第二話 フェアリー・ステップ
竜兵はPFFに明け暮れた。休み時間や昼休みはもちろん、放課後も最終下校を報せるチャイムが鳴るまで戦い続けた。
対戦相手もクラスメイトにとどまらず、PFFが許される三年生から最上級の六年生まで、一週間ですでに五〇人以上とファイトしている。
勝率は五分五分だった。ゲーム・センスはバツグンだったが、いかんせん基本能力の低さがネックとなる場面が多い。また、ゲームである以上、ダイス運に助けられたり、足を引っ張られたりする。
そんな竜兵に、真矢は呆れながらもつきあっていた。一人にすると何をしでかすかわからないので副学級委員として放置できない、というのが表向きの理由だった。本当は、竜兵を見ているのがおもしろかった。PFF以外のどんな勝負も挑まれれば逃げない向こう見ずさと、勝負を楽しむ姿がけっこう気に入っていた。ガキっぽいと言えばそれまでだが、これほど端的な子供っぽさを見せる友人は他にいなかった。
「つまりは物珍しいのかな?」
「なにが?」
元気に対戦相手を捜してさまよう竜兵が、首だけ真矢に向けた。
「べ、別になんでもないよっ」
つい口からこぼれていたらしい。あわてて否定すると、竜兵は「あ、そ」と勘ぐりもせずにまたキョロキョロとランカーを捜しはじめた。
悩みのなさそうな少年だった。真矢はつい八神赤夜と紫堂竜兵を比較してしまう。竜兵は持ち前の明るさと脳天気さで友達を増やしていた。クラスの中ではすでに転校生という認識はなく、以前からの友達のようにいるのが当たり前になっていた。対して、赤夜はいつも独りだった。感情を抑え、他者を圧倒し、誰も寄せつけない。けしてクラスメイトから嫌われているわけではない。むしろ多方面で能力の高さは認められ、頼りにされている。けれど本人は認められるのがウザったく感じているのか、周囲に心を開こうとはしなかった。どうして彼はあんなふうになったのだろうか。真矢はときどきそう思うことがある。
「お、やってるやってる!」
先を歩いていた竜兵が、急に速度をあげて走り出した。どうやら廊下奥のゲームマシンが稼動状態であるのを目にとめたようだ。こうなるともう、エサを前にした猫のようにまっしぐらだった。
「ちょっと、走ると危ないわよ!」
真矢の常識的な注意にも竜兵は「だいじょーぶ!」と根拠のない返事でやり過ごす。
が、まったく大丈夫ではなかった。
「きゃっ」
「うわっ」
階段から降りてきた女子児童と竜兵は危うく激突するところであった。少年の運動能力が最大限に発揮され、どうにかかわすことができた。
しかしながらまったくの無事とはいかず、少女は手にしていた本を廊下にばら撒くハメになった。
「あちゃぁ、ゴメンなぁ」
驚きからか呆然としてる少女に代わって、竜兵が散らばった三冊の本を拾う。二冊は偉人伝記で、最後の一冊は子供向けの冒険ファンタジー小説だった。
「はいよ」と手渡された本を、「あ、ありがとう……」とか細い声で少女は受け取った。
「平気、日下さん?」
「うん……」
駆けつけた真矢に、日下美守は小さくうなずいた。
「あれ、知り合い?」
「バカ、クラスメイトでしょ!」
真矢の肘が竜兵の脇腹に刺さる。このところ、真矢のツッコミには遠慮がなくなってきていた。それだけ竜兵が迷惑をかけてきている証拠だった。
「お、おおお……。そ、そうか、知らなかった……」
痛みに耐えながらなんとか答える。
「あんたってゲーム関係者以外は覚えないわけ?」
「そんなことないぞ。たまたまだ、たまたま」
「どんなたまたまでクラスメイトを覚えないのよ……」
今日だけで六回目のため息が真矢からこぼれた。
「それはともかく、ホント、悪かったな。えと、日下美守だっけ? 今度PFFしような!」
「脈絡なさすぎ!」
「ウッサイな。対戦相手と友達は多いにこしたことないだろ」
「そうだけど、ねぇ……」困った顔で美守を見る。彼女も対応がわからずオロオロしていた。その手の中の本もいっしょに揺れている。
「……あれ、その本て、いま映画でやってるやつじゃない?」
真矢が指差す冒険ファンタジーは子供たちに大好評で、めでたくアニメ映画化されたものだった。
美守が「うん」とうなずく。
「映画になってるなら本で読むことない――」
