2・初めての冬~終わらなくなった冬
少女が目覚めるとそこは暗く冷たい森ではなく、立派な家具が整えられた広い部屋の真ん中にある暖かいベッドの中でした。
慌ててベッドから飛び起きた少女は部屋の中を見回すと、次に自分の頬を思い切りつねってこれが夢では無い事を確かめました。
「起きたかえ? 冬の女王」
不意に老婆の声が聞こえて驚いて振り向くと、部屋の戸口に夏と秋の二人の女王が立っていました。
「おはよう……冬の女王ってあたしの事? やっぱりあれは夢じゃ無かったんだ」
二人の女王は少女の言葉にうなずくと、部屋の窓まで少女を手招きしました。 そしてあれをご覧と窓の外を指さしました。
そこには冷たく凍りついた大地が広がり、ずぅっと先に見える丘の上に大きな塔が建っているのが見えました。
「あれが四季の塔さ、おとぎ話に聞いた事があるだろう? ワシら四季の女王が持ち回りであの塔に籠って幾つかの仕事をする事で世界に四季が訪れるのさ。 今は春の女王が塔に入って春の準備をしているところさね」
「それなら、ここはどこなの?」
「ここは女王の館と言って、自分の季節が済んだら次の年まで過ごす為に作られたお城さ。 あんたはここで秋が終わるまでに、冬に塔でしてもらう仕事を覚えてもらわにゃならん。 もうあんたは冬の女王になったのだから自分の故郷に帰る事は出来ないけど、この館では女王様に相応しい暮らしができるのだから安心おし」
「わかったわ。 もうあの村には未練は無いし、女王様になれるのだったら何だってやるわ」
そうして、その日から少女は冬の女王としての仕事を覚える日々が始まりました。 まずは簡単な読み書きを覚える所から。
窓の外の雪が消え、世界が無事に春を迎えた頃には冷気を作りだす簡単な魔法を教えられました。 そして初夏が近付いて春の女王が塔から戻り、次いで夏の女王が塔に向かった頃には雪や氷を作りだす魔法を覚えて夏を迎えた館の庭の池を凍らせて遊ぶ事もできました。
更に秋の女王が塔に入った頃には、もっと強力な吹雪を作る魔法を覚えて館の周囲に一足早い初雪を降らせるまでになりました。
この間、少女は何一つ不自由無く暮らすことが出来ました。 魔法の修業は思ったよりも簡単でしたし、身の周りの事は目に見えない魔法の召使い達が全てやってくれます。
服はと言えば、まだ若いからと言う事で他の女王の様なローブとは違い、白いきれいなドレスと雪の結晶を形どったティアラが与えられました。
魔法の召使いは何も話せないし言われたことしかできないので、話し相手が他の女王しか居ないのが少々不満でしたが、本当に女王様の様な暮らしを送っていた少女は村にいた時よりも豊かで穏やかな暮らしにすっかり満足していました。
そうする内に庭の木も赤や黄色に色付いてきて、いよいよ少女……いえ、冬の女王が塔に籠る時期がやってきました。
この年は初めてだからと言う事で、他の女王様も付いて来て色々と塔の説明をしてくれました。 女王は塔の天辺にある女王の間で一日に数回、季節を世界に巡らせる呪文を唱えます。
それ以外は塔の下の階にある広間や図書室などで好きに過ごしていいし、塔を囲む庭園に出ても構いません。 ですが、庭園を囲む塀より外に出てはいけません。 もっとも儀式の邪魔をされない様に、塀の周りは更に見えない魔法の壁で囲われていて、女王が交代する間は誰も出入りができない様になっていました。
食事の支度を含む全ての家事は、館と同じように見えない魔法の召使い達がしてくれるので、女王は仕事以外の事に気を使わなくてもいいのでした。
そうして塔の説明を終えた他の女王たちは、しっかりおやりと冬の女王を励まして塔から出て行きました。 ここからは冬の女王一人だけでやらなければいけません。
とは言え、仕事は簡単で残る時間は遊んでてもいいのですから塔での暮らしは退屈ではありましたが快適で平穏なものでした。
さて、その日の夜も一日の最後に唱える呪文を唱え終えました。 外の世界は呪文に答えて雪を降らせ、冷たい風を吹かせます。 この時に降る雪の量や風の冷たさ等を自在に調節することが出来るのですが、この新しい冬の女王は前の自分の様に凍える者が出ない様にと、出来るだけ弱い寒さを世界に送り出しているのでした。
そうして今日の務めを終えた冬の女王はベッドに入り込むと、すぐにまどろみ始めました。 暖かい部屋と柔らかいベッド、何不自由無い生活……何もかもが去年とは大違いです。 安らかな眠りに落ちる前に、冬の女王は思わずつぶやきました。
「しあわせ……」
その時、部屋のどこかからキキキと笑う声が聞こえました。
