第1話 傭兵の終わり《前編》
薄暗く、狭い空間。
カップルシートがどれだけ快適かを思い知らされる窮屈な一人用シート。そんなシートにベルトで胴と腰を拘束された、一人の男。
彼の名はベン。氏がないテロリストだ。その尻の朱色の尾が、彼が「魔人」と呼ばれる人種だと証明している。
現在、ベンは非常に焦っていた。
「おいおい…いきなりGAで出てこいって何があったんだよ!?」
ベンは目の前のディスプレイを指で叩く。ディスプレイが点灯し、この空間を窮屈にしている壁全体に外の景色が映る。まるでパノラマだ。
映ったのは、倉庫らしい空間。
『ああ、見張り番のテメェは知らないのか…リーダーが、殺されたんだよ。晩飯の途中にドタマぶち抜かれちまった』
通信機越しの仲間の報告に、ベンの口内から水気が失せる。上手く回らぬ舌で、ベンは呻く様に喋る。
「り、リーダーが死んだ…?お、俺らどうなんだよ!?」
『それは後だ。とにかく、あのクソッタレをブッ殺すぞ!』
「…了解…!」
レバーを握り、引き倒す。
ベンがいるのは、GAのコックピット。
GA「ノマリー」。
第二の地球四大大陸の一つ、西の大陸『トレフ大陸』の中にあるトレフ同盟加盟国で最もポピュラーな量産型GA。
首の無い三等身なフォルムで、全長は7m程度。脚は無く、腰部から伸びる四本のロボットアームが脚の役割を担う。このロボットアーム型の脚部により、不安定な地形でも機体バランスを保持し易い、山岳地帯の多いトレフに適した機体だと言える。
人の目をイメージして付けられた二つのカメラレンズが光り、ノマリーが完全に起動する。
機体カラーに合わせた白いレールマシンガンを構え、ベンが操縦するノマリーが倉庫を出る。
倉庫の外は20mを越える木々で形成された深い森。
そう遠くない場所でバチバチバチィァッ!!というレールマシンガンの連射音が響く。仲間が交戦中らしい。
操縦桿を握る手に汗がにじむ。GAは乗り慣れているが、戦闘は初めてだ。無理もない。
「なぁ、ケビン、敵は何機だ?」
『……0だ』
「はぁ?」
次の瞬間、爆発が起きた。さっきレールマシンガンの発砲音が聞こえた辺りだ。
『ライフル型の魔能を使う魔人が一人だ!生身でこっちのGAと応戦してるんだよ!もうガルスがやられちまったチクショウ!』
何を言っている?意味がわからない。
ベンは魔人だからわかる。いくら攻撃的な魔能であろうと、生身でGAと戦える訳が無い。確かに魔能は強力だ。でも、GAは更にその上をいく、至高の兵器。
『くっ…もうダメだ!あと一本で俺も…』
「一本!?何の話だ!?」
『無理だ!機体を捨てる!』
通信が途切れる。向こうが通信を切った。
一体何が起きている?もう何一つとして理解できない。
十数秒後、ベンのノマリーが爆発のあった地点に到着すると、そこには惨状が待っていた。
ノマリーのコックピットから半身を投げ出した状態で頭を吹っ飛ばされて死亡しているケビンと、ガルスが乗っていたであろうノマリーの、残骸。その残骸は、GADが搭載されている上にコックピットブロックがある胴体部分が丸ごと吹き飛ばされていた。
「ッ……!」
喉まで登って来た胃液。喉は潤った物の、ピリピリとした不快感が襲って来る。
そのまま、コックピット内でベンは嘔吐してしまった。
(う、嘘だ…)
いや、そんな事を考えている場合じゃない。
