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その弾丸の行先  作者: 須方三城
魔国進軍編
21/24

第19話 譲れないモノ


 空を翔ける人型のシルエット。


 UMAの類では無い。


 安定航行状態に移ったブラックベールだ。展開されるビームウイングは光り輝く巨蝶を思わせる。


 ビームの羽膜だけでなく、背や腰の大型スラスターを始め、脇腹や脚部の補助バーニアスラスターをも総動員し、その飛行状態は維持されている。


(安定状態でもこのGですか……!)


 そこそこ高いフリーフォールの数倍の体感Gがロイチを常に圧迫する。


 ただ、これでもマシになった方だ。


 離陸の瞬間、つまりGのピーク時には、臓器を全てまとめてすり潰されてしまいそうな程のGを味わった。


 プラスクロス発動状態のロイチですらそう感じるのだから、普通の者なら即圧殺コースだろう。


(……少しですが、慣れては来ました)


 少し気分が悪いし、耳に違和感も残っている。だが、落ち着きは取り戻せてきた。


 普通なら身じろぎ1つ許されない様なGの中、ロイチはブラックベールを操縦する。


 国の中心である魔王城を出てまだ10分程しか経っていない。にも関わらず、目的の第六演習場はもう間近だ。高度維持のためにかなりの猛スピードで飛んでいるのだから、そりゃ速いだろう。


「…………ん?」


 港に、見慣れない船が停泊していた。


 一応魔国の物だが、このタルダルスの物では無い。


(亡命者……?いや……)


 亡命者ならわざわざアビスクロックの船で乗り付けてくるはずが無い。アビスクロックの亡命者送迎船なら、アビスクロックに向かうはず。


「……」


 遠目でわかり辛いが、船から降りた数人が来ているのは、軍服っぽい。しかし、普通の軍服でも無い様だ。


(王の私兵の軍服…の様に見えますね)


 少し気になったのでスコープモードに切り替え、倍率を上げてみる。


「……え……!?」


 そのスコープが捉えたのは、


「ジアさん……!?」


 船から降りた6人の先頭を行くのは、ロイチの恩師にあたる人物、ジア。そしてその後ろに続くのは…


「ガツィアさんまで……!?」


 あの2人が、魔王軍に入った?

 いや、そんな訳が無い。


 ガツィアはまぁ事情が事情なら有りえなくは無い。軍事組織を嫌悪している節はあるだろうが、あの人は「仕方無い事」ならやるだろう。


 しかし、ジアは有り得ない。ジアの意思云々では無く、ジアは人間、欠尾種ロアーズなのだ。魔王軍どころか魔国に入る事すら本来なら不可能なはず。


 欠尾種ロアーズ嫌いのハンクが呼ぶなんて事も絶対有り得ない。


 明らかにあの一団は『何らかの目的』のために、魔国へ『潜入』しようとしている。


「……っ」


 一国の騎士として、あの一団を見逃せるはずがない。


 しかし、この状況下でジア達の素性を暴けば、あの一団はタダでは済まない。


 ジアやガツィアは、ロイチを殺す事を躊躇わないだろうが、ロイチとしてはあの2人を死なせるのは本意では無い。


(でも……)


 放っておけない事情が、有る。


 この情勢下で来たという事は、あの一団は魔王軍の進軍を妨害、もしくは止めるための策を打ちに来た可能性が非常に高い。それならば、この進軍に反対していたアロン側が協力し、あの船や軍服を提供するのもうなづける。