「じゃん」と続けようとして、竜兵の言葉と動きが止まった。過去に同じような場面があった気がしたのだ。
「……本と映画だと、楽しみ方が違うの」
美守が竜兵に答える。さらに言葉を続けようとして、少年が彼女の代弁をはじめた。
「本も、マンガも、映画も、それぞれの表現に面白さがある……」
「あ……」
自分のセリフをとられたためか、突然のことで驚いたのか、美守は眼を見張った。
「ん〜、いつかどっかで……」
竜兵が自分の言葉を過去の記憶から探し出そうとする。
「あ、あの、ごめんなさい。わたし、図書室に急ぐから」
「あ、うん。またね、日下さん」
真矢のあいさつを最後まで聞かず、美守は半分駆け足でその場を去った。竜兵はそんな彼女に気づきもしない。
「ん〜……」
「竜兵、日下さん、行っちゃったわよ!」
「え、あ、あれ? ん〜、まぁ、いいか。そのうち思い出すだろ」
「なんなの?」
「いや、さっきの言葉、どっかで聞いた気がするんだよな」
「日下さんの?」
「そう。そんなわけないよなぁ、会ったことないし」
「たとえ会ったことがあっても、あんたが忘れてても不思議には思わないけどね」
「それってまるでオレがバカみたいじゃないかっ」
「違うとでも?」
「ぐ……」竜兵は不利を悟り、視線をそらせた。そしてゴマかすように本来の目的地を指差した。
「おい、それどころじゃないだろ! ゲームだ、ゲーム! 行くぞ、真矢!」
「まったく、あんたは……」
真矢から七回目のため息が吐き出された。
下校をうながすチャイムとともに、PFF専用ゲーム・マシンのスイッチが切られる。竜兵はIDカードを引き抜くと、学校貸し出しの小型タブレットで手に入れたカードを眺めた。
「だいぶ集まったね」
「ああ、はじめてアバター・カードも手に入れた」
カードにはいくつのか種類があり、〈アイテム〉〈アームズ〉〈スペル〉〈アクション〉などのデッキに組み込むカードと、プレイヤーの分身であるアバターのカードに大別される。〈ストレングス〉や〈ポーション〉などがデッキ用カード、〈レッド・ドラゴン〉や〈ファイター〉はアバター・カードである。PFFのビギナー・ルールではデッキは二〇枚で構成しなければならず、一枚でも誤差があればルール違反となる。ただしアバター・カードはデッキ枚数には含まない。
「星三ツの〈トリック・スター〉か……。稀少ってわけじゃないけど、扱いにくいらしくって、誰も使ってないみたいだけど」
「へぇ。なら、なおさらだな。こいつをオレの相棒……いや、分身にする」
竜兵がカードを掲げた。隻眼・黒髪・黒装束で、身の丈ほどの巨大鎌を背負っている。奇術師というよりも、死神のようだった。
「……あら?」
「なんだよ?」
「そのカード、よく見せて」
竜兵は言われるままにカードを差し出した。真矢の顔は曇りの度合いを深めた。
「これ、どこで手に入れたの?」
「誰かと名刺交換したときだと思うけど。その場にいた全員と一気にやったから、誰かまではわからないな」
PFFは他のランカーと名刺交換をすると、ランカー情報やメールのやりとり、現在どこで対戦しているかなどがわかるのでコミュニティ・ツールとして利便であった。また、必ず三ツ星以上のカードが手に入る特典もある。
「ふーん」
「なんなんだよ、いったい?」
「わたしが知ってる〈トリック・スター〉て、こんなカッコイイ死神みたいな絵じゃなかったのよね。ホントに手品師みたいなカンジだったの。だから気になってね」
「絵を変えたスペシャル版とか?」
「そういうの聞いたことないけど……」
「けど、実際ここにあってゲームに使えるんだからそれでいいじゃん」
「ま、そうね」真矢も追求しなかった。たしかにどうでもいい話である。
「それはともかく、気に入ったなら名前をつけたら?」
「名前?」
「あれ、言ってなかったっけ? アバターには自分で好きな名前が付けられるのよ。分類名が名前じゃ、あんまりじゃない」
「聞いてねーよ! どうりでみんなカッコイイ名前がついてるわけだ。そういうカードがあるのかと思ってたよ!」
「アハハぁ、ゴメンね」
「ったく」ボヤきながらも竜兵は、手にしたカードを見つめてニヤリとした。
「おまえの名前はラスターだ。いっしょに戦おうな!」