アレが嘘でも現実でも、あの光景を作った者が確実にいる。
その時、ベンのノマリーが後方から撃たれた。
「!?」
機体に損傷は無い。
機体を振り返らせると、少し離れた木の上に、一つの影。
ライフルを持った、灰髪の男。黒いロングコートから黒く長い尾がはみ出している。魔人だ。
「あいつか…!」
灰髪の男はライフルの尻を肩に押し付け、スコープを覗き、まさに一瞬と言うべき時間で狙撃姿勢を組む。
そして、引き金を引いた。
ライフルから放たれたのは青白い光の弾丸。脚部に直撃したが、ダメージは無い。
「あ?」
怪訝そうに眉をひそめるベン。GMの装甲にかすり傷を残せる辺り、普通のライフルの数倍の威力があるのは確かだろう。しかし、こんな物ではGAを撃墜するなど到底…
「!」
ベンが思考する間に、灰髪の男は動いた。
尻尾を振るってバランスを取りながら、素早く枝から枝へと飛び移ってゆく。
「ちょこまかと…!」
ベンはレールマシンガンから音速に近い速力の鉄塊をバラまこうと構えるが、ここでは灰髪に分が有った。
灰髪の男は下の枝、上の枝と縦横無尽に跳ね回り、照準を定めさせない。そうやって灰髪の男はノマリーの後方へと回り込み、何発か狙撃。そして移動。また後方へと回り、撃つ。
(何発当てられようとそんな豆鉄砲じゃあ…)
そう思った直後、また背後を撃たれた。今までのキィン!という跳弾音では無い音が響く。バギャ!という、鉄機物が砕ける様な、重い音。
「何だ…!?」
ディスプレイで機体状況を確認してもダメージ表示は無い。が、
「エラーだと…?」
エラー、つまり、整備場のミスが検出された。さっきまではそんなもの無かったのに。
表示によれば、GADブロック、つまりGADを収納している部分の留め具が締められていない、との事。
量産機なんかに使われる安物乱造品のGADは、定期的にメンテか取り替えが必要。故に、GADブロックの装甲は他の装甲と違い、取り外せる様に完璧な溶接はせずに太いボルトで留められている。
そのボルトが、緩んでいる。もしくは刺さっていない。
「まさか…」
ベンの顔から血の気が引き、真っ青になる。
それしか考えられない。
ガルスのノマリーの胴が吹っ飛んでいた理由がわかった。ケビンが機体を放棄しようとした理由も。
さっきの音は、ボルトの一本が砕けた音だ。
いくらGM製とは言えライフルの数倍の威力の弾丸を1mmのズレも無く同じポイントに何発も撃ち込まれ続ければ、砕けてしまう。
そんな化物地味た精密な射撃を、あの灰髪はやっている。
後の想像は簡単だ。ボルトを全て撃ち砕かれ、装甲を剥がされ、むき出しのGADを撃ち抜かれる。
GADは高エネルギーを練り出す精密機関。あんな弾丸をぶち込まれれば、当然爆発してしまう。
ガルスはこの手法でやられ、ケビンはこの手法に気付き、GAから飛び出した所を撃ち殺された。
青ざめている間にも、灰髪は二本目のボルトを狙撃し始めた。
まずい。あんな素早く縦横無尽に動き回る小さな的を叩くなど至難の技。一方的にやられてしまう。
ベンは即座に生き残る最善手を取った。
逃走。ノマリーを全速で走らせ、森の出口を目指す。
生身の魔人から逃げる機械の巨人。
何分か走らせた所で、ベンは機体を止める。
あの狙撃手の姿は無い。気配も無い。暗い森は、ただただ静かだ。
(…追ってこない?)
