第五話 終焉に立つ者
放課後の教室で、竜兵は真矢からスタンダード・ルールのレクチャーを受けていた。
「……で、スタンダード・ルールから使えるエクストラ・デッキには、フェニックス・ドラゴンのようなエボリューション・アバター、略してE・アバターが使えるわけ」
「えぼるーしょん?」
「進化って意味。進化したアバター。呼び出すのに条件があるのは、見ててわかったわよね」
「ああ。呼び出されたら相当キツイぞ、あれ。みんなE・アバターってヤツ持ってんの?」
「ランキング上位ならほとんど全員持ってると思うわ。五ツ星カードだから、かなりレアだけどね」
「そうかぁ……」
竜兵は腕を組んだ。あれだけ強力なアバターに対抗するには、今までのカード程度では苦戦は必至だろう。自分にもアレに匹敵するE・アバターが必要だった。
「竜兵くんもプレイ回数は多いので、知らずに手に入れてるかもしれませんよ」
「いや、五ツ星なら毎回チェックしてる。楽しみの一つだしな。アバター・リストにだって――」
タブレットにリストを表示した竜兵の言葉が詰まる。「なんだ、これ?」と一枚のアバター・カードをタップした。
「〈終わらせる者〉? E・アバター? え、なんで?」
「なんでって、見逃してたってことじゃない?」
「わぁ、よかったですね!」
タブレットを覗き込む真矢と美守。そこにはたしかにE・アバターの枠組みがされたカードが表示されていた。
「……て、なにこれ? 名前以外なにも書いてないじゃない。レア度を表す星もないし。しかもよく見ると画像はラスターじゃない。これってバグでしょ」
「本当だ、絵柄はラスターといっしょだ。なんだ、これ」
「捨てたほうがいいんじゃないでしょうか?」
「そうね。わたしも賛成」
「ん〜……」二人の意見が正しいと竜兵も思った。が、せっかくのE・アバターである。もったいないという意識も働く。
それでもバグ要素をデッキに残しておくのは怖いので、しぶしぶ捨てようとした。
しかし、なぜかシステムに拒否され、カードを捨てることができない。
「完全にバグね」
真矢も試したが、やはりシステム側のエラーで削除できなかった。
「先生に診てもらったほうがいいんじゃないでしょうか?」
「……いや、コイツはたぶん、ここにいたんだ。だからオレのところに来たんだ」
「なに、そのファンタジー」
「いいだろっ。オレ、コイツと戦うぜ。名前はもちろん、ラスター。『終わらせる者』ラスターだ」
竜兵のエクストラ・デッキに、一枚のカードが追加された。
学年別クラス対抗戦がはじまった。
初日は三対三の団体戦だ。五年三組からは、クラス・ランキング一位・紫堂竜兵、同じく三位・日下美守、そして二位の八神赤夜が出場している。
当初、団体戦メンバーに選ばれていた安田欽一は、赤夜からの挑戦を受けて消し炭にされて四位に落とされたのだった。
「紫堂が大将なのは気に入らないが、今回だけは譲ってやる」
「へっへぇ〜。やっぱ一番てのは気持ちいいな」
「今回だけだ! あと数日あれば、再び一位に上がれたものを……!」
「そう怒るなって。対抗戦が終わったらいくらでも相手になるからさ」
「そうやって笑ってられるのも今のうちだ。本当の一番と戦えば、その余裕も消えるだろう」
「え?」竜兵がわずかな驚きで赤夜に注目すると、彼はある一団を見つめていた。五年一組のグループである。
「あいつら、強いのか?」
赤夜は答えなかった。代わって真矢が三人のうちの一人を指差した。
「あの真ん中のコ。雨宮士郎くん。未だ無敗のチャンピオンよ」
「無敗!?」
改めて凝視する。見覚えがあった。二学期終業式に赤夜との対戦後に出会った少年だった。
「あいつが学年ランキング一位か……。当然、団体戦の大将だよな?」
「登録リストではそうなってます」
美守が今イベントのパンフレットを広げる。
「よし、楽しみだぜっ」