「まるで前から決めてたみたいね」
「ああ。RPGをするとき、主人公に必ずつける名前なんだ。オレにとってこれ以外はありえない」
今までで一番の笑顔を浮かべる。真矢もつられて微笑んだ。そしてふと思う。八神赤夜も、〈レッド・ドラゴン〉に〈ブレイズ・ドラゴン〉という名を付けたとき、同じ顔をしたのだろうか、と。
「さぁて、そしたらラスターに合うカードを選ばないとな」
「〈トリック・スター〉は専用の特殊カードが使えるからプレイの幅が広がるわよ。でもクセがありすぎてイヤがられてるけどね」
「上等。そういうので勝つのが楽しいんだぜ」
「あんたは何だって楽しいくせに」
「バレた? そりゃ楽しいさ。なんたってゲームだからなっ」
「けど、今日はここまでだからね。ほら、見回りの先生が来たわよ」
「あー、すげぇ盛り上がってるのにぃ!」
大事なオモチャを取り上げられた子供の顔で嘆く竜兵に、真矢はまた笑った。
「行くぜ、2レベル・トリック・カード〈ダブル・アタック〉。成否判定ルーレットは14! 二回目の攻撃!」
〈ダブル・アタック〉の成否判定に成功した竜兵の『隻眼の死神』ラスターが、敵・魔術師に二度目の攻撃を行う。死神の鎌が魔術師の魔法障壁を破り、わずかに残った生命の灯火をかき消した。
大型ディプレイに竜兵とラスターの勝利を報せるエフェクトが流れる。
「よっしゃあ、絶好調!」
「すごい、きのうまでがウソみたいな戦績……」
真矢が驚くのも無理はない。アバターがラスターになってから未だ負けなしの五連勝。学年ランキングも三六位にまで上がっていた。
「あんたとラスター、よっぽど相性がいいみたいね」
「当然。オレの分身だからな……ん?」
竜兵の表情が喜びから疑問に変わった。
「どうしたの?」
「いや、あれ、きのうの……」
真矢が竜兵の視線を追うと、廊下の陰に少女がいた。こちらに気づいたのか、背を向けて走っていった。
「日下さん?」
「ああ。なんかこっち見てた。……もしかして、ゲームしたくなったのかな!?」
目を輝かせる竜兵。新たな仲間は大歓迎だった。
「なわけないでしょ? 日下さんはおとなしくて、静かなところで本を読むのが好きなのよ。ゲームの世界とは縁遠いわ」
「そんなの決めつけじゃん。本当はバリバリのゲーマーで、家にはゲーム機が全種類そろってて、対戦格闘の影の王者とか呼ばれて――」
「るわけないでしょ!」
真矢のチョップが暴走する竜兵の額に炸裂する。
「ッてぇ……。そしたら何でこっちを見てたんだよ?」
「たまたま通りかかっただけでしょ? 図書室、こっちのほうだもん」
「そっかなぁ……」
納得しきれない竜兵だったが、それも次の対戦を申し込まれるまでだった。少年は無意味な詮索よりも、有意義な戦略のほうが大好きだった。そして連勝記録を一つ更新したときには、日下美守という存在は頭の片隅にも残っていなかった。
それから数日後。
はじめは疑っていた真矢も、竜兵の洞察を認めないわけにはいかなくなってきていた。
竜兵がPFFで戦っている間、つねに視線を感じた。それが日下美守のものであるのはすでにわかっていた。偶然、通りかかったとは思えない場所、時間、様子で。
「ね、また視線を感じるんだけど……」
ひと勝負終わって歓喜している竜兵に、真矢が耳打ちする。
「え、なに、視線? いーじゃん、オレも注目されるランカーになったってことだろ?」
「なにオメデタイこといってるのっ。相手は日下さんよ?」
「彼女だとなんか問題あるのか?」
「……話にならない」毎度恒例のため息がこぼれた。
「なんで彼女があんたを見てるか気になるでしょ!?」
「ぜんぜん。ゲームに憧れるのに性別は関係ないね」
「あんたと話してると頭がおかしくなりそうよ……」
「細かいなぁ。そんなに気になるなら――」
竜兵が走り出す。「じかに訊けばいいじゃんか」と。
「あ、コラ、竜兵、待ちなさいよ!」
真矢の言葉程度でとまるわけもなく、竜兵は廊下の陰に隠れていた美守に三秒かけずに近づいた。
当然、ビックリする美守。驚きすぎて動けなかった。
「よ、美守っ」
「ひっ」
いきなり名前で呼ばれ、美守はさらに硬直した。後方では「またいきなり名前で呼んで」と真矢が怒っていた。
「ゲームする気になったか? オレと一戦しようぜ!」
