表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その弾丸の行先  作者: 須方三城
強制転職編
13/24

第11話 『俺』と『僕』


 某所。


「では、定例会議を始めよう」


「まずは、現状の確認ですね」


「すまない、皆。同じ王でも、私では奴を止められそうにない」


「こちらも。兄上様はやる気満々の満。止めれる要素が皆無だ」


「残念だが、仕方のない。君たちの様な各国派の主要人物が我々『平和機関ピースメイカー』に賛同、協力の意向を見せていてくれるだけでも大きな意味がある」


「まー、もー無血でどーにか出来るよーな状況だなんて、ここにいる連中は誰も思っちゃいないでしょ」


「でなければこんなプランは出ない」


「魔国ではGジャマーの開発が大詰め」


「人王は獣人計画ビーストフェイズを推し進めている」


「どちらが先に策を展開しようと、結果は見えている。双方の被害予想が僅かに変動するだけだ」


「……では、『アーティミシアの建造』及び『夜明けの喜びモーニングコールの創設』。両プランへ異論は?」


「無い」


「ああ、無いな」


「当然だ」


「…………」


「了解了解」


「そーなるよねー」


「これが最善だろう。無駄骨になる事を祈りたい所だがな」


「よろしい、両プランを承認する」


「全ては平和のために……ってな」





 ✽





 その日のハイネは、少し変だった。


「……おい、犬帽子」

「……なあに……?」


 いつにも増して間抜けっぽい声。


 なんというかダルそうなオーラが全身から溢れ出している。少し顔も赤い。


 それに、

「今日ぁ、帽子被んねぇのか?」

「……あー……」


 忘れてたー…と間延びした声でつぶやき、ハイネはそのままテーブルに突っ伏してしまう。


「部屋にあるからぁ…取ってきて…ガツィア……」

「ヤだね面倒くせぇ」

「……お願い」

「…………」

「……お願い」


 何故そこまで帽子にこだわるのか。一定時間ハズしていると死ぬのだろうか。


「取ってきてくれたら…今日は晩御飯…腕によりをかけたステーキに、…する」

「わかった」


 ハイネの提案からガツィアの了承&行動開始までインターバルはほぼ0だった。


 ガツィアは二階にあるハイネの部屋へ。


 よく考えてみると、ハイネの部屋へ入ったのは初めてだ。

 どぉせ犬グッズが散乱しているのだろう、とか思っていたが、実際は割と飾り気の少ない普通の部屋だった。


 犬グッズはドアに掛けた表札と壁のカレンダー、それと本棚の上に並べられたぬいぐるみ郡の中に数点くらいだ。


(……って、帽子はどこにあんだ?)


 毎日被ってんだし、少し洗っただけじゃ脱ききれないくらいハイネの匂いが付いているはずだ。


 ガツィアの鼻はある程度なら個人の識別だって出来る。


 鼻を使い、ハイネの匂いを探る。そして気付く。

(……そこら中から犬帽子の匂いがしやがる……)

 だってハイネの部屋だもの。


「……チッ…面倒くせぇ…」


 まぁステーキのためだ。


 とりあえず衣類の類を収納しているであろうタンスへ。

 適当に手頃な引き出しを引いてみると、そこは下着ゾーンだった。


「…外れか」


 布切れ単体に興奮する趣味はガツィアには無い。

 しかし、少し見過ごせない物が数点。


(……おいおい26歳……)


 可愛らしいワンコがプリントされたパンツを摘み上げ、ガツィアは呆れ果てる。


(って、ん…?)


