最終日 上
特に変わったことは起こりませんね。どうぞ暖かい目で見ていってください
「災難かっての……」
家に着いた俺は、真っ先に手を洗いに行った。物理的にも精神的にも浄化したかったのだ。
「結局、何だったのあれ」
「エロ本」
マルは2階の俺の部屋に行ってラノベを読んでいる最中なのではっきりと口にしていいだろう。恐らく葉月もこのタイミングを狙ったのだと思われる。
「なるほど。だからあんなに焦ってたわけだ。納得したよ」
あそこら辺稀に捨ててあるから困ったもんだ。中3の時エロ本探しの旅とか言うアホみたいな旅に出た時も見つかったし。
「にしても、結構歩いたね」
「そうだな。いい運動になった」
距離にすると大体5km前後。普段なら絶対歩かない距離だ。
日は既に傾いていて、空を赤く染めている。時が流れるのは早いな。
「明日で最終日、か」
「そうだね。どうする?」
「考えてない。マルの好きにさせようぜ」
マルも荷造りとかで忙しいと思うし、あまり遠くへは連れ出さない方がいいだろう。
なにか特別なことしたいし、どうしたものか。
考えること数秒、あることに思い至る。
「葉月、サプライズパーティーだ。出来るか?」
「はあ? そんな急に言われても困るっての。まぁいいけど」
「俺はマルを連れ回すからその間に準備とか頼む」
「昼? 夜? どっち?」
「夜で」
「りょーかい。大悟さん達に伝えるね」
「頼む」
思い立ったら行動あるのみだよな。最終日を最高の日にしてやる。
目を覚ますと、俺の隣に天使のような少女がすやすやと眠っている。輝くような金髪はきめ細やかで、さらさらしている。
「って、そんなの解説してる場合じゃねーな……」
マルを起こさぬようにそっとベッドから出ると、布団をかけ直してリビングへ向かう。
「おはよー」
こちらに気づいたのか、葉月が挨拶をしてくる。
「おはよ」
少し眠たい目を擦りながら、俺は返事をする。夜ふかししてないのにどうしても朝は眠い。学校10時頃に始まってくれねーかな。その時間帯が丁度目が冴えるのに。
「あ、そうそう。大悟さん達おっけーだって」
「それはよかった」
あいつらがいないと出来ないからな。あと気になるものといえば……
『マルが帰るのって何時頃?』
これだよな。いつごろ帰るのかによって結構変わってくるし。
『8時あたりだったと思うぞ』
『朝?』
『夜』
あ、良かった。なら全然余裕か。
この街は大体回ったし、次はどこに連れ回そうか。
「おはよー……」
俺よりも遥かに眠そうな雰囲気を出しながら、マルが起きてきた。時差ボケしなくなったからだろうか。
「おはよー」
「おはよ」
このやり取りも最後となると、少し悲しいな。いや、少しどころじゃない。
関わったのはたった5日程度だが、既にマルは俺の日常の中にいる。
ここ数日の生活を楽しんでくれただろうか。楽しんでくれていたらいいな。
「マル、どこ行きたい?」
「んー、映画館」
これまた意外。まさか映画と言われるとは思いもしなかった。
「へぇ。どの映画だ?」
「えっとねぇ、あのアニメの映画」
「ああ、あのアニメ。俺も見たいと思ってたんだよな。今から行くか」
「うんっ!」
歩きでデパートまで行くとかめんどくさいな。少し金かかるけど電車で隣街まで行ってみるか。
俺がそう考えているうちに、マルはてきぱきと準備を済ませ、数分後にはもう家を出れるようになっていた。
「じゃ、行ってくる」
俺が持っていくのはモバイルバッテリーと大きめのバッグ、それに財布だけなので、準備にそんなに時間がかからない。
「いてらー」
葉月に送り出された俺達は、真っ直ぐ駅へ向かう。
「今日寒いね……」
「そうだな。最近じゃ1番寒いんじゃないか?」
雲が太陽を隠し、辺りも薄暗い。
まだ朝ということもあるのかもしれないが、日光が出ていない冬というものは厳しい。息を吐くと、水蒸気が水滴に変わり、白くなるのがわかる。