 進軍が止まれば、無駄になってしまう物がある。


 やり方はどうあれ、このまま進軍が進み、欠尾種ロアーズが駆逐されれば、世界から争いは無くなるという話だ。


 それを叶えるために、今、涙と血を流して戦っている者達を、ロイチは間近で見た。


 平和のために命を奪う事への苦悩と闘う女性を、ロイチは知っている。


 仲間達が、アムが、血を拳に滲ませながら追い求めた物。

 進軍が止まれば、それが水泡に帰す事に成りかねないのだ。


「僕は……」


 脳裏を過るのは、『楽しい』の部類に分けられるであろう記憶。


 アムをからかって、同僚と笑い合って、くだらない事を考えながら空を見上げる。そんなくだらなくも不快には到底感じなかった日々の記憶。


 もし平和になれば、あの日々が、毎日続く。


 平和なんて絵空事、興味が無かった。


 でも、今のロイチには、有る。


「……すみません、ガツィアさん」


 昔の恩を忘れた訳では無い。

 だが、昔の縁よりも、今譲れない絆が、ロイチには有るのだ。






 長い船旅を終え、ジアやガツィアを始めとする6人の傭兵達が魔国の地に降り立った。


 残る2名は船内に潜伏し、ガツィア達が魔国から脱出するためのルートを確保する。


「ここが魔国、か」


 殺風景なモンだな、とガツィアはつぶやく。


 港とは名ばかりだ。物資倉庫がいくつかある程度。「港」では無く「船が泊まれる場所」程度な感じ。


 遠くにいくつか大きめな建造物が見える程度で、ここから見える景色は荒野や野原ばかり。


 未開発、という言葉がよく似合う。


 まぁ魔国は城下町ですら自然の情景たっぷりだと聞く。


 兵装技術関係は人間を真似て急速に発展した様だが、それ以外は別段ハロニアだった頃と変わっちゃいないという事だろう。


「しっかし、扱い悪いなぁ。一応俺らはVIPみたいなモンじゃねぇの?」


 サングラスをかけた男の傭兵が静かに愚痴る。


 6人の出迎えは、10人程度の下っ端の軍人達だ。少なくともVIP扱いされている出迎えでは無い。


「進軍のために人が出払ってるんだろって話」


 下っ端の案内で6人はバス型の車両へと向かう。


 あれに乗って数時間待てば、魔王城だ。


「……ちょろい仕事になりそうね」


 ククク、と薄気味悪い笑いを浮かべるのは、長い前髪で鼻先まで隠した根暗そうな女傭兵。


 その隣で小柄な男の傭兵が無言でうなづく。


「……シルヴィア、ああいう不気味な笑い方するレディにはなりたくないの」

「何か言ったかい小娘。内容次第じゃ…呪うよ?」

「な、何も言ってないなの!ねぇガツィア」

「俺に振んじゃねぇよ」


 6人の間に、緊張感は余り感じられない。これから一国の王を暗殺しに行くというのに。


 全員、慣れているのだ。ちょっとした事で死に直面しかねない様な大仕事なんて、腐る程こなして来た。


 そんな連中が選りすぐられた。


(ま、楽に終わってくれるに越した事はねぇが……)


