第三話 英雄と王
竜兵と真矢と美守は、放課後のわずかな時間を勉強にあてるようになった。理由はとても簡単で、竜兵がPFFでもっと強くなりたいと言い出したからだ。
PFFの基本パラメータは学業成績に直結しており、高ければそれだけ有利だ。パワーは国語または社会の成績、フォースは算数または理科、ライフは体育がプラス点となり、家庭科・図画工作・音楽の合計はボーナス・ポイントになっている。
竜兵は体育が五段階の5、図画工作が4、家庭科と音楽が3以外は2以下だった。「基本が弱すぎ」と真矢にツッコまれるのも無理はなかった。
そういう真矢も平均で言えば3強くらいで、けして優等生ではない。美守は四教科の成績は文句なしだが、それ以外が劣っていた。
ゆえにたがいに協力しあって、苦手を克服しようと勉強会をはじめたのだった。
もちろん平行してPFFもプレイしている。竜兵は日に十回は対戦するし、美守も竜兵に背中を押されて見知らぬ人と勝負するようになった。真矢は応援のみだが二人といるのは嫌いではなかった。
そうして十月の運動会も、十一月の遠足も共に過ごし、十二月の学期末テストを終えた。冬休みも目前である。
終業式が済み、二学期成績評価表を受け取った竜兵は、いつにもまして元気だった。勉強会の甲斐もあり、国語と理科で3がとれた。これはすなわちPFFのパワーとフォースが3にあがったのを意味する。また、真矢にならって裁縫と料理の練習した成果もバッチリ表れていた。
「二人のおかげだぜっ。ありがとうな!」
「別にお礼なんていらないわよ。副学級委員として、ダメな児童は助けないとね」
「わ、わたしも竜兵くんにはいろいろ助けてもらったから……」
竜兵に勉強を教える代わりに、美守は竜兵から度胸と運動を鍛えられた。音楽室でカラオケをやらされたり、毎朝ラジオ体操とマラソンにつきあわされた結果だ。竜兵は強引だが、無理強いはしなかった。カラオケも二人で歌うことからはじめたし、マラソンも半分以上は散歩だった。楽しいと思ううちに、少しずつ内外から自分の変化がはじまり、気がつけば声が出せ、体力もついていた。
二学期最後のあいさつが交わされると、竜兵は勢いよく机に飛び乗った。
「八神赤夜、勝負だ! クラスで一番を決めようぜ!」
竜兵は二学期のあいだに実力をつけ、今では学年ランキング六位、クラス・ランキングでは二位に入っている。赤夜は学年二位、クラスでは不動の一番だった。
「またミジメな敗北を味わいたいのか」
「あのときといっしょにするなよ? 力をつけ、経験をつんで、相棒も得たオレに負ける要素はないぜ」
「運だけのヤツが吠えるな」
「そう思うなら逃げるなよ。実力でねじ伏せてみろ」
「キサマ……!」
「さぁ、勝負だ、赤夜! おまえに勝って、三学期早々の学級対抗試合で学年一位になってやるぜ」
赤夜が竜兵との対戦を承諾したのは、このセリフによってだ。無知な挑戦者の傲然とした態度が腹立たしく、許せなかった。アイツに勝てる者がいるとすれば自分以外にはないと赤夜は思っていた。それもまたうぬぼれであろうが、竜兵よりも現実を知っているだけに妄言は耐えられなかった。
「おまえごときがアイツに勝てると思うな! その自信過剰な口、一生封じてやる。かかってこいい!」
「おう、そうこなきゃな!」
『アイツ』というのが誰かは知らないが、竜兵は対戦ができればどうでもよかった。
ギャラリーを引き連れ、二人は屋上のひときわ大きなPFF用ゲーム・マシンに乗り込んだ。
たがいのデッキはすでに完成している。ゲーム開始が告げられ、先攻・後攻がルーレットで決定された。
「オレの先攻。チャージ・フェイズ」
先攻の竜兵はすばやく手札を確認し、一秒後には順当にパワー攻撃をタップしていた。
紫堂竜兵……ラスター/P10/F7/ライフ25/AP2/手札3
八神赤夜……ブレイズ・ドラゴン/P10/F9/ライフ25/AP2/手札3
「ルーレット! ……3と4。合計17だ!」
「受けてやる。ルーレット、2、5。17」
