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第六話

 犯人からの接触はまだ無い。

 警察は文音の父、倉本武に連絡を取ろうとしたが武の家には通信回線が引かれていないばかりか、携帯電話も持っていないので悩んだ末に矢沢彰子は武の両親である文音の祖父母の連絡先を警察に告げなければならなかった。年老いた彼らに余計な心配はかけたくなかったが、犯人からなんらかのコンタクトがあった時のため逆探知に向かうという。

 戸田夏美は警察に不審なトラックのことを話したが、あまりにも情報が薄いため捜査の優先順位は最下位に落とされた。

 そして彰子は桂木智子の一歩も引かない疑いを晴らすため、江藤喜一をここへ呼び出すことにした。そうでもしないと智子は江藤を警察に突き出すと言い出したのだ。

 江藤におおまかな事情を説明すると、彼は飛んでやって来た。自分にとって不利益なことに敏感に反応する瞬発力は相変わらず健在だと感心する。

 智子は強引なヘッドハンティングの陰で、江藤から脅されていたと言った。脅迫の内容は話してもらえなかったが、どうやら娘の忍に関することのようだ。

 脅しのネタになるような桂木忍の秘密とは何だ?

 かつて智子と恋人同士だった結城英二との間にできた子供だということだろうか。忍に父親はいない。そう考えると忍と英二が似ていなくもないように思えてきた。

 いや、忍が男だったら瓜二つ、そっくりではないか!?

 彰子は頭に浮かんだ疑惑を冷静に整理してみた。

 結城英二、享年二十六歳。二十五年前に映画の撮影中、バイク事故で亡くなった大スターだ。

 彰子は映像の中でしか見たことはないが、男にしておくのが勿体ないくらいの美形だった。当時の婦女子人気もすさまじいものだったと記録にある。

 その英二と噂されていたのが当時二十歳になったばかりの新人女優、桂木智子だ。映画にも数本チョイ役で出たことがあるだけの智子と絶大な人気を誇る英二が、どこで接点を見つけ恋人同士にまでなったのか。 

 彰子が引っ掛かったのは、智子が英二の事故死から間もなく芸能界を引退していることだった。

 英二の子を身ごもっていたから? その子供こそが忍なのか?

 いや、それはあり得ない。絶対に。

 英二が亡くなったのは二十五年前だ。忍は今年十五歳だから十年もの開きがある。いくらなんでも十歳も年をごまかすわけにはいかないだろう。

 それじゃいったい江藤はどんな秘密を握っているというのだ。

 彰子が頭をかかえていると、智子と江藤が戻ってきた。江藤は汗だくで、疑いを晴らすのに苦戦した様子がうかがえる。智子は納得したようにも見えなかったが、放心状態で視点が定まっておらず何かぶつぶつと独り言をつぶやいていた。

「桂木さん、江藤の疑いは晴れましたか? 桂木さん?」

 智子は彰子の問いかけに一瞬だけ反応したが、何も答えなかった。

「江藤さん、桂木さんはわかってくれたんですか?」

「ああ、なんとか理解してもらったけど……」

「けど、どうしたんです?」

 江藤は顎で智子を示すと、

「俺が関係ないってわかったとたん何かに取り憑かれたみたいに黙りこんじゃってさ。だと思ったら、うわごとみたいに「あいつだ、あいつだ」って言い出したんだ」

「あいつ、って誰ですか?」

「俺にわかるわけないだろ。ボーッとして、もうこっちの話なんて聞いちゃいない。なんか俺、こえーよ」

 確かに智子の様子はおかしかった。江藤以外に犯人と思われる人物の心当たりがあるのだとしたら、この桂木親子は何を盾に生きてきたのか……。

「江藤さん、あらためて聞きますけど桂木忍をうちの劇団にスカウトしていた件で、桂木さんを脅迫してたんですか?」

「人聞きの悪いこと言うなよ! 脅迫なんかしちゃいない。ちょっとカマ賭けてみただけだ」

「それで、そのカマは図星だったんですね。江藤さん、それを脅迫と言うんです! いったい何を桂木さんに言ったんですか!?」

 

 彰子は智子の姿を探した。

 江藤から聞いた話が本当だとしたら、業界がひっくり返るくらいすごい騒ぎになるのは間違いない。

 智子はロケバスの陰で誰かに電話をかけているようだった。

「……わかってるのよ。だから、忍を返してください……うそ! そんなはず……お願い……約束を破ったことは謝るわ! ……だから返して! 真山くん!」

 真山くん? 約束を破った? 智子は何を話しているのだろう。

 相手が電話を切ったのか、智子はケータイを持つ手をだらりと下げた。

「桂木さん?」

 彰子の声に振り向いた智子は泣いていた。表情を崩すことなく、ただ涙がはらはらと智子の頬を伝って落ちた。

「桂木さん、真山って誰なんですか? そいつが犯人なんですか!? しっかりしてください、桂木さん!」

 彰子の問いかけに、智子は首を振るばかりだ。

「その真山って人が犯人だとしたら、警察に言いましょう!」

「駄目! それだけは絶対に駄目!!」

 彰子は智子のすさまじい拒絶反応に驚いた。

 智子は、こんな時に何を怯えているのだろう。確かに江藤から聞いた忍の秘密はショッキングなものだったが、娘の命と引き換えに守らなければならないほどの秘密とまでは言い難い。

「江藤から忍さんのこと聞きました。誰にも言いませんから、どうか一人で悩まないでください」

 智子はうつろな瞳を彰子に向けると、つぶやくように言った。

「忍は私の……たったひとつの宝物なの。あの子を守るためだったら死んでもかまわない……だから、この業界に入るのだって反対したわ。でも……でもね、あの人の血がそうさせているのかも知れないって思ったら……」