「おまえでは勝てないだろうがな」
「勝ってやるよ!」
二人が言い争いをしていると、大会開始五分前が放送された。竜兵も赤夜も表情を引き締め、会場へと歩き出した。
「なんだかんだ言って、二人とも仲いいよね」
「はい。竜兵くんは誰とでも仲良くなれますから」
竜兵の背中を見つめる美守の目は、羨望にあふれていた。
「美守もがんばらないとね」
「はいっ。二人の足を引っ張らないようにがんばります」
笑顔で告げて二人を追う美守に、真矢は「がんばる意味が違うかな」と苦笑した。
大会は順調に消化され、リーグ戦で五年三組は二組と四組を全勝で倒した。雨宮士郎率いる五年一組も同様で、優勝は直接対決にかかっていた。
緊張と興奮を混ぜ合わせて戦いに臨んだ三組メンバーは、だが、拍子抜けするくらいあっさりと三勝を上げ、完全勝利で優勝した。
「お、おい、いいのか、これ……?」
竜兵にいたっては、結局一度もE・アバターの出番はなく団体戦を終えてしまった。気が抜けるのも仕方のないところだろう。
「完敗だよ」試合後、雨宮士郎が握手を求めてきた。竜兵は不完全燃焼のまま、手を握り返す。
「明日の個人戦も楽しみにしてるよ」
「あ、ああ。よろしくなっ」
愛想よく笑い、竜兵は応えた。
「それじゃ」
士郎は含みのある微笑を浮かべ、会場をあとにした。
「紫堂」士郎が去ったのを確認して、赤夜が近づいた。
「雨宮はあきらかに手を抜いていたな」
「ああ。こっちの手の内を探るかのようだった。あれが学年一番のプレイとは思えない」
「わかってるならいい。だが、それでも勝ちは勝ちだ。あいつに初めて土を付けたのはおまえだ」
赤夜に押され、会場の真ん中に送られる。すると今日一番のヒーローに賞賛の声が飛び交った。なにしろ無敗のチャンピオンを破ったのだ。それがどんなプレイであったにしても大金星にかわりはない。
お調子者の竜兵は乗った。ともかく今日は喜んでおこう。赤夜と美守を巻き込んで、少年は大いにはしゃいだ。
その夜、明日の作戦を脳内シミュレーションしていた竜兵に一本の電話が入った。名前を聞き、驚きに声が裏返った。
「雨宮士郎!?」
「こんばんは。キミとどうしても話がしたいんだ。これから学校へ来れないかな?」
「学校? これから?」
「とても大事なんだ。……そうだ、よければついでに一戦しよう。明日の前哨戦ってことで」
「……どうせまた手を抜くんだろ?」
冗談と本気を半々で言ってみると、士郎は否定しなかった。
「ゴメン、今日はちょっといろいろあってね。今度は絶対に負けない」
「ならいいぜ。オレは挑まれた勝負からは逃げない」
「それじゃ、体育館で。鍵は開けておくから」
電話は一方的に切られた。
竜兵は不審に思いながらも、両親に学校へ行くと告げて家を飛び出した。
学校までの三分を全力疾走し、体育館へ駆け込む。施錠はされておらず、照明が舞台上のPFFマシンを照らしていた。
「来たぜ。けど、こんな時間に入っていいのか?」
「ちゃんと許可はとってあるよ。だからだいじょうぶ」
「ふ~ん」
竜兵は二人しかいない体育館を見回し、静寂に包まれた空間に違和感を抱いた。
「とりあえず、一戦しようか?」
「ああ。話ってのは後でいいのか?」
「いや、プレイしながらでもできる程度の話だよ」
「う〜ん、できればゲームに集中したいんだけどなぁ。ま、いいか」
「それじゃ、はじめよう」
「おう! PFFスタートだ!」
紫堂竜兵……ラスター/P10/F7/ライフ35/AP2/手札3
雨宮士郎……エンダー/P10/F10/ライフ34/AP2/手札3
「先攻はボクだね。じゃ、手始めにフォースで攻撃」
雨宮士郎のアバターであるエンダーは、白銀の鎧をまとった聖騎士だった。竜兵の知識では、防御主体のスキルが多くそろっていた印象がある。
白銀の騎士の掌に魔力が満ちる。気合とともに打ち出された魔力光弾が、黒の奇術師を襲う!