 6人には過度な緊張感は無い物の、油断も無い。


 今の所、キリトのプランに反する事態は起こっていない。


 このまま魔王城へ行き、魔王を暗殺し、状況に応じてあらかじめ練っておいた24の逃走プランから最適な物を選び、港へ戻る。

 それだけだ。


 だが、ちょっとした狂いで魔王軍との戦闘も有り得る。



 そして、その狂いが起きた。



「……んん?何だありゃ」


 サングラスの傭兵が、何かに気付いた。


 それは、上空。


「人……?」


 それは、小さな人型のシルエット。背中から光る何かが吹き出しているのも確認出来る。羽、だろうか。


 そのシルエットは次第に大きくなる。シルエットの質量や体積は一切変わっていない。遠近法による目の錯覚だ。


 つまり、だ。巨大な飛行物体が、遠くの空から高速でこちらに近づいて来ている。


「EA…なのか……!?」


 そんな馬鹿な、とジアが目を剥く。

 EAは全て出払っているはずだ。


 というか、そもそも飛行する人型機なんて聞いた事が無い。


 空を舞うEAはある程度の高度で旋回飛行を始めた。

 おそらく、ヘリの様な空中静止は不可能なのだろう。


 傭兵達の頭上で巨円を描きながら、その機体から音声が発せられる。


『地上の兵士の皆さん、僕は魔王軍騎士侯位、ロイチ=ロストリッパーです』


 それは、地上の魔王軍の下っ端共へ向けられた声。


 しかし、その声と、その中に登場した名前に、傭兵達の中から2人の男が反応した。


 ガツィアと、ジアだ。

 2人は様々な疑問を後回しにし、即座に予想した。


 ここからの展開を。


 そして、ジアはロイチより先に叫んだ。


「ヤベェ…!全員走るぞって話だ!」


『その者達は……王の敵です!』


 想定外過ぎる空からの来訪者が、傭兵達の行く手を阻む。






 ✽





 空から現れた、光を背負った巨人、ブラックベール。


 そのパイロットは、よりにもよって、ロイチだった。


 ガツィア達傭兵団はその身元を暴かれ、魔王軍兵士にその場で包囲される、はずだった。


 しかし、ロイチの指示は傭兵達の予想を裏切った。


『この場は僕に任せて援軍を要請してください!20人もいない現兵力では闘うだけ無駄です!』


 この程度の兵士で包囲しても、ガツィア1人ですら突破出来る。


 それをロイチはわかっていた。だから、兵士達を下がらせ、そして、ブラックベールの掌を大地へとかざした。


 そこにあるのは、銃口。

 小口径機関銃型の魔動兵装サイ・ブラスト、『スティングガン』。


 ブラックベールからすれば豆粒の様な、しかし傭兵達からすれば充分殺人的なビームの小玉が散蒔かれる。


「走れ!」


 降り注ぐビーム弾。

 発射側が常に旋回している事と的が小さい事も相まって、逃げ回ればそうそうには当たらない。


 ガツィアはジアの声を聞きながら思い出す。


 予想される最悪の事態の1つ、入港直後に自分達の事がバレて戦闘になった場合。


 まずは、6人全員がバラける。

 そこから状況を見て更に魔王城を目指すか逃げるかのプランを選択する。全員がプラン通りに動けば、合流も難しくは無い。


 とにかく今は、走る。


「チッ…!あの時といい、また邪魔しやがるかクソ食い倒れ…!」


 6人がブラックベールから逃れるべく、それぞれの方向へ走り出す。


(6手に分かれた……!)


 ロイチは瞬時に考える。


 あの中で一番厄介なのは、誰か。


 小さな少女、シルヴィア以外、ロイチは全員知っている。


 サングラスの男は『奇抜な殴殺者トリッキーメイス』。奇怪な戦闘方法で相手を刈る戦闘屋。


 陰気そうな女性は『嘆きの毒ティアーデッド』。毒物による暗殺に長けているが、格闘も相当な物。


 小柄な男は『八つ裂き道化ブラッディスプラッシュ』。希少な擬似生命型の魔能サイを使う。


 この3人は、確かに危険人物ではあるが、ジアやガツィア程脅威的では無い。


 そして、ジアはこの魔国内ではGM兵器である『爪』は使えない。つまりグッと危険度は下がる。


(一番先に片付けるべきは……!)


 気は、進まない。


 だが、やると決めた以上、今更些細な感情を優先して効率を捨てる様な真似はしない。


 膂力は自分より一回り以上も大きい巨漢を圧倒し、動体視力と瞬発力は魔人から見ても常軌を逸している。更に第六感的要素にも優れ、それを嗅覚として迅速に処理、背後からの奇襲をも簡単に気取る。その魔能サイは状況に応じて様々な銃器を召喚可能で、一発の威力もかなりの物。


 生身で殺り合えば、プラスクロス発動状態のロイチですら敵わないであろう化物。


 放置すれば、国内に残る兵士達相手に無双ゲームの様な光景を再現しかねない存在。


 それが、『死の弾丸バッドライナー』。


「あなたを……仕留めます!」


 以前の様に「あわよくば生きていて欲しい」なんてやり方は、絶対にしない。


「っの…俺狙いかよ…!」


 明らかにこちらに付いて来るブラックベール。クソッタレ、と吐き捨て、ガツィアは走り続ける。


 生身ではEAに太刀打ちする術が無いという事は、嫌という程身に染みている。


「行きます……!」


 当然の如く銃弾を躱してしまう様なガツィアに、スティングガンの粗末な射撃は当たるはずも無い。


 ガツィアに狙いを定めると同時に、ロイチはある装置を起動する。腰部に備え付けられた、ロイチに合わせて造られた兵器。


 双剣型の魔動兵装サイ・ブラスト、ツインアスカロン。


 鞘が横に開き、刀身が投げ出される。それをブラックベールの両の手で掴む。


 漆黒の刃を誇る双剣。その刃の表面には常に目視できない程度のビームの膜が張られており、その膜は常に超速で流動。その斬撃は剣のそれよりチェンソーのそれに近い。


 ツインアスカロンを構えさせ、ロイチはブラックベールの高度を下げる。


(低空飛行は危険……ですが!)

 この港周辺は建造物がほとんどない。荒野や野原が広がっているので衝突事故の心配は低い。


 何より、無茶な戦い方は性分の様な物だ。


「げっ…」


 加速し、ガツィアに迫る漆黒の機体。


 虫を狙う燕の如く、地面スレスレを、漆黒の巨体が滑る。


 機体を若干斜めに倒し、ツインアスカロンの巨大な刃を平行に並べて構え、ガツィアを狙う。


 下の方の刃と地面に隙間はほぼ無し。上の刃も高めに構えられているため跳んで躱すのも難しく、刃と刃の間をくぐるなんて芸当は現実的じゃない。


 右に避ければブラックベール本体と激突。


 左に避けても、あの刃が長過ぎる。おそらく間に合わない。


 ブラックベールの速力は洒落にならない。もう追いつかれる。


(趣味悪過ぎるだろぉが!)