 そして後に智子が語り始めた話の内容は、彰子の想像の域を遥かに超えた、とても信じられないものだった。


 夏美はひとり、あのトラックが停まっていた場所に佇んでいた。芝生には確かにタイヤの跡がくっきりと残っている。そっとタイヤ痕に触れると、何かを思いついた夏美はスマホを取り出しLINEの「仕事仲間」を開いた。

 片桐真一のスマホにLINEメールが来たのは、夕食が終ってネットゲームでもしようかとパソコンを立ち上げた時だった。

 真一は夏美より二つ年下の十歳で、モデル事務所に所属している。最近ではモデル事務所といえどレッスン内容に演技指導を取り入れてドラマや映画のオーデションにもエントリーしてくるので、夏美たち劇団に所属する子役たちは容姿で負ける(と思っている)モデルたちに仕事のテリトリーを奪われつつあることに危機感を抱いていた。

 そんなモデルの真一と子役の夏美は昨年ドラマの仕事で姉弟の役を演じて以来、時々連絡を取り合う仲だった。姉弟の役といっても主役の取り巻きにすぎないので、オンエアは数秒ほど後頭部が映っただけだったが……。

 それから何度かエキストラで再会し、今日も真一は公園で遊ぶ親子を演じるため来ていたのだ。

 真一はパソコンを操作しながら器用にスマホのメッセージを開いた。この時間だとネトゲで知り合った仲間のほとんどがログインしているはずだ。真一は昨夜ちょっとした大仕事(ラスボス退治)を終え、レベルアップしたので嬉しくて仕方がない。今日は新しい武器と防具を買いに街へ行く予定だったので、はっきり言ってLINEにかまっている場合ではなかった。

「え、トラック?」

 夏美からのLINEは、公園の東側に停まっていたトラックを見なかったかという内容だった。

 こんな時間になんの用かと思ったら、公園に停まっていたトラックなんて撮影だから局の資材トラックとかスタッフのトラックとか何台も停まってたし……。

『丘の向こうにいたトラック? 覚えてない。だってぼく丘より手前にいたから』

 真一は手早くそれだけ打つとスマホの電源を切った。

 夏美がなぜそのトラックにこだわるのか不思議に思ったが、今の真一にとって大事なのは早くゲームにログインすることだ。

 さぁ、今夜も冒険の旅へ出発だ!


 夏美は大きなため息をつくとスマホを閉じた。今日エキストラで来ていた友達ほぼ全員にトラックのことを聞いたが覚えている者はいなかった。

 やっぱり関係ないのかなぁ。

 薄暗くなってきたので立ち去りかけた時、何か小さなものを蹴飛ばしたように思い足を止めた。見るとそこにはシルバーの飾りボタンが転がっていた。手にとって見ると、子供服で有名な高級ブランドのエンブレムが刻印されている。

 夏美はボタンを握りしめると、衣装スタッフを探しにロケバスへと走った。

 衣装班の川本早苗は、今日が三回目のロケ現場だった。前回はエキストラの分まで衣装を用意しなければならなかったので大変だったが、今回はメインキャストの衣装だけなので助かった。

 プロダクションや劇団から送られてくる役者のサイズ表をもとに衣装を選ぶのが早苗の仕事だが、監督やプロデューサーや時には原作者や脚本家のイメージを重視して数パターン用意しなければならない。

 早苗はどうも製作側のイメージを掴むのが苦手というかセンスがいまいちというか、まだ一度も自ら選んだ衣装にOKを出してもらったことがなかった。

 今回も早苗が決めた衣装は一枚も採用されなかったばかりか、中でもいちばん高価な忍の衣装だけが無くなるなんて自分はどこまでツイてないのだと凹まずにはいられない。なぜなら衣装やアクセサリーや小物はレンタルなので、それを紛失したとなると買い取りになるからだ。

(あたしのせいじゃないのに……また先輩に叱られるじゃん)

 早苗の脳裏に今日は別の仕事で来ていない先輩のネチネチした嫌味が聞こえてくるようで憂鬱になった。

 早苗がのろのろとした手つきで役名が書かれた名札をチェックしながら衣装をケースの中へ並べていると、ひとりの女の子がやって来た。全速力で走ってきたのか、息をするだけで精一杯なのか言葉が出てこないようだ。

「何か用?」

 エキストラの子だろうか。この業界にいる子は、どこか一般の子とは違うということに最近になって早苗は気づいた。それは子供とはいえ、仕事をしているというプロ意識が見せる雰囲気とでも言えばいいのか。

 今、目の前にいる少女もそんな感じだったが、もっと何か焦っている様子だ。

「落ち着いて。ゆっくり深呼吸しなさい」

 少女は言われた通り二、三回深呼吸すると、指の色が変わるほど握りしめていた物を早苗に見せた。

「このボタンが付いた衣装ですけど、今日ありましたか?」

 少女が持っている飾りボタンには見覚えがあった。というより、このボタンが付いていたワンピースこそが紛失した忍の衣装だったからだ。

「これ、どこにあったの?」

「お、丘の向こうです。変なトラックがいて、友達がいなくなって、それでトラックがいなくなって、探してたらタイヤの跡があって、これ見つけて……」

 少女は興奮しているせいで言動がわやわやだ。

「だから、だから、きっとそのトラックが怪しくて……わたし……あ、文音が誘拐されたかもって!」

「わかったわかった。もう一度そのこと警察に言ってみよう。あたしも一緒に行って証言してあげるから」

 大変なことになっちゃった。やっぱ誘拐じゃん!

 早苗は夏美以上に興奮して、捜査が行われているテントへと向かった。


~ つづく ~


 

 

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