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第七話

 小屋の中は、もう鼻をつままれてもわからないくらい暗くなってしまった。大野翔平はよほど疲れたのか、それともいずれ逃がしてもらえると信じているからか、呑気に寝息をたてている。

 時計がないのではっきりした時間はわからないが、菓子パンを食べてから文音と翔平は一度だけトイレに行かせてもらった。それから膀胱の状態を考えると、まだ十時にはなっていないと思う。

さすがにトイレの時だけは手足の拘束を解いてもらったが、腰に縄を巻くことを小太りの男は忘れなかった。こういうところには頭が回ると見える。

 屋外にある別棟の汲み取り式トイレは父親の武の家と同じだったので文音は抵抗なかったが、まだ一度もトイレに行く気配を見せない忍が不憫で心配だった。

「忍さん、まだ起きてますか?」

「どうしたの?」

「お体、大丈夫ですか?」

「心配してくれてありがとう。気分爽快ってわけじゃないけど……文音ちゃんは大丈夫?」

「あたしは全然平気です! あの、こんな時にアレなんですけど、あたし忍さんが出演した作品全部観てます。昨年の主演映画『海に溶ける虹』は映画館で号泣しちゃいました。本当に忍さんはすごいと思います。それだけ言いたくて」

「……ありがとう! でもね、それは周りにいるみんなのおかげなの。文音ちゃんもその一人よ。翔平くんもね」

「そんなことありません! 忍さんじゃなかったら、あんな素晴らしい作品にはならなかったと思います」

 暗くて忍の表情を確認することはできないが、きっと忍の性格からして嬉しい半面困ったような顔をしているに違いなかった。

 なぜなら文音は、忍から思ってもいない言葉を聞いたからだ。

「私……本当はね、裏方さんになりたかったんだ。それも美術さんに憧れていたの」

 主役になるために産まれてきたような忍の夢が裏方だったなんて思ってもみなかった。それも美術?……金槌を持った忍の姿など想像できない!

「小学校三年生の時に学校から課外授業で観に行った舞台なんだけど、その時の舞台美術が素晴らしくてね、まるで客席ごと本当の森の中に迷い込んだみたいだった……文音ちゃん、知ってるかな『緑の楽園』っていうミュージカルなんだけど」

 知ってるも何も、武が手掛けた仕事だ。まさか文音の父が、こんな形で忍に影響を与えていたとは。

「さ、さぁ……その頃あたし、五歳ですから」

「残念、知らないか。でもね、本当に夢のように美しい舞台だったのよ」

 こんなにも鮮明に覚えていてくれるファンがいることを武は知っているのだろうか。この世界で人の記憶に残る仕事が表舞台に出る者だけではないということを実証してみせた父を羨ましく思う文音だった。

 その武は今、通信手段の無い場所で自給自足の生活をしていると知ったら、忍はどんな顔をするだろう。そして、その一人娘が目の前にいる年中エキストラの文音だと知ったら……ヤバイ、話題を変えなくては。

「そうだ。うちの劇団の江藤さんが、忍さんを『とび箱』に誘ってるって噂は本当なんですか?」

 暗闇の中で忍が息を詰めたのがわかった。では、彰子から聞いた話はやっぱり本当だったのだ。

「江藤さんは何て言って忍さんに声をかけてるのか知りませんけど、うちの劇団ギャラ安いから断ったほうがいいですよ」

 文音の問いに答えない忍に、冗談めかして言ったつもりだったが、

「まだ、考え中……かな」

 忍からまさかの答えが返ってきたので、文音はひっくり返りそうになった。いったい江藤は、どれだけの好条件を忍側に提示しているのだ!?

「あ、でも忍さんが来てくれたら、いつでも会えますね……って、あれ? 会えないか。あたし研究生だし……はははは……は」

 遠くでフクロウが鳴いている。その声が、ここは街ではなく深い闇に包まれた森の中だと告げていた。

 すると突然、小屋のすぐ近くで「ぎゃーーーーーっ!!」という女性の悲鳴らしき声が聞こえた。

「ななな、なんだ今の声!」

 爆睡していた翔平にもさすがに聞こえたようで、情けない声とともに飛び起きた。

「キツネだよ。男のくせにいちいちビビるなっての!」

 そう言う文音も初めて聞いた時はかなりビビったのだが。

「嘘つけ! キツネはコンコンだろ」

「はぁ? これだから都会育ちのお坊ちゃまは困るわー。キツネはね、発情期になるとあんな鳴き方するのよ! 猫だって人間の赤ちゃんみたいな鳴き声になるでしょーが」

「文音ちゃんて、動物に詳しいのね」

 忍が感嘆の声を上げた。文音からすれば武の家に泊るたびに増えていく動物の知識など自慢にもならないし、好きで詳しくなったわけでもないのだが、忍に感心されると悪い気はしない。