「ルーレットは4の3、攻撃力17」
「はじき返してやる。ルーレット……あれ、5? 攻撃力12……」
ラスターの大鎌から放たれた魂を喰らう刃は、エンダーの光弾をはじき返すわけでも打ち消すわけでもなく、逆に打ち負けていた。
「ダメージ5か。まだはじまったばかりぃ!」
元気に負け惜しみを言う竜兵に士郎はクスッと笑い、「ターン終了」を告げた。
紫堂竜兵……ラスター/P10/F7/ライフ30/AP4/手札4
雨宮士郎……エンダー/P10/F10/ライフ34/AP4/手札4
「オレのターン。パワー攻撃! ルーレットは8!」
「ボクは4。このままだと4ダメージだから、スキル〈鉄壁の剣〉を使う」
「たった4ダメのために?」
「このダメージが致命的になるかもしれないからね。2レベル・スキル〈鉄壁の剣〉はダメージを1D+2分減少させる」
「〈ポーション〉みたいなものか」
+2というのがズルイ気もするが、手札一枚で2回復するフェニックス・ドラゴンの特殊能力よりはかわいいものだ。
「そうだね。1Dは3。これならノー・ダメージだ」
「カウンターはしない。ターン終了」
紫堂竜兵……ラスター/P10/F7/ライフ30/AP6/手札5
雨宮士郎……エンダー/P10/F10/ライフ34/AP4/手札5
「キミは楽しそうにゲームをするね」
「当たり前じゃん。実際たのしいしな」
「そう、気に入ってくれてボクも嬉しい」
「なんでおまえが喜ぶんだよ」
「このゲーム、ボクの父さんがプログラムしたんだ」
「マジ!? じゃ、この学校の先生なのか?」
「いや、隣町の久遠東高校の教師だよ。PFFは、元はその学校からはじまっているんだ」
「へぇ」
「あ、手が止まってしまったね。ボクは……このターン、何もしないで終了」
竜兵は怪しんだが、AP温存だろうと考え、次のターンでラッシュが来るのを予想した。
紫堂竜兵……ラスター/P10/F7/ライフ30/AP8/手札6
雨宮士郎……エンダー/P10/F10/ライフ34/AP6/手札6
「ここは攻めるぜ」竜兵は手札をタップし、恒例となったスペル・カードを公開する。
「〈ストレングス〉で……攻撃力5アップ! パワー攻撃!」
ダイスがめまぐるしく画面内を疾走し、やがて二つの数値を表にして停止した。
「合計10っ。総攻撃力は25だ!」
「ボクのルーレットは8。このままだとダメージは7だね」
「まだだ。〈追撃〉でさらに1Dっ。よし、マックス6!」
「本当にスゴイね、キミのダイス運て」
士郎が苦笑する。
「カウンターは!?」
「もちろんする。3レベル・アクション〈防御体勢〉。ダメージを半分にするかわりに、次ターン、ボクは攻撃できない」
「ダメージは端数切り上げだから7か……」
「さらに〈鉄壁の剣〉を使う。消費APは1上がって3になる。それと、このスキルに限りライフ減少のかわりに手札を捨てる」
「ダメージ減少スキルでダメージを喰らうってのもヘンだからね」と彼は付け足した。
「また使うのか?」
士郎は答えず、1Dルーレットを回し、5でとめた。ダメージ減少は7、つまりは無傷である。
「そこまでして守るのか……」
竜兵は勘違いをしているのではないかと、自分を疑いだした。ここまで守るのは戦略なのではないだろうか。
「さっきの続き」
「え?」
「PFFは問題もあったけど、ゲームのために成績を上げようとする人も増えた。おかげで近隣の学校にも導入されて、今、この学校にもある」