何にせよ好都合だ。街へ逃げよう。人ごみに紛れればここよりは安全だ。
森の出口までたどり着き、ベンはノマリーから降りる。
その瞬間、ベンの右足の膝から下が、千切れた。正確に言うなら、青白い弾丸に右膝を撃たれ、膝の周囲の肉が丸ごと吹き飛ばされた。
「ひゅぎっ…っぁあぁ!?」
うわずった悲鳴。あまりの痛みとショックに、うわずるばかりで大声が出ない。
「別に、生身でもGAでも狙い打つ事にゃ変わりはねぇが…」
闇から響く、声。
木々の作り出す闇から月光の元に現れたのは、あの灰髪の魔人。
その鋭い三白眼が、ベンを捉える。
「ひぅ…助、け…」
「ま、生身の方が手っ取り早くて助かる」
命乞いを嘲笑すらせず、灰髪の男は引き金を引いた。
✽
新星歴1059年、二月上旬。
トレフ大陸の中腹辺りの海沿いの国、クロウラ。
共生国家思想を掲げるトレフ同盟の一国。
もっとも、「今は」、だが。
元々は人間国家思想の小国だった。しかし当然エグニアに対抗し得る力は無いし、小さな人間国家思想国など魔国派によるテロの良い的だ。なので60年程前に、トレフ同盟に加盟するためなし崩し的に国是が変わってしまった。
そのため、共生国家の中では比較的魔人への風当たりが強い傾向にある。
公園一つ見てもそれがわかる。
クロウラの『タストタウン』にある公園。そこに溢れる浮浪者達は、ほぼ全員魔人だ。
ただの浮浪者では無い。ホームレス生活保護施設への入所を不当に却下された者達。
そんな実に冬らしく冷え切った公園のベンチに、他の浮浪者とは一線を画す男がいた。
古新聞をアイマスク代わりに顔に乗せ、寒空の下爆睡する男。
灰色の髪は確かにケア不足だが、ホームレスのそれとは思えない清潔感。身にまとう衣服は全てタグ付きの新品。肌も綺麗。しかし、彼は立派な家無しだ。
ベンチからダランと垂れ落ちた黒い尻尾からして魔人である事も間違いない。
彼の名はガツィア=バッドライナー。
『死の弾丸』という異名をまんま姓として使っている傭兵だ。
ある男に依頼人との仲介をさせ、自分はその依頼をこなして金をもらう。まぁ傭兵というか、ちょっと後ろめたい事でもやっちゃう何でも屋の下働き、という方が正しいかも知れない。
何にせよ、犯罪が絡む事が多く、入る金は莫大。
だから毎日新しい服を買って前の服はその辺に捨ててる。捨てればこの公園の同居人が勝手にもらっていく。古着屋にでも売るのだろう。毎日銭湯にも行くから体は割と清潔。外食で食事も充実している。
家なんてあってもなくても変わらないから買わないだけで、その気になれば一軒家だって買える程、彼のお財布スマホは凄まじい残高になっている。
特別契約なのでお財布スマホの上限は無いし、お財布スマホが使えない場所などまず存在しない。今時、商店街の八百屋でもスマートにお買い物が出来てしまうのだ。
仲介人には「いい加減口座を利用しろ」と言われているが、銀行って面倒なイメージしかないし、スマホに金突っ込んどきゃ現金どころか財布すら持ち歩く必要性も無い。便利である。
そんなど適当に生きる浮浪傭兵ガツィアの元に、一匹の子犬が近寄ってゆく。ゴールデンレトリバーだ。首輪は無いが、綺麗な毛並みからしてそのへんの野良犬と同じ生活をしていない事がわかる。
子犬はためらう事無くダランと垂れたガツィアの尻尾にがぶりと噛み付いた。
「うごぉう!?」
顔に乗った新聞紙が吹っ飛ぶ程の勢いでガツィアが跳ね起きる。そして、即座に子犬の後ろ首を掴み上げた。
「…おぉいクソ犬…俺の尻尾はジャーキーじゃねぇって何ベン言やぁわかんだテメェは!!」
「わふ!」
子犬は怒られている事がわかっていないのか、尻尾をパタパタと振ってガツィアの目覚めを喜んでいる。
「……わかってんのか?」
「わふふ!」
「…なら良ぃ」
ガツィアは子犬からぱっと手を放す。子犬の方もこの雑な扱に慣れているのか難なく着地。
