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午前二時に会いましょう  作者: はしもと
第一章 深夜徘徊
3/48

日常


 新しい仕事はスーパーの正社員だ。学生時代にスーパーでアルバイトをしていた経験が決め手となって採用された。

 特にやりたい仕事も、将来の夢もなく今回で四度目の転職。このご時世にスムーズに転職が決まることは有難いことだった。



 先輩であるアルバイトやパートのおばちゃんに最大限の気を使いつつ、痛い目を見る前に暗黙のルールも覚えておきたい。細かなミスを指摘されながらも、今日も大量に入荷された野菜を品出ししていく。お客様の中には困ったことを言う人もいるが、覚悟していたより遭遇しなかった。馴染みのお客様と世間話をし、上司の評価を気にしながらなんとか仕事を軌道に乗せていく。

 うまく出来るようになった。……と思ったら違う問題が見つかる。それを改善して、またうまく出来るようになった。……と思っても別の問題が出てくる。仕事はその繰り返しだ。そうすることで仕事の熟度が上がっていく。



 なんとなくでも人生は生きていけるのだと思う。生きていくだけならば、届かないものを欲しがらずに分相応な人生を歩むのならば、そこまでは難しくはないだろう。それはもちろん客観的な自己評価が正しく機能している場合に限るが。

それでも半年くらい働くとまた隣の芝が青く輝き始め、この仕事も辞めてしまうかもしれない。

 そんな贅沢な悩みを考えながら仕事をしているので、当然仕事に身も入るわけもなく、うっかりミスをしてパートのおばちゃんから小言をもらってしまう。





  ***





 月曜日。二十二時。

 タイムカードを切って職場から解放される。明日は待ちにまった休日である。

帰り道でコンビニに寄り、発泡酒とつまみを購入。金銭的な余裕はいつもないが、休日前はこうして自分にご褒美を与え労わると決めていた。


 ご機嫌になったオレは下手くそな口笛を吹きつつ帰路につく。

 家賃三万を切るボロアパートのよく響く階段をのぼり、一番端にある自宅の鍵をあける。そのまま勢いに任せ靴を脱ぎ散らかし、ベッドにダイブを決めた。

「あんな分かりづらい指示で伝わると思ってるなら、あいつの人生はさぞ楽しいのだろうなぁ」

 職場のバックヤードは微妙に死角が多く、どこで誰が聞いているのかも分からないので愚痴を零すときは自宅でと決めている。仕事でクタクタになったズボンと服を脱ぐ捨てる。靴下は若干伸びながらもスポンと抜けた。


 とりあえずまず一本目。まだ自宅の冷蔵庫で冷やしていないので、若干ぬるくなっている。そんなことも構わずオレは勢いよくプルを弾いた。たぶん、今日一番勢いのある行動だったはずだ。


 ゴクゴクと喉を鳴らす。勢い任せにアルコールを流し込む。子供の頃はなぜビールを呑んだだけであれほど唸るのだろうと不思議に思っていたが、気づけばオレも同じことをしていた。いつの間にか大人と呼ばれる人間になってしまった。

 発泡酒を片手にベランダに出る。少しだけ肌寒い。理想の気温だった。

半分くらい残っている缶を口に運び、ようやく仕事が終わったことを実感する。

 今から寝るまでの時間。オレはこの世の全てのシガラミから開放されるのだ。


 部屋に戻って、つまみと弁当を食べながらテレビをつける。笑えるほどつまらないバラエティ番組が放送していた。何も考えずに見れるからチャンネルは変えずそのままにした。

 一休みしたあとシャワーを浴びて、仕事でかいた汗を流す。ずっと店内を駆け回らなければならないので、いくら冷房が効いていても気休め程度にしかならないのだ。

 浴室から出るとパンツ一枚で最後の発泡酒に手をかける。水分を欲している体によく冷えたアルコールを流し込む。体が少し悲鳴をあげるくらいがちょうどいい。発泡酒が体内を巡っているのが分かった。


 時計を見た。午前一時三十分。

 夜はまだまだこれからだろう。追加の飲み物とつまみを買うために、ジャージを着て近所のコンビニに向かう。

 どれだけ静かに降りてもギシギシ鳴ってしまう階段を降りて、静かになった住宅地を一人闊歩する。

 週末には、この辺りで子供たちがかけっこやボール遊びをしている。しかし今は人っ子一人いない。自分だけだ。





 遠くで原付の音が聞こえる。すれ違った大学生風の男に心の中で早く帰って寝ろ。と思うが、たぶんオレも相手から同じことを思われていることだろう。

普通の人間がこんな平日の真夜中にブラブラすることは、まずないだろう。


「いらっしゃいませーー!!」

 真夜中だというのに新人アルバイトの元気な挨拶が静まった店内に響き渡る。隣の先輩はそのことについては気にしていないようだ。

 この手のタイプは早朝の時間帯の方がお客からありがたがられるような気もするが、オレは店長でもなんでもないので、次の瞬間にはもうどうでもよくなっていた。




 月曜日に発売した週刊誌を流し読みし、つまみと飲み物を選別する。コンビニに来たついでに一服していくことにした。いつもどおり朝専用のコーヒーも購入する。もちろんホットだ。


「ありがとうございましたーーー!」

 全力の挨拶を背にコンビニを出たところで目があった。

ジャージのズボンに、ヨレヨレの長袖Tシャツ。足元はサンダルで、そのまま視線を上にもっていくと黒縁メガネが見えた。


「あっ……」

 思わず声が出てしまった。


 前回タバコの火を貸した少女は、オレに軽く会釈をして店内に入っていった。


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