 瞬時に頭を回す。

 ガツィアに出来るのは、様々な銃器を呼び出す事。


 ふとガツィアの頭に無茶苦茶な案が浮かぶ。


「どぉとでもなれ!」


 何もせずぶった斬られるよりマシだ。


 その手に顕現させた青い光は、瞬時に巨大なガトリング砲と化す。


 それを銃口から地面に突き立てる。きっちり刺さる必要は無い。一瞬の踏み台になってくれれば良い。


 刃に追い付かれる寸前、ガトリング砲の尻に飛び乗り、そこから思い切り後ろへ跳んだ。


 ガトリング砲は漆黒の巨刃に簡単に刻まれ、青い光となり、虚空へと溶ける。


 ガツィアは、背中から大地に落ちた。


 その体は、尻尾も含めて五体満足。ガトリング砲を踏み台に跳ぶ事で、上の刃をスレスレで躱せる程度の跳躍が出来た。尻尾がギリギリかすりかけたが、全力で丸めたのでどうにか無事だった。


「くっはぁっ…………っ!」


 束の間の安心すら許されない。


 ブラックベールはすぐさま上昇。


 ガツィアの方へ向き直り、また低空飛行を開始した。


「…っのクソ行き倒れが!!」


 このままでは、不味い。


 あの機体をどうにかしなければ、一方的に追い詰められるだけだ。

 







「……あの黒いのがガツィアを追ってくれて助かったって話だ」


 安堵の息をこぼしながら、ジアは魔王軍兵士の首からナイフを抜き取った。


 べっとりと刃に付き纏う血糊を振り払い、ナイフを袖の中へと戻す。


 とにかく、今はあの空を飛ぶEAをどうにかすべきだ。


 魔王城を目指す途中でアレに目を付けられれば御終い。


 高速で空を飛べる敵というのは追われる側として非常に厄介だ。


 それにロイチという存在も厄介だ。


 奴が健在である以上、今比較的キレイ目に仕留めた連中から軍服を剥ぎ取って変装しても、顔でバレる。


(EAをパクるかって話)


 それしか無いだろう。


 EAをパクリ、あのEAを落とす。


 ロイチを殺す。最低でも、しばらく動けない状況まで追い詰める必要がある。


「だが……」


 EAは本来全て戦場に投入されているはずだ。魔王が魔国の情報を誤るとは思えない。


 あの機体はアロンも認知できていなかった物。おそらくは試作品。空を飛ぶEAなんて聞いた事も無い。つい近日動かせる様になった物だろう。


 だとすれば、あれはただのイレギュラー。魔国内にはアロンの情報通り他のEAは無い。


「…………」


 仕方無い。不安は多大に残るが、その辺の死体から軍服を剥ぎ取って変装し、魔王城を目指そう。


 ロイチに発見されない幸運を願いながら。


(外見的特徴は報告されてると考えるべきだって話)


 とりあえず気休め程度だが髪を切り落として、少しでも外見を変えておこう。そう判断しナイフを取り出そうとしたジアは、ある物を発見する。


「あれは……」


 少し離れた所を走る、大型の車両。

 荷台の大きさ的にあれは、GAやEAの運搬を目的とした物だろう。


「……ちょっくら、追い剥ぎでもしてみっかって話」


 EAを積んでいるかは定かでは無いが、どの道車は必要だし、丁度良い。








 どうする。


 再度迫り来るブラックベールに対し、ガツィアは必死に思考を巡らせる。


 また同じ回避手段を取るか。いや、二度同じでを使うのは危険では無いか。


 跳んだ瞬間にあの巨刃を振り上げられでもしたら、生身にはそれだけで大打撃だ。


 しかもガツィアは知らないが、あの刃は微弱のビームを帯びている。触れただけで人体には致命傷になりかねない。


(ぐっ…!)


 まだ距離はある。だが、もう行動を始めなければ手遅れになる。


 物陰……少し離れた場所に倉庫がある。あそこまで走るか。いや、難なく倉庫をブッた斬てガツィアを狙ってきそうだ。


「えぇい!物は試しだクソッタレ!」


 あのビームの翼を狙って見る。


 EAの装甲はガツィアの弾丸では破壊不可能なのは以前の一戦で身に染みている。


 だったらあの翼膜だ。意外と小さな穴で墜落してくれたりするかも知れない。


 ガツィアはその手にライフルを顕現させる。


「!」


 ロイチはシャリウスの言葉を思い出す。


 このブラックベールは、軽量化のために超薄装甲。圧力には強い性質を持っているが、衝撃には弱い。


 自身の移動速度も相まって、バードストライク、つまり鳥との衝突事故ですら機体に致命傷を与えかね無いと言っていた。


「不味い……!」


 ガツィアの弾丸と衝突するなど、確実にバードストライクよりダメージがデカイに決まってる。


 操縦桿を捻り、ブラックベールを急速浮上させる。


「あぁ…?」


 銃口を向けた途端、その射線から逃げた。


 こんな小さな銃口を、恐れた。


(翼を狙われると悟ったか……それとも……)


 もしかしてあの機体、脆いのか?