ガツィアはボリボリ頭を掻きながら灰色のスマホで時刻を確認。
「昼前、か…」
まぁ腹の減り具合からして妥当だな、と適当につぶやき、ガツィアは立ち上がる。
(……気分的に…鶏肉だな)
とりあえずこれから食いに行く物を決め、歩き出す。
「わっふ!」
待ってました!と子犬もそれに続き、一人と一匹は公園を後にした。
✽
ハートフルマート、略してハトマ。
起業してまだ5年も経たないくらいのコンビニで、チェーン展開もまだまだ小規模。
目玉商品はハトチキという特殊製法のフライドチキン。一本100C。日本円だと大体100円ちょいとリーズナブルだが、大手フライドチキンチェーンにも劣らぬと評判だ。
そんなハトマの店先に設置されているベンチで、ガツィアはハトチキを貪っていた。
ケースの中にあった11本をまとめ買いし、何かついてたハンドペーパーを皿代わりに子犬にも一本分け与えている。
彼の優しさとかでは無く、この犬は飯を与えないとガツィアの尻尾を噛む。そりゃあもう噛みまくる。この犬に初めて会った時、気まぐれに餌をやったのが間違いだった。別に飼っている訳では無いのだが、こういうなし崩し的な感じで餌をやったり一緒に銭湯に入ったりしている。
「んん、うめぇなコレ、パねぇわ。当たりだな」
「わふふふん!」
すごい勢いでチキンを減らしてゆくガツィア。最後の一本に手を伸ばした時、子犬のその小さな前足がガツィアの手の甲にポンっと乗せられた。その前足が意図するものは、
「わふぅ」
「あぁん?」
まぁ待ちなよ旦那、子犬はそう言わんばかりだ。見れば、子犬は己の分のチキンを完食していた。
「…ざけんなクソ犬。テメェは一本で充分だろぉが。恵んでもらってるって自覚あんのかテメェ……」
「わっふん」
でも、ここは譲れない、そう言いた気な子犬。
ガツィアと子犬の間で火花が散る。
「おいクソ犬…テメェマジでふざ…」
「ふざけんじゃねぇ!」
ガツィアの言葉を代弁する様に叫んだのは、すぐ近くの路上を歩く一人の中年男。尻尾は無い。人間だ。
一方、その男の前で尻餅をついている桃色の髪をした14か15歳くらいの少女は、髪と同じ桃色の尻尾が生えている。
「ぶ、ぶつかった事はあ、謝りましたよ…?」
魔人の少女はおどおどと口を開く。元々気が弱いのだろう、今にも泣きそうだ。
「はっ!謝った、ねぇ。どーせ心の中じゃ俺たちの事を『欠尾種』だとか言って馬鹿にしてんだろ!?」
欠尾種、魔国なんかで使われる、尾の無い人間への差別用語だ。ロアーズという言葉には、「下等種」といった意味合いがある。
「魔能だか何だか知らねぇが、ただの化物が人様を見下しやがって…」
「そんな…見下してなんか…」
もはやどう考えてもただの言いがかりだ。日頃の鬱憤をこの機会に発散しようとしているのだろう。
通りがかる「人間」達は、この言いがかりとしか思えない男の理屈を黙認する様に、ただ通り過ぎてゆく。
人間が魔人を怒鳴り散らしている、よくわかんないけど、魔人の方が悪いんじゃない?といった感じだ。
(くっだらねぇなぁ…)
ガツィアも、それだけだった。
自分だったら、あんな言いがかり付けてくる奴は叩きのめす。それをしな
い、出来ないのはあの少女の問題だ。気が向いたら助けてやらない事も無いのだが、生憎そんな気分でも無い。
そんな事を考えていた時、ハトマの自動ドアが開き、20代前半くらいの女性店員が出てきた。
デフォルメされた犬を模した帽子をかぶった、人間の女だ。左胸の名札には「HAINE」とある。
「ちょっと、あなたは何をしてるんですか?」
女性店員は迷うことなく中年の肩を掴んだ。
「んだお前、魔人の味方すんのかよ?」
「尻尾が有ろうが無かろうが、大の大人が小さな女の子いびるなんて情けないと思わないの?」
よどみの欠片も無い女性店員の言葉。
変わり者もいたものだ。まぁ関係無いか、とガツィアがチキンに目を戻すと、
「わひゅー……けぷぅ…」
