第五話
倉本文音はトラックの荷台に乗ってきた男に抱えられるとコンテナから降ろされた。真っ暗闇から外へ出されたので眩しくて仕方がない。
「チッ、よく顔見てみろ。まったく桂木忍と似てねぇじゃねぇか! どうやったら間違えんだよ!?」
「でもよぉ、ロケバスに来たのはこいつだぜ」
文音の前には三人の男が立っていた。
一人は細身の長身で黒のキャップを被り、色の濃いサングラスをかけている。
二人目は小太りで背が低く、茶色のニット帽にマスクを着けていた。
三人目はがっしりとした体格でスキンヘッド。そして体育会系のマッチョにはおよそ似合わないノンフレームのメガネをかけていた。黒革の手袋もなんだか似合っていない。
最初に怒鳴っていたのはシルエットから見て一人目のサングラス男だろう。怒鳴られていたのは声からして二人目の小太りだ。この男が忍の代役でスタンドインから戻ってきた文音を忍本人だと勘違いして拉致してしまったのだ。
文音には三人の男とは全く面識がなかった。
文音に続いて大野翔平と桂木忍が荷台から降ろされた。コンテナの中ではあれだけ暴れていたにもかかわらず、地面に転がされた翔平は丸くなって今にも泣き出しそうだ。いや、もうすでに泣いていた。
忍は険しい顔で男たちを睨みつけている。文音は間近で忍の顔をじっくり見たのは初めてだったが、こんな時でさえ美しいと思わずにいられない凛とした横顔は男たちを恐れているようには見えなかった。翔平とはえらい違いである。
それにしてもここはどこだろう? 鬱蒼とした木々に囲まれた山中だ。
トラックの近くには簡素な掘っ立て小屋が一棟建っていた。文音たちは小屋の中へ連れて行かれると口に貼ったガムテープをはがされた。
「わあぁぁぁぁぁ!! 殺さないでぇぇぇぇぇ!! なんでも言うことききますから! お、お金ならママに頼んでいくらでも……」
「うるさいッ!!」
口が自由になったとたん命乞いする翔平にブチギレたのは、男たちではなく文音の方が先だった。思わぬ一喝に翔平は涙目で固まり、忍は驚いた顔で文音を見た。
「えらく元気のいい姉ちゃんだなぁ。だがな、こんな山の中だ。いくら大声出したって無駄だぜ。悪いが、しばらくの間ここにいてもらう。なぁに、こいつの母ちゃんをちょっとばかしビビらせるだけだ。用が済んだら逃がしてやるから安心しな。それまで変な気起こさず静かにしてるんだ」
ノンフレームめがねマッチョが言った「こいつ」とは忍のことだった。
なぜ忍の母親をビビらせるのかはわからないが、用が済んだら逃がしてやるなどという上手い言葉を誰が信じるものか。誘拐という重大犯罪を犯した犯人の顔を見た以上、無事に帰してもらえるはずがない。刑事ドラマでは王道の筋書きだ。
「ほ、ほんと!? ほんとに逃がしてくれるんだね!? 約束だよ!!」
信じるバカがここにいた。
「ちょっと! 用があるのは私だけでしょう。それなら早くこの子たちを逃がしてあげなさい!」
今まで黙っていた忍が口を開いた。
「そいつはできない相談だな」
「目的は何なの? お金なら早く母と交渉しなさいよ。この二人は関係ないでしょう!」
(忍さん、かっこいい ♡)
それに引き換え翔平は忍の言葉にいちいちうなずくばかりで、情けないったりゃありゃしない! 隙さえあれば絶対に自分一人だけで逃げ出すタイプだ……いや、隙があっても翔平はとっさに逃げ出す頭なんて持ち合わせてないか。
「目的は、まだ教えられねぇな。ま、二日三日の辛抱だ。もうすぐしたら食事を持って来てやる」
そう言うと、男たちは小屋から出て行った。ボスはどうやらノンフレームめがねマッチョのようだ。外では小太りの男が見張り番を仰せつかったらしい。
「なんなんだよぉ~、なんでボクがこんな目に遭わなきゃいけないんだよぉ~、ボクが何したっていうんだよぉ~」
「ちょっと翔平、あんたトラックの中から騒ぎ過ぎ! 男のくせにびぃびぃうるさいのよ!」
「な、なんだとー! お前は助かりたくないのかよっ」
「あんたみたいのがいたら、助かるものも助からないっての!」
「フンッ、お前は仕事がないから気楽にしてられるんだ。ボクは超有名俳優なんだぞ! ボクにもしものことがあったら大変なことになるんだぞ!」
「うわ残念! ヘタレのスターなんてガッカリだわー」