照れもなく竜兵は手を伸ばす。美守は少年の手と顔を、いそがしく見比べた。
「やろうぜ、美守。あのときの約束、覚えてるだろ?」
「あ……」
少女の焦点が、少年の瞳に固定された。紅潮し、涙がこぼれそうになる。
「約束?」
追いついた真矢が聞き返す。二人にいつ、約束するような接点があったのか不思議だった。
「やっと思い出したんだ。一年前、言ったよな。『いっしょに遊ぼうな』って」
「……覚えてて、くれたの?」
「あー、いや、ワリィ。ついこの間まですっかり忘れてた」
そういって苦笑いする竜兵に、美守は可笑しくなった。それがあのときの少年らしいと思えて。
「一年前って、竜兵、この街にいたの?」
真矢の疑問に答えたのは美守だった。
「わたしも転校生だから」
「おまえ、相変わらずだな」
「うん……」
少女は懐かしく思い出す。竜兵と同じように転校が多かった美守は、引っ込み思案も重なって、その学校でもうまく馴染めず、独りで本を読む毎日だった。いつもと同じ、友達のいない日々。
彼女の転入から一月後、紫堂竜兵がやってきた。明るくて物怖じせず、何事にも真剣に楽しむ少年は、すぐにクラスにとけ込んでいった。
美守はうらやましかった。似たような境遇なのに、なぜ彼は笑っていられるのだろう。なぜ楽しむことができるのだろう。せっかくできた友達と、またすぐに別れるかもしれないのに。
あるとき、本を読んでいた少女に少年が話しかけた。いっしょに遊ぼうぜ、と。差し出されたその手は、とても温かそうだった。けれど少女は臆病だった。
首を振る少女に、少年は残念そうな顔をした。それでもなんとか会話をしたかったのか、少年は思ったままを口にした。
『本よりマンガのがおもしろいぞ。テレビとか映画ならもっと迫力あるし』
『そんなことない。本と映画だと楽しみ方が違うの。本も、マンガも、映画も、それぞれの表現に面白さがあるの』
美守は、これだけハッキリと意見できた自分に驚いた。大好きな本がけなされて腹が立ったわけではない。むしろ自分を気にかけてくれた少年に、本のおもしろさをわかってもらいたかった。
『あ、ゴメン。本がダメってわけじゃなくて……』
たじろぐ少年に、少女は恥ずかしくなって教室を飛び出した。
『おいっ』少年が追いかける。運動能力は竜兵のが上だ。すぐに肩をつかまえた。
『ホント、ゴメンな。でも、本より楽しいことっていっぱいあるんだぜ。だから、おまえがよければ今度いっしょに遊ぼうぜ』
少年の手が離れると、少女は三歩よろめくように歩き、彼に振り向いた。
『待ってるからなっ』
ニッと笑う少年に、美守はかすかにうなずいた……
「でも、結局は遊ぶことがないまま、オレはまた転校したんだよな」
「うん……」
本当は声をかけたかった。いっしょに遊んでみたかった。ほんの少しの勇気が、あのときの自分にはなかった。でも、今なら――
「オレを見てたってことは、少しはその気になってくれたんだよな」
「うん」
今なら言える。こうしてまた会えた。そしてまたきっかけをくれた。だからちゃんと応えられる。
「じゃ、約束どおり遊ぼうぜ」
「うんっ」
少女の手が、おずおずと少年の手に触れた。血の通った温かさが美守の手から心に伝わり、あふれた気持ちは涙となって現れた。
「ふぇ〜〜〜ん……」
「おい、なんで泣くんだよ!? これじゃオレ、いじめてるみたいじゃんか!」
「いや間違いなく、あんたが泣かせたのよ」
オロオロする竜兵に代わって、真矢が美守をつれてその場を一時離れた。
「なんなんだぁ? 女ってわっかんねぇっ」
ボヤく竜兵の声が、少し離れた人気のない場所にも届いた。真矢はクスッと笑い、美守の背中を撫でた。
「あ、ありがとう、月浦さん……」
「いーのいーの。あんなのでも友達と再会できたんだからね、泣いちゃうのはわかるわ。でもさっさと落ち着いて、竜兵をやっつけよう。あいつ連勝して天狗になってるから、一度徹底的に叩き潰したほうがいいのよ」
「……うん」
真矢の冗談に美守はほほえんだ。
『パワー・フォース・ファイト、フリー・モードで起動。レッド・コーナー、五年三組フォース・ランキング三二位、紫堂竜兵。ブルー・コーナー、五年三組フォース・ランキング九二位、日下美守』
