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午前二時に会いましょう  作者: はしもと
第四章 五年後の世界で
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罪責


 短い夜が明けた。

 一つのベッドを二人で使用した。朝焼けの遠くでぼやける景色が窓に映る中、私は肌寒さを感じて目が覚めた。気が付けば二人で使用していたはずの掛け布団は全て智子に奪われてしまっていて、当人はさながら蛹のように温かい毛布で身を包んでいた。

 繰り返される寝息を聞くと中学生にしては大人びてはいるが、まだまだ子供なのだと思う。



 知らない土地で、いるかも分からない人間を短い時間で探すことは非常に骨が折れる作業だ。感謝の念も込めて智子の頭を優しく撫でる。

 起きているのか寝ているのか私には判断出来ないが、智子は口角を上げ、幸せそうな表情をしている。

 暫くの間撫でていると、智子はゆっくりと目を開けた。

「ごめん、起こしちゃったね」

 撫でられている猫のように智子はその大きい瞳を細めて、空いている私の手を握った。




「お姉ちゃん……。ごめんなぁ、ありがとう」

 一体何に対しての「ごめん」で「ありがとう」なのだろうか。下がりきった自意識のレベルを一般レベルにあげてようやく私はその真意を読み解くことが出来た。

 烏滸がましい思考回路だが、それに気づかないことは相手にとってはもっと失礼にあたる。そして生前の私は最も失礼な行為である「気付いていないふり」をした結果が今の状態であり、智子はそれに責任を感じてしまい「ごめん」とそう言ったのだ。

 私にはもう、肯定も否定もすることが出来なかった。

「うん……」

 と言って、ただただ智子の言葉を深く受け止める。受け止めることでしかこの罪を償えなかった。




 起き上がり、赤色に強く染まった空を眺めた。この日が沈む頃には智子は帰らないといけない。それまでになんとかして『岡部さん』という人を見つけたい。 今どこにいて何をして暮らしているのか何の手掛かりもないが、ともかく『岡部さん』という人を見つけなければ先へは進めないのだ。必死になって答えのない問いに対面してふと、死んでいるのに生きている気がした。




 近くの喫茶店で朝食をとり、本格的にあてもなくなり街を歩き続けた。

 朝食をとるときに気付いたのだがどうやら私のこの体は空腹を感じないらしい。

 最悪、自分が『岡部さん』という人に出会えず成仏出来なくても、こっそりと自害すればいいかと考えていたがこの調子じゃ何をしてもこの世に留まってしまう気がした。




「……ウチな、本当はお姉ちゃんが死んでしまうこと知っててん」

 隣で申し訳なさそうに俯き消えそうな声で言う。

「ウチにはどうすることも出来ひんかった。……いや本当はもう諦めてたんかもしれん。毎年一人か二人はな、そういうお客さん見かけるねん。でも気付いていたとしてもウチにはどうすることも出来ひんかった」

 私は返事をすることが出来ずにいた。不思議な力をもった人の悩みを聞いたことが初めてだったということももちろんあるが、それ以上に智子がこれほどまでに罪悪感を抱えて生きていることに対して何も言えなかった。



「もしもウチがあの時、お姉ちゃんに死なないでってちゃんと伝えていたらどうなってたんかなって思う」



 そんなこと考えなくても大丈夫なのに。この子は本当に優しい。人のためにこうして涙を流すことが出来るのだから。きっと私にはそんなことは出来ない……。

 智子は力なく口を開いて続ける。言葉にすることを一瞬躊躇したのか、声が遅れた。



「ウチがお姉ちゃんを殺したんや……」



「なんでよ」

 間を置くことが出来ずすぐに言葉で埋めた。そして少しでも智子の負担を軽くしたくて私は笑ってみせた。

 違うよ。あなたが気にすることは何もないんだよ。

 そう伝えたかった。そう受け取ってもらいたかった。

 笑う以外の選択肢が私にはなかった。他のどんな表情を作っても罪悪感から救う方法がなかった。でもきっと本当は私が罪悪感から逃れたいだけだったのかもしれない。


「私が自分で選んだんだよ」

 そう自分に言い聞かせるように言葉を選ぶ。後悔してしまいそうだったから。

「だから、智子ちゃんが泣かないといけない理由なんてどこにもないんだよ」



 智子は静かに涙を流して

「……そんな冷たいこと言わんとって」

 とそう言った。

 励ましたかった。けれどまた失敗してしまった。他人の気持ちを理解出来ない自分が心底嫌になった。大切にしたいのに、大切に出来なくしてしまった自分を心底恨んだ。




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