デートのお誘い
「岡部さんって休みの日とか何してるんですか?」
プライベートを絵に描いたような質問をしてくるのは、職場で知り合った二十歳の女子大生。会社指定の青のエプロンをつけて、茶髪のポニーテールをふりふりと揺らしている。
好奇心で大きく開かせ、光をいっぱいに吸い込んだ眩しい瞳でオレを見つめてくる。彼女の名前は藤井景子。同年代のバイトからはよくケイちゃんと呼ばれているのを耳にする。
誰にでも愛想がよく、誰からにも好かれる。はっきりいうとオレと百八十度真逆の人生を歩んできた。そんな女の子だ。
転職の度に自分のPR出来る過去を無理やり捻り出して、ようやく出た残りカスのに嘘を重ね合わせてようやく埋めるようなオレとは対照的に、語りたいことを順調に経験しているような人間。しかもそれが年下の女の子だっていうのだから、もう自分の人生に期待することは無意味なことだとオレは悟っていた。
この歳になると、毎年茹だるような暑さの中で甲子園を目指し頑張る球児たちはもちろん、アイドルやミュージシャン、俳優やお笑い芸人、若手起業家。そんなスポットライトの下で照らされて輝かしく生きている人間のほとんどが年下になっている。
小学生のときは自分も何者かになれると思っていた。でも、何者になる以前に生活していくことでやっとなのだ。普通ならここらへんで現実との折り合いをつけ、勤め人として暮らしていく人がほとんどなのだろう。それが大人になるということの一つの例なのだろう。
しかし、オレはそれすらも受け入れられずに職を転々としている。未だに歳をとっただけの子供なのだ。自分で自分が情けなくなる。特にこういう未来ある若者と話をしているときは特に。
そろそろ質問の答えに戻ろうか。休日の予定だったな。正確に言えば、休日の前日深夜しか予定はないのだが。
「散歩とかしてるよ」
「へー、案外健康的なんですね」
健康的か。深夜の二時に近所を徘徊して、煙草と缶コーヒーを飲み、そこで知り合ったほとんど年齢詐欺みたいな女との再会を密かに楽しみにしているような趣味なんだが……。まぁ悪い印象はもたれなかったから良しとしよう。出来るだけ職場では敵を作りたくない。
「今度の休みって空いてたりしますか?」
「うん。健康的な散歩くらいしかしてないからね」
「じゃあ今度デートしましょっか。……なんちゃって」
後ろでくくった髪の毛を揺らしながら上目遣いで聞いてくる。オレも男だからそれがいくらベタな仕草だと分かっていても、ついドキッとしてしまう。単純なんだオレは。そして女の友達も多いわけじゃないんだ。
「あんまりおっさんをからかうもんじゃないぞ」
「デートは言い過ぎましたけど、私一度岡部さんとゆっくり話してみたいんです。ほら、店じゃ店長とかマネージャーがうるさいじゃないですか。だから気軽に普通に遊びましょうよって誘いです」
「まぁ……、そういうことなら別にいいけど」
「やったぁ!じゃあ火曜日休みですよね。その日でお願いします」
満足そうな笑みを浮かべながら、藤井は自分の仕事に戻っていった。歳が五歳違うだけなのに、その差が果てしなく遠く感じた。どこで何をして過ごせばいいのかすら思いつかない。とりあえず喫煙所でタバコを吸って考えることにした。店長が通りかかったので急いで火を消して愛想笑いを浮かべて回避した。でもたぶん、臭いでバレてるだろうなと思った。