「うん。オレだってこのゲームがなけりゃ、放課後の勉強会なんてゴメンだね」
「そうしてPFFを導入している学校はオンラインでつながれ、ゲーム以外でも役に立っている。だけど、あるとき事件が起きた」
「事件?」
「久遠東高校の生徒が一人、授業中に発作を起こし倒れた。彼は倒れる寸前に『すべて消し去ってやる』と何度もつぶやいていたらしい」
「なんだそれ、ノイローゼってヤツ?」
「そう。教師も医師も家族すらそう考えた。実際その人は受験を前にかなり神経が昂っていたらしい」
「へぇ……?」
竜兵には士郎の会話の意味がわからなかった。興味もなかった。
「つまらない話だったね。ボクのターンをはじめようか」
紫堂竜兵……ラスター/P10/F7/ライフ30/AP5/手札5
雨宮士郎……エンダー/P10/F10/ライフ34/AP2/手札5
「――といっても、ボクは〈防御体勢〉の効果で攻撃できない。ターン・エンド」
紫堂竜兵……ラスター/P10/F7/ライフ30/AP7/手札6
雨宮士郎……エンダー/P10/F10/ライフ34/AP4/手札6
「オレのターン。〈トリック・カーテン〉! 常時スキル〈奇術大全〉の効果でAPと成否判定に-1」
ルーレットは4と3。
「さらに〈トリック・ダイス〉で3の目を4に変更する!」
「カウンター。3レベル・アクション〈種明かし〉。トリック・カードの効果を無効にする。代償としてそのトリック・カードのレベルと同じ枚数の手札を破棄」
「マジか、チクショウ!」
一気に勝負を有利に運ぶつもりだった竜兵には痛い反撃だった。〈種明かし〉というレアなカードが存在するのも知らなかったので、精神的ダメージは二倍だ。
「しかたない、フツーに攻撃っ」
しかし竜兵のルーレットは揮わず、逆に2点のダメージを負う。
「ここまでそっちはノー・ダメージかよ。なんかすげぇ戦いづらい」
「ボクはこの守りで無敗を貫いてきたからね。そう簡単にはやられないよ」
「なら、昼間はどうして手を抜いたんだよ?」
「いや、手を抜いたわけじゃないよ。危険性を感じて勝負に集中できなかった」
「それじゃ今は集中してるってことだよな?」
「これ以上なくね。ボクはキミを斃さなければならないから」
「いいねぇ、そういうの。やる気が出るぜ! ターン・エンド」
紫堂竜兵……ラスター/P10/F7/ライフ28/AP5/手札5
雨宮士郎……エンダー/P10/F10/ライフ34/AP3/手札3
「キミのその強さと純粋さがアイツに利用される。ボクはそれをとめなければならないっ」
あまりに唐突な発言に、竜兵は呆然とした。かまわず士郎は一枚のカードを出した。
「3レベル・スペル〈ブラッド・トレード〉。ライフを2払うごとに、APを1回復、または手札を一枚補充できる。ボクはライフを10払い、APを5にする!」
「今までライフを一切削らせなかったのに、たかがAPを2ポイント増やすためにスペルまで使うって……!」
「条件はそろった。もう守る必要はない。だから――!」
士郎の指が、強くカードを弾いた。
「5レベル・スペル〈コール・オブ・レジェンド〉発動!」
ゲーム・マシンのスピーカーから大音量の楽が轟く。暗雲が立ちこめ、白銀の騎士エンダーに雷を落とす。真っ白となった画面から、じょじょに人影が見えはじめ、それは偉大なる黄金の騎士を映し出した。
「まさか、E・アバター……?」
「そうだよ。これがボクの本当の化身、『終焉に立つ者』エンダーだ」
