第十五話
真山がホットコーヒーをストローで吸って飲むのを見て、彰子は生理的嫌悪を覚えた。
薄いプラスチック製のストローは高温に弱いため、真山はせっかく注文したホットをわざわざ冷まして飲むのだ。それもまた彰子の神経を逆なでするのに十分だった。
「こうやって飲んだ方が美味いンだぜ。今のところ誰にも理解されてないけどね」
あたりまえだ、と彰子は思う。
「それで話の続きですけど、真山さんがずっと以前から忍さんとコンタクトを取っていたことを本当に智子さんは知らないんですね?」
「うん。知ってたらもっと早くオレっちに噛みついて来ただろうし、あいつのことだからそんなことわかったとたん阻止するに決まってンじゃん」
十五年前、研究所から忍と共に姿を消した智子を密かに監視していたという真山は十年後、智子に内緒で忍に会うと彼の出生の秘密をすべて明かしたのだという。
「そりゃガチで信じられる話じゃないからさ、忍も最初はオレっちのことを頭のイカレた危ないおっさんとしか思ってなかったみたいだし」
「忍さんは、どうやってそれを受け入れたんですか?」
「根気だよ、根気。あいつが生まれるまでのデータとかヒトクローンの研究資料とかを根気よ~くメールし続けたのさ。もともと忍は賢いから理解するのも早かったよ。体調不良の原因とか、なぜ自分は男なのに女として育てられなければならなかったのかとか、やっとすべての伏線が繋がったってわけ」
たった十歳で自分の運命を受け入れなければならなかった忍のことを思うと、胸が締め付けられる彰子だった。
そういえば、忍がスカウトされたのは十歳。偶然とは思えない。智子の反対を押し切ってまで芸能界に入ったのは決して目立ちたいからではなく、自分を形成している細胞の主がかつて身を置いた世界に入ることで、忍は結城英二に近づきたかったのかも知れない。
「でさ、ここ大事なとこね。細胞年齢は変えられないから、今の忍は十五歳だけど体は四十一歳の中年なわけ。だから少しでも身体年齢を若く維持し続けるために本人はいろんなトレーニングをしてきたんだけど、無理してるから時々バランスが崩れて倒れちゃったりするわけよ」
「ちょっと! さっきから聞いてりゃ、しゃあしゃあと他人事みたいに言うんですね! 元はと言えば、全部あんたが蒔いた種じゃない!」
彰子はついに真山に対する堪忍袋の緒がブチ切れた。
「おお怖っ! だぁかぁらぁ、オレっちはオレっちなりにアフターケアしてるわけじゃん」
「なにがアフターケアよ! 誘拐犯だってどうせあんたの仲間じゃないの!?」
「うん、そう。仲間っちゃー仲間かな」
「なんですってぇぇぇぇぇ!!」
真山の説明によると、忍たちを監視するために雇っていた調査員が今回の誘拐計画を突き止めたのだという。だが、その時点で計画が実行される確率は50/50だったらしい。
実行されるにしろされないにしろ興味を持った真山がスルーするはずもなく、調査員になんとしてでも首謀者と接触し仲間になるよう指示したのだ。
「つっても、裏サイトで集めた素性のわからないヤツらばっかりだったから、ぜんぜん怪しまれなかったよ。にしてもどういう基準で他の二人が選ばれたのかがわかんないンだよなぁ。ひとりは喧嘩っ早いだけで猿より脳ミソが小さいグラサン野郎だし、もうひとりは思考回路が切断してる愚鈍オヤジで、早速ターゲットを間違えて余計なのまで連れて行っちゃってさ、自分で自分の首絞めてやんの~」
「え?……それじゃ最初から三人を誘拐するつもりじゃなかったっていうの?」
「正解〜! さて、そこで問題です。本物のターゲットは三人のうち誰でしょう!」
人の命が掛かった一大事をゲーム感覚で楽しんでいるこの男は……狂っているとしか思えない。彰子は怒りを通り越した感情のない目で真山を見た。今となっては誰が狙われていたとかどうでもいいことだ。
「冗談はやめてください。それで、あの子たちが逃げたっていうのはどういうことなの?」
「忍だよ。あいつがグラサンと見張りのオヤジをフルボッコにしてのしちゃったンだぁ」
