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前編

私はこの国の、『緑豊かな風景』が好きだった。

大きな屋敷の周りは森や田園が広がり、いつも美しい緑を目に写しこんでくれる。どんな時も、どんな時でも。



ある国の、公爵家の長女である私。

私は13で成人し、そのまま親から仕事を受け継いだ……いや、受け継がされた。

両親は私が成人するのを心から願い、そして引継ぎ後すぐに屋敷から出て行った。幼い妹を連れて。

私は一人で屋敷を切り盛りして過ごさなければならなかった。

最初は、嘆き、悲しみ、恨みもしたけれど月日が経てば、感情は擦り切れて無くなっていく。気持ちも消耗品なのだと、一年にして気が付いた。



この国には公爵領が四つある。王城を中心に、四方を囲んでいる。

私の治める領地は東になり、主に仕事は人への『癒し』を司っている。

毎日訪れる怪我人、病人を癒し、健康にして帰すのが仕事なのだ。


不可思議な事は、全て『魔法』。

『魔法』でみんな元気になる。私は準備をして癒すだけ。

治療所と呼ばれる部屋へ連れ込み、患者を魔方陣が描かれた場所へ寝転がせ、みんな私を信頼して薬を飲むと眠りにつく。

痛い思いはせず、目が覚めるころには、傷が縫合されたように塞がり、病気も取り除かれている。『魔法』が使える私を、みんな敬い、恐れ、慕った。



私が17歳を迎えた春。

妹が屋敷に訪れた。13歳を迎えたため、親元を離れたのだ。


「お姉さま、これからよろしくお願いします」

「ええ」


妹はお喋りなようで、何度も私へ話しかけてくる。


「お父様は毎日山に篭っていつも景色を眺めてます」

「ええ」


「お母様もご一緒で、二人とも全く家から出ませんの」

「ええ」


「お姉さま一人にお仕事させて、田舎でのんびりなんて本当に酷い」

「ええ」


「私も成人したので、お姉さまの側でお手伝いをします」

「ええ」


「任せてくださいね!」

「……ええ」


小さかった妹は、少女から女になって戻ってきた。

感情を目まぐるしく出して、屋敷の使用人に活気を与える妹は、みんなに好かれて楽しく過ごす。

栗毛色だった髪が金色の髪に、緑色の瞳を青に変えて。昔と違った姿に残念と感じた。

色を変えたのか。あの栗毛色の緑の目をした妹は、もういない。ほんの少し心が動きそうになったが、気のせいのようだった。

何も感じない。



妹も成人し、ここへ来た目的は手伝いだと宣言していたので、私と同じ様に家の仕事を教えよう機会を作るもよく逃げ出した。


「手伝いをしたいと言い出したのは、あなたでは?」

「そんな事を言わないで? 私、お姉さまには元気でいて欲しいもの」

「私は元気です」

「『継承者』でしか『魔法』は使えないんでしょう? 私に教えてお姉さまが何かあったら嫌だもの。だから、いつまでも元気でいて下さいね!」


コロコロと笑いながら、するりと責務から逃げていく。感情が擦り切れた私には、彼女がほんの少し眩しく感じられた。



ある日の事、私に婚姻の命令書が届いた。

相手は北の公爵の五男。二人の間に出来た子供に『魔法』を継承させる為の取り組みだ。こういう国に沿った言い方になると、それは政略と言うのだろう。

西は既に婚姻済みで、子供が産まれたと聞いた。

南はまだ隠居せずに老人が執り行っているそうだ。孫まで産まれ……老人は最後まで自身の責務を全うしようとしている。彼が亡くなると同時に息子夫婦に継承される事が決まっているが、まだ先の事かもしれない。