二人にカウンターはなく、同値でぶつかる。ラスターのブラック・エッジと、ブレイズ・ドラゴンのヘル・ファングが衝突し、たがいを弾いた。
「フン、少しはマシになったか」
「数値的不利はほとんどないぜ。だからオレが勝つ!」
「ほざいていろ」
竜兵がターン終了を宣言すると、赤夜が間髪いれずターンを引き継いだ。
紫堂竜兵……ラスター/P10/F7/ライフ25/AP4/手札4
八神赤夜……ブレイズ・ドラゴン/P10/F9/ライフ25/AP4/手札4
「2レベル・ドラゴン・スキル〈ブレス・チャージ〉。効果は覚えているな?」
「もうかよ!」
「キサマなど瞬殺してやる」
赤夜のブレイズ・ドラゴンが最大級のブレスを吐き出す準備に入る。しかし竜兵は落ち着いていた。
紫堂竜兵……ラスター/P10/F7/ライフ25/AP6/手札5
八神赤夜……ブレイズ・ドラゴン/P0/F9/ライフ25/AP4/手札5
「オレのターンだ。チャージ・フェイズ。そして〈ストレングス〉!」
3レベル・カードでパワーを1Dアップ。ダイスの目は5だった。
「ホント、ダイス運だけはいい」とは真矢の呆れともとれる感嘆だった。
「そして攻撃!」
このターン、赤夜のドラゴンはブレス充填のためにパワーは0だった。ブーストすれば大ダメージどころか一撃で決着がつくだろう。
「ルーレットは5、6っ。くわぁ、おっしぃ!」
周囲からも同様のため息があふれる。それでも大ダメージには変わりなく、10+5+5+6で26! 瞬殺は免れたが、ダイスしだいでは瀕死には違いない攻撃力だった。
「ルーレットで2と3。ダメージは21だ」
「カウンターはない」
竜兵が行動スキップ・ボタンを押す。行動が確定し、ラスターが四枚翼の赤竜をあわや撃破というところまで追い詰める。ドラゴンはもはや虫の息だった。
だが赤夜は余裕だった。
「このダメージは想定済みだ。カウンター発動、2レベル・スキル〈逆鱗〉! このターン、一度に15以上のダメージを喰らったことで、次のこっちの攻撃が一度だけ10アップする!」
「げ、マジかよ!?」
「オレのターン」
紫堂竜兵……ラスター/P10/F7/ライフ25/AP5/手札5
八神赤夜……ブレイズ・ドラゴン/P0/F19/ライフ4/AP4/手札6
「灼け散れ、紫堂。ヘル・ブレイズ・バースト!」
ブレイズ・ドラゴンが溜め込んだ怒りを一度に噴出させた。その威力はすさまじく、さきほどのラスターの攻撃をはるかに上回る。
「2、2、ブースト! そして3、5!」
「おいおい、合計いくつだよぉ!」
「19+10+2+2+3+5……41? よんじゅういちぃ!?」
計算した真矢が自分で驚いていた。
「竜兵くん……」
見守っていた美守が弱々しくつぶやく。竜兵はルーレットで10以上を出さなければ負けてしまう。ダイス運がいい少年といえど、難しい数字だった。
「フン、どうせ〈ポーション〉あたりは持っているんだろ?」
「まぁね。それぐらいは常備しとかないとな」
竜兵はルーレットをまわし、2と6を出した。あと2点は〈ポーション〉で補おうとカードをタップした。
回復量はちょうど2点だった。
「おお、助かった」「すげぇ、竜兵っ」あの大ダメージから生還を果たした竜兵に、ギャラリーが沸く。
しかし、赤夜の眼光はさらに強まっていた。
「それこそ読んでいた。2レベル・カード〈アイテム・ブレイカー〉。アイテム・カードを一つ破壊し、効果を打ち消す!」
とたんにギャラリーが落胆の声を発した。いいところまでいったが、やはり八神赤夜の壁は厚い。五年三組で勝てるヤツは誰もいない。そんな声が続く。
「さすが」
竜兵も素直に赤夜を認めた。
「これくらい当然だ。やはりキサマごとき、まだオレの相手じゃない」
「おいおい、待てよ。まだ終わってねーぞ」
「なに?」
「オレはこれでもおまえをスゲェ評価してんだぜ。読まれているのも当然だと思ってる。だからこそ――」
竜兵がカードを出した。
「3レベル・カード〈マジック・シールド〉。特定の属性攻撃のダメージを3ターンの間5点軽減する! オレが選択するのは炎属性の攻撃だ」
