1・少女が女王になった冬
この国の外れには四季の塔と呼ばれる塔が建っていて、その塔で春夏秋冬の四人の女王様が順番に何ヶ月か過ごされる事で世界にそれぞれの季節が訪れます。
いつもキリ良く季節が切り替わる訳ではなく、春の訪れが遅れたり夏の暑さがいつまでも続いたりすることはありましたが、それでも今まで何の問題もなく四季は巡っておりました。
さて、ある村の外れの森で夜だと言うのに、一人の少女が暗い森でランタンの明かりを頼りに木立の間をさ迷っておりました。
少女は村の農民の一人娘でしたが去年に病で母を亡くし、父は新しく継母と結婚しましたがこの継母は少女に何かと辛く当たり、今日も雪が積もっているのに薪を拾いに行かされ必要なだけ集めるまで家には入れないと言い渡されていたのでした。
時々大きな木の下で震える手で雪を掻きわけて、枯れ枝などを拾うのですが必要な分には全く足りません。
ランタンの油ももうすぐ切れてしまうでしょう。 星明りで足元はなんとか見えるでしょうが、そうなればもう焚き木を拾うことはできません。
「もういや……」
少女は吐き捨てる様に呟くと、どうにか雪の積もっていないモミの木の根元に座り込んでしまいました。
木の下も暖かいところではありませんでしたが、全身が凍えて冷えきった少女にはそんな事はどうでもいい事でした。
「どうしてこんな目に……」
そして少女は目に涙を浮かべて今の身の上を嘆くのでした。
継母は意地悪でいつも無理な言いつけをして、出来なければ酷いおしおきを少女に与えます。 もしも焚き木を集める事が出来ても、今度は帰宅が遅れた事を責め立てるでしょう。
父は顔だけは美人な継母に惚れこんでいるので、娘への仕打ちにも強く言いません。 そんな訳で家には自分の居場所など無かったので、夜になっても家に帰れないで一人森をさ迷ってても平気でした。
正直に言えばオオカミや熊に出くわしてしまうのは怖いのですが、それでも継母のいる家よりは暗くて寒い森の中の方がマシだとそう思っていたのです。
けれども、骨まで浸み入る寒さや空腹はどうにもなりません。 少女はここ何日かの間、継母のお仕置きのためにロクに食べさせて貰っておりませんでした。 夕べに硬いパンのかけらに何も入ってないスープを食べたっきりで、食事は焚き木を集めた後に貰える事になってました。
「でも、いいの。 どうせ帰りが遅くなったお仕置きとか言って、せいぜい腐ったチーズの欠片しか貰えないんだろうし」
そう呟いて少女はゆっくりと瞼を閉じました。 もう行き場の無い彼女はいっそここで凍え死んだ方がマシだと考えました。 寒さと空腹が限界を越えて、もう何も感じなくなって来ました。
そしてついに、傍らのランタンの明かりが切れてあたりはすっかり暗くなってしまいました。
「このまま眠るように死ねたらいいなぁ……」
少女は最後にそう呟いて最後の眠りにつこうとしましたが、不意に誰かの雪を踏む足音が聞こえたので少女は誰かが探しに来たのかと思って瞼を開けました。
「こんばんわ、お嬢ちゃん」
目の前には、ローブを身につけた三人の老婆が立っていました。 不思議な事に、明かりが無いのにその姿は少女の目にハッキリと写りました。
「あなた達は誰? ……魔女?」
少女の問いに、老婆たちは歯の残り少ない口を大きく開けて笑いました。 そして真ん中に立っている緑色のローブを着た老婆が少女に答えます。
「あたし達が魔女に見えるかね? 無理も無いね、もうすっかり歳をとってしまったからね。 あたしは“春の女王”だよ……おとぎ話で聞いた事は無いかい?」
驚く少女の顔をよそに、今度は青いローブを着た老婆が答えます。
「そしてわたしゃ“夏の女王”さ」
そして最後に茶色のローブの老婆が答えます。
「なら、ワシが誰かはお分かりじゃろ? そう、“秋の女王”さね」
老婆たちの自己紹介を聞いた少女は唖然として言いました。
「でも……みんなお婆ちゃんじゃない。 冗談でしょ?」
それを聞いて老婆達はまた笑います。 そして春の女王(を名乗る老婆)が答えました。
「みんな老いぼれちまったからね、無理もないさ。 でも、そんな冗談を言うためにわざわざこんな夜の森にやってくる婆ぁがいるかね?」
「じゃあ、本当に季節の女王様だったとして、私に何の用事なの?」
老婆は声を揃えて言いました。
「あんたに新しい冬の女王になって貰いたいのさ」
「え?」
そう言われて少女はようやく、季節の女王が三人しか居ない事に気がつきました。 戸惑う少女に構わず夏の女王が話を続けます。
「冬の女王はわたし達よりも年をとり過ぎてね、おっ死んじまったのさ。 今年はどうにかなったけど、このままじゃ来年は冬が来なくなって世界がおかしな事になっちまう。 そこでずっと後継ぎを探していたのさ」
そう言われて、少女は怪訝な顔で聞き返します。
「それがあたしなの? どうして?」
「お告げがあったからね。 冬至の夜に森で一人でさ迷う少女を見つけるべし……とね。 そしてあんたはお告げ通りにここにいた、と言うわけさ」
秋の女王が少女の疑問に答え、次いで春の女王が少女に問います。
「さぁどうする? このままじゃ、あんたは凍えて死ぬかオオカミの餌食になるだろうね。 でも、冬の女王の跡取りを引き受けてくれれば、その名の通りの女王様みたいな暮らしが送れるよ。 なに、女王の仕事は難しいモノじゃないし、あんたが“うん”と言ってくれれば皆が助かるんだがどうするね?」
少女はすでに寒さと眠さで朦朧としていました。 そしてこれが夢だと思い始めました。
「どうせこれは夢であんた達は幻なんでしょ? でもいいわ、あんな継母のいる家になんか戻りたくないし、本当に女王様みたいな暮らしができるなら引き受けてあげる」
老婆たちは少女の返事を聞くと、満足げに微笑みました。
「よしよし、これであんたは今日から冬の女王だ。 来年の冬に間に合うようにあれこれと仕事を覚えてもらわにゃならん、さっそく女王の館へ連れて行こう」
そう言う女王たちの声が次第に小さく聞こえます。 そうして三人の老婆の姿が闇に消えるのといっしょに少女の意識は深い眠りへと落ちて行きました。