紫堂竜兵……ラスター/P10/F7/ライフ28/AP5/手札5
雨宮士郎……エンダー/P15/F15/ライフ24/AP0/手札1
「『終焉に立つ者』の召還条件は、相手からの攻撃を3回、無傷で防ぐこと。能力は基本値が+5となり、専用スキルが使えるようになる」
竜兵は士郎の説明を聞いてはいなかった。それよりも気にかかる点があったからだ。
「終焉……? オレの、E・アバターと似たような二つ名……」
士郎がフッと息を吐いた。
「そうだよ。コイツはキミの持つ『終わらせる者』の天敵なんだ。なにせエンダーの使命は『終わらせる者』を斃すことなのだから」
「なんだって?」
「ほら、キミのデッキの中でアイツが奮えているだろ? キミにはわかるはずだ。キミはアイツに選ばれたのだから」
士郎がなぜ『終わらせる者』を持っているのを知っているのか、竜兵には不思議がる余裕もなかった。
「オレが選ばれた? なんだよそれ? こんなのデータじゃないか! オレが持ってるのだって偶然だろ!」
「違うよ、キミは『終わらせる者』に望まれたんだ。ソイツはキミの能力を必要としている。ボクはそれを知っているっ」
「わっかんねぇよ! なんなんだよ、それ! これがおまえのしたかった話か? 昼間、手を抜いた理由なのか!?」
「そう。対戦中にボクは確信したんだ。キミの手にそのカードがあるのを。だから呼び出す前にゲームを終わらせる必要があった。使わせてはいけなかった」
「そんなのも偶然だっ。オレは二組と戦うときも、四組とやるときもこのカードをデッキに入れていた。たまたま呼び出せなかっただけで、使おうと思えば使えたんだ!」
「偶然じゃないよ。そのカードはエンダー以外と戦う気はないんだ。だから使えないように細工をした」
「そんなことできるかよ!」
「できるんだ、ソイツなら。試しにエクストラ・デッキにあるそのカードを見てごらん。ボクの話を信じる気になるよ」
竜兵は疑いつつも、確認はやめなかった。そして今まで書かれていなかった文章を見つけた。
『このアバター・カードは場にクラス・レジェンドがいるとき、無条件で使用できる』
竜兵はがく然とした。思考が追いつかなかった。追い討ちをかけるように声が聞こえた。『すべて消し去る。滅ぼす。斃す』と。黒い死神の声だった。
「うわぁぁ!」
竜兵はマシンから飛び出し、距離をとる。
「わかったかい? それが元凶なんだ」
「げ、元凶……?」
バンッと体育館の扉が開いた。三人の人影が飛び込んでくる。
「竜兵!」
「紫堂!」
「竜兵くん!」
真矢、赤夜、美守の三人だった。
「竜兵、あのカードは使っちゃダメ! わたし調べたの! あのカードは呪われてるの!」
「みんな……」
竜兵の頭はもうすでにパンパンで、破裂しそうだった。
「『終わらせる者』を所持していた三人が三人とも何らかの精神的ショックを受け、昏倒した。理由はわからないが、そのカードが原因ではないかとの疑いもある。紫堂、即刻ゲームをやめろ」
「竜兵くん、まだ間に合うと思う。だから……」
口々に発せられる説得に、竜兵はただうなずいた。
「ダメだ、紫堂竜兵。戦うんだ!」
「雨宮士郎!」
四人の目が黄金の騎士とともに立つ彼に向けられた。
「『終わらせる者』を呼び出せ。そしてしばらく耐えていればいい。エンダーでソイツを斃せば終わるんだ!」
「どういうこと?」
「『終わらせる者』はPFFのバグなんだ。人に害を与える電気信号を作り出し、知らずうちに所持者を攻撃する。それが昏倒の原因だ」