驚いた。いくら忍が男とはいえ、まだ十五歳の少年が大の大人ふたりを相手に喧嘩で勝つなど誰が信じられるだろうか。いったい忍はどんなトレーニングを積んできたのだ。
とりあえず忍のおかげで犯人の手からは逃れたようだが、無事に三人が見つかるまでは安心できない。
「で、肝心なことにまだ答えてもらってないんですけど。首謀者はいったい誰なのよ」
「智子の商売相手だよ。はい! てことは狙われてたのは忍ちゃんでしたー」
「は?」
「桂木智子、あいつね、自分が思ってるより敵が多いってことに気づかなきゃダメだよな。誘拐犯の黒幕は『モザイク家具店』のオーナーさ」
彰子からの連絡に、桂木智子は愕然とするしかなかった。
モザイク家具店は、主にアンティーク風の家具や調度品を自社で製造販売している人気の家具屋だ。そのオーナーは智子のデザインしたジュエリーの大ファンで、個人的にもかなりの数を収集している、智子にとっては大口の顧客だった。
智子の話によると、そんなオーナーとの関係もあり家具とジュエリーのコラボレーションの話が持ち上がった。
最初の企画段階では宝石をチェストやドレッサーの金具にポイントとして数個はめ込むだけのはずが、いつの間にか扉の全面にも施すよう変更されており、にもかかわず予算は最初に設定された金額以上は出せないと言われたそうだ。
「そもそも、頼めばなんとかなるだろうと顧客に思わせてしまうような関係を築いた私が悪いんです。でも問題は金額だけではありませんでした。デコレーションのデザインが酷いものだったんです」
「それで桂木さんは断ったんですね」
「ええ、もちろん。そんなにキラキラさせたいのならスワロフスキーでも貼りつければいいと言ったんです」
「そしたら相手は本物の宝石でなければ意味がない、と」
だが本当の目的は、ジュエリーデザイナー桂木智子がプロデュースしたという謳い文句が欲しかったのだ。智子は名前だけでも貸して欲しいというオーナーの要求を断った上にコラボ企画も白紙にしてしまった。
するとモザイク家具店のオーナーは、今まで自分が収集してきた智子デザインのジュエリーを分解して使用すると言い出したのだ。
「そんな非常識なことが許されるはずありません。矢沢さん、この気持ちわかりますか? 自分の子供が手足をもがれて他の子の手足に付け替えられるんですよ! 」
だが、それでも智子が首を縦に振らなかったのでオーナーは次の嫌がらせに出た。
宝石以上の智子の宝物、一人娘の忍を誘拐することで精神的ダメージを与える計画だ。オーナーにしてみれば、ほんの一日二日智子から忍を隠せば良かったわけで、一時でも智子のうろたえる姿を見られればそれで満足ハイおしまい、のはずだった。なので最初から身代金を要求する気など微塵も無かったのだ。
我儘が通らなかっただけで、子どもでも考えればどうなるかわかる稚拙な計画を実行したがために、彰子の通報によりモザイク家具店のオーナーは逮捕、法の裁きを受けることとなった。
そして(真山の名前は出さず)誘拐犯仲間からのリークということで警察が監禁場所へ駆けつけると、情報通り停車していたトラックの荷台からは血だらけの男が二人出てきたそうだ。どちらも命に別状はなく、警察の問いかけに対し「忍者みてぇなヤツにやられた」と、わけのわからないことを言っているらしい。
エキストラの子が見たというトラックに書かれていた文字は、モザイク家具店の「具」だったこともわかり戸田夏美は胸につかえていたしこりがひとつ消えてホッとした。
後は文音たちが無事でいることを願うだけだが、三人の行方は依然として不明のままだ。
彰子は携帯の着信音を最大音量にして、いつ誰から連絡が入ってもわかる状態にした。設定した曲は、そのタイトルにあやかり、人気アイドルグループのヒット曲『希望』を選んだ。
今まさにその曲が鳴り響き、通話ボタンを押そうとして着信名を見たとたん彰子の全身が固まった。
そこには小野寺友里恵の名前が表示されていたからだ。
~ つづく ~




