エピローグ
雨宮士郎は語った。
「父さんの作った『レジェンド』――エンダーを用い、ゲームをしながら転移・増殖したバグの消去を行っていたボクは、あるとき『レジェンド』がバグに対して効果が薄いことに気づいた」
そのときにはもう外部プログラムでは対処できず、監視プログラムが生み出した『終わらせる者』に頼るしかなかった。
バグは狡猾で計算高い。『終わらせる者』を脅威と感じれば最優先で攻撃、駆逐するだろう。
そこで雨宮親子が採った策は、『終わらせる者』にバグよりも速い進化をうながすことだった。また、『終わらせる者』が『レジェンド』の対バグ処理能力の不足に気づくだろうことも予測できた。ならばそれを逆に利用できないだろうか?
「『終わらせる者』に最適なパートナーを与えることと、『レジェンド』に接触させること。この二つが叶ったとき、バグを一掃するチャンスが来ると考えたんだ」
「パートナーの件はわかる。ラスター自身が言ったように、進化を速めるためね。でも『レジェンド』に接触するのにどんな意味が?」
「バグがエンダーを利用しようとするのは必然だったからだよ。ラスターをアバターではなくプログラムとして消すことができるのは、同じ能力を持つエンダーだけだからね。だからエンダーとラスターが戦えば、バグは絶対に介入してくる」
「もしエンダーがラスターを斃しちゃったらどうするつもりだったの?」
実際、ラスターは棒立ちのまま数ターンを過ごした。士郎のウソに乗ったためである。このときラスターは無防備のままやられていたかもしれない。
「問題ないよ。あの段階ではボクもエンダーもまだバグに憑りつかれていなかったからね。ゲームとして終わせて、次の策を練るだけだった。逆に本気になったラスターがエンダーを攻撃しはじめたら、エンダーは消滅していた。けれど、そのときは必ずバグがエンダーを助ける。実際にそうなったし」
「ラスターはエンダーの能力でしか斃せないからか」
赤夜が引き継ぎ、士郎がうなずいた。
「それが狙いだったんだ。エンダーを囮にしてバグを引っ張り出すのがね」
「そこまでは計算どおりだったな」
士郎は苦笑いした。
「まさかバグがあそこまで進化してるとは思わなかった。エンダーだけじゃなくて、ボクまで取り込もうなんてさ」
「よく耐えられたな」
「エンダーのおかげだよ。最後の最後で、エンダーがバグを解析して注意を引き付けてくれたんだ。バグはエンダーとボクとラスターの三人を相手にしなければいけなくなって、拘束力が低下したんだ」
「なぁなぁ、一人忘れてる」
ニコやかに自分を指差す竜兵。全員から苦笑がもれた。
「そ…そうだね、紫堂くんも注意を引いてくれたから……」
「だろ? やっぱオレ、スゲェなぁ」
「この調子のよさはどこから来るのかしら」恒例の真矢のため息。けれどこんなため息なら彼女も歓迎できた。
「紫堂くん」
士郎は重荷を降ろした晴れやかな表情で竜兵に手を伸ばした。
「ありがとう、キミなら『終わらせる者』……いや、ラスターと戦ってくれると信じてた」
「そ、そうかぁ?」
照れくさくてそっぽを向いたまま握手した。
「キミの対戦はいつも楽しそうだった。みんなを熱狂させ、みんなを取り込んで、些細なゲームを大きなイベントにしてしまう。そんなキミだから信じられた。このゲームを守るために戦ってくれるって。ゲームを作った父に代わってお礼を言いたい」
「こっちこそこんな面白いものに会わせてくれて感謝してるぜ。明日は本気でやろうな!」
「ああ。今度はボクの最高のデッキで勝負するよ」
士郎は赤夜たちに振り向いた。
「キミたちも巻き込んでゴメン。でも、キミたちがいたから理想の形で紫堂くんに真実を伝えられた。ボクだけだったら、きっと失敗しただろうね。そしてボクも本当にバグにのっとられたかもしれない」
「紫堂はバカだからな」
「きっと気づかないままだったわよ」
「そ、そんなことないですよ!」
