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優等生は壁ドンがお好き  作者: 平岩屮枝
1/3

(前編)そして春風の吹く日に彼女は彼と出会った。

「それでは、多数決により学級委員は山田君と須藤すどうさんに決まりました。2人とも1年間よろしくね」


ぱらぱらとやる気のないまばらな拍手が、担任の女性教師の声に呼応して起こる。


ここは都立井の花高校2年C組の教室だ。


うざったい放課後のLHRロングホームルームよ、早く終わってくれと願う高校生達の集団が、春の陽気に暖まった教室にひしめいていた。


たった今学級委員に選ばれた男女2人の生徒がその場で起立した。


「これから1年間よろしくお願いします」


そのうちの1人、硬い声で発言した少女の名は須藤沙雪すどうさゆきという。


長い黒髪を両脇でおさげに結い、黒縁のメガネをかけたその少女は、およそ花の女子高生というのには程遠い地味な外見をしていた。

メガネの奥には理知的な瞳が隠れているが、それより彼女の顔を印象付けるのは融通の利かなそうなきりりとした眉毛と、すぐにへの字型に曲がる唇だ。


背は高くもなく低くもない155センチ。体型は太ってもいなければ痩せてもいない。

『平均的な』という形容詞がぴったりの、高校二年生。


メガネを外せばそれなりに可愛い顔をしていると6つ上の姉の雪菜ゆきなは言うのだが、沙雪は自分の外見を磨くことにそれほど重きを置いていなかった。


都内で美容師の卵として働いてる雪菜としては、そんな沙雪が輝かしい青春の日々を浪費していると嘆く。だが、人にはそれぞれ得意科目と不得意科目があるように、興味のあることとないことがあるのだから致し方ないと言うべきだろう。


外見は地味で平凡な沙雪だったが、その頭脳は決して平凡とは言えなかった。

都内有数の進学校である都立井の花高校に主席で入学。

去年1年間は学年トップの成績を楽々維持していた。


実を言うと、中学時代から勉強ばかりしている自分に対して、「できるのは勉強だけ」とそれなりにコンプレックスもあるのだ。しかし、だからと言って特に趣味を探すわけでもない。

いっそ、このまま勉強だけし続けて、自分がどこまで行けるのかを探るのもいいかもしれないと最近は開き直りつつあった。


今のままの成績を維持すればT大合格は確実と言われている沙雪は、高校生活は大学に進学までの単なる通過点と見なしていたのだ。



――この日までは。



「須藤さん、ちょっといい?」


LHRの後、帰り支度をしていた沙雪を担任の横田先生が呼び止めた。


「……何でしょうか?」


やれやれというように沙雪は手を止める。どうせまた雑用を押し付けられるのだろう。もう1人の学級委員の山田はとっくに帰ってしまっている。


学級委員とは、言うなれば教師が無料で使える雑用係のようなものだ、と沙雪は思っている。


黒板消し、ゴミ捨て、教室の整理整頓、教材室の片付け。時にはクラス委員の仕事の範疇を超えていると思われる雑用を押し付けられることも多々ある。


幼い頃から勉強が得意でしっかり者の沙雪は、16年間の人生を通して学級委員に抜擢されること小学4年生から高校2年生まで連続して8回。


責任感が強く仕事熱心なので教師のウケも大体においてよく、沙雪の内申表は常に満点だ。


実のところ学級委員なんてやりたいとはちっとも思っていない。ことあるごとに先生の雑用ばかりやらされるし、クラスメイトには「真面目な人は違うね」などと一線引かれたり、提出物を集める時にはうるさがられる。


沙雪に親しい友人がいないのは、学級委員をやっているせいではないだろう。しかし、ノート提出をしつこく求めることにより人間関係構築にも支障が出ている気がする。


せめて内申点くらいもらわないとやっていられない、というのが正直なところだった。


……しかし、先生の用事は沙雪の予想したものとは違った。


「実は、乃木君のことなんだけどね」


2年C組で1番の問題児、乃木遊士のぎゆうしが新学期が始まって以来1度も学校に来ていないというのだ。


乃木は1年の頃から頻繁に問題を起こしていると噂の金髪の遊び人で、始業式からすでに1週間経つが、確かに1度も姿を見ていない。


有名人の乃木のことは沙雪も知っていたが話したことはなかった。

おそらく向こうは地味な沙雪のことを知りもしないだろう。


確か、噂好きのクラスメイト達が、学校に来ていないのはナイトクラブで非合法なクスリをやっているのが警察に見つかり少年院に送られたからだとか、他校の女子生徒を妊娠させたのが親にバレて自宅に謹慎状態になっているだとか、好き勝手なことを言っていた。


