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「2013」

作者: 半月

 陰は、夏だ!と告げている。

 陽射しも葉の青さも夏であると往々に伝えているのに、最近毎年のように騒がれる異常気象とやらで、私の格好はその夏にふさわしくないセーターを着込んでいた。

 四月半ば頃にオーバーを着たり、五月に雪が降ったり、なんやかんやで、まあ、かなりおかしな気候なのである。

 去年の夏は暑いから花粉が飛ぶだとか、冬が寒くて死人が多いだとか、世界で決められた流行色はエメラルドグリーンだとか、日本ではネオンカラーとパステルカラーが二大トレンドだとか、行き交う情報の流れは早すぎて、どうにも年よりじみた思考の私には早すぎるその時代の流れについていけそうにないのである。

 最近は憲法96条の改正の先の9条改正だとか、口先しかほとんど動いていないなんとかミクスだとか、政治家の国民には得体の知ない密談だとか、ニュースはいろんなことを騒ぎ立てる。

私は耳に入るその音にしばらく耳を傾けて、暫し考えてからやめる。反対するにもその次の代案を思い浮かべることが困難だからである。

 都心というのはまぁ、雑多な町だ、と空の青さを眺めていると、情報も雑多な町並みも雑多な音にも流れることさえ忘れた年よりのような感覚になる。

 実際私は、まだ学生服もセーラー服も着れそうな時分であるので、年寄りがどうこうなどというのはわからないのだが、おおよそこんな感じの年寄りになるのであろうなと、思うのである。

カラスが哭いている。いや、鳴いていた。

 別にカラスが慟哭の涙を流すわけではないのだから、と私は一人突っ込みを入れた。哭くでもなんら問題はないとは思うが、言葉というのは時に強い拘束力をもってして私たちを縛り上げるものである。

 目に見えないその鎖は非常に厄介であり、言葉のちょっとしたすれ違いやミスで思いもよらない傷を人につける。

 それは時に絆という名であったり、時に約束という名であったり、時に裏切りという名であったりもする。

 私は時おり、言葉という手段を持たない木や植物になりたいと思った。花の命は短くて……とはよく言うが、それは人間の人生においても同じことだろう。

 みんな、人生があっという間だと言う。

 不自由な中で自由に生き、そして死す。

 拘束だらけのこの肉体で、生きる意味を持たず人は生まれてくる。みんなそうだ、と、カラスと青々とした空を見上げた。

 肌が焼けるからシミができる?日焼け止めで防止をしろ?今の私には知ったこっちゃないと、眩しい太陽に目を細めた。

 目が痛くなりそうな眩しさにすぐ顔を背けると、生きる意味か、と呟いて歩き出した。

 どこへ向かう宛もなくただ歩き出したのである。

 華美な花柄のパツパツのズボンや、同じく華美な花柄の上着、目がくらむような艶やかな色合いや、色とりどりの服をまとった婦人たち、そんな人達を横目に眺めては、若人たちの流れを隙間を縫うようにして一人、ただ歩いた。

 新宿、池袋、渋谷、上野、東京、原宿、秋葉原、品川……栄えた場所はよくも悪くも人がごった返す。

 一周してみたところで何かが変わるわけでもなく、仕方なく、電車の席に落ち着いていた腰を持ち上げた。

 知らぬ駅で降り、知らぬビルとビルの間を縫って歩く。

 ちなみにこの私、江島幸(えしま みゆき)は自慢ではないが、大の方向音痴である。

 普段ならこんなことしない。普段なら。そう自分に言い聞かせ、今日はそうしたい気分だったのだ、と地下鉄に潜り込んだりした。とりあえず、電車の近くであるなら首都まで出れば、あとは帰れるのだから、と言い聞かせての無茶ぶりである。