未婚は、東の私だけ。

恐らく、王は東と北の間に産まれた子供の継承権を知りたいのかもしれない。下の国では、降りてくる情報が少ない。手探りしなければ、道はいつも開かれない。


私のいる国には、四人の公爵がいて、四つの『魔法』がある。

東は癒し。病や怪我を治療。

西は能力強化。能力の底上げ。

南は性根の改善。心が悪しきものに染まった時に改善させる。

北は外見変更。見た目や色素を変える。


現継承者同士が会うことは禁じられている。

公爵といえど、その身分になって王城へ謁見をした事は無い。伺うは継承者以外のみ。

婚姻の命令書は屋敷内に広めた。将来的にこの領民になるのだ、王の命令は絶対だから。


「お姉さまが政略結婚だなんて、酷いです! 私、断固抗議します」


私の婚姻を使用人から聞いて、妹が憤慨する。


「王に逆らってはいけない」

「でも……」

「逆らってはいけない」

「もうお姉さまったら……。分かりました。では相手の方を調べてきますね。素敵な方じゃなかったら、追い出しちゃうんですから」


私の説得に理解を示してくれたのか、妹が少しは大人しくなる。


「私は気にしていない」

「お姉さま! これ以上国の犠牲にならないで」

「……継承者の義務です」

「おかわいそう、お姉さま」


王城で開かれるパーティへ向かう為、綺麗に着飾った妹が、涙を浮かべて馬車へと乗る。


「気をつけて。私に何かあれば、あなたが継承者なのだから」

「いいえ、お姉さまが元気でいなくちゃ。私は勉強をしてませんわ。絶対に元気でお過ごしくださいね!」


可愛い泣き笑いで、私に任せておいてと手を振りながら、出かけた。何も知らない妹に、ほんの少しも私は何も思わない。ただ、仕事をするのみ。



数日後、王城から戻った妹は呆けていた。

頬を薔薇色に染め上げ、ぼんやりとしていた。

異常があれば『魔法』で治せばいい。

どうかしたのかと聞けば、北の五男に会ったのだとか。とても素晴らしい人で、王様の様に素敵だったと目を潤ませて、頬を染める。


「お姉さまが、羨ましい」


妹が私のいない場所でそう呟く。

私が知らないと、聞こえていないと信じて。

妹は隠れて涙を流し、すすり声を上げながら呟く。

なぜなら、妹も婚姻先が決まったのだ。王城へ初めて向かったあの日に、他国の『魔法使い』に目を付けられた。

自分の所の長の息子と相性が良いとお願いされ、断るも王が許可し決まってしまった。この国で王の決定は絶対。逆らうことは、存在を消されてしまう事になる。王の魔法は、簡単に人を消す。東の癒しの魔法でも、それは癒せない。



問題が起こるだろう、そう思った。

北の五男が東に越してきたのだ。表向きは東の仕事を覚える為に。

輝くような銀色の髪に、深い黄色の瞳の背の高い男がにこやかに屋敷の前にたつ。すると妹が走って彼を出迎えた。


「また会えた、私の暖かな眩しい春の女神」

「氷のように美しく、淡雪のように優しい私の騎士様……」


お互い微笑み合う二人。

妹は彼に恋していたが、彼も妹に恋していた。

残念なのが、彼も家の仕事を知らなかった。『魔法』を何も習わずに知らずに過ごしてきた、妹と同じ部類の人間だった。

五男であれば、そうかもしれない。予備も予備の予備もいるのだ。余程の事が無ければ、彼が継ぐこともない。

彼は自己紹介でこそ何も言わなかったが、裏庭で妹と再会を喜び合った。


「ああ、私が継承者であれば」

「君が継承者であれば」


感情豊かで情熱的に抱き合う。そして彼は仕事をおざなりに私と距離を取り、妹と距離を縮めていった。


「愛してます」

「愛している」


盛り上がっていく感情。許されない恋を叶えるには、私が邪魔。もちろん代われるものならば、代わってあげたい。

だが、王の命令は絶対。

めったに使わないつてを使い、王へ連絡を取る。

王は忙しい。忙しいので、連絡遅い。

遅いので、妹達の計画が進む。



計画、それは私の暗殺。二人は私を殺すことに決めた。



最初は毒。

失敗して、彼女自身が煽り倒れる。

肌の色が悪くなり、手足の痺れを訴えられ、局部治療を進めるも全身治療をお願いされた。毒による肌の変化を恐ろしいと嘆きながら。

もちろん私は妹を癒した。


次に庭に仕掛けられた刃物。

押される瞬間に彼女が踏み込み犠牲となった。

足に醜い後が残る程の傷だ。

もちろん私は妹を癒した。

局部治療を行うも、醜い痕は嫌だと涙する。結果、全身治療を行い。体を元に戻す。


階段から突き落とされそうに為るも、彼女が落ちて複雑骨折。

局部治療を進めるも、リハビリを嫌がり全身治療をお願いされる。

もちろん私は妹を癒した。


何度も何度も妹を癒す。完全な形に、元通りに。

私は継承者なので、保護の魔法で守られている。きちんと仕事を勉強していれば、知っている事。でも、彼女たちは勉強しなかったので、知らないことだった。


いや、彼女には関係ない事。

妹が怪我をするのは五男と怪我を悲しみ、治療後に無事を確かめ愛を囁きあう為の演出なのだ。わざとミスをして自分を傷つけている。


「ごめんなさい、私には出来なかった」

「いいんだ、いいんだ、痛かっただろう、辛かっただろう」

「いいえ、貴方の事を考えれば、それだけで私は幸せ」

「なんて優しいいんだ。いくら治療すればいいとはいえ、妹が怪我するのを止めないなんて……悪魔より酷い女だ」


継承者は、次の継承者候補へ必ず教えを施さなければならない。

私を害し、北の五男と一緒に東を守り立てていくのならば、勉強すべきなのだ。急ぎ教えようとしたが、彼女は勉強をしない。


「私に魔法は無理です。実際にそんな力は全く無いんですもの」


より勉強をするよう語りかけるも、五男の側へ行き甘えて過ごす。五男も妹へ勉強を強要する私に非難の目を向ける。


「押し付けるのは良くない。それとも二人きりで彼女をどうするのだ」


何度も妹を癒しているのに、彼は私が妹を害すると危険視する。あの三文芝居は、彼の中で真実なのだろう。


「本当に何を考えているのか分からない、お前は人形だな」


五男にそう指摘されるも、頷くしかない。

私の感情は、もう無いに等しいのだから。



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