「オレの味方は美守だけだよ……」竜兵が深いため息をつくと、みんなが笑った。だから竜兵も笑った。
「さて、そろそろ帰ろうぜ。いいかげん怒られちまう」
「そうですね。明日も大会がありますから」
「よし、ラスター、帰るぞ」
タブレットの中の死神は返事をしなかった。
「ラスター?」
『……さよならだ、竜兵』
「え?」
竜兵は黒髪隻眼の男を見返した。
竜兵以外の四人はこの事態を予想していた。だから背を向けた。
「……なに言ってんだ、おまえ?」
『わたしは対バグ用プログラム。ゲーム・カードではない』
「今は現にカードじゃんかよ! オレとずっと戦ってきただろ!」
『バグを斃すために必要だっただけだ。役目を終えた以上、わたしは存在意義を失い、消滅する』
「ふざけんな、おまえはオレだろ! 勝手に消えるな!」
『ありがとう、竜兵。使命を忘れて戦えた日々は楽しかった』
「おい、待てよ!」
竜兵の頬に熱い涙が伝い、ラスターの顔に落ちた。
『……さらばだ』
タブレットに映っていたラスターの姿は、一瞬で消えた。何事もなかったようにカード・リストが表示されている。
「待てよ、早すぎんだろ! まだちゃんと別れも……!」
「バッカヤロウ……」少年の呼びかけに応える死神は、もうどこにもいない。
* * *
五年生の三学期も残り数日となった。
竜兵はPFFを続けた。ラスターが守りたかった世界を自ら放棄したくなかった。せめて楽しむことでラスターとつながっていたかった。
「明日の大会はやはり出ないのかい?」
雨宮士郎とのフリー・プレイを終え、一休みをする。明日は学年最後の、しかも全児童ナンバーワンを決める大会だった。
「ああ。大会はいいや。気ままに遊ぶのがオレには合ってる」
「彼がいない勝利に意味はない、か」
「そんなこと言ってないだろっ」
突っかかる態度が肯定を意味している、とまでは士郎は言わなかった。
「残念だな。キミとは大会で決着をつけたかったのに」
「悪いな。けど、赤夜がスゲェやる気になってたから、油断してると負けるぞ」
「ボクは彼を侮ったりしたことはないよ。いつもギリギリの勝負だった」
「でも負けたことないだろ? 口には出さないけど、相当こだわってるぞ、あいつ」
「だれがだ!」となりのマシンでゲームをしていた赤夜が出てくる。はじまって二分で勝利をもぎ取ってきたらしい。
「あれ、聞こえちゃった……?」
「なめるな、紫堂。明日はオレが一番になる」
「そうそう。がんばれ、赤夜」
赤夜の背後から真矢が姿を現す。最近は竜兵の子守より赤夜のサポートに忙しいらしく、勉強会も不参加になりがちだった。もっとも、勉強だけなら美守に教わるほうが多いので竜兵はまるで気にしていない。
その美守は今や学年ランキング3位で、次から次へと申し込まれる対戦に目を回している。
「竜兵、美守を助けてきなさいよ。あのコ、押しに弱いから断れなくて困ってるわよ」
「へいへい」
休憩を中断して立ち上がる。
その背中に、士郎が呼びかけた。
「そうだ紫堂くん、キセキ・カードなんだけど」
「うん?」
「紫堂くんのように友達が多い人のために、父さんが新しいキセキを起こすカードを作ってくれたんだ」
「マジで?」
「うん。今度は名刺を二〇〇枚集めるともらえるよ」
「おー!? オレ、さっき二〇〇枚突破したぜ!」
竜兵は小型タブレットを立ち上げ、新規カードを確認した。
「はぁ、やっと抜け出せました。……竜兵くん?」
自力で人ごみから帰還した美守は、タブレットを覗き込んだまま動かない少年に声をかけた。しかし返事はなく、覗き込むと、彼の顔が笑って泣いているのに気づいた。
「竜兵、くん……?」
「二百人の友人から受け継いだ意志は、どんな奇跡だって起こせるんだよ」
雨宮士郎は誰に語るでもなく、静かにささやいた。
その言葉はやはり竜兵には届かず、少年はただ、震えて涙をこぼしていた。
彼の滲みきった視線の先で――
死神が、微笑っていた。
〈了〉