「原因がわかってるなら、なんで放っておくの? プログラムなんでしょ? 削除したり修正したりできるんでしょ?」
真矢の質問に、士郎はかぶりを振った。
「閉じられた世界ならそれでよかった。けれど、周辺地域とオンラインでつないだせいで、ヤツには無限の逃げ場所ができてしまったんだ。実際、何度も除去したが復元した。どうにか排除プログラム『レジェンド』でこの学校のサーバーまで追いつめ、逃げられないようにしたけど、それだっていつまでもつかわからない。元凶を断たないとダメなんだ」
「その元凶が、紫堂の持つ『終わらせる者』か」
「そう。そして排除プログラム『レジェンド』で直接攻撃することが唯一の破壊方法なんだ」
「でも、なんで竜兵くんなの?」
美守の素朴で当然の疑問に、みんなの視線が竜兵に向けられた。
「『終わらせる者』はまず、小さなプログラムとして無差別にランカーのもとへいく。それが絵柄だけが異なるアバター・カードだ」
「今のラスターね?」
士郎はうなずいた。
「そしてそのカードを使った者の中で、優秀な人材を選択する。優秀であればあるほど、周囲に接触する回数が増えるからね」
「遊びとか、大会とか?」
「そう。そこで一定の評価を下すと今度はオリジナルが接触する。『終わらせる者』だ」
「う、わっ!」
突然、竜兵が飛び上がって三人のそばに走り寄った。
「どうしたんですか!?」
「また聞こえた。あの声だ……」
「わたしには聞こえませんが……」
「紫堂にだけ聞こえるんだろう。悪魔の誘いがな」
「紫堂くん」雨宮士郎が余裕なく呼びかける。
「これ以上、先延ばしにはできない。キミも感染するぞっ。しばらくのガマンだ。戦え。戦ってくれ! この異常事態をとめられるかはキミしだいなんだ!」
「……オレにしか、できない?」
「ああ、そうだ。これは誰でもない、紫堂竜兵だからできるんだ! キミでなければ『終わらせる者』は呼べない。その力に対抗もできない。キミだから!」
「……そっか」
竜兵は冷や汗を流しながらも立ち上がった。自分にしかできない、という使命感は勇気となり、竜兵を奮起させた。
「し、紫堂家家訓、男はいつでも全力勝負ぅ!」
一歩を踏み出す。
そんな竜兵の姿に、真矢たちも奮えた。
「結果を恐れず突き進め!」
「おう!」
竜兵は重い足取りのまま、けれど精一杯の虚勢と勇気でマシンに戻った。
「さぁ、キミのターンだ!」
紫堂竜兵……ラスター/P10/F7/ライフ28/AP7/手札6
雨宮士郎……エンダー/P15/F15/ライフ24/AP2/手札2
「きやがれ、『終わらせる者』!」
カードを指定した瞬間、画面が真っ暗になった。それどころか体育館の照明も落ち、一部のライトだけが怪しく明滅していた。
低く重い音が響き、体育館を鳴動させるほど大きくなる。最後のドォン!という音とともに、画面が戻り、黒髪に黒マント、巨大な黒鎌を携えた隻眼の男が立った。
紫堂竜兵……終わらせる者/P15/F12/ライフ28/AP7/手札6
雨宮士郎……エンダー/P15/F15/ライフ24/AP2/手札2
「『終わらせる者』。ついに会えた。父さんの名誉のためにも、おまえには消えてもらう!」
「オレはこのままターン終了すればいいのか?」
「あとは任せて、下手にカードを使ったりしないでほしい」
「わかった。ターン・エンド」
紫堂竜兵……終わらせる者/P15/F12/ライフ28/AP9/手札7
雨宮士郎……エンダー/P15/F15/ライフ24/AP4/手札3