二人のIDカードが読み込まれ、ゲーム開始が告げられる。すでに二人ともデッキ設定が終わっていたため、すんなりと先攻・後攻を決めるルーレットが回りはじめた。
先攻は日下美守。
「……てかさ、おまえ、頭いいのな」
竜兵が美守のアバターを見て落ち込んだ。なぜどいつもこいつも自分より成績がいいのだろう。
もちろんそれは竜兵のひがみでしかなく、周囲からみれば竜兵こそなぜそんなにも成績が悪いのか、と問いたいくらいだった。
美守は困った顔で「ごめんなさい」とあやまった。
「いや、あやまられてもな」
「そうそう、成績は本人の努力しだいよ。他人にケチつけるまえに努力しなさい」
「わかった、悪かったっ。ターンをはじめてくれ」
「う、うん。チャージ・フェイズにはいります……」
竜兵と美守にカードが一枚と、APが2点ずつ配られた。
紫堂竜兵……ラスター/P7/F6/ライフ25/AP2/手札3
日下美守……テテ/P7/F12/ライフ21/AP2/手札3
美守のテテと名付けられたアバターは、風属性の下級クラス〈妖精〉である。スキルのほとんどが直接攻撃には向かないもので、竜兵の〈トリック・スター〉と同様、扱いが難しいとされている。
「だけどね、日下さんの基本能力があれば驚くほど強くなるのよ」
「なんで真矢が自慢げに語るんだよ」
「い、いいじゃないっ。今回は日下さんのセコンドなんだからっ」
「そうかよっ。よーし、勝負だ、美守!」
ビッと指をさし、気合いを込める竜兵に対し、美守は「う、うん」と自信なげに応える。
「それじゃ、フォース攻撃、いきます……」
少女の白く細い指がタブレットに触れる。ダイスは1と4を表示して止まった。
「ルーレットは5でも、合計すれば17よ。どう、竜兵っ」
「だからなんでおまえが勝ち誇るんだ、よ!」
ルーレットを回す。幸先よく5のゾロ目からはじまった。
「よっしゃ、いきなりブースト!」
歓喜する竜兵のタブレットに、カウンターの文字が割り込んだ。
「カウンター!? このタイミングで?」
「1レベル・スキル〈妖精のいたずら〉を発動します。任意のダイス一つの目を1下げます」
「えーと、つまり?」
「し、紫堂くんの今のダイス目の片方を4にするんです……」
「それじゃブーストにならないじゃん!」
「あったりまえでしょ? それが狙いなんだから」
真矢のツッコミに、竜兵は「がーん」と言葉にしてうなだれた。
「で、あんたのカウンターは?」
「ないです……」
「ならさっさとスキップしなさいよ」
「うー」
不本意ながらスキップし、ダメージ計算に入る。テテは12+5で17、ラスターは6+9で15。
「2点ダメージです」
妖精が華麗な舞踏を披露し、半透明の七色の羽から鱗粉を振りまく。それはラスターを包み込み、苦しめた。毒素を含んでいるようだ。
1ターン目はこれ以上の行動がとれないので、美守はターン終了を宣言した。
「いきなりやられたぜ。オレのターン。チャージ!」
紫堂竜兵……ラスター/P7/F6/ライフ23/AP4/手札4
日下美守……テテ/P7/F12/ライフ21/AP3/手札4
「ここは素直にパワー攻撃! 4、4、ゾロ目!」
連続でブースト値を出す竜兵。これで先ほどの損失は取り戻せたと思った。
が。
「カウンター・スキル〈妖精のいたずら〉」
「ちょ、ちょっと待て! なんでまた!?」
納得いかない竜兵に、真矢が意地悪い笑顔で答える。
「スキルには一ゲーム中何度も使えるものがあるのよ。〈妖精のいたずら〉もそれで、三回まで使えるの」
「きったねぇ、反則だぁ!」
「もちろんペナルティーはあるわよ。二回目以降は一回使うごとに消費APが+1されて、ライフも消費AP分減らされる」
「つまりAPもライフも2減るってことか?」
「うん、そう。三回目なら3ね。ちなみに、ほとんどのスキルは三回まで使えるわよ」
「げ、マジかよ。知らなかった」
「いいかげんルール・ブックを読みなさいよ、まったく。で、納得した?」
「ああ、したした。こっちのカウンターはなしだ」
これにより、ラスターの攻撃は7+7で14となった。
対する美守のルーレットは2と4で、合計は13。