 ふと、ブラジャーのスペースに違和感を覚える。

 一つだけ、明らかにハイネにはオーバーサイズというか荷が重い物がある。


 それはCカップ用のブラ。

 ハイネの匂いはほとんど付いていない。つまりほぼ未使用。


「…………」


 見栄で買ったか、それとも目標か。


 何にせよ、他人に対してガチめに哀れみを感じたのは久しぶりだ。

 何というか、物悲しい発見だった。


 ブラを引き出しに戻し、静かに閉じる。


 その後少し物色し、ようやくお目当ての犬の帽子を発見。


 戻るか、と思った時、


「わうっ!あうっ!」


 子犬の鳴き声。


「!」


 必死な感じのする鳴き声だ。何かが起きた事だけはわかる。


 ガツィアは一瞬の判断でその手に拳銃型のファングバレットを出現させ、迅速に、しかし足音は立てずに階段を駆け降りる。


 そして、銃口を先頭に子犬が鳴くリビングへと突入。


「あぁ?」


 特に第三者の存在は無い。


 だが、

「っ!」


 呼びかける様に鳴き叫ぶ子犬の目の前に、ハイネが倒れていた。


 ゆで上げたタコの様に真っ赤に紅潮したハイネの顔。息は荒く、目は虚ろ。


「っおい!犬帽子!」


 ガツィアは銃を消しハイネの元へ駆け寄る。


(何がどぉなってやがる…!?)


 明らかに異常事態だ。


「ガ……ツィ……ア……?」


 意識が朦朧としているのか、ハイネにはガツィアの顔がはっきりと認識できていない様だ。


 そのまま、ゆっくりとハイネの虚ろな目が閉じてゆく。


「おい、おい!?」


 抱き起こして揺すってみるが、力無く揺れるだけで反応は無い。


「おぉい……ステーキの話はどぉなんだよ!?」


 そこかい!!と突っ込む様に、子犬は全力でガツィアの尾に食らいついた。





 ✽





「……インフルエンザね」


 ハイネの部屋。


 一通りハイネの診察を終えたトトリは使用済みの検査薬の入った試験管を厳重に密閉してゴミ箱へと放った。


「インフルなんたらってアレだよな、風邪のボスみてぇな」

「風邪とは全くの別物だけど、確かに症状的には風邪を過剰にした様な物が多く見られるわね」


 ハイネがブッ倒れた後、ガツィアはトトリに「犬帽子がヤベェ、つぅかステーキが…うごぁっ!?」と電話で伝え、あーとりあえず何かあったんだなと察したトトリが駆けつけたという感じだ。