「ボクのターン。通常のフォース攻撃。ルーレットは11」
「オレのルーレットは7だ。ダメージは7か? カウンターはしな――!」
「ってぇ!」竜兵が頭を押さえて突っ伏した。
「竜兵くん!?」
「まさか、『終わらせる者』が紫堂に何かしてるのか!?」
赤夜の予測は的中していた。竜兵の突然の頭痛は、タブレットから発する光信号によるものだった。
「つつ……。また声がしやがった。戦えだとよ。どうもコイツはエンダーが嫌いらしいぜ」
「だろうね。エンダーは『終わらせる者』を駆逐するための特殊プログラムだから。彼にしてみれば最優先で斃したい敵なんだろう」
「とにかくさっさとやってくれ。ダイス目までは手加減できないぞ」
「わかってる。キー・カードが入ればすぐに斃す。ターン終了」
紫堂竜兵……終わらせる者/P15/F12/ライフ21/AP11/手札8
雨宮士郎……エンダー/P15/F15/ライフ24/AP6/手札4
「オレは……ってぇなぁ! まだ騒ぐのかよっ。往生際の悪いヤツだ。ターン終了ぉ!」
「だいじょうぶ、竜兵くん?」
「ああ、平気へいき。ありがとな」
紫堂竜兵……終わらせる者/P15/F12/ライフ21/AP13/手札9
雨宮士郎……エンダー/P15/F15/ライフ24/AP8/手札5
「ボクのターン。チャージ・フェイズ。……まだ来ない」
「キー・カードか?」
「うん。まさか、『終わらせる者』がシステム介入しているのか?」
「ンなのわかんねぇよ。単なる運かもしれないし。とにかくさっさと攻撃してくれ」
「わかった。フォース攻撃」
この攻撃でも、『終わらせる者』には4点のダメージしか与えられなかった。確実に減ってはいるが、ターンが長引けばそれだけ竜兵に負荷がかかる。現に、カウンターをしない竜兵に見えざる抗議が襲っていた。
「うぎぎぎっ……! なんなんだ、おまえは! 黙って消えちまえ!」
『それはできない』
「……いま、誰かなんか言ったか?」
雨宮士郎と他三名はたがいを見合わせた。
「どうしたの?」
「なんか、声がした……」
「やめてよ、タダでさえオカルトみたいなのに……!」
真矢は赤夜の背後に隠れ、視線をうろつかせた。
「それじゃ、今のはいったい……?」
『戦え、竜兵。おまえの力が必要だ』
「まただ! もしかしてこれ、おまえか!?」
竜兵が背後の大型ディスプレイに叫ぶ。画面の中で『終わらせる者』はダメージに耐えていた。
『ようやく声が届いたようだな、紫堂竜兵』
「おまえ、ただのバグのくせに人間を攻撃しやがって!」
『竜兵、すべてを消せ。レジェンドを斃すのだ』
「できるかよ! おまえが消えろ!」
ディプレイに向かって怒鳴る竜兵に、「なにを言ってるんだ、あいつは」と赤夜がいぶかしむ。
「もしかして、竜兵には『終わらせる者』の声が聞こえているんじゃないの?」
「わたしもそう思います。竜兵くんは会話しているみたいです」
「ありえないだろ、そんなの」
認めたくはないが、それが真実だろうと赤夜も感じてはいる。だが理性と常識が阻む。
「おまえを放っておけば、これからもたくさんの人が傷つく。おまえは存在しちゃいけないんだ!」
『わたしの今の目的はレジェンドの破壊。ただそれだけだ』
「ウソつけ! おまえの言葉なんて信じられるか!」
『ならばなぜわたしはここにいる!』
「知るかよっ」
『声』がするたびに、竜兵の頭痛はひどくなった。まともな思考さえ奪われ、『声』の主に殺意さえ湧きそうであった。