その笑い声に驚いた冬の女王は慌てて魔法で部屋に明かりを灯しました。 するとテーブルの上に一匹のネズミが乗っていて、こちらを向いて馬鹿にしたようなニヤニヤ笑いを浮かべていました。
「何、ネズミ? 何がおかしくてあたしを笑うの?」
「キキキキ、馬鹿な王女様が自分の運命も知らずに浮かれているのが可笑しくて可笑しくて。 只の小娘がお告げ何か知らないけど、それだけで冬の女王に選ばれて贅沢暮らしなんて“そんなうまい話が有るもんか”」
「運命? 一体何の事?」
「冬が終わればあんたは殺されるのさ、“今年の”冬の女王様」
思いがけない言葉に冬の女王は唖然としました。 おしゃべりなネズミは訳知り顔で先を続けます。
「毎年四季が変わるたんびに、お馴染みの婆さん達がこの塔に入って季節の女王のお勤めをしてるけど、冬だけは毎年違う娘が女王としてやってくるのさ。 そう、アンタみたいにね。 で、冬の女王様は何も知らずにお勤めをした後に、入れ替わりでやってくる春の女王に殺されて塔の庭に埋められるのさ……何の為なのかは知らないけどね」
「嘘! 出鱈目もいい加減に……」
憤慨する冬の女王に驚いたネズミは、テーブルから飛び降りて壁の穴に飛び込みました。 そして穴の中から女王に忠告しました。
「信じるかどうかはアンタ次第、でもオイラは毎年ここで冬の女王が殺されるのを見てきたんだ。 お疑いとあれば、お庭の大きな桜の木の根元を掘ってみるんだね。 あんたの前の女王様は今年の春にそこに埋められたんだから……」
ネズミの声はそれっきり聞こえなくなりました。 冬の女王はネズミの下らない戯言に腹を立てていましたが、しだいに心に疑いの念が湧いてきました。
“そんなうまい話があるもんか”
いくら忘れようとしても、ネズミの言葉が頭から離れません。 ひとしきり悩んだ女王は、ついに女王の間を飛び出して塔の下まで降りました。
そして、魔法の召使いたちを連れて庭園に出ました。 ネズミは庭の大きな桜の木の下に“前の”女王が埋められてると言っていました。 ならばそこを実際に掘ってみれば、ネズミの行った事が本当かどうか判るはずです。
女王は召使達に命じて桜の木の下をシャベルで掘らせました……しばらくして、シャベルを操っていた見えない召使の手が止まりました。 女王は恐る恐る木の根元の穴を覗き込むと……
そこに真っ白な人の骨が埋まっているのを見つけました。
女王は短い悲鳴を上げて地面にへたり込みました。 そして助けを求める様にあたりを見回しましたが、周囲には庭園の庭木が立ち並ぶばかりです。
「庭木……」
嫌な予感を覚えた女王は、ふらふらと立ち上がると召使達に全ての木の下を掘るように命じました。 真っ白な冷たい月明かりの下でシャベルが凍った土を掘る音だけが周囲に響きます。
そして、庭園の薔薇の木や椿の木、植え込みや花壇の下からも続々と人の骨が現れ、丹精された庭園はまるで荒らされた墓地の様になってしまいました。
女王は脅えながらも掘り出された骨を一つ一つ見まわしました。 骨は新しいのや古いのが混じっておりましたが、その全てに自分のと同じ雪の結晶を象ったティアラが一緒に埋められておりました。
「ひぃいいいいいいいい!」
自分の運命を悟った女王は、自分のティアラを投げ捨てると門から外へ逃げようとしました。 ですが門は魔法の力で堅く閉ざされ、更に見えない魔法の壁で囲まれています。
それに女王は、去年の冬に自分の故郷の森から眠っている間にこの地に連れて来られました。 ですから、仮に塔を出られたとしても凍てついた土地を何処に行けば人里に出られるかも判りません。
すでに籠の中の鳥になっていた事に気付かされた女王はしばらく門の前で打ちひしがれていましたが、やがて立ち上がると召使いを全て引き連れて塔に戻りました。
そして、召使い達に塔の中に入るものは誰であろうと全て殺す様に命じると、自分は女王の間に戻って決められた時間では無いのに冬の天気を操る呪文を唱えました。
今度は今までとは違い、最も寒く厳しい冬の嵐を作り出して塔の周りを雪と氷で埋め尽くしました。
こうして塔の周りを氷で覆えば、春が来ても春の女王は塔に入れないでしょう。 その先は、女王たちが根負けするのを待つかこっちから館に攻め込むか……どうするかはまだ決めてませんが、まずは塔を固めるのが先決です。 女王は、猛吹雪を作り出して更に塔の周りを覆いました。
こうして穏やかだった今年の冬は一転して厳しいものになり、更に春が来る時期になっても冬が終わらなくなってしまいました。