「須藤さん悪いんだけど、乃木君の家にプリント届けに行ってくれない?ついでに様子も伺ってきてくれたら助かるんだけど」


担任の横田先生は20代の若い女性教師だ。なんとも気軽な調子で面倒事を押し付けてくる。


「プリントを家まで届けるのは構いませんが、休んでいる生徒の様子を伺うのは横田先生の仕事ではないですか?なぜご自分で行かずに私に頼むんです?」


真面目な外見の沙雪は周りからは大人しそうに見られるのだが、実はかなりハッキリした性格だ。

相手が教師であろうと言いたいことは言う。


真正面から尋ねられて若い女性教師が怯んだ。


「なっ、何ですかその言い方は!先生は他の仕事もあって忙しいのよ!じゃっ、頼んだからね!」


答えになっていない答えを返して、横田先生は沙雪にプリントの束を押し付けると逃げるように行ってしまう。


プリントの一番上に乃木の家までの地図が付いている。幸いにも、沙雪の家からそれほど離れていない場所にあるようだ。


小さなため息を一つついて、沙雪は乃木の家に向かうことにした。



徒歩と電車を乗り継ぎ、学校を出て30分後には、沙雪は「乃木」と表札の付いた豪邸の門の前に立っていた。


門の中には美しく手入れされた庭が広がり、その奥に洋風の屋敷が見える。


「ここが、乃木くんの家……?」


どこのお金持ちのお屋敷かという門構えに、あまり動じないたちの沙雪もさすがに気おくれしてしまう。


しかし、頼まれたことはきちんとやり遂げなればならない。プリントを届けるだけならポストにでも入れておけばいいのだろうが、「様子を伺う」というもう一つの使命がある。


勇気を奮い起こして門の横のインターホンを鳴らした。


「……どちら様でしょうか?」


女性の声が応答した。乃木の母親だろうか。


「乃木君のクラスメイトの須藤と言います。先生に頼まれてプリントを届けに来ました」


「……お待ちください……」


インターホンは切れてしまった。すると、目の前の門が自動的に開いていく。これは、入れということなのだろうか。広い庭を通って屋敷の玄関にたどり着く。扉は、開いていた。ここも、入っていいのだろうか。


とにかくプリントを渡して早く帰ろう。そう心に決めて、玄関ホールに足を踏み入れた。


屋敷の中は、まさしく外国風の豪邸と呼ぶにふさわしい内装だった。一瞬のうちに、どこかヨーロッパにでも飛んできてしまったのだろうか。いや、ここは日本だったはずだ。


細かい装飾の施された台に置かれた大きな花瓶に活けられた大輪の薔薇の花につい目を奪われていると、頭の上から少年の声が降って来た。


「……君、誰?僕に何の用?」


振り仰ぐと、玄関ホールから二階へと続く階段の踊り場に、背の高い少年が佇んでいた。


整った顔立ちに訝しげな表情を浮かべた乃木遊士のぎゆうしがそこにいた。

噂どおりの金髪はブリーチして染めたのだろう。基本的に真面目な生徒の多い井の花高校ではさぞ目立つことと思われる。柔らかな雰囲気の顔立ちを引き締めているのは、意志の強そうな二重の瞳だ。


そういえば乃木は雑誌の読者モデルをしていると誰かが噂していたのを、沙雪は今更ながらに思い出していた。


体にフィットする形のTシャツに洗いざらしのジーンズを身に付けた少年は、まさしくファッション雑誌から抜け出てきたようだった。


沙雪からしてみれば乃木は苦手な人種のように見えたが、それでも怖気づくことなく返答した。


「私は2年C組の学級委員の須藤です。先生に頼まれてプリントを持ってきました。それと、あなたの様子を伺うようにも言われています」


少年は沙雪の発言を鼻で笑った。


「ははっ。学級委員って大変だね。僕みたいな奴のところにまで来ないといけないんだから」


「……元気そうですね。なぜ、学校に来ないんですか?」


乃木はちょっと眉を上げた。


「……君には関係ない」


沙雪は、少年の発言を失礼なものとしては受け取らなかった。

学級委員だとなんだろうと、いきなり自宅に来た初対面のクラスメイトに個人的な事情をペラペラ話せという方がどうかしている。


「そうですね。それじゃ私は帰ります。プリントはここに置いておきますので。さようなら」


あくまでも事務的な口調で沙雪は告げ、薔薇の花瓶の横にプリントの束を置くと踵を返そうとした。


「え、ちょっと待って。普通そこは『関係あるわよ、学級委員なんだから!』とかなるんじゃないの?この間来た担任の先生なんか、そりゃしつこかったよ」


拍子抜けしたような乃木の声に、沙雪は足を止めた。くるりと振り返り、背の高い少年をしっかりと見据える。

開け放たれたままの大きな扉から春の風が吹き抜けて、沙雪の前髪をさわさわとゆらりと揺らした。


「なぜ私がそんなことを言う必要があるんですか?」


「だって、先生に言われてうちに来たんでしょ?学校に来るように言うように頼まれたんじゃないの?」


「いいえ、違います。私の仕事はあなたにプリントを渡すことだけです。ついでにあなたの様子を伺えと言われましたが。私の問いに、あなたは『関係ない』と返答した。それで、私の仕事は終了です」


「それはまた、ずいぶん機械的だね。休んでる理由はどうでもいいわけ?」


「はい。あなたに学校に来るように勧めに来たわけではありませんから」


少年は驚いたように沙雪を見つめる。大人しそうな少女からこのようなハッキリとした物言いが発されたことが信じられないようだ。形のいい眼が見開かれる。


「君、冷たいって言われない?」


「それこそあなたに関係ありません」


沙雪はぴしゃりと言った。

学級委員というだけで届けたくもないプリントを持って話したこともないクラスメイトの家にお使いさせられている身にもなってほしい。冷たいと評されたところでそれこそ知るかと言いたい。

ちゃっかり者の担任教師を心の中で呪いながら、淡々と言葉を紡ぐ。


「乃木君。あなたが学校に来ないのは、あなた自身の責任です。今自分で言ったように、あなたの事情は私には関係のないことです」


それだけ言うと、沙雪は「それじゃ」と挨拶し、さっさと屋敷を去って行ってしまった。


少女の背中を見送った背の高い金髪の少年が我に返るまで、たっぷり30秒ほどはあったかもしれない。


少年は、一体今何を言われたのかわからないでいた。ハンサムでお金持ちの自分に、あんな冷たい態度を取る女の子なぞ今までいたことがなかったからだ。


少年は困惑気味に小さく呟いた。


「須藤さん、か……」

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