『わたしたちは一つだ。敵でもなく味方でもない。わたしはキミで、キミはわたしなんだ。だからこそ共に戦えるのだ。その摂理に逆らうな。わたしは――』
「コイツをなんとかしてくれぇ!」
竜兵はターン終了までボタンを一気に連打し、自分のターンを流して士郎に譲った。
紫堂竜兵……終わらせる者/P15/F12/ライフ17/AP17/手札11
雨宮士郎……エンダー/P15/F15/ライフ24/AP12/手札7
「ボクのターン。……よし、来た。4レベル・アクション〈無双の楯〉。一度だけ攻撃力を2D追加する」
ここに来て爆発したのか、士郎のルーレットは2の2でブーストし、3の6へとつなげた。さらにフォース攻撃を選択し、4と5を振る。総攻撃力は15+2+2+3+6+4+5で37だ。
「これで、終われる……」
頭を押さえながら竜兵もルーレットを回す。誰にとって幸運なのか、6ゾロのブーストから2ゾロのブースト、さらに1ゾロとつなぎ、2の4でようやくとまった。
「36だと……? たった1点……?」
「ルーレットにまで干渉してるって言うの?」
「そんな……」
事実の確認をしようもないが、疑うのも無理はない。あれだけの攻撃をカードの援護もなくわずか1点で抑えてしまったのだ。偶然で片付けていいものではないだろう。
「おまえ、オレを殺そうってのか?」
『わたしは何もしていない。竜兵、これがおまえの力だ』
「そうかよ。こんな場面でなけりゃ、踊ってしまいそうだぜ」
『竜兵、聞け。わたしは敵じゃない。あれを斃すプログラムでしかないんだ。そしてキミ自身なんだ』
「わけわかんねぇんだよ。なんでオレがおまえなんだよっ」
「思い出せ、竜兵。共に戦った日々を。おまえがわたしにくれた言葉を。竜兵、答えはそこにある!』
パンッと弾けた。頭に収まりきれなくなった思考の渦が破裂し、一瞬真っ白になった。
体が崩れ、仲間が駆けつけてくる音と声がかすかに聞こえた。
白い空間で目覚めた竜兵に、これまでの戦いが浮かんでは消えた。赤夜の〈ブレイズ・ドラゴン〉、真矢のナイト・ダンサー〈アイシャ〉、美守のフェアリー〈テテ〉、安田欽一のウォリアーにその他大勢の敵味方。一戦一戦が竜兵の思い出であり、生きた証明であり、糧だった。その相棒は黒髪隻眼の奇術師。黒刃の大鎌を振るい、敵を翻弄してきた。彼がいたからこそ今の竜兵がある。いや、彼は『彼』ではなく、自分なのだ。ラスターは別人ではなく、化身なのだから。
だが――
「おまえは人を傷つけてきた。三人も病院送りにしたじゃないか!」
『それはわたしではない。バグが起こしたこと』
「おまえがバグだろうがっ。おまえが、おまえの意思で彼らを苦しめたんだっ」
『わたしの意思は――』
「うるせぇ、おまえがぜんぶの原因に決まってるんだ!」
話も聞かず頑なに自分を拒む竜兵に、ラスターの片目が愁いを帯びた。
『……それがキミの答えなのか?』
「え?」
『キミの記憶と意思と思考の結果、導き出した答えなのか?』
「それは……」
『誰かの言葉ではなく、自分の答えを出すんだ、竜兵。わたしがいったい何者であるのか、わたしが見据える先がなにか……』
竜兵の意識は墜ちていった。灰色の世界へと、漆黒の闇へと。遠く遠く、はるか先に見える小さな灯火に向かって。
紫堂竜兵……ラスター/P15/F12/ライフ16/AP17/手札11
雨宮士郎……エンダー/P15/F15/ライフ24/AP8/手札6