「なんだと……」
「あの! ごめんなさい」
文音と翔平の口喧嘩に忍が割って入った。
「私のせいでこんなことになってしまって……本当にごめんなさい。あなたたちのご両親になんてお詫びすればいいか」
そんな、忍こそ被害者なのに詫びる必要など何もない。
「そうだよ! 今頃ママ、心配で寝込んじゃってるよぉ」
文音は翔平の尻に蹴りを入れた。あんたのママが寝込むわけないじゃん! 今頃ヒステリー起こして暴れ回ってるわよ。
「忍さんも被害者なんですから謝らないでください。それに、警察も動き出してると思います」
「あなたは私の……」
「はい、忍さんのスタンドインやらせてもらってます倉本文音です。こいつ……翔平とは同じ劇団で同期なんですけど、あたしはエキストラばかりで。でも忍さんとは何度かお仕事で一緒になったことがあるんですよ。先日、鉄道会社のCM撮りの時も」
そう言ってから、文音は忍の体があまり丈夫ではないことに気がついた。もともと色白の忍だが、薄暗い小屋の中で見るといっそう蒼白に見える。今もこんな酷い扱いを受けている忍が文音は急に心配になってきた。
「忍さん、お体は大丈夫ですか?」
「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ。ありがとう」
文音は忍が誰からも好かれる理由がわかった。こんなことにでもならない限り、話しかけるなど一生なかったであろう国民的美少女桂木忍は、文音と同目線かそれ以下で会話してくれるのだ。横に転がっているヘタレの誰かさんとは違い、自分を超有名人などと微塵も思っていないことが伝わってくる。
きっと忍を近寄りがたい存在にしているのは、周りにいる大人たちなのかも知れない。もちろん、忍の完璧な美貌のせいもあるのは確かだが。
「忍さんて、スカウトされて芸能界に入ったんですよね」
「うん。本当は芸能界なんて興味なかったから、ずっと断っていたんだけど。母も反対してたし」
「しつこいですもんね、この業界の人間って。一度これって目を付けたら絶対あきらめませんから。まるでハイエナみたいに」
「倉本さんて、おもしろいのね」
「文音でいいですよ。苗字で呼ばれると緊張しちゃいます」
「じゃあ、文音ちゃん」
忍の笑顔は大輪の花が咲いたように美しく、同性の文音でさえ見とれてしまうほどだった。この笑顔を世間は求めているのだ。忍はスターになるために生まれてきたに違いない。もし文音にオーラが見えたなら、忍のオーラはきっと黄金に輝いていることだろう。
「お腹すいたよぉ……喉もかわいたし、食事持って来るって、いつになったら持って来るんだよ~!」
トラックの中で無駄に暴れたツケが回ってきた翔平は、空腹のため駄々をこね始めた。
(翔平のやつ、また足を引っ張るようなことしなきゃいいけど……)
小屋の中が暗くなった頃、やっと食事が運ばれてきた。
食事といっても小さなパックの牛乳と菓子パンが一個、皿に乗せられているだけだ。おまけに両手を後ろで縛られているので食べられない。犬食いでもしろというのか。
「食べる時くらい両手を使わせてよ」
男たちは忍の要求を無視すると。パンの袋を破って皿に乗せた。空腹に負けて恥ずかしげもなくパンにかじりついたのは翔平だけだった。
「今のうちに食っとかないともたないぞ。それともナニか、犬食いは女優さんのプライドが許さないってわけか?」
サングラス男が卑下た笑いでパンをつかむと、忍の顔に押し付けた。
「ほら、食えよ! ほら」
「やめなさいよ! このバカ! 卑怯者!」
文音は男を蹴ろうとしたが、届かないので小さな子供が暴れているようにしか見えない。忍の気持ちを思うと悔しさのあまり涙が出てきた。
こいつら、絶対に許さないから!
忍は黙って前かがみになると、押し付けられて粉々になったパンを食べ始めた。シルクのような長い髪が汚れた地面に広がる。
「忍さん……」
忍は今ここで反抗することが自分たちにとって得策ではないと考え言いなりになったのだ。文音たちの安全を考えて……。
文音も前かがみになるとパンに食らいついた。忍だけに恥ずかしい思いはさせたくない。
忍と目が合った。文音は笑顔で小さくうなずくと、再びパンを食べ始めた。
~ つづく ~