満足気な子犬。ラスト一本のチキンは、見事に完食されていた。
プチッとガツィアの中で何かが切れる音がした。
「っ~…黙ってろクソ女!」
中年は八つ当たりの邪魔をされた事に腹を立て、拳を振り上げた。
「黙んのぁ、テメェだァッ!!」
中年男の側頭部にガツィアの飛び膝蹴りが飛来する。
唖然とする少女と店員。訳もわからず派手に吹っ飛ぶ中年。
「ああそぉだよ、余所見した俺が悪ぃよ。でもな、そもそもテメェがギャアギャア騒ぐから…俺の、俺のチキンが…」
ガツィアの手に青白い光が出現し、黒い拳銃と化す。
ガツィアの魔能は、ライフル型にも拳銃型にもガトリング砲にもなる、「ファングバレット」。
その銃口を地に伏せて呻く中年へと向ける。
「流石にチキン一本で殺しゃしねぇが、タダじゃあ済ませねぇ……選べよ、眉間に一発か、全力の土下座か!」
眉間に一発は充分殺る気である。
中年はプルプルとふるえながらも立ち上がろうと地面に手をつき、上体を起こす。
「ふざ、ふざけるなよ!誰が魔人なんかに謝…」
バァンッ!という大きな銃声の直後、中年が立ち上がるためについた右手の指と指の間を縫う様に、青白い弾丸がアスファルトを抉った。
「プライドが高ぇのぁ悪くねぇ」
銃口からもれる僅かな煙。それが、ガツィアが引き金を引いたという証拠。
迷い無く、ズレも無く、正確な威嚇射撃。
「実力が見合えばの話だけどな」
中年は金魚の様に口をパクパクと動かすばかりで何も言えない。撃ちやがった、イカレてやがる。驚愕、恐怖。
「威嚇は一発切りだ。ほれ、わかったら、選びやがれ」
土下座か、手元のアスファルトを眉間に再現するか。
普通に考えて、まず選ぶというステップは不要だ。
答えは一つだけなのだから。
✽
「あー、くっだらね」
「わふ」
ガツィアは欠伸を噛み殺しつつ、朝と同じ公園のベンチを占領し、くつろいでいた。
その手には、犬を模したストラップ。
「しょぼい報酬だなぁおい」
尻尾の先でストラップをつつきながら、気だるそうに一笑。
あの中年が土下座してスタコラサッサと逃げてった後、犬帽子のコンビニ店員が「何か事情が違いそうだけど、一応私達を助けてくれた訳だし」とくれた物だ。あの犬帽子が自分のスマホにジャラジャラ付けていた物のひとつ。
せめて食いもんよこせよと思ったが、まぁ正直助けに入ろうと思ってあの行動を取った訳では無いし、これはタダで貰った様な物。ならどんな小物でも多少の得ではあるはずだ。それなのにあの場でゴネるのは何かカッコ悪いなぁと判断し、大人しくストラップだけ貰ってきた。
まぁとりあえずスマホにでも付けておくか、とガツィアはスマホを取り出す。
丁度、スマホが鳴った。
「!」
発信者名は、「キリト」。
ガツィアに仕事を回す仲介人。本業は情報屋で、ガツィアの様な武闘派のゴロツキ、もといフリーの傭兵を下働きとして使い、何でも屋的な副業を営んでいる男だ。
「…仕事か」
連日とは珍しい。
まぁ構わない。通話ボタンを押す。
「よぉ」
『おう、ガツィア。今日は何か良い事あったか?』
電話の向こうから響く、軽い調子の声。若々しいと言えば若々しいが、中年でもおかしくは無さそう、そんな感じの半端な声だ。ガツィアはこのキリトという人物を声でしか知らないから、尚更計りかねる。
「そぉだな…美味いチキンを食った。ありゃあ中々良かった」
『へぇ、やっぱお前の機嫌を良くするのは飯だな。この単純野郎め』
キリトの声は聞こえていないはずだが、子犬が「わふふ」と同意する様に鳴く。
『ま、単純なのも良いが、お前もう二十歳くらいだろ?良い女は見つけたか?』
良い女どころかまともな知り合いすらいない。
「……くだらねぇな」
『興味無いのか?」
「無くは無ぇよ」
ガツィアだって男。股間に棒っきれぶら下げている以上、それなりに女体に興味はある。
「ただ、そんなんくだらねぇと思うくれぇ、そそられる物が多過ぎる」