(今の行動……おそらくガツィアさんなら気付いてしまうでしょう…!)


 あの人の直感はシャレにならない。今の行動で、絶対に気付くだろう。ブラックベールが軽装甲だと。


 まぁ良い。気取られないために回避せず弾丸を食らって墜とされるよりはマシだ。


「仕方ありません」


 ロイチはツインアスカロンを納刀し、スティングガンでの攻撃に切り替える。


 確かに、機体が高速で移動し続けている状態で小さな的を狙っても当たる事は滅多に無いだろう。だが、それでもガツィアが動か無ければ当てられる。なので、当然ガツィアは動く。


 ガツィアの正確な射撃精度は恐ろしい物だが、スティングガンで走り回らせる事で、射撃に集中させない。加えて遠距離からの攻撃で、「撃たれても回避可能な距離」を保つ。


 まともな攻撃をさせず、体力を削り、追い詰める。


「っの!」


 納刀したのを見て、ガツィアはロイチの考えを悟り、先手を撃つ。青白い光の弾丸を、上空のブラックベールへ向けて放つ。


 しかし、ブラックベールは簡単にそれを回避。


 ブラックベールの名前の由来でもある頭部の装飾は、高感度の全方位センサーになっている。飛来物の検知速度は従来の機体のそれを遥かに凌ぐ。


 接射されでもしない限り、地上からの銃撃など当たるはずも無い。


「また嬲る形になってしまいますか……ですが、もう心が痛むなどとは言いません……!」


 ロイチは、ガツィアを捨てるのだ。もっと大切なモノのために。


 許しは請わない。心苦しいなどというアピールは、しない。


 憧れの存在。その人にあの世から憎まれる事になるとしても、ロイチには、手に入れたい未来がある。


『ガツィアさん、僕は、あなたを殺します……!』


 拡声器を使い、それだけを告げた。


 その声に、ガツィアは感じる。ロイチが抱く、本気の覚悟を。


「っ……上等だクソッタレ…!」


 こちらにも勝目が見えた所だ。やってやる。


 ブラックベールを通して睨み合うガツィアとロイチ。


 ガツィアはあんなビーム砲撃を一発でも喰らえば死ぬ。


 ロイチの乗る機体もガツィアの弾丸を一発喰らえばアウト。


 つまり、どうにかして先に一発ブチ込んだ方が勝つ。


 お互い一発即アウトの切迫した銃撃戦が始まる、はずだった。



「え…!?」



 ブラックベールが、突然検知した飛来物反応。


 それは、凄まじい速力でブラックベール目掛け直進する、一筋の光。


 ガツィアの弾丸の速度の比では無い。


「くぅ!?」


 ロイチは迅速な操作を行ったが、間に合わなかった。

 ブラックベールの右肩と右翼が、ビーム砲撃に抉り取られる。


 片翼を失い、揚力のバランスが崩れたブラックベールが、墜ちる。


 墜落の間際、ブラックベールのOSが自動でスコープに捉えた攻撃の発信源、そこには……


「『グングネル』……!?」


 その機体に、ロイチは見覚えがあった。あれは、GA。いや、GAだった物。


 シャリウスが依頼し、ジアが盗み出した狙撃特化型GAグングネルに、E-ドライブを搭載した『ハイブリッド』タイプのテスト機体。


 GADとE-ドライブをリンクさせ、超出力を生むというコンセプトだったが、肝心のリンクとやらは成功せず、結局ただ「動力源を2つ積んでるだけの機体」になったとシャリウスは嘆いていた。


