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午前二時に会いましょう  作者: はしもと
第二章 京都旅行
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嫌な予感

 宿で一泊し丸一日空いた二日目の朝。

 行って見たいところは昨日のうちに廻ってしまったので、特にやることはなかった。

「計画性がないですねぇ。どうしますか今日」

「計画性っていうか計画通りじゃねぇか。ちゃんと一日空いているんだから」

「まさかホントに一日で廻りきってしまうとは思いませんでしたから」



 午前七時半。朝食のサービスがついているというのでオレたちは建物の中の小さな食堂スペースに顔を出した。

 昨日に会った女将さんが元気よく働いている。その隣に小さな女の子。その子がオレたちの存在に気がついた。

「あっ、お婆ちゃんお客様がきはったで」

「おはようございます。ちょっとそこのテーブルに座っててなー。すぐ出来るからなぁ」


 オレたちは言われた通りにテーブルに着く。小さい女の子が水の入ったコップと割り箸を運んで来てくれた。

「もうちょっと待っててな。すぐ朝ごはん持ってきますから」

「はぁい、ありがとうね」

 寺田は女の子に向かって微笑みで返事を返す。

「お名前なんていうの?」

「うち? うちの名前は平井智子っていうねん。お姉ちゃんは?」

「私は寺田かりんって言います」

「ほぇー。隣のおっちゃんは?」

 それを聞いてブッと寺田は吹き出した。

「おっちゃんは岡部清十郎。ちなみに隣のお姉ちゃんと同い年だ」

 それを聞くと智子は目を大きく見開き驚いた。そして両手を口元に当て小さく「うそやん……」と呟く。残念ながらそれはオレの耳に入ってしまったのだが。



「はい。お待たせしました」

 女将さんはトーストとサラダと目玉焼きが乗ったお皿をそれぞれの前に配った。

「もしよかったら智子もご一緒させてもらっていいですか?」

「ええ、もちろん」

 それを聞いて智子はオレたちの横に座った。


 バターがたっぷり塗られたサクサクのパン。絶妙な焼き具合の目玉焼き。シャキシャキのフレッシュなサラダ。……を満面の笑みで食べる寺田と智子が目の前にいた。



「お姉ちゃんたちは恋人さんなん?」

 飲みかけのコーヒーを思わず吹き出してしまった。寺田もどこか変なところにでも入ってしまったのだろうか。苦しそうに咳き込んでいる。

「違うよ。ただのお友達」

「えー、でもお似合いやのになぁ」

 寺田がそれを聞いてまた大きく詰まらせる。ジェスチャーでトイレに行くことを伝え、オレと智子は二人になった。




 智子が悲しそうな顔をしてこっちを見つめてくる。

「大丈夫だよ。お姉ちゃんすぐ帰ってくるから」

「おっちゃん……」

「ん?」

「お姉ちゃん……。もうすぐ死んでしまうで……」



……聞き間違えてしまったのだろうか。いや、そんなはずはない。それでもあまりにも唐突にされた質問の意味を考えるのに思考が数秒止まってしまった。オレは自分を安心させるために作り笑いをなんとか浮かべ

「大丈夫、死なないよ」

 とまるで自分に言い聞かせるように返事をした。

 その会話を聞いて女将さんが焦ってこっちに飛んできた。


「こら!またアンタはお客様に失礼なことを!」

「ふぇっ?お婆ちゃん!?……ごめんなさぁい」

「すんませんなぁ。岡部さん。たまにこの子おかしなことを言うんです。お気になさらないようにしてくださいね」

「あ……、はい。」

「変なことちゃうもん。うちには分かるんやもん」


 智子が必死に嘘ではないと主張していると寺田がトイレから戻ってきた。

「あれ? なんか騒がしいね。どうしたの?」

「い……、いやなんでもない。さぁご飯の続きしようぜ。今日どうする?」



 なんとか話を逸らし、寺田には知らせないようにした。それが正しい判断なのかはオレには分からない。それでもオレは智子の言葉が頭から離れなかった。

寺田がもうすぐ死んでしまう。

 そんな子供の戯言を間に受ける大人もどうかと思うが、自分自身なんとなくそれを信じてしまいそうになる。それが現実に起こってほしいわけではないのに。

ただ漠然と寺田が同じタイプの人間だからだろうか。だから重ねてしまうのだろうか。

 寺田からは微かに自虐的な匂いが感じられたから。





 オレたちは京都の繁華街四条通りを観光することにした。アーケードになっておりオフィスビルと商店街が入り混じる不思議な場所だ。目立つ一等地にはさすがに有名どころの支店が立ち並ぶが、一本路地に入ってしまうと昔ながらの個人店が並んでいる。そんな今と昔が共存する場所でおやつにたこ焼きを買った。もちろん寺田の希望だった。


