジメとした気候にはありがたい。
「うお、悠眞」
「げっ、卓巳」
お互い最悪な挨拶をしながら先にライトノベルコーナーにいた卓巳との距離を詰める。
「休日までおめーに会うとはなぁ……」
悪態をついてくる卓巳に対し、俺はさらに煽る。
「本当は嬉しいんだろ? 素直になれって」
「お前よくそんな気持ち悪い事言えるなぁ」
「黙れうるさい」
自分でも気持ち悪いと思うので、否定はしない。
ふと卓巳の手を見ると、そこには俺が求めていたシリーズの新刊が大切そうに握られていた。
「お前もそれ買うんだな」
「何、お前も買うの?」
「そのつもり」
「やっぱこれ面白いよなぁ……。新刊出るのが楽しみすぎてここ最近はあんま寝れなかった」
「それはただのヤバいやつだな」
お互いになんともない会話を繰り広げながら、店頭にズラっと並んでいる本に目を向ける。
こうしてみると圧巻だなぁ。
一通り目を通したら、俺の目当ての本はすぐに見つかった。
「お、それも買うの?」
「まぁな。タイトルと表紙に惹かれた」
「あー、わかる。あるよな、そういう本」
こいつも一丁前にオタクしてんなぁと思いながら、俺はこの二冊を大切に手に取る。
正直家に帰って読みたい。今すぐに。
「お前これ買ったらどうすんの?」
「昼頃まで時間を潰せっていうミッション出てるからそれまでどっかふらつくかな」
「ほー」
そう言うと卓巳はどこか不気味な笑みを浮かべ、
「じゃあ俺が付き合ってやるよ」
とほざいた。
「……え?」
その言葉の意味を理解するのに数秒かかり、その間の俺は相当間抜けな顔をしていたと思う。
久々の連日投稿!
ほんと、小説って読むのも書くのも楽しいですね
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