 まぁE-ドライブのおかげで魔国内でも動かせるので、予定通りなら今頃ブラックベールの演習相手だったはずの機体。


 その手には、ライフル型魔動兵装サイ・ブラスト『ラピッドファイア』。そのビームライフルはただひたすら弾速に特化している。


 グングネルの狙撃支援システムと合わされば、まず避ける事は不可能。


 現に、ブラックベールは被弾した。


「くっ……」


 何故あの機体が動き、しかも自分を狙ったのか。


 それは今はどうでも良い。今すべき事は、急速に落下しているという危機的状況への対処。


 方向転換用のスラスターを全て地上へ向ける。


 僅かでも落下速度を殺す。


 そして、漆黒の巨人は地に墜ちた。


 落下の衝撃で、残っていた左腕や脚部ももげる。機体全体が大きく歪む。


 コックピット内にも変形の影響が出たが、ロイチは無事だった。


「っぅ……」


 シートベルトのおかげでコックピット内でバウンドしまくるなんて悲劇も起きなかった。ただ変形し突出した部位に額をぶつけてしまい、若干流血する。


 ディスプレイは、完全に暗転。


「っく……」


 ベルトを外し、据え置きの鞘から無理矢理プラスクロスを引き抜く。


 落下の衝撃でコックピットハッチは大きく歪み、光が漏れていた。幸いにも機体が仰向けになっている証拠だ。脱出は充分に可能。


 ハッチを吹き飛ばし、ロイチが外に出る。そして、いつの間にか接近していたある人物と目が合った。


「何だかよぉくわかんねぇが、最高の展開だなぁおい」


 灰色の髪をした、鋭い三白眼の青年。笑うその口には獣の牙の様に鋭利な歯が並ぶ。黒い悪魔の様な長い尻尾をぶら下げ、その男は立っていた。


「……よぉやくツラ拝めたな、クソ行き倒れ野郎」

「……あー……最悪の展開ですね、全く……」


 ガツィアとロイチ。その戦いは、生身同士での決戦へと移行する。







「うーん…墜としはしたが…多分仕留めれちゃいないなって話だ」


 グングネルの中でつぶやいたのは、ジア。


 彼が襲った車両は、急遽決まった演習のためにこの『EEダブルイーグングネル』を演習場へと輸送中だった。


 という訳で、運転手とお付き人をさっさと掃除し、この機体に乗り込んだ。


 EAの操縦には不安があったが、GAならジアにだって操縦可能。嬉しい誤算だった。


 何でGAが魔国で動くのかは知らないが、とにかくこの機体が狙撃特化だという事もジアは知っている。まぁ残念ながらGMを使用したコンピュータによる演算がメインなのでその狙撃プログラムは使えなかったが、超倍率のターゲットスコープは使えた。


