寺田かりん
「こんばんは、先週はありがとうございました」
彼女はそう言うと一人分の距離をあけて隣に座った。
手にはオレが先程購入したものと同じ缶コーヒーをもっている。
「それ、朝専用ですよ」
「あんたが飲んでるのも同じだろうよ」
「気が合いますね、タバコも同じだし」
煙草を口に咥え、慣れた手つきで火をつける。深呼吸をするように薄く煙を吐く。冷たい風に頬を殴られ、思わず「さむい」とこぼした。
「煙草は二十歳になってからだぞ。学校で習わなかったのか?」
「私こう見えてもとっくの昔に二十歳超えてるんですよねぇ」
彼女は目を細めてエヘヘ、とおどけた。オレはまたしてもその笑った顔に惹かれてしまった。猫が飼い主に見せる表情のように、眼鏡越しにその丸い目を細める。好みではないが癖になる顔だった。始めて話すタイプの人間だった。
彼女は咥えた煙草の角度をあげて、少し上下に揺らした。
「おじさんは年確とかされなさそうですねぇ」
確かにオレは同世代と比べて老け顔だが、実はキラキラの二十歳。……と言えるほど若いわけではないが、オレは今二十五歳だ。アラサー一年生なのだ。百歩譲って二十五歳がもう若くないとしよう。それでもまだおじさんはないだろう。出来ることならお兄さんでいたかった。
「オレまだ二十五なんだけど」
「えっ!あっ、え、嘘!」
「こんなことで嘘なんてつかねぇよ」
オレもなんとなく煙草を咥えて火をつけた。彼女は隣で動揺している。すっぴんでもハッキリした目をパチクリさせながら
「………私も二十五歳なんですけど」
オレも動揺して咥えてたタバコを落としてしまった……。
同い年の同じ年に見えない彼女は、免許証を見せてくれた。
「ほんとだ。産まれた年一緒じゃん」
見せてもらったお礼というわけではないが、自分も財布から免許証を取り出す。
「わ……。これいつ撮った写真?このときからおっさんですね……」
そんな悲しそうな顔で免許証とオレの顔を往復するな。まじまじとすぐ隣で顔を見られると少しだけ照れくさくなる。気がつくとオレたちにあった一人分の距離はなくなっていた。
「アンタ……。寺田さんだっていつから成長してないんだよ。ほとんど中学生じゃねぇか」
いつまでもアンタ呼ばわりもあんまりだから、免許証に書かれた名前を呼んでみた。寺田かりん。それが彼女の名前らしい。
「えへへ、そんなに褒められると照れますな」
「なんか勘違いしているみたいだけど、なにも褒めてないからな」
なんだ。と言いまたタバコに火をつける。
午前二時三十分。
そろそろ帰ろう。睡魔が存在感を主張する。思わず大きな欠伸が出る。その動作に合わせて体に少し熱がこもって怠くなる。それに反比例して外の気温はどんどん冷えていく。無意識に体を丸めた。
「眠いんですかね?」
「あぁ、ちょっと眠たくなってきた。コーヒー飲んだのにな」
「じゃあ帰りましょうか」
「そうだな。また来週も来るの?」
「たぶん来ます。雨が降ったらさすがに来ませんけどね」
吸い終わったタバコを灰皿に押し込んで、また目に涙を溜めて欠伸をした。こりゃダメだ。あと十五分も起きていられないな。
「じゃあな。気をつけて」
「はい、おじさんもね」
「おじさんじゃない。岡部清十郎って名前だ」
「名前までおじさんですね……」
寺田かりんも立ち上がり、腰を反り返しながら大きく背伸びをする。
「あー、帰ってゲームでもしよっかなぁ」
「早く寝ろよ、もう言ってる間に三時になるぞ」
「この時間はまだ眠たくないんですよ。じゃあ帰ります」
サンダルをペタペタ音を立てながら、手をひらひらさせて帰っていった。
上を見上げると星のキレイな夜だった。なんとなくオレは来週の月曜日の深夜も晴れればいいなと考えてしまった。