 トトリが到着した時丁度ハイネの意識も戻り、今、診察も終了した。


「ったく、大した事ねぇじゃねぇか」

「インフル舐めちゃダメよ灰かぶり。季節外れの奴は特にね。41度以上の高熱で脳に軽い障害が残った症例もあるし、死亡例だって笑える程少なくないよ」


 たかだかインフルエンザなどと馬鹿な事を言えるのはタフな馬鹿くらいだろう。


 現にハイネは目の焦点が合っていないし、反応もおかしい。


「今のこの娘は命云々の心配は無いけど、結構重体だね。試してみるかい?」

「?」


 トトリはスっとハイネの耳元で囁く。


「貧乳独身街道爆進売れ残りおひとり様」


 普段のハイネなら泣いてブチ切れる(トトリ以外は暴力付)レベルの言葉の暴力。


 しかし、ハイネはうわごとの様に「まだ大丈夫だもーん…」とつぶやいただけだった。


「おい、これそろそろ死ぬんじゃねぇかこいつ」

「思考を完全に放棄してるって感じね。一応熱はインフルにしては低い方ではあるし、命の方は心配無いって」

「……このザマじゃあ、ステーキはねぇな」

「ステーキどころかまともな飯支度も無理でしょうよ。今の状態じゃあ素材と一緒に包丁を炒めかねないよ」

「……外食、か」


 まぁ最近じゃイガルドと言った飯屋くらいしか外食してないし、たまには良いだろう。


「却下」

「あぁ?」

「さぁ灰かぶり、ハートフルサービスの依頼よ」

「?」


 突然何を言い出すかと思えば。


「何の依頼だよ急に…まさかまた猫探…」

「ハイネの看病」

「……はぁ?」

「依頼人は私よ」


 ハイネはこの様子じゃあ外食は無理。というかそもそもまともな固形物を食せるかも危うい。看病の手も必要だ。


「私は今少しだけ難しい案件処理してるから、ここはあんたに任せるわ。店の方もしばらくは有給扱いにしてあげるから。もちろん、ボーナスもあり」

「……ってもなぁ…」


 看病などした事無いし、幼い頃からまともな病気などかかった事が無いからされた経験も無い。


「じゃあ、後で看病のハウツーをメールにまとめて送るわ。それなら大丈夫でしょうよ」

「…………」


 まぁ悪い話では無い。


 ハイネの面倒を見るだけで、面倒な接客なんぞしなくても金がもらえるのだ。


「引き受けた」

「じゃ、頼んだよ、灰かぶり」


 病人の世話。


 やった事など無いが、そんな難しい物でも無いだろう。





「………一体どんくらい茹でりゃあ良ぃんだ?」


 キッチンに立ち、片手にお玉、片手にスマホを持ったガツィアが首を傾げる。


『看病のハウツー・食事編』という件名のトトリからのメールを見ながら、鍋の中のお粥になる予定の物をかき混ぜる。


 しかし熱し過ぎて水分が飛び、端からコゲが出始めている時点で茹で過ぎである。


 何かもうよくわからなくなって来たのでガツィアはとりあえず電気コンロの電源を落とす。


「それから……」


 メールをスクロールする。


「……塩を……適量だぁ?」


 適量って何だ。具体的に何グラムとか言われても面倒なので正確に入れてやるつもりは無いが、それは無いだろう。目安くらいよこせとガツィアは本気で思う。


 ……とりあえず鍋一杯に作ってるし、それなりの量は必要か。


 塩のビンを取り、手始めに三回振る。


 味見をする事、とあったので小さじで一口。


「…んだこりゃ」


 ほとんど味がしない。コゲの香りが僅かにする程度で、こんなのヌチャヌチャの白米を口に含んだだけと大差無い。


 三回程度では無意味という事はわかったので、とりあえず次は10倍の30回。


「ブフッ」


 超塩辛い。コゲも大きい物を一緒に食ってしまったため、味の方が非常にありえない事になっている。


「わふぅ」


 ダメだこりゃ、と子犬が溜息。


(……料理ってのぁ思ってた10倍クソ面倒だな……)


 何故ハイネはあんな簡単そうに色んな物を作れるのだろう。


 いつも簡単に、あんなに美味しく、こんな塩の塊を口に放り込む様なお粥とは別次元の一品を作っていた。


(……クソッタレ)


 鍋の柄を掴み、ガツィアはお粥を一気食い。


「ブヘァ……」


 口の中が少しヒリヒリする。


(作り直す……)


 ハイネは料理が出来ない、ガツィアはお粥以外作り方を教えられてはいない。


 ハイネの看病を言い渡された以上、外へ食いに行くのも不可。


 つまり、ガツィアは自分の分もお粥を作る必要がある。


(絶対美味ぇモンを作ってやらぁ……!)


 自分も食う以上、妥協するつもりは無い。


 失敗しても捨てるくらいなら食らう。


 失敗作を胃に突っ込みながら、ガツィアは目指す。


 自分が美味いと言える味を。





 ✽





 まともに食えるレベルのお粥が完成した時、ガツィアは既に満腹だった。


(よし……これなら…)


 まぁ満足の行く味だ。


 そもそも塩と米と水だけなので味は塩加減を調節するだけなのにここまで手こずった事が異常だが、ガツィアはとにかく満足している。


 この完成品は、後で腹が減った時に……


(って、違ぇ)


 本来の目的を完全に見失っていた。


 これはそもそもハイネの飯である。


 美味い物を食いたい執念からか、すっかり失念していた。


 とにかく、お粥を皿に移し、スプーンを添えてハイネの部屋へと運ぶ。


 ハイネはぐっすりと寝ていた。


(俺があんだけ悪戦苦闘してたってのに……)