「フン、ボクはお前みたいな田舎者じゃないんでね。キツネの鳴き声のバリエーションなんか知りたくもないし、そんなこと知らなくても生きていけるからな!」

「生きて帰してもらえたら、ね」

「うっ……」

 ちょっと翔平を脅かすつもりで言った言葉に、文音は自分で怖くなってしまった。

 警察は何をモタモタしているのだ。

 文音たちを運んで来たのは、丘の上から見たあのトラックに違いないのに。戸田夏美はそのことに気づいてくれただろうか。

 こんどは遠くでキツネが鳴いた。





ふれでぃ『武器商人が見つからないって?』

レッド『昨日はちゃんといたのに! 今日、街に入ったらいなくなってるんだ』

姫ちゃん『ほんとに経験値アップしたの~?』

レッド『したした! ステータスも上がったし……って、あれ? 経験値下がってる! なんで!?』

ドクター『僧侶とか殺してないだろうねw』

レッド『あ、倒した! でもあれ、向こうから攻撃してきたんだよ! 正当防衛じゃん』

ジェミニ『だからって僧侶殺しちゃマズいでしょwww』

姫ちゃん『あたしもやったことあるよ。お金欲しさに村人殺しまくってたら経験値と善人レベルゼロになっちゃって、街に入れてもらえなかったわ』

レッド『それで、どうしたの?』

姫ちゃん『落ちるしかないっしょwww』

 ハンドルネーム「レッド」こと、片桐真一はネットゲームの中で途方に暮れていた。

 Sクラスの強敵を倒したにもかかわらず、たった一人の僧侶を殺してしまったがためにワンランク上の武器を手に入れられなくなったばかりか、武器商人を見失ってしまったのだ。

 弁解するわけではないが、真一が倒した相手は僧侶とは名ばかりの盗賊だ。いきなり岩陰から現れてステータス異常を仕掛けてきたのである。あのまま攻撃を受けていたらアバターの体がカビ化するところだった。これの解毒剤はやたら高価なのだ。

(岩陰……?)

レッド『ねぇ、ふれでぃ。今日さ、どっかの陰から出て来たオッサンにボコられかけたって言ってたよな?』

ふれでぃ『え、ネトゲの話?』

レッド『ちがう、今日の仕事のこと。公園でさ』

 ハンドルネーム「ふれでぃ」は、真一のモデル仲間だ。今日のエキストラの仕事で一緒だったのだが、休憩時間にヤバそうなオッサンを怒らせて逃げて来たと言ってたのを思いだした。

ふれでぃ『ああ、あれね。オレが投げたボールがトラックのコンテナに当たって、貼ってあった紙が剥がれたんだ。そしたらトラックの陰からマジギレしたオッサンが出て来てさ、焦った焦った! それがどうかしたのか?』

レッド『そのトラックって、丘の向こうに停まってたやつ?』

ふれでぃ『そうだよ』

 ビンゴ!

レッド『剥がれた紙の下に何か書いてあったか覚えてる?』

姫ちゃん『ちょっとちょっと、さっきから何の話? そんなのLINEでやってくんないかな~』

ジェミニ『あまりのショックにレッドさん、バッドステータス起こしちゃったんじゃないですかぁ?』

ドクター『アイコンは何も出てないけどWWW』

 今の真一には、ふれでぃからの返事以外はどうでもよかった。

ふれでぃ『えっ……と「ぐ」だったかな』

レッド『ぐ!?』

ふれでぃ『絵の具の「具」。そうそう、ロケ弁のおにぎりの具が俺の嫌いなツナマヨだったからリンクして覚えてんだ』

レッド『サンキュー、ふれでぃ。それじゃ皆さん、ぼくお先に寝落ちしまーす!』

 オンラインゲームからログアウトすると、真一は急いで夏美のケータイへLINEではなく電話をかけた。


~ つづく ~


 


 

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