第7,5話 『キリア』
番外編の様な物になります。
一応ストーリー上結構重要な話だったりしますが。
新星歴1059年、2月。
某所、暗い一室で、その男はタバコに火を付けた。
濁った雪の様な灰色の長髪を筒状の髪留めで後方でまとめており、その尻には黒い尾。
30代くらいの優男だ。
彼のビジネスネームは「キリト」。超一流の情報屋。そして、副業として依頼人と傭兵をつなぐ仲介人と、傭兵に対して情報的なサポートを行っている。
彼はスマートフォンを操作し、ある傭兵に電話をかける。
しかし、それは仕事の話では無い。
純粋な呼びかけ。
「…………」
すぐに、無機質な機械音声がキリトのコールに応じた。
この番号は現在利用されていない、そう繰り返し告げる。
「…………仕方無ぇ、か」
ふぅ、と紫煙と共に溜息を吐き捨てる。
出ない物は仕方無い。それに、今は大口の客からの別件もある。
「あいつへのラブコールはまた今度、だな」
もう一度操作し、今度は別の傭兵へ。
これは、仕事の電話だ。
「……『死神の爪』仕事のお話だ」
『おっす、「キリア」』
電話の向こうから響く男の声。中年らしい渋みはあるものの、その口調は何かチャラい感じがする。
「…キリトだ。そっちの名前はもう使ってないって何回言わせる気だ?」
『はいはいっと。つぅか、お前ここ最近元気ねぇなーって話。もしかして、今更20年越しのホームシック?』
「……一命の恩があるとはいえ、そろそろ縁切るそクソッタレ」
『ははっ、悪ぃ悪ぃ。昔話は嫌いだったなって話』
キリトは少々不機嫌そうな表情のままデスクに置いていた資料を手に取る。
「…今回は、クロウラ国軍北部基地へ潜入、先行試作GA『グングネル』を、丸ごと盗んで来い。潜入に必要な手配はもう済ませてある」
『GAを盗め、ねぇ…また魔国の奴からの依頼かって話』
「依頼人の情報は渡さん…が、敢えてNOとは言わない」
『あっそ』
魔国はGAの研究をしている者がいるらしい。国に雇われてか、個人の興味かは知らないが。
「…それと、クロウラでガツィアのバカを見つけたら回収してくれ」
『あん?お前のバカ息子、どうかしたのか』
「……行方不明。連絡がつかん。どうせあいつの事だ、死んじゃあいねぇだろう。……それと、何度も言わせるな。俺にガキはいねぇ」
それだけ告げて、キリトは通話を切った。
「……俺にガキはいない……」
キリトはフゥーと煙を吐く。灰色の煙がゆっくりと闇に溶けてゆく。
「ガキを捨てたら、もう親とは言わねぇ。親子の縁なんざブッ千切れる。……同じ孤児ならわかるだろ、ガツィア」
✽
遡ること8年前、新星歴1051年。
共生国家エンバレスにある、セントカイン修道院。
「…久々、だな」
キリト、そう呼ばれる男はこの場所に居た事がある。
そして、この場所に大切なモノを置き去りにし、逃げ出した。
それでも、ここには嫌な思い出よりも良い思い出の方が圧倒的に多い。
良い場所だ。
「シィナ…」
それは、愛する人の名前。
自分が欲望のままに過ちを侵し、結果的に死なせてしまった、愛おしい人。
「…キリア、なの…!?」
「!」
「そうなのね…」
「よくわかったなぁ…いや、あんたならそんくらいわかってもおかしくねぇか、シスター・サーニャ」
院の前で花の手入れをしていた女性は、最後に見た時より少し老けていた。当然だろう。12年も経っているのだから。
シスター・サーニャ。強い目をした、心優しい女性。誰からも敬愛される様な存在。
「…12年もどこに行っていたの!?どれだけ心配したと思って…!」