「お兄ちゃん、手繋いでもいい?」
「もちろん」
去年手袋が破けてしまって、そのまま放置しているので現在使える手袋がない。よって素手で出かけているわけだが、とても寒い。
バッグに常備してある軍手を使おうかと考えていたところだが、マルが手を繋いでくれるなら心強い。
「えへへ。温かい」
家を出てから間もないこともあって、俺の手の体温はそこまで奪われていなかった。ポケットに手を突っ込んでいたのも効果があったのだろう。
「マルの手は冷たいな」
「うん。寒いのにがて」
冷え性なのだろうか。握っていればそのうち温まるだろう。
「楽しかったか?」
「うんっ! 毎日すっごく楽しかった!」
満面の笑みで、そう言うマル。そう言ってもらえるととても嬉しい。
「でもね」
「ん?」
「すこし……疲れたかも」
「あはは。ごめんな色んなところに連れ回して」
そうだよな。少し無理をさせてしまったかもしれない。街案内から始まって、映画で終わるんだもんな。俺でも疲れる。
「ううん。別にいいの。疲れてもその分すっごくすっっごく、楽しめたから」
暗めのトーンでそう言う。その目は何かを悟っているように、遠くを見据えている。
「なぁ――」
「だから最後も楽しませてね、お兄ちゃんっ」
疑問を投げつける前に、言葉を遮られた。
ただ別れを悲しんでいるだけだろうか。あまり深く考えないことにする。
「任せろ」
今の俺に出来ることは、精一杯マルを楽しませることだ。しばらくはそれだけを考えて行動すれば大丈夫だろう。
「ここを右に曲がるんだよね」
「お、よく覚えたな」
正直びっくりだ。俺の周りに道覚えないやつが沢山いるから感覚が麻痺しているのかもしれないが、素直に嬉しい。
「お兄ちゃんと来た道だもん。忘れないよ」
「はは。何だよそれ」
「むー……ほんとだもん。あっ、見えたよ! 駅だよ駅!」
そう言って、駅の方へ走っていった。
「転ぶなよー!」
忠告しながらも、元運動部の運動力を駆使してマルに追いつく。
「速っ! 凛花おねーちゃんの言ってたとおりだ!すごーい!」
そう言えば、マルと走るのはこれが初めてだっけ。じゃあもっと披露してあげよう。我が運動能力を。
「じゃあ先に駅で待ってるぞ」
ここからは直線80mぐらいだろうか。
ランニングから足の回転を増やし、ダッシュに移行する。地を力強く蹴りつけ、風の抵抗を受けないよう前傾姿勢になる。
9秒もかからずに駅の入口までたどり着くと、俺は振り向き、マルを待つ。
「はぁ……はぁ……お兄ちゃん速すぎだよ…………」
「悪い悪い。最近運動してなかったからついな」
運動不足を心配するほど運動していない。俺がニートなのではなく、運動する機会がないのだ。断じてニートではない。学生だし。
「じゃ、行くか」
先日東京に行った時にICカードに入っている金額全て使ったので、チャージをする必要がある。
マルもその必要があるのか、列に並んでいる。
今日行くところは片道240円、往復で480円なので、500円をチャージすればなんの問題無しに行ける。
「やばっ、もう電車出るじゃん!」
聞こえたアナウンスに焦りを感じながら、急いで改札を通り、ホームへと向かう。
「乗ります! 乗るから待って!」
無意味な叫びを上げながら、一目散に車内へ飛び込む。間一髪でセーフ。間に合った。
「いや……マジで災難かよ」
「今日沢山走るね」
まるで神が運動をしろと言っているようだ。
相変わらず車内は空いていたので、俺らは席に座ることにした。
「ああ……もう走りたくない」
少々だるくなった足を見ながら、俺はそう言った。
作者の地域では涼しい日が続いております。皆様はどうでしょうか?
涼しいからと言って気を抜かず、しっかりとこまめな水分補給を心がけてください。
それでは次話でまたお会いしましょう