たがいにこれ以上の対応はなく、美守のフェアリーはラスターの巨大鎌「ブラック・エッジ」によって1点のダメージを喰らった。これに〈妖精のいたずら〉のライフ消費が加わり、ライフが3減ることになる。
第3ターン開始。
紫堂竜兵……ラスター/P7/F6/ライフ23/AP6/手札5
日下美守……テテ/P7/F12/ライフ18/AP3/手札5
手札を引いた瞬間、二人ともが「あ」と漏らした。たがいにとってのキー・カードだった。だがしかし、美守のAP残量は少なく、次の自ターンを待たねば活躍の場はなさそうだった。
ゆえにただフォース攻撃を宣言した。
「ルーレットは8です。攻撃力は20」
「くっそぉ、基本が高すぎるぜ。こっちは合計12。さすがに喰らいすぎだ。2レベル・アイテムカード〈ポーション〉を使う」
回復量は4だった。美守はスキップで効果を認めた。
「よし、オレのターン!」
紫堂竜兵……ラスター/P7/F6/ライフ19/AP6/手札5
日下美守……テテ/P7/F12/ライフ18/AP5/手札6
待ってました、とばかりに竜兵が一枚のカードを場に出す。
「3レベル・トリックカード〈トリック・カーテン〉。ルーレットで12以上が出たとき、相手のパワーとフォースを0にして攻撃できる! 防御ルーレットもできないオマケつきだっ」
カードが提示されると、両者のアバターの背後に漆黒のカーテンが現れた。ラスターがカーテンに包まれ姿を消す。
「ルーレット・スタート!」
「そうそう出るものですか」
真矢がムキになってダイスの行方に目を見張る。
「4と……4! ブーストだ!」
「あんた、ルーレットに細工してんじゃないの!?」
真矢の疑いはもっともだった。まだ五回しか2Dルーレットを行っていないのに、竜兵のゾロ目はこれで三度目だ。異様な確率である。
「インチキなんかするかっ。これはオレの強運のなせるワザだ」
「……今度、宝クジでも買ってもらおうかしら」
「ちなみにそういうのは当たったことがない!」
「なんたる役立たず」
「ほっといてくれ。で、最後の〈妖精のいたずら〉を使うか?」
竜兵が問う。少年の指は、あるカードの上、数ミリでとまっていた。
〈トリック・ダイス〉。ダイスの目一つを、好きな数に変更できる3レベル・トリックカードだった。
「ううん、ここでは使わない。3が出れば、11で効果は発揮されないし」
確率から考えるとかなりの低い願望だった。それに竜兵には〈トリック・ダイス〉がある。12以上は確定していた。
ウソのつけない性格である竜兵は、笑みを浮かべて「もらった!」と再びルーレットを開始する。
ダイス目はそんな竜兵に応えるべく、2の4と、〈妖精のいたずら〉さえ無効果な数値を出した。
「よし、〈トリック・カーテン〉発動!」
テテの背後のカーテンが揺れ、ラスターの黒い刃がそっと覗く。それに気づかぬ妖精は、前方に注意を配るばかりで背中の殺気を感じとれずにいる。
「そしてパワー攻撃! ルーレットは9。16ダメージだ!」
ついに全身を現した奇術師の大鎌が、か細い妖精に致命的一撃を放った――かに見えた。
テテはふわりと舞い、かろやかなダンスでその場を離れた。
「なにぃ!?」
「4レベル・カード〈フェアリー・ステップ〉です。2Dルーレットで10以上なら一度だけ攻撃を回避できます」
そう説明する美守のディスプレイに、4と5の目を上にしてとまるダイスがあった。
「ルーレットは9じゃないかっ」
「それは3レベル・常時スキル〈妖精樹の加護〉のおかげです」
「ぱっしぶ・すきる???」
「使用宣言しなくても常に発動してるスキルのこと。ちなみにAPの消費もない」
真矢が解説すると、少年からは「そんなのきたねぇ」とブーイングが起きた。
「いっとくけど、〈トリック・スター〉にも似たようなスキルがあるからね? あんたが知らないだけで」
「ぐ……」そう言われると反論できない。自分の勉強不足が招いた結果であるのだから。
「で、そのナントカってスキルの効果はなんなんだよ?」
「えと、カード名に妖精またはフェアリーと書いてあるカードの消費APと判定ルーレットの成功値を-1にします。今の場合だと消費APは3、成功達成値は9になるんです」
「なるほど。それで回避成功ってわけか。けど、オレもこのままじゃ終われないな。ダイス目を変更できるのはおまえだけじゃないぜっ。カウンター・カード〈トリック・ダイス〉!」
