痕
「へぇ、案外モテるんですね」
月曜日の夜、深夜二時。
黒縁のメガネをかけた見た目と実年齢が離れているジャージ姿の女の子は静かにそう言った。煙草を遠くまで静かに吹かす。
「モテてるかは知らないけど、最近の若い女の子は何して遊んだら喜んでくれるんだ?」
「さぁ……、私は最近の若い女の子ではないので分かりません」
年齢がオレと同じ二十五歳の寺田は、意地悪そうにそう回答をくれた。
深夜のコンビニの窓には、何匹か大きな虫が張り付いていた。もうそんな季節なのかと思った。次の言葉が出てこなかったから、空白を埋めるためにタバコを吸う。
そんなオレを見かねてか、寺田は助け舟を出してくれる。
「最近の若い女の子の意見じゃなくてもいいのなら、教えましょうか?」
「……どれだけ根に持つんだアンタは」
「へへっ、冗談ですよ。そうですね、相手の女の子はたぶん岡部さんとゆっくりお話がしたいみたいなので、映画とか水族館よりかは、散歩したりカフェに入ったりする方が喜ばれるんじゃないでしょうか?最近のって言いますけど、いつの時代も女の子とのデートは大して変わらないものですから」
「あんまりデートしたことないから、オレはそういうのすら分からないんだよ」
「岡部さんあんまりモテなさそうですもんね。練習でデートしてみます?」
寺田は立ち上がり、コーヒーを飲み干しゴミ箱に捨てた。まだ途中だったタバコも灰皿に入れ「さぁ早く、夜は短いですよ」とオレを急かした。
デートとは言っても深夜を二人で徘徊するだけだ。世間一般でいうキラキラ輝いているデートとはほど遠いものだった。公園の横を通りかかったとき、寺田は何も言わずにさもそれが当たり前の行動のように入っていった。
「岡部さんはご実家はこの辺りですか?」
「いや、もうちょっと遠いところかな。この公園は入ったことない」
「私も実家は違うところです。でも、こっちに引っ越してから夜たまに滑り台に登ったりしてました」
園内に備えられた消えかけのライトが、淡く点滅を繰り返していた。
あの光がなかったら今日みたいに雲のない夜は、キレイに星が見えるんだろうなと、そんなことを思って寺田の話を聞いていた。
「私は子供のとき全然公園に来たことなかったんですよね。友達もいなくて、いつも一人で過ごしていました。公園の魅力に気づけたのは大人になってからです」
寺田は雲梯の上に座った。「岡部さんもこっちに来てください」と誘われたので、オレもよじ登って寺田の隣に腰かけた。
「子供のときこんな使い方したら大人に怒られたな」
「今じゃ私たちが大人って呼ばれる歳ですからね。中身は全然成長出来ていませんが」
いつもの気の抜けた笑い方をしてくれた。それを見て無意識に安心している自分がいることに気づいた。
淡い光が寺田の首元を照らしてくれた。少し赤くなっているのに気がついた。
「それ、どうした?かぶれたのか?」
「あ、えーと、……なんでもないですよ」
寺田は目線を逸らして、無意識に手で首元の赤くなっている部分を隠した。
その反応を見て、オレは胸騒ぎがした。ハッキリとした理由はなく殆ど感覚的なものだったが、ぼんやりと嫌なイメージが頭を過ぎった。そう、それが身体的な理由で恥ずかしがったというよりも、出来た理由を知られたくないかのような反応だったからだ。
「一本だけ吸って、今日はもう帰りましょうか」
ポケットから携帯灰皿を取り出し、自慢げにヒラヒラと見せつけてきた。準備がいいことを褒めてもらいたいような顔をしていたので、ご希望通りに褒めてみると「喫煙はマナーが大事ですからね」とやっぱりドヤ顔をくれるのだった。
オレもその携帯灰皿を使わせてもらうことにした。二人で並んで雲梯の上に座り火をつける。目の前の小さな火をぼんやりと焦点をずらして眺め、なんとなく居心地の良さを感じていた。夜が段々と深くなるにつれ、少しずつ瞼が重くなっていく。
「眠たいですか?」
寺田が顔を覗き込む。その顔を見るとまだまだ寺田は眠たくなさそうだった。同い年なのに随分睡眠に対しての耐久性が違うのだなと関心した。
「明日うまく行くといいですね」
と笑ってそう言ってくれた。上手くいくもなにも普通に遊びに行くだけだというと、だからモテないんですよと目で訴えてきたので、オレは思わず笑ってしまった。
言葉のいらないやりとりが、楽しかった。