「…ごめん。まぁ、色々だよ。ここを逃げ出してから、本当に色々あった」
死にかけ、拾われ、裏道を進んだ。
そして、『情報屋のキリト』として、今彼は生きている。
「そう……身長、伸びたわね」
「あんたはおばはんになった」
「もう!」
深い詮索はしない。サーニャはいつもこうだ。
何かを抱えた子から、無理矢理それを聞き出そうとはしない。
話してくれるまで、ただ抱きしめる様に優しくしてくれる。
「本当、久しぶりね。…もう、あなたの事を覚えてる子はみんなここを出ちゃったけど、シスター達に会っていく?」
「いや、いい。今日会いに来たのは、一人だけだ」
「……!…………」
「あ、勘違いするなよ?……一度捨てた以上、今更親として『あの子』を引き取りたいなんてふざけた事は言わねぇさ」
「…………」
「親になる資格は無くても、あの子の支援をする権利くらいはあるだろ?金は稼いだ。子供一人くらい何不自由無く育てられるだけの金だ」
「…………」
「要するに、俺はあの子のパトロンに…」
「……っ……」
不意に、サーニャが崩れ落ち、膝を付いた。
「ちょっ、どうしたんだよ!?俺そんな感動する様な事、言ってな…」
その顔を見て、キリトは息を飲んだ。
その歪んだ泣き顔は、決して心打たれた感動の落涙では無い。苦しみしか見えない。嘆きの涙。
「…ごめんね、…キリア……」
「……何で謝るんだよ……!………まさか、あの子に何かあったのか!?」
サーニャは、うなづいた。
「私は、あの子を……ガツィアを……守れなかった」
✽
ジア=ハードネイルは傭兵を生業とする人間だ。
古武術をベースとした独自格闘術に、体中に仕込んだ武器を組み合わせる戦い方を主流としている。
へらへらとしたノリの軽い男だが、戦闘の腕はプロフェッショナルの一言に尽きる。
大雨の降り注ぐ路地裏、ジアは肩で大きく息をしていた。満身創痍と言うほどでも無いが、とても疲労困憊、そんな感じだ。
ジアの近くには、ボロッカスに叩きのめされて地に伏した二人の少年がいる。
「クソガキ共め……手間を取らせるなって話だよ、全く…」
少年らは二人共魔人。10代前半くらいだろうか。
一人は灰髪に黒い尾、鋭い目をしており、銃型の魔能を使っていた。
もう一人は黒髪に白い尾。優形な子で、双剣型の魔能を使っていた。
何故ジアがこの二人の交戦したかと言うと、単純にお仕事だからだ。
連続強盗殺人犯の『捕獲』。
「……やれやれ、って話だ」
違和感のある仕事だった。
ジアはキリトという情報屋に仕事の仲介をさせている。
キリトとの関係は他にもあり、10年ちょっと前にジアは行き倒れていたキリトを拾い、裏道を生き歩む術を少しだけ教えてやった事があるのだ。
要するに、ジアはキリトの命の恩人。
キリトは他にも部下として何人か傭兵を雇っているが、ジアはそれとは少し違う。部下ではなく『提携者』という感じなのだ。
故に、キリトは今まで『ジアに取ってやりやすい仕事』を回していた。
やりやすいとは難易度が低いとかでは無く、ただただシンプルな目的の仕事。誰かを殺す、組織を潰す、何かを力づくで調達する、そんな仕事。
しかし、今回はキリトから少しだけ注文が付いた。
『間違っても、絶対に殺すな』
その理由を、キリトは説明しなかった。
いつもなら、ジアが聞けば例え依頼人の情報でもふんわりと答えてくれるのに、今回は頑なに何も説明しなかった。
……何より妙なのは、
(他人の空似ってレベルじゃ無いなって話だ)
灰色の髪、黒い尻尾。鋭い顔つき。
初めて会ったあの時の、まだ少年だったキリトにそっくりだ。
(あいつの隠し子…とかか?)