主に食の方面で。寝るのも体が軽くなって気持ちいいから好きだ。女のケツ追っかける時間があるなら食か睡眠に使いたいと思えるくらい。要するに、性欲は人並みにあるが、食欲と睡眠欲が人並み以上にある。それがガツィア。
まぁ、昔ながらの魔人の気質とも言える。命の危険の少ない平和な生活スタイルを確立していた魔人は、子孫を残そうという危機感にも似た本能が希薄。種を存続させる本能の権化たる性欲が、他の欲求にあっさりと負けてしまう。
『ま、お前らしいわ』
「で、んな世間話のために電話してきた訳じゃあねぇだろ?」
仕事。
気ままに生きるには金が要る。そのためには面倒だが仕事が要るのだ。
『そうだな、では本題だ。今回はテロリストの掃討だ』
「またかよ」
『またじゃない。昨日の仕事は、陰でテログループのリーダーを務める「魔人擁護派」思想の汚職政治家の暗殺だ。それをお前は…』
「…別に好きで殺った訳じゃねぇ。撃って来たから撃ち返しただけだ。それに、あの手の連中は見逃がしてもまたどっかでバカやるだけだ。それでいちいち駆り出されんのは御免なんだよ」
それとリーダーに関してはちゃんと「暗殺」した。その後堂々と立ち回っただけであって。
「に、してもよぉ。どんだけこのクロウラって国はグズグズなんだよ」
この国で回ってくる仕事は大抵テロリストのお掃除だ。どんだけ反乱分子を抱えているんだって話だ。
『クロウラは共生を謳いながらその実、魔人への差別が強く残ってるからな。不満を持つ奴は多いだろう。この国自体が小国だからちょっかい出しやすい、ってのもあるだろうしな』
不当な差別に怒る魔人はもちろん、『魔人擁護派』という共生派の極限層の様な人間達が、魔人のために決起する事もある。
「最上級にくだらねぇ。テロより飯だろ」
『世の中全ての人間・魔人がお前と同じ考えになりゃ永久に平和だな』
「…ま、そしたら俺は食いっぱぐれるがな」
テロも争いもくだらない。だが、ガツィアに取ってそういう奴らが飯の種である。くだらない連中がくだらない事をするから、ガツィアは今の生活を送れる。
「……まぁ、平和な世界だったら、元々こんな事はしてなかったかも知れねぇがな……」
『何か言ったか?』
「…いんや」
争いも何も無い世界だったら、ガツィアの父と母は「あの場所」で出会わなかっただろう。そしたら、ガツィアも全く別の場所に生まれていたかも知れない。物騒な日常なんか無縁の、「向こう側」に。
……くだらない妄想だ。
『詳細は後でメールする。じゃ、がんばれよ』
「任せろ。期待以上にやってやる」
通話が終了する。
ふと、向こうのブランコが目に映る。
そこには父に背を押してもらいはしゃぐ子供と、それを見守る母。人間の家族。
「…………」
ああいうのを、否定はしない。
ガツィアの目に映る「家族」という一団は、どれもこれも楽しそうにしているから。
きっとあそこには、ガツィアの知らない幸せがあるだろうから。
否定はしないだけで、別に欲しいとは思わないが。
美味い飯が食える、それがガツィアの欲する幸せであり、それは実現している。
それ以下を望まないのは当然、それ以上を望む気も今の所は無い。
「……良ぃ女、か」
キリトの言葉を思い出し、口に出してみる。
まぁ、これも気が向いたら探してみてもいいだろう。それは、今の生活に満足できなくなってからでいい。
キリトからメールが届く。それを確認し、ガツィアはゆっくりと起き上がり、ベンチから立ち上がる。
子犬は、ついて来ない。いつも通りだ。ガツィアが傭兵として動く時、子犬はそれを気取って、ガツィアから離れる。そして翌日、ホームレスのガツィアの元に戻ってくるのだ。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるか」
「わふ」
まぁ待ってるぜ。子犬はそう言う様に一吠え。
そして、一人と一匹は、それぞれの夜を迎える。