 後はラピッドファイアという武器の特性と、ロイチがこちらに全く気付いていないという状況のおかげで、何とか弾は掠らせる事が出来た。


「ま、ガツィアは健在みたいだし、ロイチの方は奴が片付けてくれるだろって話だ」


 ジアの知る限り、ガツィアとロイチの実力は圧倒的にガツィアの方が上。


 …ただし10年近く前の話。


「……まぁ良い。あいつは戦力として使えるって話だし…迎えに行くか」


 これから、魔王城に向かわなければならない。


 ジア達が敵対者だと知り、守りが固められているであろう魔王城に。


 戦力は1人でも多い方が良い。







「……教えてください、ガツィアさん」

「……んだよ」


 ブラックベールから降り、ガツィアと同じ大地に立ったロイチ。


 ガツィアの手にはライフル、ロイチの手には双剣。今すぐにでも戦いを始められる状況で、ロイチは問う。


「貴男方は、何をするつもりですか?」

「……魔王を殺す」

「!」


 成程、とロイチはつぶやいた。


「やはり、進軍を止めるため、でしたか」


 ハンクが死ねば、進軍の指揮権はアロンに移る。当然アロンは進軍を止めるだろう。


「…………」


 今の問いは、僅かな希望が込められていた。


 ロイチは正直、ガツィアと生身で殺り合って勝てる気がしない。


 もし、もしもだ。ガツィア達の目的が進軍を止める事で無いのなら、無理に戦わず、ロイチは逃げ出す事が出来た。


「残念です」


 明確な戦意を持って、双剣を、構える。


 勝てる気は、しない。だが、勝ちたいと思う。進軍を止めさせたくない。


 くだらない戦争でも、その先にあるモノを、ロイチや、ロイチの仲間達は求めているのだ。


「僕には、譲れないモノが、出来てしまったんです」


「……ハッ!」


 ガツィアが、笑う。


「奇遇だよなぁ。昔っから、テメェとは色々被りやがる」

「……ええ」


 幼くして裏の世界へ堕ち、そしてその世界で育ち、使いパシリ同士で殺し合い、そして今、また、同じ様な理由で戦おうとしている。


「俺にも、譲れねぇモンがあんだ。だからここに来た。……らしくぁ無ぇがな」

「らしく無いのもお互い様ですよ。僕も、まさか自分にこんな事を望むなんて、思いませんでした」


 自分が安穏とした世界を渇望する日が来るなんて、思いもしなかった。


 今まで、ただ生きていくために戦っていただけで、平和とかそういうのに興味も無かったはずなのに。


 進軍が始まって失ってしまった、魔王軍で過ごした取り留めのないくだらない日々を、取り戻したいと思う自分がいる。


 安穏の中で皆と過ごしていたい。そう思っている自分を、ロイチは自分自身意外に思うが、否定しない。


 あの日、自由を知りたいとガツィアの後を追い始めた時から、いつだって、その時に望むままに生きてきたんだ。


 魔王軍が欠尾種ロアーズを駆逐した後に生まれるであろう、安穏の日々が包む世界を、生きたい。アムや、ギャッリーゾ、他の仲間達と、一緒に。


(出来る事なら、その中にあなたも居て欲しかった……)


 対立しなくてはならない、恩人であり、相棒であり、師匠の様な存在。


「ごちゃごちゃ喋ってても仕方無ぇ…お互い、譲れねぇってんだからな」


 ロイチは、ここで仕留める。この男の強さは、充分知っている。魔王暗殺において、邪魔になる。


 魔王暗殺をしくじる訳には、いかない。


 ガツィアは、今の世界を失いたくない。この世界には、大切な場所がある。例え戻れない場所だとしても、大切なその場所を、戦火に焼き尽くさせはしない。


 魔王軍を止める。仮初の平和だとしても、その中で笑って生きる大切な人々を守るために。


 大切な人々が笑う最高に大切な場所が確かに存在する、そんなくだなくも素晴らしい世界を、生きたい。例え、もうあの笑顔を直接見る事は出来なくとも。


「……そうですね」



 戦争の後の安穏とした世界を求める騎士。



 戦争の前の素晴らしい世界を求める傭兵。



 どちらも、素敵な目的を掲げている様に聞こえる。


 だが、ロイチが今守ろうとしている未来は、魔人だけが生き残り安穏と生きる世界。


 ガツィアが守ろうとする過去は、一部の者達だけが笑っていられるだけの世界。


 どちらにも、大義名分など存在しない。


 そんな事、互いに分かりきっている。


 自分がその世界を生きたいから。そんなくだらない理由でも、この2人には命を賭けて闘うだけの理由だ。


 元々、戦争なんて「正義」を決める物では無い。戦争が決めるのは「勝者」と「敗者」だけ。


 戦う事なんて、その程度の事だ。善悪では無い。勝って守るか、敗けて失うか。それだけの事。


 守りたいモノがあるから、戦って、勝とうとする。


「……行きます」


 ロイチが、大地を蹴りつける。


 戦いが、始まる。


 ガツィアはライフルを消し、両手に拳銃を召喚する。


 そして、迫るロイチへ発砲。


 プラスクロスで強化された身体機能を総動員し、ロイチは青白い光の弾丸を、全て躱し切る。


 ロイチはガツィアの目前に迫り、疾風の様な速度で、その刃を振るう。


 その刃は、ガツィアには届かない。躱される。

「遅ぇ!」


 剣を振り抜いた僅かな隙を狙い、ガツィアが引き金を引こうとした。


 しかし、その手首に白い尾が巻き付き、銃口を下に向けられる。

「っ!」

「貰います…!」


 振り上げられる白刃。

 ガツィアはそれを無理に躱し切ろうとはしなかった。身を捻り、浅い一閃を浴びながらもロイチの懐へと潜り込む。


「っ!」

 瞬時に尻尾を離して跳ね退くロイチ。

 その顎を、青白い弾丸が掠める。


「チッ……外したか…!」


 軽く斬られた肩から血を流しながら、ガツィアが舌打ち。


「……本当、あなたと生身で戦うのは心臓に悪い……!」

「そぉかよ。ならその心臓、さっさと止めてやる」


 今度は、ガツィアから仕掛ける。

 ロイチへと突進しながら、引き金を引く。


 何とか弾丸を躱し続けるロイチだが、その距離が縮まる程弾丸の体感速度は速まる。


「くっ……」


 ガツィアの戦い方に、銃を持つ者の常識は無い。


 せっかく遠距離戦向きの得物を持っているのに、接近戦を仕掛ける。


 それは、彼が幾度となく化物地味た連中とタイマンを張ってきた証拠。

 この世界には、遠くから撃たれた弾丸なんぞあっさり反応しやがる奴がごまんといる。

 そんな奴らに弾丸をブチ込む方法は1つ。近くで撃つだけ。


 先天的に恵まれた動体視力と俊敏性、そして後天的に叩き込んだ近接戦闘技術。それらを活かし戦う銃手というのは、とてつもなく厄介だ。


(そういつまでも躱していられない……!早急にキメに行く……!)