「やっぱ関西のたこ焼きは安いね。それに大きい」

「お前たこ焼き食べるときは幸せそうだなぁ」

「なに言ってんすか。当たり前じゃん……。生きてて特に楽しくない人生なんだから。楽しみなんて自分の好物を食べるときぐらいしかないっしょ」

 いつもみたいに冗談交じりで自虐的なことを言うが、オレはさっきの智子の発言もあって言葉が詰まってしまった。

「ウソウソ。最近ちょっと楽しいよ。岡部さんが遊んでくれるから」

 真剣に受け止めてしまったオレを見て寺田も何かを察したのか、様子を伺うように続けて発した。

「あ……。あぁ、そりゃよかった」

「……どうしたの?何か調子が変じゃない?昨日ちゃんと寝れた?」



 眼鏡越しに心配そうな瞳で覗き込んでくる。オレの方が心配するべきなのに逆に心配されてしまった。それだけオレも動揺してしまっているのかも知れない。

「今日はあと買い物だけして早い目に宿に戻ろうか」

「え、でもせっかく京都に来たんだぜ。他に何か見なくていいのか?」

「いいのいいの。それに私元々長い時間外で活動するタイプの人間じゃないしね」


 寺田の提案を受け入れ、オレたちは買い物を済ませる。お土産を買おうと思ったが大量に買うほど知り合いもいないことをお互い思い知らされて少し傷心した。


「お前全然お土産買わないのな」

「だって渡す人いないんだもん」

「職場とか親とか……、友達くらいいるだろ」

「職場は別にそんな仲じゃないし、親はお母さんもう死んでるし、友達と呼べる人はいないんだよね。彼氏はいるけど、アイツこういうの喜ぶタイプじゃないもん」

「え……、彼氏いんのかよ」

「あれ? 言ってませんでしたっけ? まぁ彼氏っていうか、なんとなく流されてそういう関係になってしまってる感じの男がいるだけだよ。好きでもなんでもないし、お互い自分の目的のために一緒にいるようなもんだし。だから別にコレも浮気とかそんなんじゃないから心配しなくていいよ」

「そうなのか、ならいいんだけど」


 何がいいのか自分でもよく分からないが、そういえば友達いなかったっけコイツも。オレも人のこと言えたもんじゃないからなぁ。友達がいないことが悪いことだとは思ってないけど。あとサラっと言ったけど母親死んでるのか。



「あっ!そうだ。智子ちゃんに何か買っていってあげようよ!」

 寺田はオレが思っていたよりも智子のことを気に入っているようだった。女の子ということでヘアピンを買うことにした。もちろん選んでくれたのは寺田だ。


「智子ちゃん喜んでくれるかなぁ」

「大丈夫じゃね? 喜んでくれると思うぞ」

「でもなんかあれだね。プレゼント選ぶのって楽しいよね。喜んでくれるかなぁとか、相手のことを精一杯考えてさ、そういう時間が嬉しかったりするよね」

「……そうだな」

「久しぶりだなぁ、こういう気持ち。ずっと忘れてた気がするよ」


 プレゼントが入った包み紙を大事に抱え寺田は幸せそうにそんなことを言った。

「プレゼントをあげるつもりが、こっちがもらっちまったな」

「……」

 横を見ると半目でこっちを見ている寺田がいた。

 大きくため息を吐いたあと

「また岡部さんはそういうクサイ台詞を吐いちゃうんだもんなぁ」

「なっ……!お前だって似たようなもんだろ」

「全然違うからね」




 そんなやり取りを繰り返してまた宿に向かった。

 またクサイことを言ってとバカにされそうだったから言わなかったが、オレはこのとき、確かに幸せだったと思う。




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