しかし、あいつは現在20代後半入るか否かくらいの年齢。普通に考えるなら10歳くらいの子供なんぞがいる様な年齢では無い。
「…ガ……ツィ…ア、さん……」
「!」
黒髪白尾の方の少年がかすれた声を発しながら、地に手を付いた。
立ち上がろうとしているのだろうが、ジアに幾度となく痛め付けられたその小さな体には、その余力は無い。
「ガツィア、ねぇ。この灰髪の名前か?って話」
「……る…っせぇ…!」
驚いた事に、灰髪の方も立ち上がろうとした。
黒髪の方の倍は痛めつけたはずなのに。
「……ここまでタフだと、病的だって話だ」
こいつは本当にまだ立ち上がって来そうだ。
とりあえず一発。灰髪の頭を蹴っ飛ばしておく。
灰髪は短い悲鳴をあげ、水浸しの路地裏を転がってゆく。
(キリトには後々色々聞くとして、だ。このガキ共…育てりゃ使い物になりそうだな、って話)
2対1だったとはいえ、ジア程の怪物を手こずらせた子供。間違いなく素質有りだ。
それに、この若さで強盗して食いつないでいる様なガキ共だ。『こっち』に引き込んでやる方が、むしろこいつらのためだろう。
ジアは女子供にはそれなりに親切にしてやる主義だ。
「ガツィア、それと、さっきロイチとか呼ばれてたよな、お前」
ジアは楽しそうに笑う。
「強盗より稼げる仕事、教えてやるよ。って話だ」
✽
時は戻り、新星歴1059年。
「おっと……」
停止したトレーラーの運転席で居眠りをしていたジア。
(あのガキ共とあった時の夢か…なつかしいもんだねぇって話)
ガツィアとロイチの二人組に出会ったあの日。7,8年前だったか。
ガツィアはキリトがギャーギャーうるさかったのでキリトに任せ、ロイチには知り合いの傭兵組合を紹介してやった。
ロイチもキリトの元に置いとこうと思ったのだが、「いつまでもガツィアさんの背中を追っていたくない。あの人の隣に立てるようになりたい」と相談を受けたので、とびっきり厳しい世界へと送ってやった。
何せあの傭兵組合はキリトの下とは訳が違う。魔王軍とも人王軍とも繋がっている超ブラックディープな組合だ。ジアでもちょっと遠慮したい場所。
色々あってロイチは魔王軍騎士にまで昇り詰めた訳だが、ジアはロイチが存命しているかすら把握していない。
(しっかしキリトの野郎…時が経つにつれて俺をこき使うようになりやがったなって話…)
今、ジアがいるのはクロウラとエンバレスの国境近くの港。
彼の乗っているトレーラーはGA運搬用の物だ。
この港で、ジアは引渡し相手を待っているのだ。
今回はGAを盗むだけの仕事だったはずなのに、ついでで運び屋までさせられている。
受取人はやはり魔国の者。
クロウラとはエンバレスとエグニア領を挟んで位置するタルダルスの魔人。
エグニア領を通ってくる様なアホでは無いだろうから、当然海路を利用しているのだろう。
タルダルスから西の海へ進み、ラトイ大陸の共生国家の海領を経由、このクロウラの港を目指せば、充分可能。
共生国家の海域監視を一時的にすり抜けるなど容易だ。
共生国家の人間は魔人との取引に抵抗が無い。普通に金を積めば良いのだ。その国の海域監視の責任者に。そういう権力者の位置に立つ者は、金に正直な者が多いのも世の常だ。
ここでジアから積荷を受け取ったらまた同じ様に戻れば良い。
魔国の船もここ最近はE-ドライブとかいうののおかげで並の高速船並だ。このエグニア領を避けた迂回ルートでも往復三日かかるかどうかくらいだろう。
(グングネル、ねぇ)
グングネル。積荷の名前だ。前の地球の頃からある神話に登場する必中の槍『グングニール』から取られた名だ。
その名の通り、狙撃戦に特化した試作先行機と聞いている。
