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午前二時に会いましょう  作者: はしもと
第三章 寺田かりんの話
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寺田かりんの話➆

 火曜日の午前二時。

 コンビニに行くとまた同じ男がいた。無視するわけにもいかないので会釈をする。話を聞くと同い年だと分かって、少しだけ変なテンションになってしまった。おじさん顔なのに同い年のその男は『岡部清十郎』と名乗る。名前までおじさんだと笑った。





***





 商店街のくじ引きで当たった京都旅行。

 智子ちゃんと女将さんと出会う。


 夜、岡部さんに「オレは好きだよ。寺田のこと」と言われた。

 バカだなぁって思った。だって岡部さんは私のことを全然知らないから。こんなにも汚れてしまっているのにね。きっと今までのことを全部話したら引かれてしまう。

 だから言葉の意味は理解出来ても受け取ることが出来なかった。信じることが出来なかった。信じたらダメだと思った。迷惑をかけたくなかった。

 「自分はいらない存在」だと、そう思って生きてきたから。そう思わないと心が耐えられなかったから。


 せめて岡部さんの前では綺麗なままの私でいたかった。

 いつか離れてしまうのなら、私は私じゃない私のままで、この人と接していたかったのだ。




 次の日の朝、寝ぼけている私に岡部さんはキスをした。

 びっくりした私はどんな反応をしていいのか分からなかった。

 だから寝たふりをすることにした。


……何故か涙が出そうになったから。


 胸の真ん中がふわっと温かくなって、そこから体にじんわりと広がる。

 それの名前も意味も分からない。ただ嫌いな感覚ではなかった。





 帰りの新幹線で私たちは約束をする。

 どこへ行くかは結局決められやしなかった。

 それでもよかった。


……この人といられれば、変われる気がした。

 おじさんみたいなのに、バカなのに、クサイことばかり言うのに一緒にいたいって初めて思えた男の人だった。











――――あれ?なんで私はこんなこと思い出しているのだろうか。

 あぁ……、そっか。もうすぐ私死んじゃうのか……。

 首を強く絞められている。酸素が回ってきていない。意識がもう殆どない。落ちたらもう戻って来られないのだろうなぁ……。


 視界が暗くなる。何も見えない。


 もう無理かなぁ……。


……最後にもう一度だけ会いたかったなぁ。

……最後にもう一度だけ一緒に何処かへ遊びに行きたかったなぁ。

 京都には一緒に行ったけど、もっと他のところにも行きたかった。贅沢な願いかな?



……最後に名前を呼びたかった。「岡部さん」って呼んだときの、私にくれる表情が柔らかくて優しくてさ。もっと呼びたいなぁって思えたんだよ……。

 私なんかのために、そんな表情をくれた……笑ってくれたあの人の名前……まだ言えるかな……。もう届かないのだけど死ぬ前にもう一度だけ呼びたいなぁ。無理かなぁ。



「ッ…………………ん………」



 声出せたかな?分からないや。もう耳も聞こえていないから。言えていたとしても岡部さんここにいないから意味ないね。どうでもいいやもう……。



 うん………。うん…………。


 私の人生ってなんだったのかなぁ………。

 私が生きていた意味って何かあったと思う……?


 きっとあの人なら……岡部さんなら優しいから……。

 たくさん理由を探してくれて……でもそんな理由も結局使わなくて……。


 何もない私のことを

 また「好きだよ」って言ってくれるのだろうなぁ……。


 何も持っていない私でも受け入れてくれるのだろうなぁ……。




 たった一回だけだったけど「好きだよ」って言ってもらえて嬉しかった……。

 社交辞令だけど、真に受けてみるよ……。いいよね?だって私もう死んじゃうから迷惑かからないよね……。へへっ、嬉しいなぁ。男の人に好きって言われちゃったよ……。



 あの時受け取ることが出来なかったけど、初めて言われた言葉だったから。

 お母さん以外の人から、初めて言われた言葉だったから。



 この人の前では生きていていいんだ。存在しても許されるんだって……。

 岡部さんが笑ってくれるとね、私みたいな人間が出会ってしまったことを許してもらえた気がしたんだ………。



 私……こんな出来損ないだったけど………

 出会ってよかったんだよね?

 ねぇ、私今まで生きてきて何にもいいことなんかないって思ってても、お母さんが死んじゃってからも、ずっと一人で生きてきたんだよ



 ずっと………一人で………。

 たくさん汚しちゃった………。


 岡部さんと出会うならあんなことしなかったのになぁ。



 私思うんだ……。

……岡部さんと出会えたのは神様が今まで頑張って生きてきた私にくれた

最後のご褒美かもしれないってさ……。 



 あっ………岡部さんのうつっちゃった……。

 ほら……ね……私の中ね……。

 もう岡部さんのことでいっぱいなんだ……。 



 岡部さんとの思い出がね……。

 思い出したくないことを全部消してくれた………。



 今もほら……ね……?

 気付けばね、岡部さんとのことばかり考えてるよ…………。



 死ぬの怖いからさ。

 出来るだけ幸せで楽しいことを考えたいんだ………。



 ほんとのこというと死にたくないよぉ……。




 あ、あ、消えちゃう………。

 もうほんとに………。




 岡部さん……あのね……。

 あのね………。


 あのね……。


 仲良しでいてくれて……嬉しかったよ………ありがと………。








…………さよなら。








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