誰かにとってそれは
とりあえず宿から出た俺たちは京都の有名処を廻ることにした。市バスの一日乗車券を購入し目的地に向かうバスに乗り込む。
リュックを背負った外国人の家族がいた。オレたちと同じ観光客なのだろう。地図を片手に窓の外を眺めている。今じゃスマホ一つで現在地を特定出来るのだが、それでもオレはそういう現物を使って旅をしたいと思ってしまう。
「ねぇ岡部さん」
手すりに寄りかかっている寺田が話しかけてくる。
遠くの方を見つめながら
「私この街に住もうかなぁ」
バスが静かに揺れた。その振動で優先座席で心地の良い日差しを受けて寝ているお爺さんが上下に動く。
「……なんてね」
まずは清水寺に立ち寄る。ガイドブックで見たとおりの外観。人が思っていたよりも多いのと直前にある産寧坂のおかげで寺田はバテている。
「お前まさか人ゴミ苦手なタイプ?」
「まさかっていうか私が人ゴミ好きだったらおかしくない?」
「ジュース飲むか?」
「うん、ありがと」
そういえば小学校の国語の時間に出てきた産寧坂はここがモデルだったような。
転んでしまうと三年しか生きられない坂。最後のオチはその坂で何度も転んで三年、六年、九年と寿命を増やしていく話だったような気がする。
……オレならそんなに寿命を増やしたいとは思わないが。
所謂「清水の舞台」でオレたちは他の観光客と紛れて同じように景色を眺める。
「ねぇここって自殺の名所だっけ?」
「いや、名所じゃねぇだろ……。飛び降りた話が有名なだけで」
「確かここって、下に生えてる木が邪魔で飛び降りても死ぬ確率の方が低いんだって」
「なんでそんなこと知ってんだよ」
「いや、別に理由なんてないですけど」
そういうと静かに微笑んだ。
そのあと北にのぼり金閣寺を訪ねて、最後に寺田が行きたがっていた神社に行くことにした。金閣寺よりさらに北にいった処にその神社はあった。
「遠いところだな。市バスの終点じゃないか」
「でも来てみたかったの。京都に来たら行ってみたかったところだから」
綺麗に整備された砂利道を歩いていく。右手に枝垂桜の立札が見えた。もう少し時期が早ければ綺麗な桜が見れたのだろうか。その道の先に馬小屋があった。
「わぁぁぁ! ほんとにいた! 岡部さん見て! 真っ白な馬がいる!」
子供のように寺田ははしゃいだ。今まで聞いたことのないくらい大きな声だった。
「人参あげたい! 人参!」
寺田は餌を買って馬に人参の切れ端を差し出した。馬が大きな舌で寺田の手のひらごとしゃぶりつく。「ふぉぉ」と声にならない声を出していた。それでも嫌そうではなかった。
馬に餌をあげて満足したのか、またいつもにローテンションに戻ってしまった。
静かな境内を散策した。誰もいない。車の音もしない。本当に端っこ。
来た道を引き返して市バスが来るのを待つ。
ベンチに腰掛け、ロータリーの車を眺めていた。
「なんかさぁ、不思議だよねぇ」
「なにが」
「私たちにとっては終着点であるこのバス停が、誰かにとっては出発点でもあるんだよね。ここに住んでる人にとってはそれが当たり前のことなんだけど、自分以外の人にも当然自分と同じように人生があって、そんなの分かりきっていることなのに。そういうことふと意識したらすごく不思議な気持ちになっちゃう」
「あぁ……。うん、確かに不思議な気持ちになるな」
「よく分からない気持ちだけど、嫌な気持ちにはならないよね。自分にとっては終わりでも誰かにとっては始まりのことだってあるんだもんね」
そんなことを話していると迎えのバスが来た。誰も乗っていないエンジンの音だけがする車内。一番後ろの席にオレたちは座り、もう一度来た道を帰っていく。
夕日が透けて見える寺田の髪が綺麗だと思った。
「なによ」
「なんでもねーよ」
「じゃあ見ないでください」
生きているうちにまた来ることはあるのだろうか。
そのときは誰と一緒なのだろうか。
そんなことを考えながら、京都の景色の中にいた。