「2レベル・アイテム・カード〈妖精の黒コイン〉。任意のカードまたはスキルの消費APを+1します。コストが払えない場合、その効果は無効になります」
「マジかぁぁぁぁ!」
竜兵に余剰APはない。従って〈トリック・ダイス〉は活躍する間もなく捨て山に消えた。
「なかなかに見応えあったね」
「オレ、大損だよ……」
「アハハハ」
真矢が遠慮なしに笑う。その横で、美守もかすかに笑顔になった。
それに気づき、竜兵は落ち込んだ気分を回復できた。自分も周囲も楽しくなれる。それがゲームのいいところだと少年は信じていた。その証明が彼女の笑顔だった。
「ターン・エンド。さぁ、美守の番だぜ」
「うんっ」
紫堂竜兵……ラスター/P7/F6/ライフ19/AP2/手札4
日下美守……テテ/P7/F12/ライフ18/AP3/手札6
「メイン・フェイズ。3レベル・カード〈妖精からの贈り物〉を使用します」
「また〈妖精〉シリーズか。……ん? ちょっと待てよ。美守はこのゲーム初めてだろ? なんでそんなにカードがそろってるんだよ?」
その解答は明朗だった。
「わたしがあげた」
「なぬ!?」
「使わないカードだったし、あんた、初心者でも手加減しそうにないし」
「ぬぬ……」真矢の言葉を否定できなかった。
「だとしても、ずいぶんあるじゃないか。おまえ、ランカーじゃないだろ?」
「そ、それはそれよっ。いろいろ事情ってものがあるのっ」
「なんだそりゃ?」
「いいから気にしない! ほら、日下さんが待ってるわよっ」
PFFが解禁になった小学三年生の頃は友人とよく遊んでいた、とは話せない真矢だった。
「あ、ああ、そうだ。……で、どこまでいったんだっけ?」
「サルか、あんたはっ。日下さんの〈妖精からの贈り物〉でしょ!」
「おお、それ。効果はなんだ?」
美守はクスッと笑い、中断された効果説明を再開した。
「手札一枚捨てるごとに、APを2回復できます」
「おおお、いいなぁ!」
「それと、使用プレイヤー以外も一枚ごとに1回復できます」
「おおおお、サンキュー!」
この効果は竜兵にとっても渡りに船だったので、カウンターはしなかった。
「わたしは四枚捨てます」
「え、それじゃ手札一枚になっちゃうよ?」
美守は「いいの」と答えて四枚捨て、APを9まで回復させた。
「思いきりいいな。オレも三枚捨てだ」
カードをはじき、三枚をダウン・ゲートへと送った。かわりにAPが5まで回復する。
手札はともに一枚。二人にとって、この場面でもっとも必要なカードだった。
きっと美守は仕掛けてくる。竜兵は経験と勝負勘に基づいて確信していた。逆にいえばこの場面を乗りきれば勝機がぐっとあがる。そのために大切なキーカードまで捨てたのだから。
美守の手が動いた。
「4レベル・カード〈妖精の粉〉。ルーレットで12以上出たとき、相手のパワーとフォースは0になる。ルーレットもできません」
「それって、オレの〈トリック・カーテン〉と同じ効果?」
「そうよ。でもあんたのはトリック・カードだから〈トリック・スター〉専用ね。だから使用レベルが1低い」
「けど〈妖精樹の加護〉があるから、こっちより条件はいいじゃないか」
「そのスキルをとる分だけ、スキル枠を損してるでしょうがっ」
またも真矢の正論に押し込まれ、竜兵は「うぐぐ」とうなった。
「ルーレット、行きます」
美守がタブレットをフリックする。〈妖精樹の加護〉のおかげで消費APは3となり、達成値も11以上に緩和される。
「5と6。成功ね」
真矢の小さなガッツ・ポーズに、美守が「はいっ」と笑顔で応える。
「カウンターはない」
ここまでは予想範囲内だ。このターンで決着をつけようとするなら、これくらいの大技は覚悟していた。
竜兵のラスターはテテがばらまいた粉の効果で、急激な眠りにいざなわれた。ここに攻撃を受けようものなら、避けようも防ぎようもない。
「では、フォースによる攻撃。ルーレット・スタートです」
三人が三様の緊張感を張り巡らせる中、ダイスは結果を出した。
「2と3。……でも、まだ終わりじゃないよな」
このままではダメージは12+2+3で17点にしかならない。あと2点、美守が勝つためには必要だった。そして、その手立てはまだ残っている。