(ダラダラ殺り合うメリットぁ無ぇ……!とっととキメる……!)


 ロイチも動く。向かってくるガツィアの弾丸を躱しながら、斬りかかる。


 その一閃を躱し、ガツィアが銃口を向けた時、ロイチの回し蹴りがガツィアの頭目掛けて飛来した。


「っ!」


 頬を掠めた蹴り。その蹴りの勢いに任せロイチは更に体を回転。その回転に合わせ、白刃が来る。


 ガツィアの胸を一文字に抉る一閃。


 だが、浅い。


 ロイチの額に、銃口が触れる。

 迷わず、引き金を引いた。


 だが、ロイチは反応した。首を振るい、額への被弾は避けた。


 しかし、その左耳殻が弾丸にもぎ取られる。


「っぅ……!!」


 鮮血が散る。ロイチのまぶたの裏を火花の様な物が駆け抜ける。激痛。

 気にしない。この程度の痛み、覚悟の上だ。


 目を見開き、ロイチは剣を振るった。


 その一閃を躱し損ね、ガツィアの右目が縦一文字に切り裂かれる。


「がぁ…っ!!」


 だが、まだお互い致命傷では無い。


 痛みは感じる。だが構いはしない。ガツィアとロイチの攻撃の手は、互いに一切緩まない。


 決定的な必殺技など、2人には存在しない。

 ただひたすら、撃ち、斬る。華やかさなど存在しない。ただただ殺し合うだけ。


 そして、その決定打も劇的では無かった。


 ただ一発、ロイチが躱し損ねただけ。

 青白い弾丸が、ロイチの右肩を完璧に貫いた。


「ぐぅ…ぁう!!」


 続けて放たれた弾丸も躱そうとした。


 しかし、右肩に受けた傷で一瞬怯んだ事で、反応が遅れた。


 致命的な箇所への被弾は避けたが、その脇腹と太腿に一発ずつ、弾丸を浴びる。


 鮮血どころか肉まで弾け飛ぶ。拳銃型は威力が低くなっている物の、それでも普通の銃の比では無い。


「っぐ…そぉ……!!」


 立って居られなくなり、ロイチがついに倒れる。


 苦し紛れに伸ばした手も、決して届きはしない。


「はっ……勝負有りだクソッタレ……!」


 息を荒げるガツィア。その銃口を、真っ直ぐにロイチの額へと向ける。


「ぐっ……」


 疲労とダメージ。ガツィア以上に息が荒いロイチには、もう立ち上がる気力は無い。


 勝てない。改めて、思い知らされた。


 目1つ。それと少しの傷。ロイチがガツィアに与える事が出来た損壊は、それだけ。


 この人には、届かない。


「っ……ぐぅ…うあぁ……!」


 声を、抑えられない。ロイチの頬を、涙が伝う。

 悔しい。声を上げて泣いてしまう程に。自分の弱さが。


「僕は……!」


 守れない。アムの望んだ世界を。


 あの気高く優しい女性が、苦しみと戦いながら目指す未来を、守れない。


 子供の様に泣くロイチに、ガツィアは銃口を向けたまま動かなかった。


「…同情してやる、クソ食い倒れ」


 同じ様な理由で戦い、ロイチは負けた。


 ガツィアには、その辛さがぼんやりとだが想像出来る。


 同情なんて、らしくない。そうわかっていながらも、彼は嘘はつかない。泣く気持ちはわかるのだ。偽る意味を、感じ無い。


「……せいぜい足掻きやがれ」


 ガツィアの手から、拳銃が消える。


「……!?…」


「……気まぐれだ。次襲ってきたらどぉするかは知らねぇがな」

「な……んで……」

「同情してやる、っつったろぉが」


 どうせ、もうロイチはまともに動けない。


 それどころか、この傷なら放っておけば勝手に死ぬだろう。


 追って来れない敵にトドメを刺す必要は無い。生かす必要も無いのだろうが、どちらも必要ないならどっちでも良いだろう。


 だから、同情した分を含めて、ガツィアは気まぐれにロイチにトドメを刺さない事にした。それだけだ。


「……また僕は……あなたの気まぐれに…生かされるんですね……」

「死ぬよかマシだろ」

「……そうでしょうか…ね……」

「……テメェの譲れないモンがどんなモンかぁ知らねぇが、足掻ける範囲で足掻いてみやがれ」

「…………」


「足掻けんのぁ、生きてる内だけだ」


 それだけ言って、ガツィアは歩き出す。




 まだ終わってはいないのだ。大切な場所を守るための戦いは。





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