 何か腹立たしい。


「おい、起きろ犬帽子」


 肩をゆするが、ハイネはうっとおしそうに眉をひそめ小さくうなるくらいで起きない。


(……手か足に一発ブチ込んでやりゃあ起きるか…いや、こんな弱ってる病人を撃ったら死にかねねぇか)


 病人でなくとも常人はそれで充分死ぬ事がある。

 自分の体だけを基準に物事を考えてはいけない。


「おい、おい。いい加減にしろよこのクソ犬帽子」


 何度もゆすり、ようやくハイネを起こす。


「…なぁに?ガツィア?」


 アホっぽいハイネの声。


「飯だ」

「…………ガツィア、作れたの?」

 作ったの?と聞かない辺りガツィアとキッチンワークの無縁さをよくわかっている。


「俺ぁやりゃあ大抵の事は出来んだよ」

「……接客態度は?」

「うるせぇ」

「熱っ!?」


 皿をハイネの顔面に押し付け、黙らせる作業とお粥の受け渡しを同時に行う。


「……病人には優しくしてよ……」

「テメェにその言葉を吐く権利は無ぇ」


 重傷者に殴る蹴るの暴行を加える様な女に優しくしてやる義理は無い。

 その重傷者が自分なら尚更の事である。


 ハイネは不満そうだが、腹は減っていたらしく、パクリとお粥を一口。


「……ちょっと塩辛いね」

「あぁ?」


 そんな馬鹿な。ちゃんと味見したはずだ。


 そう考えて、ふと気付く。


 ブッ飛んだ塩加減の自作お粥を5杯も食った己の味覚が正確性に欠けている可能性に。


「……チッ」


 これはイケると自信があっただけに、少し悔しい。


「でも、美味しいよ」

「あぁん?塩辛ぇっつったろぉが」

「味だけの話をするなら、これは確かに酷いよ」


 でも、とハイネは続ける。


「料理はそれだけじゃないから」


 このお粥には、美味しい物を作ろうという意思が感じられる。ガツィアの努力が伝わって来る。


 食べる側としては、それが素直に嬉しい。


「ありがとう、ガツィア」


 にっこりと優しく微笑みかけてくれるハイネ。


「…………」


 ふと、脳裏にフラッシュバックするある女性の微笑み。


 ハイネの笑顔と言葉が、それにダブったせいだ。


 あの人の陽だまりの様な笑顔が見たくて、子供の頃のガツィアは頑張った。


 命を張ってまで守りたい程、その人が好きだった。


 いつも、「ありがとう」と言って、あの人は笑ってくれた。


「…………クソッタレ」


 あの笑顔を思い出すたび、小さな喪失感を味わう。


 昔は何度も会いに行こうかと思った。でも、諦めた。


 あの人が笑って出迎えてくれる様な生き方など、していないのだから。


 諦めたはずでも、虚しさは消えない。


 未練、という奴だろう。


「ガツィア?」

「……何でも無ぇよ」


 今気付いた事だが、ハイネの笑顔は、サーニャに似ている。


 笑顔だけじゃない。匂いも近い物を感じる。


 真に優しい心の匂い。


「…………」


 ここには、昔失い、取り戻せないと思っていたモノに非常に近いモノがある。


(……ハッ…俺ぁ飛んだラッキー野郎だな)