「はい。ここで最後の〈妖精のいたずら〉を使います」
「だよな。よし、こい!」
ダイス目の3を2に変更し、2ゾロでブーストを狙う。そうすればその後どんな目を出しても3以上は確定となる。これが美守の作戦だと竜兵は読んでいた。読んでいたからこそ、対策もある。
美守がブーストした追加ルーレットを回す。
「6、4の10です。合計は27」
竜兵の様子を美守はうかがう。彼女もまた、このまま勝てるとは思っていない。
それに応じるように、竜兵もたった一枚残した手札をタップする。
「3レベル・カード〈捨て身の反撃〉。このカードは自アバターが攻撃ダメージを受けたとき発動できる。ルーレットで10以上出すと、自アバターが受けるダメージは半分になる。そして、相手は本来こちらが受ける分のダメージを受ける」
「それ、五ツ星のレア・カードじゃない! そんなの持ってたの!?」
「オレの持つ唯一のスーパー・レアだぜ。さぁ、ルーレットだ!」
この結果が勝敗を分かつ。10以上が出れば竜兵の勝ち、未満なら美守の勝ち。ほんの数秒のダイスの動きが、とても長く感じられた
「4と――」もう一方が6ではないように祈りながら、真矢がダイス目を読み上げた。
「1! やった、勝ったよ、日下さん!」
喜び勇んで抱きつく真矢とは裏腹に、美守は緊張をはらんだままだった。
「ううん、まだ」
「え?」
彼女の視線の先にいる対戦相手――紫堂竜兵は笑っていた。
「あ、わかる?」
「うん。今までずっと見てたから。これくらいで終わりっこない」
「ああ、期待に応えるぜ。2レベル・トリック・スキル〈最後の切り札〉。手札が0枚のときのみ発動可能。デッキからカードを一枚チャージし、タイミングが合えばAP消費なしに使用できる」
「竜兵はこの流れを読んで、手札を一枚だけにしたの!?」
「美守が賭けに出るのはわかってた。けど、こっちの手札じゃどうにも頼りなかったしな」
「でも、引くカードがどんなものかもわからないのに」
「オレのデッキにはもう一枚、ダイス目一つを好きな数に変更できる〈トリック・ダイス〉がはいってる。もし、オレがそれを引いたら?」
「〈捨て身の反撃〉のルーレットを10以上にできる……」
「オレの勝ちだろ?」
「でも、そんな確率は――」
「そんなの関係ない。デッキが、オレに応えてくれるかどうかだ」
「竜兵……」真矢は少年を見つめた。
「マンガの読み過ぎ」
「だーっ! ここはカッコイイ場面じゃねーか!」
「いいからさっさとチャージしなさいよ。メンドクサイ」
「せっかく盛り上がってたのになぁ。……チャージ!」
竜兵の指がタブレットを滑った。カードが補充されるエフェクトが大画面に映っている。
竜兵だけが知る、カードの正体。その結果は――
もう一度、少年の指が画面に触れた。
対応するエフェクトが自動的に流れる。
美守のテテが舞い、美しい羽から光の粉をまき散らす。竜兵のラスターは意識を失いかけながらも近づくテテに鎌を振り下ろす。
斬撃と赤いフラッシュ効果が一瞬画面を染め、一方が倒れるモーションを流した。
『勝者、日下美守!』
コンピュータの合成音声が勝者を讃える。竜兵が押したのはスキップ・ボタンだった。彼が手に入れたカードは――
「やっぱ、そううまくはいかないか。負けたよ」
「ありがとう、紫堂くん。とても楽しかった」
「オレもだ。久々に燃える展開だったぜ。でも、これで終わりじゃないからな。またやろうぜ」
「はい」
ニッコリとほほえむ美守に、竜兵も同じ表情を返した。
「うん、いい勝負だったね。今度はわたしともやろうね、美守」
「あ、はい」
名前で呼ばれ少しだけ驚いた美守だが、それは嬉しいことだったので黙っていた。
「あ、そーだ。美守、オレのことは紫堂くんじゃなくて竜兵な。これ決まりだから」
「えええ!」
「あんたはまた強引に……」
「決まりだからな!」
「〜〜〜〜〜っ」
真っ赤になってオロオロする美守と、彼女をかばう真矢、それらをまったく意に介さない竜兵。楽しそうな三人組を、通りかかった少年が発見した。
「……フン」
少年は数瞬だけ足をとめ、その場を離れた。彼には目的があり、叶えるためにも立ち止まってはいられなかった。