 お財布のお金が切れるまで電車を乗り継ぐか、時間が許す限り知らぬ町を歩くか。悩んだ末、私は知らぬ都心の駅をぶらりと今、目的もなく歩いていくのである。

 そうして、ふと立ち止まったのは都心とは思えぬ町並みの、古びた家々の小道へ入った所だった。

そこは、集落がところ狭しと並んでいること以外は都心を思わせぬ場所だった。

 まるで、タイムスリープでも起きたんじゃないか、私は昭和時代に来たのではないか、そんなことを彷彿させる建物ばかりだった。

 もはや文化遺産にでもなりそうなそれらの集落はぽつん、と佇んではちょっと洋風な建物に隠れる。

 その洋風な建物さえ、ハイカラという言葉がふさわしいほど古めかしい。

 そんな中に突然現れた荒野は、荒れ野原にドラム缶が三つ並んでる程度のものだった。

 私は吸い寄せられるように近づいて、立ち尽くした。

 とたんに、空気が変わった気がした。

 子供たちが私をないものかのようにドラム缶に駆け寄り、遊び始めたのだった。ランドセルは地面に散らばり、赤白黒と色が散らばった。ほつれた黒いランドセルは中の教科書を撒き散らしているのに、等の本人はそれらを気にした様子を見せない。

 男女特有の口喧嘩や、男の子特有のライダーごっこ、女の子特有の砂遊びとおままごと。こんな小さい場所でたくさんの世界が繰り広げられていた。私はそっとその場を離れ、その公園の近くに座った。すると、二人の女学生がこちらに歩いてくる。どうにも古めかしい格好である。紺色のセーラー服に、膝より下のスカート丈、白いふくらはぎまでの靴下、三つ編みや、ぱっつん頭……今やセーラー服などほとんど見なくなったというのに、この付近にセーラー服の学校があったのだろうか。そんなことを考えていると、子供の声がいつの間にかなくなったことに、私は気づきもしなかった。

 女学生は立ち話をしているようで、不思議と耳を傾けずともその会話がはっきりと聞き取れるようになっていた。

 女子特有の恋愛話から、噂話、色とりどりの会話が花咲く中で一つだけ、将来の話でぽつり、と雲がかかったように思った。

少女たちは「変化せずにいることはできない」という。そしてまた、それが「怖い」とも。行く先が見えず、何をよしとし、何を正しいとするかでこの日本は大きく転んでしまうだろう、と言うのである。

 この平和なご時世に、まぁ珍しく気難しい事を考える子達である。

 確かに一歩間違えればまた日本に戦乱の世が訪れるだろう。そして、冷戦でさえ落とされる貿易に頼りきった日本の今の国内総生産量のままでは、日本は奴隷としてどこかの国の支配下につくしか道は、おおよそなくなるだろうとも思う。

 どこかのお偉いさんも「日本は技術を駆使して物を作らなくても部品を売ればいい」と堂々と下請け発言をしたようだ。下請けは下の下。値切られる対象でいいとの発言は公に……しかも誇らしく発言するべきものではない。

 そうして、その少女たちが帰ったあと、一人の女性がやってきて、荒野に立ち止まり、「変化しすぎたね」と静かに言いはなって涙を流した。私にはそれがあまりに衝撃的ではっと立ち上がると、目の前には先程と同じ夕焼けが広がる以外、はっきりと聞こえる雑音や、先程までとは違うものが全身に伝わってきた。

 女性が立っていた位置には老婆が立ち、荒野の手入れをしている。刈っても刈っても伸びる雑草の力に小さな老婆一人の力では到底敵わないらしく、息を一つ吐いてそれらをやめた。

 私は老婆に近づくと、恐る恐る「こんにちは」と声をかけた。その人は(当たり前のことであるが)、驚いたらしく目を見開くと「どしたの」と少し訛りにも聞こえる言葉で返事をくれた。

 私は「手伝いましょうか」とだけ返して、次の反応を待った。

 彼女は「いいからいいから」と言って私の手をとったあと、「あんた、冷えてんじゃないの、待ってなさいな」と、どこの訛りなのかわからないまま、文化遺産のような家に入り、しばらくすると、湯気がほんのりと見える器を私に差し出して、昔話を始めた。

 それらの話から察するに、私はどうやら先程までこの老婆の過去を見ていたようであった。

 なんとも不思議で、にわかには信じられないことであるが、私は、タイムトラベルでもしたか、白昼夢でも見ていたのだろうか。

 黙って眉間にシワを寄せる私に、彼女は「結局何もかも変わってしまったけどさ」と言うと、シワだらけの顔で笑い、私にスープが冷めるから飲めと促した。

 私は簡単にお礼をいい、会釈するとそのスープらしきものに口付けた。

 溶き卵の簡単で素朴なスープの味は、とても私に暖かかった。

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