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午前二時に会いましょう  作者: はしもと
第一章 深夜徘徊
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深夜徘徊





 四月の気温は三寒四温。

 暖かさと肌寒さが繰り返され、世界が春を迎えるための準備をする。

 みんなは早く暖かくなって気温が安定してほしいというが、オレはそうは思わない。なぜならオレはこの肌寒いという感覚を静かな夜空の下で感じていたかったからだ。




 二月という中途半端な時期から新しい仕事を始めている。

 覚えることがまだまだあるが、最近ようやくリズムを掴み始めてきた。そんな仕事も明日は休みだ。休日の前夜というのは開放的になる。まさに自由といったかんじだ。


 気分が高まって眠れなかったことと、小腹が空いてしまったこと。この二つの理由で深夜徘徊することを決めて、自宅から出てきたが正解だった。




 静かな住宅地。昼間の熱を吐ききったコンクリート。体温を認識する冷たい夜風。残念ながら今夜の月は欠席しているらしいが、その代わりたくさんの星たちが広大な宇宙を照らしてくれている。

 自分だけの足音が響いた。世界中で一人ぼっちになった気分だ。目的のコンビニまで辿り着いてしまうのが寂しいが、あまり遠回りしすぎても疲れるだけだ。食事も遊びも八分目までが一番良い。オレはコンビニまで真っ直ぐに歩いていく。



***





 四月三日。午前二時。コンビニ前。

 通い慣れた近所のコンビニも、この時間帯に来ると寂しいもので客の姿はなかった。お気に入りの真っ赤なデザインの缶コーヒーを購入する。朝専用だと宣伝されているが、オレは昼夜関係なくよく飲んでいる。お気に入りの味だ。

 自動ドアをくぐり、店前の僅かな段差に腰掛ける。ポケットから相棒の煙草を取り出す。「仕事のストレスコントロールのために」という名目で吸い始めた煙草は案外体に馴染んだようで、こうして一息つけたいときによく吸うようになった。

 特にこのコーヒーとの相性はなかなかのものでセットで楽しむことが多い。コーヒーをある程度飲んだところで煙草に火をつける。静かに遠くに息を吐き出す。

 トントンと人差し指で灰を落とす。たまに吹き抜ける夜風がオレの目を覚まさせる。

 冷たい風が顔に吹き付けてくれることで、よりいっそう缶コーヒーの温かさが増してくれた。




 ストレスを抱え込んだときにももちろん喫煙するが、出来るなら今夜のように嗜好品として楽しみたいものだ。たまに通り過ぎる車のテールランプが目の中に溶けて残った。

 深夜の無音を楽しんでいると、店内から音楽が微妙に漏れていることに気がついた。コンビニ専用のBGMなのだろうか。それとも有線チャートが流れているのだろうか。音楽は疎いのでよく分からなかった。十代のときも流行りにはついていけずにいたが、最近はより拍車がかかっている。これが歳をとるということなのだろうか。たまに自分から聴く音楽も、最新の曲より古典的な音を求めてしまう。

 古き良き時代を背景に感じられる作品が好きになってきた。思い出の量が相対的に増えてきている影響だろうか。




「ありがとうございましたー」

 深夜帯の店員の間延びした声が後ろから響いた。斜め後ろの自動ドアがモーター音とともに開かれる。店から出てきた客はオレと同じように段差に腰掛けた。三人分の距離が空いている。

 横から缶のプルが弾かれる音がした。チラリと覗くと、どうやら趣味が同じのようだ。オレと同じ真っ赤な缶コーヒーを飲んでいる。一瞬見ただけだが、髪型と体型から察するに女の子のようだった。




 四月三日。午前二時十五分。コンビニ前。

 オレの隣で百円ライターのフロントホイールが何度も鳴らされるが、役目を果たす気配は微塵もない。はぁ……と女の子はため息を吐いた。すでに缶コーヒーをあけてしまったので、店に戻ってライターだけ買うことに気がひけているようだった。



「よかったらオレの貸そうか?」

 気の毒だったので声をかけた。その瞬間女の子はオンラインゲームのタイムラグみたいに二秒ほど硬直した。二秒間じっくりと判断の時間に使ったところで「すみません」と煙草を作り笑いと共に一本取り出した。

 煙草に火が灯ると、少女は一人分空けて座った。露骨に距離を置くのも失礼だと思ったのだろうか。妙な距離間のせいで、環境が無音から無言に変わってしまった。話すことは得意ではないが、気まずい方がもっと苦しい。どうせ二度と会うことのない人間だ。下手を踏んだところで問題はないと結論を出し、オレは話し始めた。



「いつもこんな時間に出歩いてんの?」

「いえ……。明日仕事が休みなので。休みの前日って無駄に夜更かししたくなるじゃないですか。寝るのがもったいないというか。そんな感じです」

 少女だと思っていたが訂正する必要がありそうだ。そうか、社会人か。失礼なことをした。バレていることはないだろうが。



 最近流行りの黒縁眼鏡に、くたびれたジャージ。足下はつっかけ。髪は肩までの黒髪。そして静かに話す女の子。

 それがこの子の第一印象だった。ニヒルな笑いというか。どこか困ったような笑顔をくれる。



「ようやく夜中の散歩が心地良い季節になりましたね」

 今度は女の子から話題をふってきた。「そうだな」と煙を吐きながら答える。 コンビニの害光のお陰で姿を隠した星を見上げながら、空っぽになった缶を揺らす。



「……そのうちまた暑い夏が来て、寒い冬が来るのでしょうか」

「生きていれば来るだろうな」

「楽しみ……ですか?」

「さぁな」

「えへへ……。そうですよね」


「楽しみか……?」

「………。………さぁ」


 伏し目がちに彼女は答えた。



「じゃ、そろそろ行くわ」

 短くなった煙草を設置されている灰皿に押し込み、缶コーヒーをゴミ箱に捨てた。女の子は控えめな会釈した。




 それが彼女との出会いだった。




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