「な、に……」
「これによってダメージは21点。オレの残りライフも4点だ」
「おー、竜兵が残った!」「いいぞ、やれぇ!」「次で倒せるぞ!」ギャラリーが再び盛り上がる。美守にいたっては、嬉しくて目の端に涙さえ浮かんでいた。
ただ一人、真矢だけが複雑な心境だった。たしかに紫堂竜兵という少年は、八神赤夜に比べれば好感が持て、応援したくなるのもわかる。けれど、これではまるで八神赤夜は悪役ではないか。誰もが彼の勝利を望んでいない、負けてしまえと思っているかのようだ。竜兵が転校してくるまでは、赤夜のほうこそクラスのヒーローだったはずなのに……
「……ターン終了」
赤夜に動揺が見える。竜兵の手を読み、勝ちを確信していただけに、ショックは大きかった。それに周囲の声が彼を孤独にする。今まで気にもかけなかったが、これだけの人数がいて味方が一人もいないというのは、未だ小学五年生の少年には重い。
ふと月浦真矢と目が合った。が、その目が悲哀に満ちたいるのに気づき、赤夜は奥歯を噛んで視線を逸せた。やはり味方は誰もいない。そんなのはわかっていたはずだ。
「オレのターン、行くぜ!」
紫堂竜兵……ラスター/P10/F7/ライフ4/AP2/手札4
八神赤夜……ブレイズ・ドラゴン/P10/F9/ライフ4/AP4/手札6
「勢いにのって攻撃! ルーレットは……6? 勢いないじゃん。パワー攻撃力は16だ!」
結果が低くとも竜兵は気にしない。これだけ盛り上がれればゲームをしている甲斐もあるというものだ。
赤夜はその雰囲気を楽しむどころか憎々しげに感じていた。負の感情はダイスに伝染し、合計5の数値にしかならなかった。
「1点ダメージ。あと3点!」
周囲からの声に応えるように、竜兵の手が走る。
「よぉし、決めちゃうぜ! 2レベル・トリックカード〈ダブル・アタック〉。成否判定に成功すればもう一回攻撃ぃ!」
ルーレットを回し、絶好調の6ゾロを出す。この時点で判定成功だった。
「二回目の攻撃! ……いいぞ、9だ。攻撃力は――」
なおテンションがあがる竜兵のタブレットに、赤い文字が浮かんだ。
『GIVE UP』
赤夜が自ら投了ボタンを押したのだった。
「え、おい、赤夜!?」
誰よりも驚いたのが竜兵である。赤夜ならまだ何か仕掛けてくる。ゲームはまだまだ終わらないと思っていた。なのに、あの自信に満ちた竜の化身の少年は、うつむいたままゲーム機を離れていった。
「待てよ、ここで終わる気かよ! まだライフは残ってんだぜ! まだまだ戦えるだろ!」
「……」
赤夜は振り返らなかった。
「赤夜ぁ!」
飛び出そうとする竜兵を、小さな手がとめた。
「もう、やめて。彼は負けを認めたんだから……」
「真矢……。でも、まだ戦えるじゃんかよ。あきらめるなんてらしくねーだろ」
竜兵は心底から悔しがっていた。それがわかるからこそ、真矢は胸の奥が濁った。
「……あんたに、なにがわかるっていうの?」
「え?」
真矢のひと睨みが、竜兵の言葉と動きをとめた。
「……いずれまた赤夜は戦うわ。だからしばらく待って」
言い残し、真矢は走っていった。
「竜兵くん……?」
心配になった美守が竜兵のそばへとやってくる。
「なんなんだ、あいつら? スッキリしねぇ……」
結果をみれば竜兵の勝利である。けれど気分は負け試合よりもヒドイ。たがいのパフォーマンスを最大まで高めたいいゲームだったはずだ。それなのに。
「そういえば、あいつらって……」
ギャラリーの一人がふと思い出して言葉にした。八神赤夜と月浦真矢の関係を。
「ここ来るの、久しぶりじゃない?」
月浦真矢が小さな公園の、隅っこにあるベンチに座った。となりにはすでに先客がいた。
「負けちゃったね」
真矢の笑顔にも赤夜は反応しなかった。うつむいたまま、彫像のように固まっている。
「らしくないじゃない、途中で投げ出すなんて」
「……になにがわかる……」
「え?」
「おまえになにがわかるんだ!」
真矢が竜兵に放った言葉が、そのまま返された。興奮し拳をにぎる少年に、だが、少女は動じなかった。