 偶然にも自分を拾ってくれた人が、大好きな人にとてもよく似ていた。とてもラッキーな事だ。


 このままここに居れば、あの頃に戻れるのだろうか。

 ガツィア=セントカインだった、あの頃に。

 大好きな人の笑顔を見るために頑張る様な生活に。

 純粋な自分に。


「…………!」


 胸の奥に前々から感じていた圧迫感に似た違和感を感じ、ガツィアは目を細めた。


「……成程な」


 ようやく、理解出来た。


 何故、自分が迷っていたのか。


 ここに留まる事を躊躇していたのか。


「やっぱりおかしいよガツィア。胸、痛いの?」

「……テメェにゃ関係無ぇよ…飯食ったら寝ろ。メールにそう書いてあった」


 それだけ伝え、ガツィアはハイネの部屋を出る。


 胸には、まだ違和感が残る。


 心臓が潰れそうな程、重い重い圧迫感が。


 いつもはすぐ消えるのに、今回は中々消えない。


 その違和感の理由に、気付いてしまったから。


「……あぁ、そぉだな」


 ガツィアは、決めた。





 ✽




 ハイネが寝た事を確認し、ガツィアは夕日の差し込むリビングへ。


 そして、トトリへと電話をかける。


『何だい?灰かぶり』

「よぉニコチン店長。用件だけ伝えんぞ」

『手短にね』

「まず、今回の依頼はキャンセルだ」


 今回の依頼、ハイネの看病の事だ。


「適当に代役でも立ててくれ」


 ガツィアの言葉は、ふざけた感情から発せられている物では無い。

 意思がある。トトリにもそれは伝わった。


『どういう考え?』

「ここを出る」

『!』

「安心しろ。金は今度まとめて送りつけてやる」


 揺るぎそうにも無い、強い意志。


 いつもの様な直感や浅い思慮からの決断では無い。


『……何があったんだい?』

「手短に、じゃなかったのかよ」

『いいから答えな』

「……俺ぁ、クソみてぇにくっだらねぇ生き方してきた。それぁわかんだろ」


 窃盗強盗人殺し、何でもやった。


 どんな美辞麗句を以てしても、彼の人生を美しく飾る事は不可能だ。


「……ここぁ、息苦し過ぎんだよ」


 ハイネの笑顔は、ここで暮らす日々の中で少しずつガツィアの中に眠るサーニャへの感情を解放してしまった。


 二度と手に入るはずも無いと、押し殺してきた、あの日々への未練。


 それが、今ガツィアの胸中にうずまいている。


 それがきっかけになり、思い出してしまった。


 ガツィア=セントカインを。あの頃の、心を。


 生きるために躊躇いなく引き金を引ける様になる前の、心優しい自分という存在が、吹き出して来ている。


 それは、とてもマズイ状態に繋がった。


「………耐えられねぇんだよ…!このままここに居たら、俺は完全にあの頃に戻っちまう……バカみてぇに他人の幸せ考えちまう様なバカにな……」


 それは、良い兆候の様に聞こえる。


 しかし、その苦しそうな声から、トトリはガツィアの言いたい事を悟ってしまった。今の彼の心の不安定さと、その軋みが想像出来た。


 ガツィアは、二人いる。


 大切な人の幸せを願い、サーニャの教えを守り、それを全てとし、そしてそのまま心の奥底で眠っていたガツィア=セントカイン。


 生きるためにサーニャの教えも、人道的な考えも全て投げ出し非道を行くガツィア=バッドライナー。


 最早この二人は激変し過ぎた生活環境のせいでそれぞれが独立した人格と化していた。


 だからこそ、バッドライナーはセントカインの頃に培った良識に囚われる事なく、生きるために何でもして来れた。


 積み上げれば天にまで届きかねない程の死体を作ってまで生にしがみつき、気ままに生きてきた男。生きるために、自分が嫌な思いをしないために、他人の人生を踏み潰しながら歩いてきた。


 生きるためという言葉の麻酔で、罪悪感を感じようとするまともな心、セントカインを寝し付けていた。


 しかし、その麻酔が切れかかっている。このコンビニ店員としての生活が、あの頃の様な暖かな空気が、罪なんぞ犯さなくとも生きていける環境が、「生きるために」という言葉を弱くする。セントカインを目覚めさせようとしている。