(狙撃と言えば、ガツィアは結局見かけなかったなって話)
何してるんだろうかあのバカツィアは。
まぁ、あいつのタフさは嫌という程に知ってるし、どっかで生きてはいるとは思うが…
(仮に死んでても、まぁおかしくはねぇなって話)
この業界じゃ、よくある事だ。到底死にそうも無い奴でも、死ぬ時はあっさり死んでしまう。
御大層な異名や通り名で恐れられる超かっけぇやり手だろうと、所詮は動物。用を足そうとチャックを下ろした瞬間に鉛玉一発、なんて死に方も充分ある。
まぁジアの場合そんな時を狙ってきたアホは細切りにして便器に流してやったが、あの時死ぬ事だって充分ありえたのだ。
「っと、来た来た」
闇の向こうからヘッドライトの灯が見えた。それは一台のワゴン車。おそらくこの闇の先に魔国の輸送船が停泊しているのだろう。
ここで車を丸ごと交換し、積荷の引渡しが完了、という手はずだ。
ワゴン車が止まり、中から若い魔人と老いた魔人が姿を見せた。
ジアもトレーラーから降りる。
「……んぉ?」
近寄って見ると、若い方はどこか見覚えのある顔だった。
「……ロイチじゃねぇか、って話」
「どうも、お久しぶりです。ジアさん」
ロイチだ。服装は何故か一昔前の水兵っぽいセーラー系。いくら魔国外で騎士服が着れないとは言え、もうちょいマシな物は無かったのか。それとも船旅だったから敢えてこの服装をチョイスしたのだろうか。
「生きてたのか。で、何だ?お前がこれの受け取り人なのか?って話」
「いえ、僕は護衛です。……ほんと、パシリばっか」
老いた魔人はロイチと親し気に話すジアを少し眺める。
「欠尾種の運び屋か」
「舐めんなよジィさん。あれを盗み出したのも俺だって話だ」
「興味が無い」
「……そうかい」
やはり、魔国の者というのは人間が好きでは無いようだ。
初老の魔人はゆっくりとトレーラーの積荷を確認しに向かう。
「ところで、ロイチ。少し疑問だったんだが、何で魔国の連中がGAを欲しがるんだ?」
魔国ではGAは動かない。そのGMも何の特別性も無い無機物と化す。なのでGMの研究なんて事は出来ない。ただの粗大ゴミだ。
「詳しくはわかりません。特にあの方、シャリウス=サイエンジニア博士は奇人変人で有名な研究者なので。想定出来る事としては、新型のEAの機構の参考、とかですかね」
「ふーん……ま、研究者ってのはクレイジーなのが多いって聞くしなって話」
「……ジアさん、気をつけてくださいね」
「何がだ?って話」
「もしかしたら、そう遠くない内に魔国は大きな行動を起こすかも知れません」
「!」
どういう事だ、と聞いても無駄だろう。答えられるのなら、最初から遠まわしな言い方をせずそう言っている。
それだけの重要事項が、魔国で進んでいる。
「…ま、何かあったら自分の身は自分で守るさって話」
「そうですか」
ロイチはガツィアと同じく、人間を好んでも嫌ってもいない。ただ等しくくだらねぇ生き物だと思っている。
だが、ジアは別だ。ロイチに取って、ジアは恩師に近い。
「おい護衛、さっさと行くぞ」
いつの間にかシャリウスはトレーラーの助手席に座っていた。
一応騎士であるロイチを顎で使える研究員などこの人くらいだろう。そんな権力が与えられるくらい、シャリウスの積み上げた功績は大きい。優秀な研究者。
「はーい。……では、お元気で」
「言われなくても、って話だ」
ロイチが運転するトレーラーを見送りながら、ジアは背伸び。一仕事片付いた。
「ふぅ、……次の仕事はまだ来てねぇし…仕方ねぇ、バカでも探しますかねぇって話」
とりあえず、キリトがバカと最後に連絡を取ったというタストタウンに行ってみるとしよう。