「わかるよ。あんたが何のために戦って、がんばってきたのか。忘れると思ってるの?」
「……!」
赤夜は真矢を凝視した。少女の真剣な眼差しは、すべてを見通していた。
「ヒーローでいたかったんだよね」
「!」
少年はまたもビクッとした。すなわちそれが答えだった。
「昔のたわいないわたしの一言を、ずっと守ってきたんだよね?」
幼いころ、真矢は鉄棒ができなくて泣きながら練習をしていた。そこに現れたクラスメイトの少年が、自慢げにグルグルと回ってみせる。回り疲れて着地すると、いきなり命令口調で『おまえはここがダメなんだ』と指導をはじめた。少女は理不尽に怒られながらも練習し、やっと一回できた。
『ありがとう、八神くんっ』
『フン、努力すれば大抵できるんだっ。泣くヒマがあったらがんばれ』
それからも少女が困っていると、少年は文句をいいながらも手を貸してくれた。勉強も、スポーツも、遊びも。すべてを万能にこなす少年に、少女は憧憬を抱いて言った。
『スゴイね、八神くんて。なんでもできるんだね。ヒーローみたい』
「……そんな古い話、知るか」
赤夜はいたたまれなくなって立ち上がった。
「ヒーローでいられなくなったから逃げたんでしょ? 竜兵の姿に理想のヒーローを見て、だから……」
「違う! そんなくだらないことじゃない!」
「くだらなくない! わたしはずっとそれを信じてきたんだからっ」
「……!」
赤夜に次の言葉はなかった。
「……でも、それが重荷なら捨てればいいよ。誰かのヒーローでいる必要なんかない。赤夜がしたいこと、望むことをすればいい。わたしは見てるしかできないけど、見続けるくらいはできるから」
「……っ」
赤夜はガマンできず、その場を逃げ出した。
そんな彼に、真矢は叫ぶ。過去の束縛ではなく、未来への道標を。
「八神赤夜、最強になりなさい! 誰もが認める最強の王になればいい! 八神赤夜ならできるんだから!」
少年は振り向かなかった。
竜兵は、真矢と赤夜が幼馴染と知っても「ふーん」としか思わなかった。めずらしいわけでもなく、ましてやゲームとは関係がない。
「どんな理由があっても逃げるようなヤツはライバルとは思わない」
竜兵が相手に求めるのは、強さと立ち向かってくる気概だった。赤夜は強さはともかく気概がなかった。それだけで興味は失せてしまっていた。
それは二人の勝負に熱狂していたギャラリーも同様だった。五年三組最強英雄と彗星のごとく現れた新人英雄の、名に恥じない戦いがこのような終着を迎えてガッカリしていた。負けそうになったら逃げる卑怯者。皆の中で八神赤夜はそう見られはじめていた。
「竜兵くん」
屋上に残ったのは、いつの間にか竜兵と美守だけになっていた。シラけた一団は早々に解散し、ゲーム・マシンも主がなく沈黙している。
「悪い、今日はもう帰るな」
「う、うん。明日から二九日までは学校開放してるから、よかったら呼んで。いつでも相手になるから」
「さんきゅ。じゃ、またな」
美守の精一杯の気遣いは、竜兵を少し落ち着かせた。
「いい勝負だったね」下駄箱へ降りる途中、竜兵は見知らぬ少年に声をかけられた。
「あ?」
イラッとした。さっきの赤夜戦の話だとはわかる。わかるだけにカンに障る。
「どこがだよ? あんなハンパな勝負……」
「最後は残念だったけど、でも、そこまではすごかった。本当に」
「……で、なんか用?」
彼に悪気がないのはわかったが、話をする気分ではなかった。竜兵がうながすと、少年がIDカードを突きつけてきた。
「もちろん、PFFだよ」
「悪い。今日はもうそんな気にならない」
「そう、残念だな……」
「また、今度な」
「わかった。それじゃ、名刺交換いいかな?」
「ああ、もちろんだぜ」
竜兵は見知らぬ少年と名刺を交換し、その場は別れた。
竜兵の背中を見送りながら、少年はつぶやいた。
「ボクの予測が正しければ、あれはきっと彼のもとへ行く」
彼――雨宮士郎は自分の端末に映る白銀の騎士を見つめた。
「これでようやく終わるよ、エンダー」