 一つの胸の中に二つの心が混在し始めている。相反すると言ってもいい、真逆の生き方と常識を持つ心が。


 バッドライナーの記憶が、セントカインの心を圧迫してゆく痛みが、ガツィアを苦しめる。


 積み上げてきたバッドライナーの業は、子供のままのセントカインには重すぎるのだ。


「このままここに居たら、俺ぁ確実にぶっ壊れる」


 だから、目覚め始めていたセントカインが警鐘を鳴らした。ここから離れるべきだ、と。


 自分が目覚めれば、どうなるかわかっていたから。


 胸の違和感が収まらない。それどころか圧迫感に加え刺し貫かれる様な激痛までする。


 これは、予兆。


 罪悪感の侵食。


「……蔑みたきゃ好きにしろ」


 自分の心を守るために、誰かの命を潰して歩く世界へと戻る。


 それが今、ガツィアの言っている事。


『………私は、また救えなかったみたいだね。…軍医のジンクスかしら』


 軍医は、命しか救えない。人を救う事は出来ない。その事に嫌気が差し、トトリは軍医を辞めた。


 なのに、また同じ事をしてしまった。


「あんたは悪くねぇ。……俺のメンタルが、あんたの予想を遥かに下回ってたってだけの事だろ?」

『…………』


 ガツィアも、ようやくトトリの目的が理解出来ていた。


 きっとトトリは、ガツィアの中に眠るセントカインの事を見抜いていた。


 そこで勘違いしてしまった。

 この男の本性は闇の中で生きる事を望んでいない、救いの手を差し伸べれば、きっと光の下で生きていける、と。


 しかし、トトリの予想を裏切る程、ガツィアは弱かった。光に耐えられないくらい。


 それだけの事。


 ガツィアの雇主であったキリトは、それを予感していた。何せ、キリトは誰よりもガツィアの『親』の事を知っている。そして、その心が『親』に似て脆い物だと言う事も見抜いていた。だからこそ、彼に『バッドライナー』として生きる場所を与えた。


 ガツィアを雇った二人の差はその心の強度を把握できていたかどうか。


 罪悪感に耐え、償いながら生きていくという道を選べる様な者だとわかっていたかどうか。


 結局、ガツィアのせいでしか無いのだ。トトリは悪くない。


「……俺ぁ俺だ。どこまで行っても、な。…もう『僕』にゃ戻れねぇ」

『…………わかったわ、「ガツィア=バッドライナー」。好きにしなさい。金は要らない。私は、救えなかったから』

「…………」

『ただ、もしあんたの中で何かが変わったのなら、いつでもここに戻って来な、「灰かぶり」』

「……ありがとよ」


 通話を、終了する。


(…………さぁて、と)


 ガツィアはスマホをテーブルの上に置く。


 ふと、スマホに付いた犬のストラップに目が行く。


「…………」


 あの日、ハイネがくれた物。


(未練がましぃ事だなぁおい)


 そう思いながらも、スマホからストラップを外し、ポケットに突っ込む。


「わふっ!」

「……よぉ、クソ犬」

「わふふ」

 行くの?と問う様な鳴き声。


「…あぁ。……テメェも来るか?」


 ガツィア=バッドライナーらしくない問いだ。


 それくらい、セントカインの侵食は進んでいた。


「……わふ!」


 当然だぜ!そう、元気良く吠える子犬。


「じゃあ、行くか」


 リビングを出て、静かな廊下を歩き、玄関へ向かう。


 その途中、二階へと続く階段を見上げた。


 この先にある、ハイネの部屋。


 そこへ向け、ガツィアはつぶやいた。


「ありがとよ、ハイネ」


 今思えば、ハイネのおかげで、くだらなくとも楽しい日々だった。


 たった一ヶ月程度の事だが。


 あの頃に戻れた事は、決して悪い事ばかりでは無い。


「じゃあな」



 そして今日から、ガツィア=バッドライナーに戻る。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